2026年1月19日月曜日

核・戦争のない世界!!



 

   

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●戦争反対!!

米の軍事介入に反対!!トランプは辞めろ!!



八王子は非核都市宣言から44年!!八王子から核廃絶の声をあげよう!!

1.18 八王子アクション





「自由で開かれた」情報公開を望む!!

●原発再稼働反対!!

柏崎刈羽原発、泊原発再稼働反対!!

核保有断固反対!!

2011.3.11の福島原発事故は終わっていない!!

新潟は、新潟地震(1964年)、中越地震(2004年)、能登半島地震(2024年)を忘れてはいない!!

岐阜県で震度2(3:46)




福島第一原発『生業訴訟』原告団「体験をした我々の責任 じっとしていられない」柏崎刈羽原発の“再稼働容認撤回”を申し入れ 新潟県庁



組織的データ操作も? 不祥事続く中部電、地元は「背信行為」と怒り










第4回「731・原爆・ビキニ・フクシマ」展


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政府に謝罪要求、日本民間団体が731部隊の罪を告発

第4回 「731・原爆・ビキニ・フクシマ」展2



第4回「731・原爆・ビキニ・フクシマ」展開催
八王子の中央図書館で、17日(水)~22日(月)にパネル展を開催しました。柏崎刈羽原発、泊原発が再稼働されようとしていますが、パネル展を通して、2011年の福島原発事故の悲惨さが今でも続いていることがわかったと思います。特に福島県から原発事故で、東京や神奈川に避難して、国、東京電力を相手に損害賠償を求めて訴訟を起こしている鴨下さんや村田さんのお話には、皆さん耳を傾けたました。
 又、永町さんは、おじさんの原爆投下時に着ていた衣服が大事に八王子平和・原爆資料館に保管されていることに感動し、資料館のスタッフになった方ですが、永町さんのお話も原爆の悲惨さが伝わってきました。
 原発の定期点検時に、作業員が原子炉の中に入り、被ばくしていることを証明した報道写真家の樋口健二さんのお話の時には、多くの方々が詰めかけ、熱く語る樋口さんの原発の危険性の話に耳を傾けていました。

 18日には、広島市の被爆体験伝承者の野田信枝さんが、被爆者の末岡昇さんのお話をわかりやすく語り、その後は、葛原緑さんと「ちっちゃいおうち」のコカリナ演奏などもありました。

 その他、中国の環球時報の取材や、中国のテレビCCTVの取材なども受けました。

延べ255人の参観者がありました。



 喊话日本政府“谢罪”,日本民间办展览揭露731部队罪行






下本節子さんのスライド


ビキニ事件と私



12月22日(月)

1、毒ガス関連のことが、東京裁判でなぜか触れられなかった点など興味深いドキュメンタリーを観ることができ有益でした。様々なことが、黒塗りで真実が隠されている点に強い憤りを感じます。

「毒ガスは戦争を早く終わらせ、人々を救う」というハーバー博士の言葉。しかし、相手側もそれを使って、 応酬しあうと、更に戦争の状態の悪化が生じる。(現在の日本の防衛の方向と同様)

 そして、その毒ガスがアウシュビッツで用いられた事実。そして、その後ベトナム戦争などで無差別大量殺戮兵器として、(毒ガス)化学兵器として、用いられてきた点も同様に有益でした。
(70代、市内、NO・WARにて)



原発は定期点検などのときにも、原発労働者を被曝させている。事故も起きている。


原発社会での日常的風景  福井 美浜 2004 

樋口健二は経済成長の負の側面、環境汚染、労働問題、戦争被害などを弱者の立場と取り続けてきた。なかでも原発問題は、1970年代半ばから取り組む主要なテーマだ。図らずも、その仕事に改めて脚光をを当てたのが、2011年の東日本大震災に伴う福島第一原発事故 だった。その瞬間から、樋口の写真への人々の理解はまるで変わった。それを示すのが、海水浴客で賑わう美浜町の砂浜と、その奥にそびえる原子力発電所を捉えたこの1枚である。私たちの生活が常に破壊的な危機と隣り合わせであるという事実を、非常な説得力によって想起させるのである。(Y.T)

放射線量の改ざん


被ばく労働者は62万人を超える!!

2011.3.11 福島第1原発事故を忘れてはならない!!

311子ども甲状腺がん裁判(今、428人に甲状腺がんと診断が下されている!!)


2025年6月17日最高裁包囲行動!!2026年は6月15日(月)の予定

最高裁6.17判決(2022.6.17)

最高裁第2小法廷(菅野博之裁判長)は、生業など4 訴訟について「仮に国が東電に津波対策を命じていたとしても、想定外の津波により事故は防げなかった」として国の責任を否定した3人の多数意見によるもので、 三浦守判事は「責任あり」とする反対意見だった。判決は世論、法曹関係者からも厳しい批判にさらされているが、以後、地裁、高裁ではこれをコピーする判決が続いている。

八王子→日野(原水爆禁止 国民平和大行進 2025.7.18)


日本被団協が核兵器禁止条約の参加求め約344万人の署名提出



日本被団協 非核三原則の堅持など求める声明発表


広島 長崎 原爆投下80年を前に 日本被団協など3団体が共同声明

   被爆80年を迎えるにあたって
  ヒ口シマ・ナガサキを受け継き、広げる
   国民的なとりくみをよびかけます

ビキニ水爆被災を契機に原水爆禁止運動が広がってから7l年。来年は日本被団協結成70周年です。被爆者が世界の注目をあつめる一方、核使用の危機が高まる今日、日本の運動の役割はますます大きくなっています。その責任をはたすためにも、思想、信条、あらゆる立場の違いをこえて、被爆の実相を受け継ぎ、核兵器の非人道性を、日本と世界で訴えていくことが、なによりも重要となっています。それは被爆者のみならず、今と来来に生きる者の責務です。地域、学校、職場で、様々な市民の運動、分野や階層で、被爆の実相を広げる行動を全国でくりひろげることをよびかけます。世界の「ヒバクシャ」とも連帯して、私たちはその先頭に立ちます。                  

       2025年7月23日

                 日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)

    原水爆禁止日本協議会(日本原水協) 

    原水爆禁止日本国民会議(日本原水禁)

世界被害者フォーラムのヒバクシャの定義

 われわれは、核被害者=ヒバクシャを以下のように定義する
すなわち原爆の被爆者核実験の被害者核物質を使った人体実験の被害者、核の軍事利用と民生利用の別を問わず、ウランの採掘精錬濃縮の活動核の開発利用廃棄などの核兵器関連活動と原発核燃料サイクルの全過程における労働と環境放射能汚染によるヒバクシャ、原発事故被害者放射性廃棄物の劣化ウランを用いた兵器によるヒバクシャなどの放射線被曝と放射能汚染による被害者全てを含む


【戦後80年】道内4つの被爆者団体が初の“共同声明”…核廃絶&禁止条約への参加求める「実効性ある核廃絶目指して」…被爆者健康手帳持つ人は道内171人 平均年齢86歳超に


自民党よ!!嘘をつくな!!


12月8日も青森県東方沖で大きな地震があった!!12日にも
地震の頻発する国に、原発、核処理施設は危険!!

能登半島地震の写真や図説(2024年1月1日)


62基も原発を作ってミサイルでも飛んで来たら大変だ!!

マス・メディアは、政治権力から独立してきちんと報道せよ!!

