731を問う!!
2020年1月22日水曜日
細菌戦の系譜!!
●小林開さん 映画「ひろしま」を語る!!
●核なき世界へ 映画「ひろしま」
●知っていますか?「731部隊」
●ABC企画委員会パネル展2019中野
●第5回三多摩平和交流会2019
●パネル展「日中戦争ーその実相に迫る!
●情報公開裁判「化学学校記事」「衛生学校記事」
●南方軍防疫給水部の記録を探し求めて(リム・シャオピンさん)
●小津安二郎と宮柊二と毒ガス戦
●天皇制廃止に向けての第一歩:雲上人を人間化する運動を!
●京都大学に対する第731部隊軍医将校の学位授与の検証を求める活動
●平沢正欣論文を検証する(人体実験は行われたか?)
●武蔵村山の国立感染症研究所問題!!
●731部隊・100部隊展
核なき未来へ(森川聖詩)
日本には多くの被爆者がいるのに、日本政府はなぜ核兵器禁止条約に署名しない?
地球の温暖化や異常気象の最大の原因は、今までの2000回以上の核実験や原発事故などの放射能汚染で地球が壊れてきているからではないのか??
●『二酸化炭素温暖化説の崩壊』広瀬隆(集英社新書)
奇々怪々の現代
ホッケー・スティック図は、この事件の前から世界中の科学者から批判され、2007年末に出されたIPCCの最新の第4次評議報告書で削除された恥ずべきものである。しかもそこにデータ捏造によるトリックがあったことが明らかになった現在、IPCCが繰り返し語って来た「今日のの気温は近代産業による明確な結果だ」という主張が完全に崩壊したわけである。しかもジョーンズは、「過去15年にわたって、統計的に有意な温暖化は起こっていない」とも認め、こうした山のような事実の前に所長辞任に追い込まれた。
●核実験(ウキペディアより)
若くして白血病で亡くなった有名女優、有名歌手、また五輪候選手だったスイマーが白血病になったのは、放射能の影響ではないのか?
月の砂漠の犠牲者 夏目雅子と本田美奈子
核実験(かくじっけん,英語:Nuclear weapons testing)とは、核爆弾の新たな開発や性能維持を確認したり、維持技術を確立したりするために、実験的に核爆弾を爆発させることを指す。1945年から約半世紀の間に2379回(その内大気圏内は502回)の核実験が各国で行われた。そのエネルギーはTNT換算で530メガトン(大気圏内は440メガトン)でこれは広島へ投下されたリトルボーイの3万5千発以上に相当する。
アメリカ合衆国
アムチトカ島での核実験
・1965年から1971年までにアラスカのアムチトカ島で3回実験が行われた。1971年11月6日の"CANNIKIN"は地下実験最大の5Mt(迎撃ミサイル「LIM-49A スパルタン」のW71核弾頭を使用)であり、各国の抗議を引き起こした。グリーンピースは、この実験を契機として発足した。
その他の核実験
1955年5月14日 ウィグワム作戦 カリフォルニア州サンディエゴ南西500マイルで行われた、核爆雷の検証を目的とする実験。 1961年から1973年まで、衝撃波の測定や天然ガス採掘など、平和利用の実験のために小規模(150kt未満)の原爆実験がアメリカ各地で行われた(プラウシェア計画、Operation Plowshare)。
水素爆弾の恐怖・ビキニ環礁 (アメリカ)
「北朝鮮の核実験の威力」と「史上最強の核兵器"ツァーリ・ボンバ"の破壊力」【核兵器】
●核融合もすべきではない!!
20170303 小出裕章先生にきいてみた!!〜土岐市核融合科学研究所 重水素実験について
●原発・化石燃料発電→再生可能エネルギー発電の増加
【金子勝の言いたい放題】NO5 世界は電力タダの時代に エネ転が拓く経済転換(飯田哲也さんと) 20191230
核兵器、生物兵器、化学兵器廃絶!! 戦力不保持!!安倍政権打倒!!
●ニュース
戦争責任を取らぬまま、そのまま在位した昭和天皇、その後の天皇も日本の侵略戦争の謝罪をしていない!!
立憲・枝野氏、桜・カジノで政権追及 衆院代表質問、午後スタート
「桜を見る会」契約書など見つかる、菅長官「確認不足で不適切」
「桜を見る会」廃棄されたはずの内閣府資料あった 2014~19年の招待者数も公表
【報ステ】『桜を見る会』政治家の責任は?
玉城デニー知事「沖縄の思い伝わらず残念」 安倍晋三首相の施政方針演説にコメント
“雲隠れ”から公の場へ…河井案里議員・菅原一秀前経産相ら疑惑の4人は何を語った?
伊方3号廃炉 共産県議ら四電に申し入れ
グレタさん、メディアを痛烈批判 気候変動問題の扱いで―ダボス会議
なくした小銃探して残業175時間 自衛隊員が自殺、「過労でうつ」と両親提訴
三菱自をドイツ検察が捜査、排ガス不正疑い-関連10カ所家宅捜索
大竹まことゴールデンラジオ#金子勝 (文化放送 2020-01-17)
●日本政府・自衛隊は情報を公開せよ!!(情報開示!!)
今年も8月12日がくる──。33年前 520人が犠牲になった日航機墜落、遺物の化学分析で判明した事実とは?
中曽根元総理が知る日航機墜落事故の真実とは?墓場まで発言の真意を調査!
●国立感染症研究所村山庁舎(武蔵村山)
●なぜ、日本は広島・長崎・ビキニ・JCO臨界事故・福島と5度も被爆しているにに、日本医学界は「脱原発!!」と叫ばない!!
原爆投下された直後、日本は自らが原爆調査をして、731部隊(人体実験や細菌戦)の事もあるので、アメリカの心証を良くしようと考えた。そして科学者を総動員して原爆調査(被爆者を救済するための調査ではなく、原爆の威力調査)を181冊の調査書にまとめて、英訳し、アメリカに渡した。その後、731部隊員は、731で研究したデータを渡し、戦犯免責を受けた。原爆調査書は被爆者の治療には全く生かされず、日本の医学界は、原爆の放射能被害については、何も言及しなかった。そればかりか、その後のアメリカの原爆・水爆実験も批判せず、その被害を過小評価した。そして日本政府が、原子力の平和利用として原発を推進する政策にも、大きく加担している。
XII) 731部隊、広島長崎、チェルノブイリ、福島より
・・・第二次世界大戦中、日本軍は3000人もの医師たちが関わったとされる731部隊により、妊婦や子供まで含めた人体実験が行いました。極東裁判では捕虜虐待死の容疑で死刑に処された軍医幹部もいる中、731部隊関連者は訴追されませんでした。戦後、「研究データを米軍に提供すること」、さらにはなんと、「広島・長崎の研究に協力すること」を引き換えに免責されたのでした。
2010年のNHKの番組で、「(米国への研究データの提供のほかに)原爆調査への協力を731部隊の免責のカードとして使った」という元陸軍軍医の証言がありました。
封印された原爆報告書
水爆実験
水爆実験ブラボーで被爆したのは第5福竜丸1隻ではなく、延べ1000隻近くの漁船が被爆した!!
ビキニ「死の灰」世界各地へ
JCOの臨界事故
福島第1原発事故
●核兵器廃絶
徳仁・日本政府・日本医学界は、731部隊のことを謝罪し、戦争被害者の救済、戦争をしない政策にお金をかけるべきだ!
●「731部隊・100部隊・毒ガス戦」パネル展 2019年4月29日~5月3日
●「日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか 」 田中利幸さん
●日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか
水俣病
●731部隊(unit731)
●昭和天皇の戦争責任を問う!!天皇制反対!!