 事故が起きたら、大惨事になる!!日本だけでなく世界に大きな放射能災害をもたらすことは、福島の事故を見てもわかるはずだ!!
2025年9月現在の原発の状況

世界史上最悪(レベル7)の原発事故福島第1原発!!原発は環境破壊だ!!
原発推進、汚染水放出、アメリカと日本の関係??
日本の医学界も、原発推進、汚染水放出等の問題に、なぜ沈黙する。


ALPS処理汚染水を海に捨てないで!海洋投棄を止める活動にご支援を

グリーンピースからのメールの一部より
汚染水放出に反対、再生可能エネルギーへの早期転換を求めて
8月22日、日本政府は、東京電力福島第一原発敷地内に貯留されている「ALPS処理汚染水」の海洋放出を気象や海象条件などに支障がなければ、9月24日にも開始することを発表しました。
グリーンピース・ジャパンは、 2023年8月17日、汚染水の海洋放出に反対する署名36,334筆を経済産業省に、原子力発電所に反対する署名18,642筆を内閣府に提出しました。
 「放射能汚染水を海洋放出しないで」署名を経済産業省の担当者に提出しました。
日本政府および東京電力は、漁業関係者や住民、太平洋地域や近隣諸国の懸念を押し切って、放射性物質を含むALPS処理汚染水を海に放出する決断に踏み切りました。あらゆる問題を山積みにしたまま、数日のうちにも海洋放出が開始するかもしれないこの状況に、憤りを覚えていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。
グリーンピースは8月17日、54,976筆の署名を、国際環境NGO FoE Japanなどが主催する政府・東電との討論会の場などで政府に提出しました。また8月18日には、市民団体「これ以上海を汚すな!市民会議」が、首相官邸前にて行った汚染水の海洋放出に反対する要請行動に参加しました。

8月18日の「これ以上海を汚すな!市民会議」主催の抗議集会


放射性廃棄物の海洋放出は、福島第一原発の廃炉計画の失敗を明らかにしています。いったん海に流された放射性物質は決して回収できません。一方で、汚染水の発生を止める有効な手段はとられていないままです。放射性廃棄物を意図的に放出し、海を汚染するという選択は、日本の数十年にわたる原発政策が招いたものです。

署名提出、討論会でわかったこと

 グリーンピースが政府に署名を提出した2023年8月17日、市民と政府および東京電力との討論会がありました(国際環境NGO FoE Japan主催)。経産省、原子力規制庁、東京電力から10名以上が出席し、市民側は放出に反対する福島県民、オンライン参加者も含め多くの参加がありました。
 2015年、政府・東電は、「関係者の理解なしにいかなる処分も行わず、他核種除去設備で処理した水は発電所敷地内のタンクに貯留します」と文書で約束しています。討論会で「この約束は守られるのか」と問われた際には、はっきりと「守る」と回答していました。それにもかかわらず、海洋放出を推し進めようとする政府の不誠実な姿勢は、到底受け入れられるものではありません。
 また、討論会では、グリーンピースはじめ、多くの研究者らが提案してきた陸上に保管する代替案について、ほとんど議論されていなかったことが改めて浮き彫りとなりました。東電は「モルタル固化処分案」については「ALPS小委員会においても検討が行われている」と回答しましたが、検討されたのは地下に埋設する別の方法についてであり、さらにそれも2行書いてあるだけで、会議資料にも議論の記録はありません。
 処理費用と期間も大幅に膨れ上がっています。様々な処理方法が検討されていた2018年の時点で、海洋放出の費用は17~34億円とされていましたが、現在の試算では1200億円となり、処理にかかる期間も52~88ヶ月程度と書かれていましたが、現在は少なくとも30年以上と言われています。

海を汚染しない選択を求めます

福島第一原発の廃炉作業を進めるために「ALPS処理汚染水」の海洋放出は必要ありません。抜本的な解決策について、グリーンピースは元ゼネラル・エレクトリック社で東電福島第一原発などに勤務していた原子力コンサルタントの佐藤聡氏に委託し、2021年に具体的な提案を含むレポートを公表しています。
 欧米で運用されているより高精度な多核種除去設備で限界まで放射性物質を取り除いた処理汚染水を、現行のタンクより堅牢な大型タンクに移し、さらに高度な除去技術を開発することが、現段階では最善の解決策であるとグリーンピースは考えます。
ALPS処理水海洋放出反対学習会「豊かな海を後世に引き継ぐために」/ 福島大学准教授 林薫平先生

福島原発事故から出た汚染土の問題!!

2025年5月22日 東京新聞




●核実験
世界が放射能で汚染された!!

1945年から約半世紀の間に2379回(その内大気圏内は502回)の核実験が各国で行われた。そのエネルギーはTNT換算で530メガトン(大気圏内は440メガトン)でこれは広島へ投下されたリトルボーイ(TNT換算で15 kt)の3万5千発以上に相当する。
アメリカだけではない!!世界は核実験・原爆・原発事故により放射能で汚染され、地球は破壊された。多くの人が核被害で苦しみ、温暖化は進んでいる!!

放射線を浴びたX年後III サイレントフォールアウト 乳歯が語る

大陸汚染

サイレント フォールアウト予告編

核実験の人体実験
クラウドファンディングサイト
公式HP
(スケジュールをクリックすると今後の上映予定がわかります。)
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核なき未来へ



世界に拡がる放射能汚染は、核抑止論・軍事機密のために、隠蔽され、矮小化されている!!延べ1000隻が被ばくしたビキニ事件は、第五福竜丸事件に矮小化された。
広島・長崎・ビキニ・福島と4度被ばくした日本はいつまで、危険な原発をやるつもりなのだ!!
核兵器廃絶!!脱原発!!医学者も声を上げよ!!いつ大地震が起きるかわかりゃしない!!
日本と台湾の地震の対応が何でこんなに違うのか?

ビキニ事件は終わっていない 
         太平洋核被災支援センタ―ビキニ核被災検証会事務局   山下正寿
11  核兵器禁止条約と核実験被害者救済
  「核兵器禁止条約」は2017年7月7日、国連で圧倒的多数の賛同(賛成 122、反対1、棄権1)により採択され、2020年10月24日、ホンジュラスが50番目の批准書を寄託し、同条約は2021年1月22日に発効することが確定しました。
 同条約第6条「被害者支援と環境改善」に次のように記されています。
1、締約各国は、核兵器の使用や実験に伴って悪影響を受けた管轄下の個人に関し、国際人道・人権法に従って、医療ケアやリハビリ、心理的な支援を含め、年齢や性別に適した支援を十分に提供する。社会的、経済的に面についても同様である。
2、締約国は管理・支配下の地域が核兵器の実験や使用に関連する活動の結果、汚染された場合、汚染地域のの環境改善に向け必要かつ適切な措置を取る。
※この文章は2020年に書かれています。


●戦争反対!!

自民、裏金議員を比例重複へ 方針転換「みそぎ済ませた」

36年ぶり厳冬期の衆院選になれば「業務量は倍」…豪雪地は悲鳴 「冬晴れの東京基準で日程決めないで」

ベネズエラ攻撃、米国内で法的根拠問う声「議会の承認なく無謀」…中露の軍事行動助長しかねないとの見方も

1941年12月8日、アジア太平洋戦争開戦の日、日本は誤った道を歩む!!日本政府によるアジア諸国への謝罪がない!!