●読者から寄せられた記事
タイトル:
ロスチャイルドの犯罪とは、戦争がかれらの最も収益性の高い事業である事なのだ。
ホスト:KD106180012236.au-net.ne.jp
********************
ロスチャイルド一族はスイスのバーゼルのバビロンBISタワーに本社を置いている。
制御機構を持つロスチャイルドの保有する債務は、はるかに銀行帝国の債務を超えている。
ロスチャイルドの犯罪とは、戦争がかれらの最も収益性の高い事業である事なのだ。
国や個人が法人となり、世界は3つの独立した主権から支配され、
借金を作成する前に、まず借金を作成する必要があるとロスチャイルドは述べているのだ。
ロスチャイルドは繁殖を通じて、王族と貴族に浸透している。
●横浜「戦争の加害展」感想
2月16日
109.戦争の加害について自分がいかに無知であるかを痛感。膨大な展示内容は、到底一通り見ることが出来なかった。常設の資料館が必要。(男性、60代)
●映画「ひろしま」アンケート(1月13日 横浜)
( )は性別・年代・住まい・情報
2、初めて見ました。このような映画があったことを知りませんでした。日本の全国の人々が観るべき映画だと思いました。若い人達に知らせようと思います。すごくリアルでした。被爆者の方々の思いがよく伝わっていました。
(女性・70代・鎌倉・東京新聞)
●【真相】(unit731)
石井細菌戦部隊―極秘任務を遂行した隊員たちの証言
郡司陽子編(1982年11月30日初刷:徳間書店)
編者まえがき
Ⅰ ファインダーがとらえた地獄
―総務部調査課写真班 T・K
私たちは、山口県萩の仙崎港についた。
私を731部隊へ連れて行ってくれたO大尉の姿はなかった。O大尉は、この年の初め、急性の肺炎にかかって、ハルピンの病院で、あっけなく亡くなったのだ。大尉の遺言で、遺骨は満州の土に埋められた。
●日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!!
『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店より
第9章 戦犯の証言
戦犯たちの戦後50年
数年来、日本の第2次世界大戦における中国東北部の侵略の歴史を研究する過程で、日中戦争に関する少なからぬ専門書や回想録を読んだ。その山のようにある書物の内、歴史を改ざんし、日本の侵略行為を否定或いは隠蔽するものはかなりの部分を占めている。ごく近い過去だけを見ても、日本の政府高官が歴史に反する発言をした例は枚挙にいとまがない。戦前からかなりの文化水準に達し、戦後は戦後で奇跡的な経済発展を遂げた日本民族が、なぜ、自分たちの過去の過ちを正視できないのだろうか、といぶかしく思ったことがある。
●証言 人体実験(731部隊とその周辺)
中央档案館、中国第2歴史档案館、吉林省社会科学院編
江田憲治、兒嶋俊郎、松村高夫編訳
上野某自筆供述書(1951年5月8日)
このほか、少佐以下の将校及び軍属(陸軍技師)が多数いた。
731部隊はハルピンの南20ないし30華里(1華里は0.5㎞)の所にあり、平房駅から4華里離れていた。部隊の前にあった長さ1mあまりの板には、「関東軍司令官の許可証をもたずに柵内に入った者は、厳罰に処す。関東軍司令官」と書いてあった。道路の左側は飛行場と格納庫で、右側は731部隊の建物、官舎は東郷村にあった。そのほか軍事郵便局、商店、映画館、憲兵隊などがあった。ハルピンには濾水器場があり、吉林街分室は各部隊の連絡業務を担当していた。
●『人間の価値』
―1918年から1945年までのドイツ医学
Ch.ブロス/G.アリ編
林 功三訳
■法廷の沈黙の中で
法廷は困難な使命に直面していた。裁判官も検事もかつてこのような裁判資料を扱ったことがなかった。ただ1人のアメリカの医師が長い審理の間ずっと彼らを助けただけだった。他に、最後の数週間、専門家として彼らを助けたもう1人のいたに過ぎない。他方、弁護側は被告の免責のためにドイツ医学界のエリートを総動員していた。アメリカ軍事法廷は自己の戦列の中からも活動の邪魔をされた。まだ審理が始まる前の捜査活動の段階で、被告のクゥルト・ブローメ、コンラート・シェーファー、オスカー・シュレーダーとヘルマン・ベッカー=フライゼングは、ナチスドイツの学者をかり集め、彼らの研究成果を利用する秘密行動、アメリカ軍の「資料収集作戦」のために働いていた。裁判ではシュレーダー、ベッカー=フライゼングを除いて、上記の全員が無罪になり、ベンツィンガーに対する告発は取り下げられているのが目につく。主要原告のテルフォード・タイラーは後に調書にこう記させている。「被告の選定と起訴事項の決定は、そのほとんどが検事と法廷の影響力の及ばない領域に置かれていた。」
昨年2018年12月に、『留守名簿 関東軍防疫給水部 満州第659部隊』2冊が発売されました!!(不二出版)
●日米安保条約・自衛隊を問う!!
自衛隊は、防護のためと言って、旧日本軍の細菌兵器・毒ガス兵器使用の反省・謝罪もないまま新たな生物兵器・化学兵器を作ってもいいのだろうか??憲法9条を持ち、生物兵器・化学兵器禁止条約を批准しているにも関わらず!!
日本の毒ガス
沖縄・南西諸島が軍事要塞化している現実はおかしくないか??
「琉球処分」から140 今の沖縄を考える
●「衛生学校記事」とはどんなものだろうか?
なぜここまでして、国は衛生学校や化学学校で作っていた機関誌を公開しないのだろうか?
次回 第23回『衛生学校記事』情報公開裁判
2020年2月4日(火)16:00~419法廷
金原節三氏が寄贈した資料が、衛生学校庁舎3階の彰古館に1982年に「金原節三コーナー」として展示された。
その2000点を超える資料はその後どうなったのであろうか?
防衛省の回答では、金原氏の目録と一致する資料は、今現在は641点だという。
しかし、それも一致するだけで、寄贈されたものではないという。
彰古館に勤めていた人(1996年から2013年)の聞き取りでは、彰古館では、きちんと整理していていなかったようである。
金原資料は、1995年に防衛庁戦史部に移管されたが、翌年また彰古館へ戻したという。
その時はすべてを戻したわけではなかったようだ。
2010年に、彰古館が学校庁舎3階から今の建屋になり、資料も移管されたが、金原資料の整理はきちんとされていないようだ。
金原資料の一部はあるようだが、その他の金原資料は、どこに保管しているのだろうか。
また、彰古館には旧軍資料しか置いていないともいう。本当に「衛生学校記事」や教範類は置いていないのだろうか?
次の裁判までに、勤めていた人の陳述書を防衛省側は出すという。防衛省が提出する資料は内輪の調査であり、本当にきちんと聴取しているのかが、疑問だ。憲法9条で戦力不保持を宣言しているのだから、情報公開に、制限を一方的にかけるのは、本当におかしいと思う。今の自衛隊の実情をきちんと国民に知らせるべきだ!!
●「化学学校記事」情報公開裁判
次回 2020年2月12日(水)11:30~ 東京地裁522号廷
1977年発行の化学学校発行の『20年のあゆみ』について、防衛省はマスキングに時間がかかるため、2か月後の提出は難しいかも知れないと述べた。
『20年のあゆみは』は1970年代だから、沖縄での、毒ガス漏洩事件や本土の相模原補給廠での毒ガスの問題がある中、毒ガスや核兵器に関する研究の記述もあるのだろう。それらをマスキングして公開しないというのは、日本の情報公開がいかに遅れているかと象徴している。防衛省は、化学学校記事16号の存在を認め、その間に自衛隊がどのような研究をしていたかを明らかにすべきだ。佐藤内閣時代に実際に核兵器を持とうとしていたのだから、自衛隊ではどんなことが研究をしていたかは、国民に広く知らせるべきである。ましてや日本は、広島、長崎、ビキニ、福一で甚大な被曝をしている国なのだから。
また、『化学学校記事』16号が存在するのだから、正直に防衛省はそれを認め、その他の全ての『化学学校記事」を公開すべきだ!!
1957(昭和32)年7月『衛生学校第1号』発刊
第4代衛生学校長
『衛生学校記事』を発刊したときの、衛生学校長金原節三とはどんな人物なのだろうか?
金原節三(1901~1976)
陸軍省医事課長時代(1941.11~43.8)に731部隊から報告を受けていた。「陸軍省業務日誌摘録」
厚生省東海北陸医務出張所から衛生学校へ 1955.8.1
金原節三と細菌戦
金原の略歴を見ると、昭和16年11月に陸軍省医務局医事課長になっていて、17年に8月に軍医大佐になっている。
細菌戦資料センターの会報には、次のような記載がある。「陸軍省医務局医事課長だった金原節三元軍医大佐が、1955年に陸上自衛隊に入隊した。細菌戦部隊を指導していたのは、陸軍参謀本部、陸軍省医務局衛生課そして陸軍省医務局医事課である。金原は、「金原業務日誌摘録」に細菌戦部隊からの報告を記録している。
金原節三と武見太郎
金原と戦後日本医師会会長になり、医師会、薬剤師会、歯科医師会に大きな影響を及ぼした武見太郎は、軍隊内の先輩・後輩関係にあった。『金原節三資料目録』(陸上自衛隊衛生学校)の巻頭言は、日本医師会長武見太郎が書いている。
『BC兵器』 久保綾三著(1969年)より
Ⅱ 自衛隊と生物・化学兵器―その思想と作戦
1、自衛隊の装備・訓練を探る
装備・訓練の実体は
M25A1型CN内乱鎮圧用手榴弾
点火の後、擲弾が地上面3フィートから5フィート、目標の風上で爆発する様に投げられる。爆発すると弾体が粉砕され、微粉末にされたクロルアセトフェノンは風に乗って漂う雲上に分散される。爆発半径は約5ヤードである。
このガス手榴弾は、灰色ラッカーで塗装した容器に密封されている。そして赤色の1本の線が表示されている。すべての化学剤の識別色彩は灰色が基本色となっているのである。
第5代衛生学校長
井上義弘【1904~1969(65歳)、石川県出身
1929年に台北医専卒、陸軍見習士官を経て1931年3等軍医、1948年軍医中佐、その間、陸軍軍医学校教官、陸軍医務局課員、シンガポールに設置された細菌戦部隊(南方軍防疫給水部9420部隊)に所属、戦後、第1復員省、厚生省復員局勤務、1953年復員局から保安庁に出向、陸上幕僚監部衛生課長、陸上自衛隊衛生学校第5代校長、陸上幕僚監部衛生監を歴任1960年退官。近代5種競技世界選手権大会(ブタペスト)に日本選手団長として参加中、1969年9月急逝。1969年日本体育協会近代5種・バイアスロン連合会副理事長となり、専門の体力医学の分野で活躍】
第4代衛生学校長であった金原が1957年12月突如転任になり、第5代の衛生学校長になったのが井上だ。両人とも戦時中の細菌戦部隊にかかわった人物である。それも金原は細菌戦部隊の指導的な立場にあった。それがアメリカの圧力か何かで、衛生学校長の職を転任になり、その後を井上が引き継いだ。
井上は、自衛隊に保管されていた731関連の資料を自宅に持ち帰り、保管していたが、ブタペストで急逝したため、何も知らない遺族がそれらの資料を廃棄してしまった。ところがそれが神田の古書店に行きつき、某大学の研究者の目に留まり、その大学で買い取った。そこで改めてその資料を検証すると、731部隊の毒ガス実験等の論文があった。某大学では、その買い取った731関連の資料や、731部隊のデータを使って書いた論文等は、以前はその大学研究者は許可を得て見ることができたが、今ではそれらを見ることができなくなっている。
又、京大の次に多くの医学者を731に送った東大も細菌戦に関する資料を公開せず問題になっている。
東京医大等の不正入試だけでなく、大学医学部の戦中の細菌戦関連の資料の隠蔽も今、大きな問題になっている。
※1955年に二木秀雄が精魂塔を多磨霊園に建立し、731部隊の戦友会「精魂会」が発足した。
1950年には日本ブラッドバンクが内藤良一(元731部隊員)らによって設立され、元731部隊員は復権に向けて動き出している。
南方軍防疫給水部(岡9420部隊)
●イタイイタイ病を究明した男 萩野昇
●驚愕!御用医学者をさかのぼると、すぐに731部隊に行き着く
●水俣病問題
●小島三郎国立予防衛生研究所所長の過去
●小泉親彦と宮川米次の絆
●ヒロシマからフクシマへ
●宮川正
●「想定外」 と日本の統治—ヒロシマからフクシマへ—
●ビキニ「死の灰」世界各地へ
●自衛隊とサリン
●相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場
●日本の国家機密
●兒嶋俊郎さんを偲ぶ
●昭和天皇の戦争責任を問う!!大嘗祭反対!!
天皇万歳に浮かれる無責任国家 田中利幸より
重要なことは、アメリカが、日本占領支配のために、裕仁の戦争責任を隠蔽してまでも、彼の天皇としての「権威」を政治的に利用したことである。つまり、私たちが本当に問わなければならないのは、「絶対的権力を保持していた国家元首の戦争犯罪・責任の免罪・免罪の上に制定された民主憲法が、果たしてどこまで真に民主主義的であるのか?」ということである。
●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より)吉田裕監修 2001年ピュリッツァー賞受賞
※昭和天皇は、平和主義者でもなんでもなかった。好戦的であり、常に軍部に色々と指示を出していた!!
第11章 真珠湾への道
Ⅲ
正式な説明を受けて最後に、昭和天皇は懸念こそあっても、何ら勝利への楽観的展望もなく、また長期戦がいかなる推移をたどるか考えもせず、「帝国国策遂行要領」を裁可した。御前会議の出席者全員が10月下旬までに対米・英・蘭戦争の準備を完了させなければならず、そして、10月上旬ごろまでにワシントンとの交渉で日本の要求を貫徹できる目処がたたなくなった場合には、戦争開始の決断をしなければならなくなったのである。
●小泉親彦と昭和天皇
●近現代史を《憲法視点》から問う~「湘南社」の憲法論議~
●近代天皇制の真髄は
●福沢諭吉
●神武と戦争
憲法9条を生かそう!!
2020年1月21日火曜日
細菌戦の系譜!!
●小林開さん 映画「ひろしま」を語る!!
●核なき世界へ 映画「ひろしま」
●知っていますか?「731部隊」
●ABC企画委員会パネル展2019中野
●第5回三多摩平和交流会2019
●パネル展「日中戦争ーその実相に迫る!
●情報公開裁判「化学学校記事」「衛生学校記事」
●南方軍防疫給水部の記録を探し求めて(リム・シャオピンさん)
●小津安二郎と宮柊二と毒ガス戦
●天皇制廃止に向けての第一歩:雲上人を人間化する運動を!
●京都大学に対する第731部隊軍医将校の学位授与の検証を求める活動
●平沢正欣論文を検証する(人体実験は行われたか?)
●武蔵村山の国立感染症研究所問題!!
●731部隊・100部隊展
核なき未来へ(森川聖詩)
日本には多くの被爆者がいるのに、日本政府はなぜ核兵器禁止条約に署名しない?
地球の温暖化や異常気象の最大の原因は、今までの2000回以上の核実験や原発事故などの放射能汚染で地球が壊れてきているからではないのか??
●『二酸化炭素温暖化説の崩壊』広瀬隆(集英社新書)
奇々怪々の現代
ロシアでは、「上昇した気温データだけ」が使われ、それを除く75%の気温データが削除されていた。正しくこれらの全データでグラフを描いてみると、20世紀後半のソ連・ロシアの気温は、ニュージーランドと同様に、上下動かしているだけで、気温上昇は起こっていなかった。
そしてついに2010年2月13日には、問題のメールを書いた張本人フィル・ジョーンズが、イギリスBBC放送の質問に答え、「中世に地球規模の温暖期があったなら、20世紀後半の温暖化は異常ではない」と認めた。
●核実験(ウキペディアより)
若くして白血病で亡くなった有名女優、有名歌手、また五輪候選手だったスイマーが白血病になったのは、放射能の影響ではないのか?