高市首相は軍拡の前に日本の“不名誉な過去”を認めるべきだ─海外識者の指摘

戦争を伝えるミュージアム


中国侵略戦争での残虐行為
日本は中国で何をしたのか?
万人坑から見えるもの
中国に現存する万人坑と中国人強制連行・強制労働
 主に一五年戦争期の日本による中国侵略で犠牲になった中国人の遺体(遺骨)がまとめて埋められている(捨てられている)「人捨て場」が、東北(かつての「満州国」)から南洋の海南島にまで至る広大な中国の各地に、二一世紀の今も数えきれないほど現存しています。その「人捨て場」を中国の人々は「万人坑」(まんにんこう)と呼んでいますが、埋められた犠牲者の数が文字通り万人の単位(五桁!)にもなる巨大な万人坑も数多く残されています。

中国の万人坑の分布図


●第10回「戦争の加害展」の感想

◆8月12日(火)

126、40年前、1985年8月に韓国に行き、植民地下の朝鮮半島で、どのような皇民化教育が行われていたのか、詳しく聞くことができました。

 ひどい日本人教師が多かったが、中には、朝鮮の子どもたちに思いを寄せ、「今は苦しい時だ。でも10年後の世界は違うぞ!」と教えてくださった日本人教師のことを懐かしく、誇らしく語ってくれた老人もいました。官憲にマークされていたらしいです。

 日本の加害責任は悪い。本当に悪い!事実です。

 でも、その中にでも、人間性を失わず、人間としての誇り、ヒューマニズムを貫こうとした日本人が、少なからずいた、これも大切な事実だよ。40年間、横浜で中学校社会科教師をしましたが、私は、そんなことを伝えるのも今でも大切だと思っています。

 本日はありがとうございました。

(60代、横浜市内、通りがかり、植民地下の朝鮮半島)

記憶の継承を進める神奈川の会

●731部隊展(小平)

20日(土)
講演会感想

2、731部隊の本やTV・展示会等で知っていたこともあるが、大内先生の話で新しく知ったこともあり、本日来て良かったと思いました。
(50代、八王子、アサココ、講演)

             大内 要三 (日本ジャーナリスト会議会員)
2. 再軍備と旧軍の継承
●『衛生学校記事』に掲載された「細菌戦回顧」
  しかも「細菌戦といったようなものは禁止兵器の一つですから、自然流行だろうと言い訳のできるようにするためにも、その地方の流行菌を使うということが必要だと思います」とも話しています。「満洲」では実際にペストや赤痢が部分的に自然流行した地域があります。そこにバラ撒いたら人間がやったことだと分からないだろう、誤魔化せる、そのような事を私はやってきましたと、わざわざ衛生学校で話をしたようなものです。
日本政府は今だに公式には細菌戦実施の事実を認めていません。このような『衛生学校記事』が表に出てはまずいのではないでしょうか。だから、公開せず廃棄したことにしているのだと思います。

                   

●三多摩平和交流会の感想

20〇
無残な大量死を生んだ人間軽視も受忍論も充分な検証も反省もなく、日本の社会を続けてきている私たちということを強く感じます。それは労働や教育や福祉・・・社会のあらゆる事柄への考え方の深い水脈として生きている、と感じました。ゆえに歴史を知ることに、今の社会を考えることを改めて思います。今の自衛隊へのお話も、これからの動向を見るうえで、大切な視点をいただきました。今日はありがとうございました。ご著書より、戦争、兵士というものを、これまでになくリアルに知っていく気がいたします。




日本の中学教科書には、日本軍による残虐行為の写真は一切掲載されていない!(日本の中学教科書)

●高市首相は発言撤回を!!高市は辞めろ!!日中友好、日中永久不再戦!!
日本は、憲法9条によって
① 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。と宣言している!!

(高市発言)
「戦艦を使って、武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になりうるケースだと、私は考えます」
中国の内政に干渉するべきではない!!
1972年の日中共同声明で、日本は、中国に侵略戦争の謝罪をした。

「日本側は、過去において日本国が戦争を通じて中国国民に重大な損害を与えたことについての責任を痛感し、深く反省する。また、日本側は、中華人民共和国政府が提起した「復交三原則」を十分理解する立場に立って国交正常化の実現をはかるという見解を再確認する。中国側は、これを歓迎するものである。」

そして、中華人民共和国が中国の唯一の合法政府であると認めたではないか!!

(以下、日中共同声明より)
2、日本国政府は、中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認する。
3、中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。
 日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する。

高市さん、存立危機事態になったら、国民生活・自然環境を破壊する戦争をするのですか?

高市解散で「旧統一教会」問題や「責任ある積極財政」の検証はウヤムヤ…人気頼みで「突破」は許されるのか


中国 軍民両用品目の輸出規制強化 レアアース調達に懸念の声も


自民 防衛装備品の移転 「5類型」見直しの議論本格化へ



“核保有”発言受け 中国外務省報道官 “危険なたくらみ露呈”

「日本は核不拡散のリーダー」米国務省 “核保有”発言受け


官邸幹部「核保有すべき」発言 被団協代表委員「耳を疑う」


●何でこんな展示会を八王子でやるの??軍国主義日本の復活か?

東京上陸!防衛技術博物館 出張展示 in 八王子







第32回アジア・フォーラム横浜(ブログ)

●自衛隊

情報公開裁判『化学学校記事』控訴審

秘密保護法撤廃!!憲法9条遵守!!

『化学学校記事』を全面公開せよ!!

裁判所は、しっかり行政を監視せよ!!

自衛隊化学学校は今までどんなことをやって来たのかを明らかにせよ!!

化学学校で作った『化学学校記事』を何で自分の所で保管していない?
そんなことは絶対ないはずだ!!

自衛隊は核戦争を想定して演習をやっている!!
日本は、戦争を放棄したはずだ!!なんで核戦争の想定をするのか?
『化学学校記事』16号(1970年)までは、防衛省は発行は認めている。それが1970年、日本が1925年のジュネーブ議定書を批准した年だ。日本が国際法に違反して、それ以前に化学学校でいろいろなことをやっていたことが、ばれないようにするために存在を認めないのか?

 


2025年11月27日(木) 東京高裁824号法廷
何で、東京高裁は証人尋問を認めない??
何で、高裁は、じっくりと話を聞かないのか?

2026年3月19日(木)13:15 判決言い渡し
せめて、原告側が出す調書をしっかり読んで判決してもらいたい!!

『化学学校記事』の情報をお持ちの方は

nobu.goi@gmail.comまでご連絡ください!!

『化学学校記事』を公開せよ!!

情報公開裁判『化学学校記事』控訴審!!

◍自衛隊『衛生学校記事』情報公開裁判

10月2日(木)11時~16:30 証人尋問 東京高裁511号法廷

自衛隊「衛生学校記事」を自分の所で発行していて、なぜ原本も含め、
今まで発行してきた機関誌が、1冊もないなんて明らかにおかしい!!
自衛隊は、明らかに隠している!!

 ※裁判の傍聴で感じたこと。

・衛生学校図書室の図書原簿に二重線に引いた図書が廃棄されたという傍証に『日本医事新報』の廃棄したことを挙げているが、自衛官が自分の判断で、ゴミになりかけた『日本医事新報」の合冊本を、その捨てようとした自衛官と話し合って、彰古館に勝手に展示できるのか?

 そんなことはできないだろう。必ず、上司の命令・指示がなければできない。ましてや、自分の判断で、勝手に彰古館に展示できるはずはないではないか!!
その作業を勤務時間内にやっていれば尚更のことだ!!

勤務時間に内に、ゴミになりかけた『日本医事新報』を時間をかけて、何回も階段の上り下りをして運んだと、それも上司の了解もなく、自分の判断で?

又、ゴミ置き場にその『日本医事新報』を運んだ自衛官は、亡くなったとされているが、本当に亡くなっているのだろうか???

・亡くなったとされる自衛官と短期間ではあるが、一緒に衛生学校図書室に勤務した自衛官は、それ以前、以後は教務畑に勤務していたという。その人が、図書室勤務の時に、平積みにされた図書の名前すら憶えていないのは明らかにおかしい。不思議だ。廃棄されようとする重要書類の名前くらい覚えているはずだ。教務を務めていたとすれば、そのぐらいは当たり前だと思う。偽証していないのだろうか??

・原告側の証人が、古本屋から『衛生学校記事』の月刊本全冊と、季刊本の一部を入手した。それによると、初期の月刊本には、731部隊の細菌戦の記述があったという。それも部外秘と書かれていた。
 そんな大事な資料を、衛生学校は保存していないというのは、考えられない。

◆731部隊・細菌戦資料センターのチラシより  (一瀬法律事務所発行)
◇10月2日 (木) 11時~16時30分 
東京高裁 511号法廷 

『衛生学校記事』情報公開裁判(証人尋問)

1、証人 古野巌(陸上自衛隊衛生学校2005年9月図書室図書係)
2、証人 木村益雄(陸上自衛隊衛生学校2005年9月彰古館担当)
3、証人 林田泰幸(陸上自衛隊衛生学校2021年~2024年訴訟管理官)
4、証人 大内要三(軍事ジャーナリスト)

 10月2日、陸上自衛隊衛生学校の機関誌『衛生学校記事』の開示を求めた情報公開裁判(2013年11月提訴)の控訴審で4人の証人尋問が行われます。

 2023年8月の1審(東京地裁)の判決は、衛生学校図書室で保管していた『衛生学校記事』を当時の図書係だった鈴木武範氏が廃棄したと推認することには合理性があるとして防衛省の不開示処分が違法ではないと認定しました。

 しかし、鈴木氏の証言では、
①図書原簿の『衛生学校記事』『ふかみどり』『保安衛生』『防衛衛生』の製本雑誌の記載部分に廃棄のための赤二重線(90カ所)を引いたのは私です、
②上肢から廃棄の指示を受けたのですが、上司が誰かは覚えていない、
③二重線を引いた製本雑誌を廃棄したかは覚えていない、
④二重線を引いた製本雑誌のうち『ふかみどり』『保安衛生』『防衛衛生』は図書室に残っていて、『衛生学校記事』だけがない理由は判らない、
⑤廃棄のためには図書委員会にかけていないし、図書委員会にかけることを知らなかった、などと述べており、2人しかいない図書係の証言として『衛生学校記事』製本雑誌16冊を廃棄した自体が極めて疑わしい内容でした。

 また、1審判決が鈴木の「廃棄」を証言を信用できるとした最大の理由は、鈴木尋問の10日後に証言した木村益雄氏(彰古館担当)が、鈴木氏が『日本医事新報』の製本雑誌93冊をゴミステーションに運んで廃棄しようとするのを見つけて彰古館で引き取り保管したとの突然の証言。しかし、国 は鈴木氏には同じことを尋問していません。

 控訴審では、鈴木氏と木村氏の再尋問を請求しました。ところが、鈴木氏は死亡していたため、図書係の同僚だった古野氏と鈴木・木村尋問担当だった防衛省大臣官房の林田泰幸氏の証人尋問が採用されました。
 また1審判決後『衛生学校記事』月刊分全冊を古本店で購入し、新たな意見書を出した軍事ジャーナリストの大内要三氏に対する証人尋問が行われます。

 私たちの裁判で明らかになっている政府・防衛省の隠蔽体質は日米による戦争突入の動きと一体のものであり「民主主義の否定」そのものです。

次回、『衛生学校記事』情報公開裁判は、2月24日(火)14:30~東京高裁511法廷

自衛隊とサリン

1995年3月20日地下鉄サリン事件発生

自衛隊化学学校は事前に起こることを知っていた。

科捜研の結果が出る前から自衛隊は、サリンであることを知っていた。

オウムの中に自衛隊信者がいた。その自衛隊員と化学学校の間で、電話で情報のやり取りがあった。

戦後も日本は自衛隊で毒ガスが作っていて、化学兵器禁止条約を批准(1995年)してからも、防護のためとして自衛隊では毒ガスを作っている!!(サリン、VXガス等)

自衛隊とオウムの関係もはっきりさせず、早々とオウムの幹部を死刑にした当時の安倍政権と法務省にも問題あり!!

近隣諸国から非難を浴びた一枚(安倍晋三の歴史認識を問う!!)


安倍晋三 演説 | 統一教会

「弁解の余地ない」山上被告が初めて謝罪 安倍元総理銃撃事件 最後の被告人質問

旧統一教会「自民だけで290人応援」と韓鶴子総裁に報告か、内部文書に山上徹也被告の「会員記録を削除」とも…韓国紙報道

週刊金曜日の記事


日航123便墜落事件(1985年8月12日) 
今年で40周年

*自衛隊・国は、事故のデータ・資料をきちんと公開せよ!!

多くの同僚をこの事故で亡くした元日航客室乗務員が、事故原因に疑問をもって書いた本より



 日航123便
墜落の新事実
―目撃の証言から真相に迫るー

元日本航空客室乗務員
青山透子著(2017年出版)

省庁の名称や職業、役職、()の年齢はすべて事故当時のものとします。

 第1章  1985年8月12日の記録

2 政治家の視点から

◍中曽根康弘総理大臣の場合

なお、防衛庁と米軍で勝手にやり取りをしていたと言う中曽根氏だが、当時「ロン、ヤス」と呼び合う仲で、親しかったレーガン米大統領はどのように動いたのだろうか。

 ロナルド・レーガンミュージアム所蔵のの当時の日誌「TTHE DALLY DIARY OF PRESIDENT RONALD REAGAN(THE WHITE HOUSE)の1985年8月12日のページを見てみた。

 レーガン大統領夫妻は前日の11日からカリフォルニア州サンタバーバラにて夏季休暇を過ごしていた。通常の朝は9時前後に起床だが、12日は早朝5時30分に電話で叩き起こされている。(日本時間は同日の21時30分)。しかし、相手はリベリア共和国のサミュエル・ドウ(Samuel K.Doe)大統領である。この時間は、123便が搭載燃料切れとなる時間で、墜落が確定して日本航空が公式に発表した時刻である。日本、 または在日米軍から電話があったのではと思ったのだが、なぜかリベリアの大統領からの電話だった。その後、食事をしてナンシ―夫人と牧場を散歩している。13日も14日も何もなく休業中である。急に変化が出てきたのが15日午後1時(日本時間午前5時)である。


●再審法を改正せよ!!