月の砂漠の犠牲者 夏目雅子と本田美奈子
核実験(かくじっけん,英語:Nuclear weapons testing)とは、核爆弾の新たな開発や性能維持を確認したり、維持技術を確立したりするために、実験的に核爆弾を爆発させることを指す。1945年から約半世紀の間に2379回(その内大気圏内は502回)の核実験が各国で行われた。そのエネルギーはTNT換算で530メガトン(大気圏内は440メガトン)でこれは広島へ投下されたリトルボーイの3万5千発以上に相当する。
アメリカ合衆国
ニューメキシコ州での核実験
2010年11月18日 Zマシン(サンディア国立研究所)と呼ばれる核融合実験装置/X線発生装置を使い、核爆発を伴わない「新型核実験」に成功している(この実験はマスメディアなどでは一応臨界前核実験とは区別して新型核実験と呼ばれている)。これは強力なX線を発生させ、超高温、超高圧の核爆発に近い状況を再現し、プルトニウムの反応をみる実験である。この実験は2014年11月まで続いており計12回行われている。
水素爆弾の恐怖・ビキニ環礁 (アメリカ)
「北朝鮮の核実験の威力」と「史上最強の核兵器"ツァーリ・ボンバ"の破壊力」【核兵器】
●核融合もすべきではない!!
20170303 小出裕章先生にきいてみた!!〜土岐市核融合科学研究所 重水素実験について
●原発・化石燃料発電→再生可能エネルギー発電の増加
【金子勝の言いたい放題】NO5 世界は電力タダの時代に エネ転が拓く経済転換(飯田哲也さんと) 20191230
核兵器、生物兵器、化学兵器廃絶!! 戦力不保持!!安倍政権打倒!!
●ニュース
戦争責任を取らぬまま、そのまま在位した昭和天皇、その後の天皇も日本の侵略戦争の謝罪をしていない!!
「普天間」「辺野古」に触れず 首相の施政方針演説 工期の遅れ影響か
「記者会見は国民の知る権利のためにある」 東京新聞・望月記者が松江で講演
愛媛・伊方原発3号機 点検中に燃料落下の警報(20/01/21)
大竹まことゴールデンラジオ#金子勝 (文化放送 2020-01-17)
●日本政府・自衛隊は情報を公開せよ!!(情報開示!!)
●国立感染症研究所村山庁舎(武蔵村山)
●なぜ、日本は広島・長崎・ビキニ・JCO臨界事故・福島と5度も被爆しているにに、日本医学界は「脱原発!!」と叫ばない!!
原爆投下された直後、日本は自らが原爆調査をして、731部隊(人体実験や細菌戦)の事もあるので、アメリカの心証を良くしようと考えた。そして科学者を総動員して原爆調査(被爆者を救済するための調査ではなく、原爆の威力調査)を181冊の調査書にまとめて、英訳し、アメリカに渡した。その後、731部隊員は、731で研究したデータを渡し、戦犯免責を受けた。原爆調査書は被爆者の治療には全く生かされず、日本の医学界は、原爆の放射能被害については、何も言及しなかった。そればかりか、その後のアメリカの原爆・水爆実験も批判せず、その被害を過小評価した。そして日本政府が、原子力の平和利用として原発を推進する政策にも、大きく加担している。
XII) 731部隊、広島長崎、チェルノブイリ、福島より
・・・第二次世界大戦中、日本軍は3000人もの医師たちが関わったとされる731部隊により、妊婦や子供まで含めた人体実験が行いました。極東裁判では捕虜虐待死の容疑で死刑に処された軍医幹部もいる中、731部隊関連者は訴追されませんでした。戦後、「研究データを米軍に提供すること」、さらにはなんと、「広島・長崎の研究に協力すること」を引き換えに免責されたのでした。
2010年のNHKの番組で、「(米国への研究データの提供のほかに)原爆調査への協力を731部隊の免責のカードとして使った」という元陸軍軍医の証言がありました。
封印された原爆報告書
水爆実験
水爆実験ブラボーで被爆したのは第5福竜丸1隻ではなく、延べ1000隻近くの漁船が被爆した!!
ビキニ「死の灰」世界各地へ
JCOの臨界事故
福島第1原発事故
●核兵器廃絶
徳仁・日本政府・日本医学界は、731部隊のことを謝罪し、戦争被害者の救済、戦争をしない政策にお金をかけるべきだ!
●「731部隊・100部隊・毒ガス戦」パネル展 2019年4月29日~5月3日
●「日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか 」 田中利幸さん
●日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか
水俣病
●731部隊(unit731)
●昭和天皇の戦争責任を問う!!天皇制反対!!
●読者から寄せられた記事
タイトル:
戦争とは金の陰謀だという事です。中央銀行がロスチャイルドの手に堕ちていない国は、戦争を仕掛けられ支配されている
ホスト:KD106180012236.au-net.ne.jp
********************
あなた方が解っていないのは、戦争とは金の陰謀だという事です。中央銀行がロスチャイルドの手に堕ちていない国は、戦争を仕掛けられ支配されているのです。
ロスチャイルド家に買われた中央銀行の事ね。
(ロスチャイルド家は)世界で一番お金持ちで権威ある一族のひとつ。
そういった銀行は国際決済銀行の支配下にあって
国内の通貨の価値や国の負債の量を決めるの。
NATOがリビアを征服して最初にした事は
リビア中央銀行をロスチャイルド系に替えた事なの。」
このように中央銀行がロスチャイルドの手に堕ちていない国は、
戦争を仕掛けられ支配されているのです。
もちろん中央銀行だけで無く石油の為などもありますが、
それも含めて「お金」の為に戦争をしているのです。
又、911に関しても、戦争をする為のアメリカの自作自演だったという事が判明しています。
59分位からhttps://www.youtube.com/watch?v=U7qJPfTlpu4&t=2930s
●横浜「戦争の加害展」感想
2月16日
107.私の住んでいるところは、日常的に横田基地から戦闘機飛行訓練の音がしています。すべては見切れていないほどのボリュームに圧倒されました。「731部隊」のジオラマ(北京市からの貸し出し?)にい息が詰まりました。「100部隊」という存在を初めて知りました。年月を経てようやく明らかにされるし資料への期待と、生きて訴えてこられた被害者の方々が死んでいかれる無念さ。それぞれの「時」に今ここで見ている私も生きています。大久野や平塚そして中国各地の毒ガス残塊は掘り出され、再び誰かを傷つけることで、存在を知らせる。「琉球新報」60年記念の(仮想)新聞の紙面のように、ありのままのj情報を目にし、考え行動したい。改ざんと隠ぺい、読み替え、言い換え、情報操作して踊らされることなく。エネルギーを感じる展示でした。ありがとうございました。明日は横田基地撤去の月例「座り込み」です。それぞれの街で頑張りましょう。(女性、50代)
●映画「ひろしま」アンケート(1月13日 横浜)
( )は性別・年代・住まい・情報
1、被爆直後の広島のみならず7年後の広島を描いていた点は強いメッセージを感じた。
○○のちとの対〇で、このようなおぞましい世界が実在したことを改めて驚いた。
★要望(映画・講演)
満州開拓団について、終戦後本土への引き揚げ、復員に際してどのようなご苦労があったか、ソ連参戦直後~終戦までの惨状についての話を伺いたい。
(男性・50代・市内・朝日新聞)
●【真相】(unit731)
石井細菌戦部隊―極秘任務を遂行した隊員たちの証言
郡司陽子編(1982年11月30日初刷:徳間書店)
編者まえがき
Ⅰ ファインダーがとらえた地獄
―総務部調査課写真班 T・K
釜山に着いた私たちが目の当たりにしたものは、先発した家族や隊員が残していった荷物の山だった。主のない荷物がホームに散乱している光景は、敗戦の身をいやと言うほど物語ってくれた。
すでに米軍によって飛行禁止命令が出ていたと思われるが、私たちを海軍の輸送船が待っていてくれた。石井部隊長が海軍省に強引にかけ合って準備してくれたものとのことだった。この輸送船も出航すると沖合で、全員が整列する中で、機関銃等の武装を取り外し、海に捨てた。
●日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!!