最高裁 袴田巌さんの担当弁護士を講師に再審制度の課題を議論

再審制度見直し“証拠の目的外使用禁止案に反対”日本新聞協会


「菊池事件」裁判のやり直し 1月28日に判断へ 熊本地裁

【特集】ようやく晴れた"えん罪" 39年前の福井女子中学生殺人事件 再審法改正へ、闘いを続ける前川彰司さん プレイバック2025②再審無罪が確定


検察は隠し持つ全証拠を開示せよ!!

20回再審請求を請求しても一度も認められず、獄中で亡くなった平沢貞通氏は、本当に無念であったろう!!





石川一雄さんの歌

夢多き 一つも適わぬ今の吾 希望胸に 明日へ羽撃く

本音のコラム 2025年11月4日 東京新聞

石川一雄 短歌に託して 鎌田慧(かまたさとし・ルポライター 

 10月31日51年前のこの日は狭山事件で一審死刑だった石川一雄さん当時35歳の東京高裁判決だった無罪を信じていた支援者3万が日比谷公園に集まっていた期待は裏切られ寺尾正二裁判長の判決は有罪無期懲役だった

 この日の暗黒裁判に抗議して毎年東京で集会が開かれている今年は芝公園だったしかし石川さんは3月冤罪を晴らせないまま、誤嚥性肺炎で死去した再審請求人として妻の早智子さんが壇上に立った会場では石川一雄 短歌に託して』(解放出版社刊)販売された

 1939年被差別部落に生まれ貧しさのため小学校にさえろくに通えない識字者。自分の名前を書くとき、「一夫」ませていた脅迫状でカネを奪おうと考えるなどあり得ない。文字が冤罪の根源 だった文字に復讐するように獄中で看守からを学び当時同じで行き来していた死刑囚から短歌の指導を受けた

教育の機会奪われ過去の吾(われ)生死を賭して獄で学ばむ」

 小学校2年から畑で野菜を作り4年の頃から父親の農作業を手伝い登校しなかった

蜘蛛(くも)の巣に蝶(ちょう)せるからみ風に揺られて夜は更け渡る
死刑囚との運命と見たが枯葉だったその頃の怒り

「無実をば叫び続けて3年この憤り誰に伝えん」 


何でこんなに再審が遅れたのか??


●731部隊(日本の国家犯罪!!)
「天皇の責任」追及!!

731部隊の罪業を追って!!№1



「731部隊」に挑んだ20年 歴史の真相と被害者の実像を追って
731部隊」に挑んだ20年 歴史の真相と被害者の実像を追って~上海交通大学楊彦君教授に聞く(前編)


「特移扱」にされた人々の名前が記された文書(写真は楊彦君氏提供)
――「特移扱」とは?
「特移扱(特殊移送扱い)」というのは、関東憲兵隊内部で用いられた専門用語です。関東憲兵隊や警察署、保安局、特務機関などが逮捕した、偽満州国に反対し抗日活動を行う者を、秘密裏に731部隊へ移送する特殊措置を指します。
日本の「軍・警・憲・特」によって特殊移送された中国人、ソ連人、朝鮮人は、「荷物」や「マルタ」と蔑称され、逮捕、尋問、拷問、移送、収監、実験、解剖、死体焼却という残酷な過程をたどりました。大多数は生物実験室、病理解剖室、野外実験場で亡くなり、一部は731部隊の撤退直前に集団虐殺されました。
「特移扱」は、731部隊における人体実験被験者の主要な供給源であり、人体実験犯罪の証拠連鎖において極めて重要な要素です。
「特移扱」の記録文書には、憲兵隊が被害者を撮影した写真が含まれるものもあり、それらは資料と共に保存され、憲兵隊と731部隊の秘密裏の結託を示す犯罪証拠となっています。

731部隊罪証陳列館見学に並ぶ長蛇の列(中国・ハルビン)一日1万人以上の来場者

元731部隊員清水英男さんの訪中が意味するもの




飯田市平和祈念館問題

2025年3月20日に飯田市の飯田市平和祈念館に寄りました。下の写真のパネルは市教委が昨年9月に新たに作成したパネル。もう少し、詳しいパネルがほしい!!なんで日本は医学者が中心となって細菌兵器の開発に突き進んだのか?

長野県飯田市で起こっている731問題

この国の隠蔽体質を破ろう!!飯田市平和祈念館は、パネル8枚を展示すべきだ!!

飯田市の資料収集委員の方々が作られたパネル(展示されていない)
こんな大事なパネルが展示されていないとは!!





新闻调查丨起底侵华日军1855细菌部队

細菌戦の専門家で滋賀医科大学名誉教授の西山勝夫氏は最近、新華社通信に対し、新たに発見された文書「華北防疫給水部1855部隊残存人員名簿」のスキャンコピーを見せた。これはその表紙である。(写真提供:新華社通信)

 【新華社北京12月12日】旧日本軍の細菌戦部隊と言えば、中国東北部の「731部隊」がよく知られているが、北京にも同様の組織が存在していた――。その実像を裏付ける新資料を、日本の細菌戦研究者、西山勝夫氏(滋賀医科大学名誉教授)がこのほど発見した。

 西山氏が公開した「北支那防疫給水部甲第一八五五部隊 留守名簿」は、第2次世界大戦中の1945年2月28日に作成されたもので、すでに見つかっている終戦後の1945年8月29日の留守名簿(部隊所属の将兵らの情報を記載した名簿)とは異なる。「今回発見した名簿には、業務管理規則が明記されており、いくつかの班の名称や責任者の氏名もはっきりと記載されている。きわめて貴重な史料だ」と西山氏は語った

 名簿の最初のページを開くと、「北支那防疫給水部支部出張所一覧表」が現れる。右上には「軍事極秘」の印章が鮮明に押されている。表には本部が北京に置かれ、石門(石家荘)、済南など五つの支部と、天津、塘沽(とうこ)、青島など七つの派出機関、さらに確山と壤城(じょうじょう)の二つの分遣班が設けられていたことが記されている。それぞれの責任者の氏名や軍の階級などの情報もそろっている。

 北京に存在したというこの知られざる部隊の実態は何だったのか。どのように細菌戦を実行し、華北一帯の人々にいかなる被害をもたらしたのか。次々に湧き出る疑問を解くため、記者は旧日本軍が中国で犯した罪の証拠をたどる調査へと乗り出した。


中国、ソ連作成の旧日本軍731部隊尋問記録を公開

中央公文書館は、日本の731部隊が犯した犯罪に関する一連のファイルを公開した。

https://www.saac.gov.cn/daj/toutiao/202512/b28169c3ebed473e9399f79a64b0893f.shtml

【新華社北京12月13日】中国の中央檔案館(公文書館)は第12回南京大虐殺犠牲者国家公祭日(追悼日)に当たる13日、旧日本軍の細菌戦部隊として知られる「731部隊」について旧ソ連が作成した尋問記録の機密解除文書を公開した。ロシアから引き渡されたもので、一部の記録は今回が初公開となる。戦犯らは、国際条約違反や細菌戦の準備・実行に関する自らの罪を認めている。
 文書には731部隊隊員の尋問記録、同部隊の犯罪に関する調査報告書、旧ソ連の公的機関による内部通信文書が含まれており、対象期間は1939年5月11日から1950年12月25日までに及ぶ。