『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店より
第9章 戦犯の証言
戦犯たちの戦後50年
証人たちの発言の後、会場はにわかに活気づいた。私はそのとき、前に出ている以外にも「中帰連」のメンバーがたくさん会場にいることに気が付いた。彼らは次々に立ち上がっては発言し、日本軍が戦争中に毒ガスを使用した罪行を証言した。これらかつての『戦犯』たちの証言を聞きながら、たくさんの思いが私の胸に去来した。
●証言 人体実験(731部隊とその周辺)
中央档案館、中国第2歴史档案館、吉林省社会科学院編
江田憲治、兒嶋俊郎、松村高夫編訳
上野某自筆供述書(1951年5月8日)
731本部には、1、2、3、4各部と資材部は本部と同じところにあり、教育部は本部の隣、診療部はハルピン陸軍病院の裏にあった。ハルピン吉林街に分室があり、日本東京市軍医学校付近に石井部隊があった。
2、部隊長
初代部隊長は石井四郎(陸軍軍医少将)、第2代部隊長は北野政次(陸軍軍医少将)、第3部隊長は石井四郎(中将に昇進)。
●『人間の価値』
―1918年から1945年までのドイツ医学
Ch.ブロス/G.アリ編
林 功三訳
■法廷の沈黙の中で
原告はその使命を、被告たちに犯罪の償いをさせるだけではなく、次のような点にあると見ていた。
「この信じがたい事件を公衆の前に、これ以上ないほど明確なドキュメントとして示し、それによって、この事件が何人も疑うことができないもので、架空の創作ではなく、事実であったことを明らかにし、この法廷が合衆国の代表として、また人類の声として、この行為ならびにそれを生み出した理念を野蛮と犯罪として示すこと、世界の諸国民に、なぜ、どのようにしてこのようなことが行われたのかを示すことが、我々の崇高な義務である。この残忍非道な行為を生み出した倒錯した思想と歪んだ観念はまだ死滅していない。それは武力によって世界から追放できるものではない。」
昨年2018年12月に、『留守名簿 関東軍防疫給水部 満州第659部隊』2冊が発売されました!!(不二出版)
●日米安保条約・自衛隊を問う!!
自衛隊は、防護のためと言って、旧日本軍の細菌兵器・毒ガス兵器使用の反省・謝罪もないまま新たな生物兵器・化学兵器を作ってもいいのだろうか??憲法9条を持ち、生物兵器・化学兵器禁止条約を批准しているにも関わらず!!
日本の毒ガス
沖縄・南西諸島が軍事要塞化している現実はおかしくないか??
「琉球処分」から140 今の沖縄を考える
●「衛生学校記事」とはどんなものだろうか?
なぜここまでして、国は衛生学校や化学学校で作っていた機関誌を公開しないのだろうか?
次回 第23回『衛生学校記事』情報公開裁判
2020年2月4日(火)16:00~419法廷
金原節三氏が寄贈した資料が、衛生学校庁舎3階の彰古館に1982年に「金原節三コーナー」として展示された。
その2000点を超える資料はその後どうなったのであろうか?
防衛省の回答では、金原氏の目録と一致する資料は、今現在は641点だという。
しかし、それも一致するだけで、寄贈されたものではないという。
彰古館に勤めていた人(1996年から2013年)の聞き取りでは、彰古館では、きちんと整理していていなかったようである。
金原資料は、1995年に防衛庁戦史部に移管されたが、翌年また彰古館へ戻したという。
その時はすべてを戻したわけではなかったようだ。
2010年に、彰古館が学校庁舎3階から今の建屋になり、資料も移管されたが、金原資料の整理はきちんとされていないようだ。
金原資料の一部はあるようだが、その他の金原資料は、どこに保管しているのだろうか。
また、彰古館には旧軍資料しか置いていないともいう。本当に「衛生学校記事」や教範類は置いていないのだろうか?
次の裁判までに、勤めていた人の陳述書を防衛省側は出すという。防衛省が提出する資料は内輪の調査であり、本当にきちんと聴取しているのかが、疑問だ。憲法9条で戦力不保持を宣言しているのだから、情報公開に、制限を一方的にかけるのは、本当におかしいと思う。今の自衛隊の実情をきちんと国民に知らせるべきだ!!
●「化学学校記事」情報公開裁判
次回 2020年2月12日(水)11:30~ 東京地裁522号廷
1977年発行の化学学校発行の『20年のあゆみ』について、防衛省はマスキングに時間がかかるため、2か月後の提出は難しいかも知れないと述べた。
『20年のあゆみは』は1970年代だから、沖縄での、毒ガス漏洩事件や本土の相模原補給廠での毒ガスの問題がある中、毒ガスや核兵器に関する研究の記述もあるのだろう。それらをマスキングして公開しないというのは、日本の情報公開がいかに遅れているかと象徴している。防衛省は、化学学校記事16号の存在を認め、その間に自衛隊がどのような研究をしていたかを明らかにすべきだ。佐藤内閣時代に実際に核兵器を持とうとしていたのだから、自衛隊ではどんなことが研究をしていたかは、国民に広く知らせるべきである。ましてや日本は、広島、長崎、ビキニ、福一で甚大な被曝をしている国なのだから。
また、『化学学校記事』16号が存在するのだから、正直に防衛省はそれを認め、その他の全ての『化学学校記事」を公開すべきだ!!
1957(昭和32)年7月『衛生学校第1号』発刊
第4代衛生学校長
『衛生学校記事』を発刊したときの、衛生学校長金原節三とはどんな人物なのだろうか?
金原節三(1901~1976)
陸軍省医事課長時代(1941.11~43.8)に731部隊から報告を受けていた。「陸軍省業務日誌摘録」
厚生省東海北陸医務出張所から衛生学校へ 1955.8.1
金原節三と細菌戦
金原の略歴を見ると、昭和16年11月に陸軍省医務局医事課長になっていて、17年に8月に軍医大佐になっている。
細菌戦資料センターの会報には、次のような記載がある。「陸軍省医務局医事課長だった金原節三元軍医大佐が、1955年に陸上自衛隊に入隊した。細菌戦部隊を指導していたのは、陸軍参謀本部、陸軍省医務局衛生課そして陸軍省医務局医事課である。金原は、「金原業務日誌摘録」に細菌戦部隊からの報告を記録している。
金原節三と武見太郎
金原と戦後日本医師会会長になり、医師会、薬剤師会、歯科医師会に大きな影響を及ぼした武見太郎は、軍隊内の先輩・後輩関係にあった。『金原節三資料目録』(陸上自衛隊衛生学校)の巻頭言は、日本医師会長武見太郎が書いている。
『BC兵器』 久保綾三著(1969年)より
Ⅱ 自衛隊と生物・化学兵器―その思想と作戦
1、自衛隊の装備・訓練を探る
装備・訓練の実体は
M25A1型CN内乱鎮圧用手榴弾
暴徒及び他の内乱鎮圧に使用するため設計された。その重量、寸法及び形状は運搬や発射しやすいようにできている。球形で野球ボール大である。弾体はベークライト製で充填剤は、クロルアセトフェノン微細粉約3オンス強である。雷管は2秒延時管及び炸薬からなる信管。
第5代衛生学校長
井上義弘【1904~1969(65歳)、石川県出身
1929年に台北医専卒、陸軍見習士官を経て1931年3等軍医、1948年軍医中佐、その間、陸軍軍医学校教官、陸軍医務局課員、シンガポールに設置された細菌戦部隊(南方軍防疫給水部9420部隊)に所属、戦後、第1復員省、厚生省復員局勤務、1953年復員局から保安庁に出向、陸上幕僚監部衛生課長、陸上自衛隊衛生学校第5代校長、陸上幕僚監部衛生監を歴任1960年退官。近代5種競技世界選手権大会(ブタペスト)に日本選手団長として参加中、1969年9月急逝。1969年日本体育協会近代5種・バイアスロン連合会副理事長となり、専門の体力医学の分野で活躍】
第4代衛生学校長であった金原が1957年12月突如転任になり、第5代の衛生学校長になったのが井上だ。両人とも戦時中の細菌戦部隊にかかわった人物である。それも金原は細菌戦部隊の指導的な立場にあった。それがアメリカの圧力か何かで、衛生学校長の職を転任になり、その後を井上が引き継いだ。
井上は、自衛隊に保管されていた731関連の資料を自宅に持ち帰り、保管していたが、ブタペストで急逝したため、何も知らない遺族がそれらの資料を廃棄してしまった。ところがそれが神田の古書店に行きつき、某大学の研究者の目に留まり、その大学で買い取った。そこで改めてその資料を検証すると、731部隊の毒ガス実験等の論文があった。某大学では、その買い取った731関連の資料や、731部隊のデータを使って書いた論文等は、以前はその大学研究者は許可を得て見ることができたが、今ではそれらを見ることができなくなっている。
又、京大の次に多くの医学者を731に送った東大も細菌戦に関する資料を公開せず問題になっている。
東京医大等の不正入試だけでなく、大学医学部の戦中の細菌戦関連の資料の隠蔽も今、大きな問題になっている。
※1955年に二木秀雄が精魂塔を多磨霊園に建立し、731部隊の戦友会「精魂会」が発足した。
1950年には日本ブラッドバンクが内藤良一(元731部隊員)らによって設立され、元731部隊員は復権に向けて動き出している。
南方軍防疫給水部(岡9420部隊)
●イタイイタイ病を究明した男 萩野昇
●驚愕!御用医学者をさかのぼると、すぐに731部隊に行き着く
●水俣病問題
●小島三郎国立予防衛生研究所所長の過去
●小泉親彦と宮川米次の絆
●ヒロシマからフクシマへ
●宮川正
●「想定外」 と日本の統治—ヒロシマからフクシマへ—
●ビキニ「死の灰」世界各地へ
●自衛隊とサリン
●相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場
●日本の国家機密
●兒嶋俊郎さんを偲ぶ
●昭和天皇の戦争責任を問う!!大嘗祭反対!!