 旧日本軍の細菌戦戦犯を裁いた1949年12月のハバロフスク裁判の公文書が主体で、裁判前、裁判中、裁判後の三つの時期にまたがる。裁判前に行われた取り調べ過程は今回初めて明らかになり、731部隊の犯罪に関わった人物が200人以上いたことが分かった。中心的な戦犯や証人に対する重点的な証拠収集の後、最終的に戦犯12人を特定して公開裁判を実施した。
 専門家によると、ロシアから引き渡されたこれらの文書は、中国にある731部隊の跡地の状況や同部隊の犯罪に関する公文書と互いに支え合っている。日本の中国における細菌戦の罪状は、揺るぎない歴史的証拠によってはっきりと裏付けられ、細菌戦が組織的で、周到な計画に基づき、上意下達で遂行された体系的な国家犯罪であったことが改めて証明された。文書は証拠の全面性によっても際立っており、裁判を受けた犯罪者は旧日本軍の上級・中級・下級将校から隊員にまで及ぶ。旧ソ連の医学、微生物学、寄生虫学などの分野を代表する専門家による医学鑑定記録も含まれ、日本人の細菌研究の目的が、細菌を用いた人類の大量殺りくであったとの結論が出され、人道に反するその本質を暴き出している。
 日本の関東軍は1945年8月11~15日、複数の特別列車を走らせ、優先的な通行を指示した。731部隊のメンバーはこの列車に乗って黒竜江省のハルビンを出発し、吉林省の通化や遼寧省の安東(現在の丹東市)、朝鮮半島の釜山を経て、船で日本に逃亡した。敗戦後、旧日本軍は関連する資料を破棄し、その罪行と歴史の真相を意図的に隠ぺいした。


日本本土でも残虐な捕虜殺害があった。!!

撃墜B29搭乗員虐待事件 落ちてきた“鬼”を校庭で…「戦争は人間を変えちゃう」負の歴史の証言




731部隊の関する情報を送ります。
「桜の華 風化させてはならない歴史」は4回の短い動画です。
CCTVでアップした動画。



ある中国の方から、731部隊の写真が送られてきました。
ギガファイル便で送ります。(たくさんの写真がありますのでダウンロードには時間がかかると思います)

中国の方からのメール
これは私が長年にわたって収集した731部隊に関する写真及び実物資料です。先生方とこれらの資料を共有したいと思っており、どなたでも無料でどのような場面でも使用でき、これらの資料は永遠に無料で提供されます。使用する際には、事前に私の許可を取る必要はございませんので、直接ご使用いただけます。
より多くの方にこれらの資料を見ていただければ幸いです。
長年にわたってご努力をされている先生方に、心から感謝申し上げます。先生方は正しく、勇敢に一段の歴史を再現してくださいました。中国国民は先生方一人ひとりの勤勉な努力に感謝しています。
もしこれらの資料が先生方に少しでも役立てれば、私の大変な光栄とさせていただきます。
添付ファイルは以下の通りです。
1、關東軍哈爾濱衛戍病院(哈爾浜第1陸軍病院) 旧731部隊元隊員 岩本三郎のアルバム。
2、加茂部隊 写真機携帯許可証 第二八号 
  ノモンハン細菌戦 加茂部隊 写真 
  赤ちゃん解剖の写真
3、陸軍軍醫学校レントゲン科  アルバム
4、哈爾濱衛戍病院東寧など 103枚
 よろしくお願いいたします。ありがとうございます。
哈爾浜衛戍病院、東寧など(この人達は、中国で何をやっていたのか?)


ある人の軍隊手帳


勅諭(軍人勅諭)

こともありつれと大凡(おほよそ)兵権(へいけん)を臣下にゆだね給うことはなかりき 中世(なかつよ)に至りて文武の制度皆、唐国風にならはせ給い六衞府(りくえいふ)を置き左右馬寮を建て防人なと設けられしかは兵制は整いたれとも打続ける昇平に狃(な)れて朝廷の政務も漸く文弱に流れけれは兵農おのずから二つに分れ古(いにしへ)の徴兵はいつとなく壮兵の姿に変わり遂に武士となり兵馬の権は一向(ひたすら)にその武士ともの棟梁たる者に帰し世の乱れと共に政治の大権も亦そのてに落ち凡そ七百年の間武家の政治とはなりぬ 





昭和13(1938)年の軍医団雑誌より
写真の左側にある看板には「第33分科 軍陣医学部会」とある。細菌戦、毒ガス戦の分科会だろうか?上にある丸型の枠には、会長小泉陸軍軍医団長と高杉海軍軍医会長の写真。細菌戦を主導したのは、石井四郎ではなく、天皇も含め、軍の上層部だ。

開会の辞を述べる会長小泉陸軍軍医団長と閉会の辞を述べる高杉海軍軍医会長
第10回日本医学会軍陣医学部会に於いてドイツ国来賓を迎えて記念撮影


2、講演

第2日(4月3日) 午前6時20分開始

17、病院船としての〇〇病院の実績       海軍軍医中佐  瀬屑英一 外4名

   追加  小泉陸軍軍医中将

18、創傷伝染病について          後備役陸軍軍医中佐 里見三男

19、戦傷創面より分離せる細菌について   海軍軍医少佐  河谷榮 外3名

 20、射創の細菌学的検査成績について     海軍軍医大尉  進藤宙二 外2名

21、神経射創の処置について         予備役陸軍軍医少佐  中村愛助

  質問追加 鈴木陸軍軍医少佐 竹内陸軍軍医大佐 小山海軍軍医大尉

22、重篤なる複雑骨折感染創の処置について  予備役陸軍軍医少佐  中村愛助

23、今次事変における戦傷者の神経損傷について   海軍軍医大尉 小山英次 外1名

24、戦傷患者より観たる外科学的考察、特に胸部射創について(第1回報告) 
                       予備役陸軍軍医少佐 
木谷祐寛

質問追加 樋渡陸軍軍医少尉 竹内陸軍軍医大佐 岡崎陸軍軍医大尉 中村陸軍軍医少佐                


10月8日の西山勝夫さんの資料

731部隊と医の倫理」に画期的な言及をした日本医学会-創立120周年記念シンポジウム及び『未来への提言』刊行の意義と課題
西山勝夫
「戦争と医の倫理」の検証を進める会
連続学習会(オンライン・第4回)
2025年10月8日

※日本医学会は、原発事故についてどのような判断をしているのだろうか?
原発推進だ!!

天皇、皇族が731部隊に関与していたことになれば、自民党政府は躍起となって隠蔽するだろう!!
 731部隊の資料はないのではなく、明らかに隠蔽している!!
日本医学会は、731部隊の反省し、きちんと過去を検証せよ!!
様々なワクチン禍、水俣、四日市、イタイイタイ病、スモン、薬害エイズ、強制不妊、ハンセン病の隔離と施設内での実験、優生保護法(1996年)、放射線障害

「戦争と医の倫理」に関する画期的な言及に至る画期的プロセス

「戦争と医の倫理」に関する画期的な言及の確定 
『未来への提言』 p72 
2023年3月
わが国も、これまで医学・医療の名において、人々に大きな犠牲を強いた過去を持つ。
戦時中に石井機関と731部隊で中国人やロシア人等を対象とした非人道的な人体実験が広範に行われ、この研究には当時の日本の医学界をリードしていた大学教授たちが多く参加していた事実がある。その後も、ハンセン病患者に対する強制隔離 や優性手術を行った事件や薬剤エイズ事件等の重大な事例、さらには「旧優生保護法」に象徴される生命倫理原則や基本的人権、インフォームド・コンセントの蹂躙が起こった。私たちは、こうした過去の過ちに学び、将来にわたって非倫理的な状況が再び起こることのないよう、私たち自身の倫理を確固たるものとし、時には流れに抗うことも医学に携わる者の責務であることを改めて認識する。
 日本医学会は、医学・医療の進歩が、患者と社会の理解および信頼と合意を得て、社会の基本的価値と倫理規範に合致した形で提供されるよう、不断の努力を払うことを決意し、現在そして未来の医学・医療が、患者と人々に大きな幸福と福祉をもたらすことを希求する。

日本医学会創立120周年記念事業

自衛隊「統合作戦司令部」発足 陸海空自衛隊を一元的に指揮


日本政府は、なぜ歴史的事実ときちんと向き合わない??