天皇万歳に浮かれる無責任国家 田中利幸より
重要なことは、アメリカが、日本占領支配のために、裕仁の戦争責任を隠蔽してまでも、彼の天皇としての「権威」を政治的に利用したことである。つまり、私たちが本当に問わなければならないのは、「絶対的権力を保持していた国家元首の戦争犯罪・責任の免罪・免罪の上に制定された民主憲法が、果たしてどこまで真に民主主義的であるのか?」ということである。
●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より)吉田裕監修 2001年ピュリッツァー賞受賞
※昭和天皇は、平和主義者でもなんでもなかった。好戦的であり、常に軍部に色々と指示を出していた!!
第11章 真珠湾への道
Ⅲ
英国の屈伏等に起因する米国輿論の大転換に依り戦争終末の到来必ずしも絶無にあらざるべし何れにするも南方要域を占領して戦略上優位の態勢を確立すると共に南方の豊富なる資源を開発し東亜大陸に於ける経済力の利用と相倹つて長期自給自足の経済態勢を整備し且独伊と提携し米英の結合を破摧(はさい)して亜欧を連絡する等に依り不敗の態勢を確立し得べく此の間情勢を利導し戦争を終燎に導き得るの光明を認め得べし
●小泉親彦と昭和天皇
●近現代史を《憲法視点》から問う~「湘南社」の憲法論議~
●近代天皇制の真髄は
●福沢諭吉
●神武と戦争
憲法9条を生かそう!!
2020年1月20日月曜日
細菌戦の系譜!!
●小林開さん 映画「ひろしま」を語る!!
●核なき世界へ 映画「ひろしま」
●知っていますか?「731部隊」
●ABC企画委員会パネル展2019中野
●第5回三多摩平和交流会2019
●パネル展「日中戦争ーその実相に迫る!
●情報公開裁判「化学学校記事」「衛生学校記事」
●南方軍防疫給水部の記録を探し求めて(リム・シャオピンさん)
●小津安二郎と宮柊二と毒ガス戦
●天皇制廃止に向けての第一歩:雲上人を人間化する運動を!
●京都大学に対する第731部隊軍医将校の学位授与の検証を求める活動
●平沢正欣論文を検証する(人体実験は行われたか?)
●武蔵村山の国立感染症研究所問題!!
●731部隊・100部隊展
核なき未来へ(森川聖詩)
日本には多くの被爆者がいるのに、日本政府はなぜ核兵器禁止条約に署名しない?
地球の温暖化や異常気象の最大の原因は、今までの2000回以上の核実験や原発事故などの放射能汚染で地球が壊れてきているからではないのか??
●『二酸化炭素温暖化説の崩壊』広瀬隆(集英社新書)
奇々怪々の現代
現在までIPCCは、「100年間で地球は0.7℃も気温上昇した」と騒いできたのに、オリジナル・データを0.71℃引き上げていたのだ。なんと、「人為起源の温暖化」とは、人為起源の温室効果ガスCO₂のことではなく、「人為的なデータの書き換え」が原因であった。
ニュージーランドだけでなく、続いてオーストラリアでも「長期記録の40%近くはヒートアイランドの起こっている大都市の温度」を採用していたことが発覚した。皆、旧大英帝国グループだ。北欧では、IPCC報告書に使われた「実測値」存在しない捏造データであることが明らかにされた。
●核実験(ウキペディアより)
若くして白血病で亡くなった有名女優、有名歌手、また五輪候選手だったスイマーが白血病になったのは、放射能の影響ではないのか?
月の砂漠の犠牲者 夏目雅子と本田美奈子
核実験(かくじっけん,英語:Nuclear weapons testing)とは、核爆弾の新たな開発や性能維持を確認したり、維持技術を確立したりするために、実験的に核爆弾を爆発させることを指す。1945年から約半世紀の間に2379回(その内大気圏内は502回)の核実験が各国で行われた。そのエネルギーはTNT換算で530メガトン(大気圏内は440メガトン)でこれは広島へ投下されたリトルボーイの3万5千発以上に相当する。
アメリカ合衆国
ネバダ州での核実験
1957年8月7日ネバダ核実験場における核実験(プラムボブ作戦)で破壊された米海軍の飛行船。この飛行船は軍事効果実験のため爆心地点から5マイル以上離れた地点を無人で浮遊中だったが、爆発の衝撃波で崩壊した。
南太平洋での実験は費用が掛かるため、トルーマン大統領の提案により1951年にネバダ州の砂漠にネバダ核実験場 (NTS,Nevada Test Site) が設置された。その後、フォールアウト(放射性降下物)の測定や建物・動物などへの影響を調べるための実験が地上・地下含めて928回行われた。
核実験の振動がラスベガスの建物に影響を与えたため、核出力5Mtの爆発実験の前段階として、1968年1月19日にラスベガスの北130kmにあるトノパー近郊で1Mtの地下実験"FAULTLESS"が行われた。これがアメリカ合衆国本土で行われた最大の核爆発であった。その結果、衝撃で地上に大きな断層ができてしまったために本土で実験は行わないことになり、5Mtの実験はアラスカのアムチトカ島で行うことになった。
1997年7月2日 地下実験場で初の臨界前核実験が行われた。
・928回繰り返された核実験の放射能で、多くの人々がガンになって死んでいるというドキュメンタリーがある。
詳細は「ネバダ核実験場」を参照
水素爆弾の恐怖・ビキニ環礁 (アメリカ)
「北朝鮮の核実験の威力」と「史上最強の核兵器"ツァーリ・ボンバ"の破壊力」【核兵器】
●核融合もすべきではない!!
20170303 小出裕章先生にきいてみた!!〜土岐市核融合科学研究所 重水素実験について
●原発・化石燃料発電→再生可能エネルギー発電の増加
【金子勝の言いたい放題】NO5 世界は電力タダの時代に エネ転が拓く経済転換(飯田哲也さんと) 20191230
核兵器、生物兵器、化学兵器廃絶!! 戦力不保持!!安倍政権打倒!!
●ニュース
戦争責任を取らぬまま、そのまま在位した昭和天皇、その後の天皇も日本の侵略戦争の謝罪をしていない!!
他省庁官僚からも「あり得ない」 疑問相次ぐ内閣府の「桜を見る会」名簿廃棄の謎
社説[通常国会召集]「安倍政治」総括の時だ
石原良純 首相が“説明責任を果たせ”と言えない理由は「安倍さん自体も説明しなきゃいけないことが…」
米民主党、トランプ大統領の罷免求める 「国家安全保障脅かす」
大竹まことゴールデンラジオ#金子勝 (文化放送 2020-01-17)
●日本政府・自衛隊は情報を公開せよ!!(情報開示!!)
●国立感染症研究所村山庁舎(武蔵村山)
●なぜ、日本は広島・長崎・ビキニ・JCO臨界事故・福島と5度も被爆しているにに、日本医学界は「脱原発!!」と叫ばない!!
原爆投下された直後、日本は自らが原爆調査をして、731部隊(人体実験や細菌戦)の事もあるので、アメリカの心証を良くしようと考えた。そして科学者を総動員して原爆調査(被爆者を救済するための調査ではなく、原爆の威力調査)を181冊の調査書にまとめて、英訳し、アメリカに渡した。その後、731部隊員は、731で研究したデータを渡し、戦犯免責を受けた。原爆調査書は被爆者の治療には全く生かされず、日本の医学界は、原爆の放射能被害については、何も言及しなかった。そればかりか、その後のアメリカの原爆・水爆実験も批判せず、その被害を過小評価した。そして日本政府が、原子力の平和利用として原発を推進する政策にも、大きく加担している。
XII) 731部隊、広島長崎、チェルノブイリ、福島より
・・・第二次世界大戦中、日本軍は3000人もの医師たちが関わったとされる731部隊により、妊婦や子供まで含めた人体実験が行いました。極東裁判では捕虜虐待死の容疑で死刑に処された軍医幹部もいる中、731部隊関連者は訴追されませんでした。戦後、「研究データを米軍に提供すること」、さらにはなんと、「広島・長崎の研究に協力すること」を引き換えに免責されたのでした。
2010年のNHKの番組で、「(米国への研究データの提供のほかに)原爆調査への協力を731部隊の免責のカードとして使った」という元陸軍軍医の証言がありました。
封印された原爆報告書
水爆実験
水爆実験ブラボーで被爆したのは第5福竜丸1隻ではなく、延べ1000隻近くの漁船が被爆した!!
ビキニ「死の灰」世界各地へ
JCOの臨界事故
福島第1原発事故
●核兵器廃絶
徳仁・日本政府・日本医学界は、731部隊のことを謝罪し、戦争被害者の救済、戦争をしない政策にお金をかけるべきだ!
●「731部隊・100部隊・毒ガス戦」パネル展 2019年4月29日~5月3日
●「日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか 」 田中利幸さん
●日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか
水俣病
●731部隊(unit731)
●昭和天皇の戦争責任を問う!!天皇制反対!!
●読者から寄せられた記事
タイトル:
戦争とは金の陰謀だという事です。中央銀行がロスチャイルドの手に堕ちていない国は、戦争を仕掛けられ支配されている
ホスト:KD106180012236.au-net.ne.jp
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あなた方が解っていないのは、戦争とは金の陰謀だという事です。中央銀行がロスチャイルドの手に堕ちていない国は、戦争を仕掛けられ支配されているのです。
イランはアメリカが核合意から離脱する等、これから揉める気満々で
北朝鮮、キューバは落ち着いたように見えますが予断を許さない状況です。
YouTube:syriangirlFAN
「新世界秩序がなぜシリアが嫌いで、今攻めてる最中なのか話すわ。
新世界秩序は全ての国をひとつの権威で治める計画よ。
背後にいるのは誰なのかについて色々な説があるけど
よく見ている人なら新世界秩序=NWOが最終目標だって気付くわ。
理由1:シリアの中央銀行は国有である。
いつも抵抗してきたシリアはNWO反対の第一線よ。
シリアが抵抗する方法の一つはロスチャイルド中央銀行が無い事。
●横浜「戦争の加害展」感想
2月16日
106.加害者側の視点で伝えることは、難しいと思いますが、ぜひ、これからも続けてください。(男性、50代)
●なかのゼロ(「過去からいま 未来をつなぐ」展
12月14日(金)の感想
・初めて知る事が多く、興味深かった。(男性、60代、千葉)
●【真相】(unit731)
石井細菌戦部隊―極秘任務を遂行した隊員たちの証言
郡司陽子編(1982年11月30日初刷:徳間書店)
編者まえがき
Ⅰ ファインダーがとらえた地獄
―総務部調査課写真班 T・K
京城では、米軍機が空から、ウェーデマイヤー中将名のビラを撒いた。日本の敗戦を伝えるものだった。京城にも一泊することになった。私は朝鮮総督府と朝鮮銀行本店に行ってみたが、機関銃を据え付けた歩兵に守られていて、中に入ることはできなかった。満州でためた私の貯金は、この時を境に私とは無縁のものとなってしまったわけだ。
●日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!!
『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店より
第9章 戦犯の証言
戦犯たちの戦後50年
表健治の証言に藤田茂が出て来た。藤田は1954年8月31日の供述で、1945年4月24日、秀嶺1号作戦の準備会議において各大隊に「必要に応じての毒ガス弾使用」の権限を与えたことを証言した。
「私の配下の各大隊は皆、ガス弾及びガス筒を携行していましたが、私が聞いたのは44大隊長が報告した次のような事例だけでした。それは、5月14日、山東省博山県豪山の八路軍約300名を攻撃した際、ガス弾とガス筒を使用したというものです。これは私がこれ以前の4月24日、各大隊長に対し毒ガス使用の許可を与えたことによる結果であり、国際公法の権威の責任は私にあります」
●証言 人体実験(731部隊とその周辺)
中央档案館、中国第2歴史档案館、吉林省社会科学院編
江田憲治、兒嶋俊郎、松村高夫編訳
上野某自筆供述書(1951年5月8日)
1、731部隊の状況について(1942年3月から1945年8月まで)。
部隊名 満洲第659部隊(通称)、関東軍防疫給水部(別命)
満洲第731部隊(本部) ハルピン市郊外平房
牡丹江支部(満洲第643部隊) 海林
林口支部(満洲第162部隊) 林口県古城鎮
孫呉支部(満洲第673部隊) 孫呉
ハイラル支部(満洲第543部隊) ハイラル
大連出張所(大連衛生研究所) 大連
以上を総称し、満洲第659部隊という。部隊長は731部隊長が担当し、本部長とも呼ばれた。
●『人間の価値』
―1918年から1945年までのドイツ医学
Ch.ブロス/G.アリ編
林 功三訳
■法廷の沈黙の中で
1946年12月9日から1947年7月19日まで、ニュルンベルグのアメリカ第1軍事法廷は、強制収容所、研究所の人体実験や安楽死=殺戮に関与した23人の医師、SS将校、官僚に対する審理を行った。
7名(ブラック、カール・ブラント、ルードルフ・ブラント、ゲープハルト、ホーフェン、ムルゴウスキー、ジーファース)が死刑を宣告され、処刑された。
5名(フィッシャー、ゲンツケン、ハントローザー、ローゼ、シュレーダー)が終身刑を、
2名(ベッカー=フライゼンクとオーバーホイザー)が20年の刑を、
1名(ハングルベック)が禁固10年の刑を宣告された。
7名の被告(ブローメ、ボコルニ、ロンベルク、ロストック、ルッフ、シェーファーとヴェルツ)が無罪を言い渡された。
昨年2018年12月に、『留守名簿 関東軍防疫給水部 満州第659部隊』2冊が発売されました!!(不二出版)
●日米安保条約・自衛隊を問う!!
自衛隊は、防護のためと言って、旧日本軍の細菌兵器・毒ガス兵器使用の反省・謝罪もないまま新たな生物兵器・化学兵器を作ってもいいのだろうか??憲法9条を持ち、生物兵器・化学兵器禁止条約を批准しているにも関わらず!!
日本の毒ガス
沖縄・南西諸島が軍事要塞化している現実はおかしくないか??
「琉球処分」から140 今の沖縄を考える
●「衛生学校記事」とはどんなものだろうか?
なぜここまでして、国は衛生学校や化学学校で作っていた機関誌を公開しないのだろうか?
次回 第23回『衛生学校記事』情報公開裁判
2020年2月4日(火)16:00~419法廷
金原節三氏が寄贈した資料が、衛生学校庁舎3階の彰古館に1982年に「金原節三コーナー」として展示された。
その2000点を超える資料はその後どうなったのであろうか?