 4月22日防衛省戦史資料室に元731部隊の池田苗夫の書いた「きい弾射撃による皮膚傷害・・・・」を閲覧しに行った。現物はあったが、写真を撮ろうとすると、この資料は業者じゃないと写真が撮れないという(つまり有料)、又肝心な袋とじの部分は公開しないとのことであった。この国は、731部隊の大事な資料もまともに公開できない後ろ向きな国だと思った。
 石破首相は、「(略)その手立てと言うものが歴史の経過とともに失われた。・・・わが政府はそのような不誠実な政府ではございません。」と強弁しているが、手立てがあるのにそれを隠し続けている「不誠実な政府」なのである!!

井本日誌は、公文書(業務日誌)であって、私文書ではない!!

井本日誌は1993年まで公開されていたのに、なぜその後、非公開になったのか?プライベートのものだからと言うが、そのような理由はおかしい!!

私的なものではない!!

井本日誌には、きちんと常徳の細菌戦の様子などが書かれている!!

戦史叢書には、井本日誌からの引用が多数あるが、井本日誌にある細菌戦の記述は全くないのはなぜか?

「井本熊男業務日誌」をめぐって

731部隊の人体実験「資料ない」はウソ 公文書を示し追及

(山添議員のフェイスブックより)
予算委員会で旧日本軍731部隊について質問しました。
政府は戦後一貫して、「具体的な活動を示す資料がない」と言い張ってきましたが、今回防衛省防衛研究所に人体実験の記録があることを明らかにしました。
「き弾射撃による皮膚傷害並びに一般臨床的症状観察」と題する資料は、イペリットという致死性のガスを人に向けて発射したり水溶液を飲ませたりし、その後の症状の経過を観察したもの。1984年に毎日新聞がスクープしたのと同じ内容ですが、政府が保管していたという点が新しい。
作成者は当時731部隊にいたことがわかっています。本人が寄贈したものであり、受け入れた際の「所見」には「人を使用して行った試験の成績であり、得がたい貴重なもの」とまで書かれています。人体実験の記録であることは一目瞭然ですが、答弁に立った防衛大臣は公文書であることを認めながら「客観的な事実を確認できない」と逃げの姿勢。どこまでも事実を認めようとしません。
政府に寄贈されたのは1964年。防衛研究所が文書を公開したのは2004年であることを初めて明かしました。40年にわたり隠してきたことになります。そしてその間国会では、「資料がない」とウソを言い続けてきたことになります。そうして長らく隠ぺいした挙げ句に、「古い話で確認できない」ーーあまりに不誠実です。
隠ぺいし、ウソをついてきたと指摘すると、ムキになった石破首相が「わが国はそんな国ではない」と強弁。
私たちの国の拭いがたい過ちです。戦後80年、これ以上目を背け続けるべきではありません。

真摯に検証し、事実を認めよ。


【731部隊】新資料で追及‼国会質問 徹底検証



731部隊員であった軍医少佐池田苗夫の毒ガス実験の資料は明らかに731部隊の人体実験を示す資料ではないか!!
日本は、戦場でのびらん性毒ガスの使用を公式に認めていない??731部隊でやっていたことは、国家犯罪だ!!



極秘
 きい弾射撃による皮膚傷害並びに一般臨床的症状観察
                       加茂部隊 池田少佐担当

第7章  付記

水泡は潮紅又は紅斑部に発生し時に環状をなし珠数状に連なり内部に赤褐色、褐色或いは黒褐色の色素沈着呈するものあり、又項部、肩甲部背面特に肩甲間部、顔面は前額、鼻尖、鼻翼、口周囲、耳根等に多発し又鼻汁の流下に添ふて線状に発生するものあり

尿所見は蛋白陽性なるもの攻撃後5時間にして1名認めたるも爾後消失す、その他何れも蛋白陰性、上皮細胞、粘膜円壔等を認めしもの無し

マーシャル氏に依れば「イペリット」中毒の際腎臓は侵されず言えり

即ちイペリットは体内にて分解せられ腎臓通過の際は無害なる物質に変化せられ排出さるるならん




●毒ガス問題

広島 “毒ガス製造の島” 原画が語るもの


訪問税反対!!

大久野島の歴史を伝える山内正之さんのお話のメモ

中国の毒ガス被害者、日本の毒ガス製造に関わった人々は、戦後も大変な思いをしている!!

北九州の曽根製造所でも新たな毒ガスの資料が見つかった!!





🔴毒ガス弾の影響はないのか?
福島の 除染土(汚染土)を運び込む計画もあるという?大丈夫か?

花博(2027年)

2027年国際園芸博覧会は、2027年に神奈川県横浜市瀬谷区と旭区に広がる上瀬谷通信施設跡地を主会場に開催予定の国際園芸博覧会。


 相模鉄道・瀬谷駅の北側に「海軍道路」という名の桜並木があります。この一帯は2015年まで米海軍の支援施設・通信基地でしたが、今は返還され2027年の国際園芸博覧会(花博)の予定地 です。

 ここは戦時中、帝国海軍の厚木航空隊などへの補給基地・弾薬庫でした。今は広大な草地ですが、北側には大きな水槽跡、円筒型燃料タンクを載せる台座跡。南東側には「特薬庫」と呼ばれた覆土式倉庫は現存しています。この特薬庫は毒ガス弾保管庫でした。その近くに漏洩した毒ガスを放出するための換気塔の基礎構造物があります。・・・・


●日本国憲法9条

PTSDの日本兵家族会・寄り添う市民の会のホームページより

戦争をしない世界を作るのは簡単にできます

★「戦争はしません 話し合い和解しましょう」の白旗を世界中のひとりひとりが高々と掲げましょう

★世界中の人たちが白旗を掲げれば戦争をする人は世界に1人もいなくなります

★為政者だけで戦争はできません 
「戦争はしません 話し合い和解しましょう」の白旗を掲げる行動は戦争のない世界を引き寄せる積極的な非暴力です


戦争体験で心に傷 元兵士ら約300人の医療記録 分析進める

第9条【戦争の放棄、戦力及び交戦権の否認】
① 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、
国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、
国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、
これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。



RENUNCIATION OF WAR Article 9.
Aspiring sincerely to an international peace based on justice and order, 
the Japanese people forever renounce war as a sovereign right of the nation
and the threat or use of force as means of settling international disputes.
In order to accomplish the aim of 
the preceding paragraph, land, sea, and air forces, as well as other war potential, will never be maintained.
The right of belligerency of the state will not be recognized.