防衛省の回答では、金原氏の目録と一致する資料は、今現在は641点だという。
しかし、それも一致するだけで、寄贈されたものではないという。
彰古館に勤めていた人(1996年から2013年)の聞き取りでは、彰古館では、きちんと整理していていなかったようである。
金原資料は、1995年に防衛庁戦史部に移管されたが、翌年また彰古館へ戻したという。
その時はすべてを戻したわけではなかったようだ。
2010年に、彰古館が学校庁舎3階から今の建屋になり、資料も移管されたが、金原資料の整理はきちんとされていないようだ。
金原資料の一部はあるようだが、その他の金原資料は、どこに保管しているのだろうか。
また、彰古館には旧軍資料しか置いていないともいう。本当に「衛生学校記事」や教範類は置いていないのだろうか?
次の裁判までに、勤めていた人の陳述書を防衛省側は出すという。防衛省が提出する資料は内輪の調査であり、本当にきちんと聴取しているのかが、疑問だ。憲法9条で戦力不保持を宣言しているのだから、情報公開に、制限を一方的にかけるのは、本当におかしいと思う。今の自衛隊の実情をきちんと国民に知らせるべきだ!!
●「化学学校記事」情報公開裁判
次回 2020年2月12日(水)11:30~ 東京地裁522号廷
1977年発行の化学学校発行の『20年のあゆみ』について、防衛省はマスキングに時間がかかるため、2か月後の提出は難しいかも知れないと述べた。
『20年のあゆみは』は1970年代だから、沖縄での、毒ガス漏洩事件や本土の相模原補給廠での毒ガスの問題がある中、毒ガスや核兵器に関する研究の記述もあるのだろう。それらをマスキングして公開しないというのは、日本の情報公開がいかに遅れているかと象徴している。防衛省は、化学学校記事16号の存在を認め、その間に自衛隊がどのような研究をしていたかを明らかにすべきだ。佐藤内閣時代に実際に核兵器を持とうとしていたのだから、自衛隊ではどんなことが研究をしていたかは、国民に広く知らせるべきである。ましてや日本は、広島、長崎、ビキニ、福一で甚大な被曝をしている国なのだから。
また、『化学学校記事』16号が存在するのだから、正直に防衛省はそれを認め、その他の全ての『化学学校記事」を公開すべきだ!!
1957(昭和32)年7月『衛生学校第1号』発刊
第4代衛生学校長
『衛生学校記事』を発刊したときの、衛生学校長金原節三とはどんな人物なのだろうか?
金原節三(1901~1976)
陸軍省医事課長時代(1941.11~43.8)に731部隊から報告を受けていた。「陸軍省業務日誌摘録」
厚生省東海北陸医務出張所から衛生学校へ 1955.8.1
金原節三と細菌戦
金原の略歴を見ると、昭和16年11月に陸軍省医務局医事課長になっていて、17年に8月に軍医大佐になっている。
細菌戦資料センターの会報には、次のような記載がある。「陸軍省医務局医事課長だった金原節三元軍医大佐が、1955年に陸上自衛隊に入隊した。細菌戦部隊を指導していたのは、陸軍参謀本部、陸軍省医務局衛生課そして陸軍省医務局医事課である。金原は、「金原業務日誌摘録」に細菌戦部隊からの報告を記録している。
金原節三と武見太郎
金原と戦後日本医師会会長になり、医師会、薬剤師会、歯科医師会に大きな影響を及ぼした武見太郎は、軍隊内の先輩・後輩関係にあった。『金原節三資料目録』(陸上自衛隊衛生学校)の巻頭言は、日本医師会長武見太郎が書いている。
『BC兵器』 久保綾三著(1969年)より
Ⅱ 自衛隊と生物・化学兵器―その思想と作戦
1、自衛隊の装備・訓練を探る
装備・訓練の実体は
自衛隊教範(14-2-3、14-4-2)から化学兵器の幾つかを紹介してみよう。
M7型CN催涙手榴弾
M7A1型CNと基本的に同じだが催涙剤及び充填方法の違いのためM7A1 型擲弾の約半分の有効クロルアセトフェノン発生量である。燃焼時間は約30~60秒
第5代衛生学校長
井上義弘【1904~1969(65歳)、石川県出身
1929年に台北医専卒、陸軍見習士官を経て1931年3等軍医、1948年軍医中佐、その間、陸軍軍医学校教官、陸軍医務局課員、シンガポールに設置された細菌戦部隊(南方軍防疫給水部9420部隊)に所属、戦後、第1復員省、厚生省復員局勤務、1953年復員局から保安庁に出向、陸上幕僚監部衛生課長、陸上自衛隊衛生学校第5代校長、陸上幕僚監部衛生監を歴任1960年退官。近代5種競技世界選手権大会(ブタペスト)に日本選手団長として参加中、1969年9月急逝。1969年日本体育協会近代5種・バイアスロン連合会副理事長となり、専門の体力医学の分野で活躍】
第4代衛生学校長であった金原が1957年12月突如転任になり、第5代の衛生学校長になったのが井上だ。両人とも戦時中の細菌戦部隊にかかわった人物である。それも金原は細菌戦部隊の指導的な立場にあった。それがアメリカの圧力か何かで、衛生学校長の職を転任になり、その後を井上が引き継いだ。
井上は、自衛隊に保管されていた731関連の資料を自宅に持ち帰り、保管していたが、ブタペストで急逝したため、何も知らない遺族がそれらの資料を廃棄してしまった。ところがそれが神田の古書店に行きつき、某大学の研究者の目に留まり、その大学で買い取った。そこで改めてその資料を検証すると、731部隊の毒ガス実験等の論文があった。某大学では、その買い取った731関連の資料や、731部隊のデータを使って書いた論文等は、以前はその大学研究者は許可を得て見ることができたが、今ではそれらを見ることができなくなっている。
又、京大の次に多くの医学者を731に送った東大も細菌戦に関する資料を公開せず問題になっている。
東京医大等の不正入試だけでなく、大学医学部の戦中の細菌戦関連の資料の隠蔽も今、大きな問題になっている。
※1955年に二木秀雄が精魂塔を多磨霊園に建立し、731部隊の戦友会「精魂会」が発足した。
1950年には日本ブラッドバンクが内藤良一(元731部隊員)らによって設立され、元731部隊員は復権に向けて動き出している。
南方軍防疫給水部(岡9420部隊)
●イタイイタイ病を究明した男 萩野昇
●驚愕!御用医学者をさかのぼると、すぐに731部隊に行き着く
●水俣病問題
●小島三郎国立予防衛生研究所所長の過去
●小泉親彦と宮川米次の絆
●ヒロシマからフクシマへ
●宮川正
●「想定外」 と日本の統治—ヒロシマからフクシマへ—
●ビキニ「死の灰」世界各地へ
●自衛隊とサリン
●相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場
●日本の国家機密
●兒嶋俊郎さんを偲ぶ
●昭和天皇の戦争責任を問う!!大嘗祭反対!!
天皇万歳に浮かれる無責任国家 田中利幸より
重要なことは、アメリカが、日本占領支配のために、裕仁の戦争責任を隠蔽してまでも、彼の天皇としての「権威」を政治的に利用したことである。つまり、私たちが本当に問わなければならないのは、「絶対的権力を保持していた国家元首の戦争犯罪・責任の免罪・免罪の上に制定された民主憲法が、果たしてどこまで真に民主主義的であるのか?」ということである。
●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より)吉田裕監修 2001年ピュリッツァー賞受賞
※昭和天皇は、平和主義者でもなんでもなかった。好戦的であり、常に軍部に色々と指示を出していた!!
第11章 真珠湾への道
Ⅲ
その日の御前会議の主題は、戦争準備の日程と最終的な戦争開始の意思決定を下す時期であった。会議の間、杉山はあらかじめ用意しておいた天皇の下問に対する想定問答集を持っており、それを紹介した可能性すらあった。この資料から二点が明らかとなる。ひとつは、アメリカを打ち負かすことはできないということ、いまひとつは、それゆえ、対米戦争をい
つ終わらせるのかについて目処をたてることはできない、ということだった。しかしながら、もし南方作戦で大きな勝利を収めることができれば、イギリスは敗れ、打ちのめされるだろう、としていた。その資料は次のように述べている。
●小泉親彦と昭和天皇
●近現代史を《憲法視点》から問う~「湘南社」の憲法論議~
●近代天皇制の真髄は
●福沢諭吉
●神武と戦争
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