IMAGINE9 (⒇07年12月1日 第1刷発行)

解説

9条をつかって、
戦争のない世界をつくる。

「戦争をしない、 軍隊をもたない」  という日本国憲法9条がどうしてできたのか知つていますか。それは、日本が行った戦争への反省から生まれたのです。

日本はかつて、朝鮮半島や台湾を植民地として支配し、中国や東南アジアの国々を侵略しました。日本はアジア太平洋地域で2000万人の命を奪いました。 日本国内では広島と長崎に原子爆弾が落とされ、沖縄では大規模な地上戦が行われ、東京など大都市は空襲を受けました。日本で300万人が戦争で亡くなったのです。





軍拡と縁を切ろう。核兵器をおさらばしよう。永山茂樹(東海大学法学部教授)

1、大軍拡はどこまで来たか

 22年の安保三文書は「敵基地攻撃能力の保有」「武器輸出立国」などと並び、軍拡財政の目標を具体的数値で示しました。それによれば、23から27年の5カ年で軍事費の総額を43兆円に、また27年にはGDP比2%にするというのです。

 こうして「岸田大軍拡」がスタートしました。ところがその速度は、三文書の予定を上回っていました。26年度予算案で軍事費は史上最高額の9兆円余になります。もうこのまま増額しなくても、27年までに43兆円に達することが確約されました。



元イスラエル軍兵士が語る非戦論!!

ガザ攻撃開始後にイスラエル製武器を日本政府が241億円分購入と判明 「購入は虐殺への加担」との批判も


朴壽南、朴麻衣監督の映画「よみがえる声」


80回毎日映画コンクール・ドキュメンタリー賞 受賞

●東京帝国大学伝染病研究所
●東京帝国大学伝染病研究所
伝染病研究所の写真は、『傳染病研究所』小高健著より

●東京帝国大学伝染病研究所『実験医学雑報』
・東大伝研とは戦前、どんなことをやっていた機関なのか?
・1934年6月、宮川米次と阿部俊男は何をしに満洲国へ行ったのか?
・満洲衛生技術廠とは、一体何をやっていたところなのか??
・東大伝研は731部隊と連携を図っていなかったのか??
・伝研で毒ガスの講演?毒ガスへの対処法も考えることになるのか??
・小島三郎の渡満では、満洲衛生技術廠や大連衛生研究所にもいったのだろうか?
・1933年頃から細菌兵器開発の一環として、「満洲」の背蔭河では人体実験が行なわれているが、そこでも赤痢菌の研究が行なわれていたのだろうか?35年の川崎市の爆発赤痢は、人為的に行なわれたものなのか?それとも自然流行なのか?
・1936年5月に浜松一中で大福餅事件、37年9月に大牟田で爆発赤痢事件が起きているが、これなども細菌兵器・研究の一環として軍医学校や伝研の関与による仕掛けられたものか、自然に発生したものか究明する必要がある。
・1936年5月と37年9月の両事件に、小島三郎が出張しているが、果たして何をやったのであるか??
・河本禎助も毒ガスの研究をしていた。
・1938年6月1日の伝染病研究所で石井の厚意によって上映された映画には、731部隊の生体解剖でも映っていたのでであろうか?精神的緊張裡とは、何のことだろうか?
・中込亘は、731部隊で細菌に感染して死んだのだろうか?
・実験医学雑報20巻 第7号(1936年)
本所職制改正
この度本所では職制を次の如くに改正し7月より実施することとなった。
*特別研究室とは何だ??

・実験医学雑報24巻12号で、三田村が伝研の所長に任命されて、挨拶を書いているが、宮川米次がなぜ、伝研を去ったのかに全く触れていない!!

宮川は、どんな不祥事をしでかしたのか?その後、伝研には姿を見せていない。

長與又郎・・・・石井は京大総長であった荒木寅三郎(生化学)の娘,喜代子と結婚します。荒木は東大医学部 出身で後輩に長與又郎(病理学,後に東大総長)がいました。長與は清野,川上漸(京大病 理,後に慶大病理教授),戸田正三,金関丈夫(京大解剖,後に台北帝大教授)らと交流があ り石井ともつながっていました。長與は京都で開催された第十回医学会総会(1938年)で石井 の戦地実況活動写真を鑑賞し,ハルビンの731部隊も訪問しています。石井は京大,軍医学校 を経て東大へと人脈を広げていきましたが,それは731部隊発足前から形成されていた三者の医学界エリートネットワークへの参入を意味しました。(731と大学:吉中丈志)

・北野政次・・・1942年4月、学友会に多額の寄付をしている。寄付額377円1銭
*731部隊の2代目隊長の北野政次が学友会にけた外れの寄付をしている!!
(1942年8月1日 石井四郎が華北方面軍第1軍軍医部長に転任。北野政次が731部隊の2代目の部隊長になる)

・城井尚義のいうあの機関とは何か?

結核培養基供覧            増田知貞 とは、731部隊で使っていたものか?

(附1人体実験)とは何だ?
  10、デング熱病毒に関する実験的研究
    第1報 諸動物の感染試験について(二十日鼠、家鼠、モルモット、家兎、猿)
    (附1人体実験)            矢追秀武、荒川清二 
・1943年名古屋で行われた第17回連合微生物学会の懇親会に北野政次731部隊長が出席している
・「岡本所員の細菌に於ける解離変異についての総説は味深いものであった。」とはどいう言う事だろうか?南京で人体実験をした可能性は?

9、細菌の解離変異(総説)

  特に抗原物質との関係について      岡本啓 

・1944年1月の小島三郎と福見秀雄は、中国で何をやったのか?


長與総長閣下(宮川報告)


7,燕京大学

清華大学と相隣り米国ミッション系で堂々たる建築で現在盛んに教育を為していた。余等は前庭に立ち入り外形の視察のみを為した。


🔴昭和天皇                      

バード・ピックス著『昭和天皇』より)

吉田裕監修 
2001年ピュリッツァー賞受賞
※昭和天皇は、平和主義者でもなんでもなかった。好戦的であり、常に軍部に色々と指示を出していた!!
戦後補償問題に国家無答責という天皇主権の明治憲法下の原則を適用するな!!  
第3部   陛下の戦争
1931(昭和6)年―1945 (昭和20)年

 
















第12章大元帥の試練

城は、まずマリアナ諸島サイパンに行きそしてカロリン諸島のトラック島、ついでそこからビスマーク諸島のニューブリテン島にあるラバウルヘ向かった。ラバウルでは海軍は、さらに南西方面へ進攻する足場となるように大規模な基地を建設していた。次いでマーシャル諸島のクェゼリン環礁、ウエーク、グアム、パラオ(現ベラウ)、そしてフイリピン諸島南部のミンダナオ島にあるダバオの新しい水上機基地に赴いた。視察は、オランダ領東インドに及んだ。帰路はフィリピンのスーピック湾、マニラからベリリューに向かい、4月22日(サイパンを経由して)、横浜へ飛行機で帰国した。長い視察旅行の間に、城は南国の花々をスケッチに描き、貝殻を集め、そして、天皇に見せるためアメリカ映画も集めた。その中には、グアムで見つけたウォルト・ディズニーのアニメ映画も含まれていた。城の日記には、日本の輸送・通信網が著しく過大に延びきってしまっていることを認識しているような記述は見られない。実際、このような広範囲に及ぶ基地網の維持は、戦争遂行能力ではるかに劣る日本に、あまりに深刻で対処不能な兵站問題を意味するとの認識が、城には完全に欠如していたようである。

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