2020年5月5日火曜日

細菌戦の系譜!!


731部隊と国立感染症研究所の問題!!
ある女学生の訴え!!
731部隊・細菌戦資料センター総会のご案内
731部隊の罪業
歴史の分岐点に立って歴史認識からアジアの平和を考える
東京の水と空は大丈夫?(横田基地問題)
パネル展「日中戦争ーその実相に迫る!」
731部隊 行動示す新資料・埋もれた公文書
ビザ発給拒否裁判 1審不当判決
情報公開裁判「化学学校記事」「衛生学校記事」
小林開さん 映画「ひろしま」を語る!!
核なき世界へ 映画「ひろしま」
南方軍防疫給水部の記録を探し求めて(リム・シャオピンさん)
天皇制廃止に向けての第一歩:雲上人を人間化する運動を
京都大学に対する第731部隊軍医将校の学位授与の検証を求める活動
武蔵村山の国立感染症研究所問題!!
731部隊・100部隊展


●今の日本人は、まさかと思うかもしれない。
今、世界中で猛威を振るっている新型コロナウィルス。これは、細菌戦(生物戦)ではないのか?
過去に、日本が中国で行なった細菌戦のように。(以下は現在分かっている細菌戦)


1939年 731部隊 ノモンハン事件にて細菌戦(チフス菌、コレラ菌、赤痢菌)を行う
1940年 6月4日  731部隊、農安大賚・農安で細菌戦(ペスト菌)を行う
10月 4日   731部隊、衢州で細菌戦(ペスト菌)を行う
10月27日  731部隊、寧波で細菌戦(ペスト菌)を行う
1941年11月4日  731部隊、湖南省常徳で細菌戦(ペスト菌)を行
1942年17月 100部隊は、ハイラルの北約120キロのソ連国境で行なった「三河演習」で鼻疽菌の生存期間を測定、炭疽菌の土 壌への浸透力の調査した 
8月  731部隊、湖南省江山、常山、衢県、麗水、江西省広信、広豊、玉山で細菌戦(ペスト、コレラ、チフス)を行う
1943年12月  100部隊第2部に細菌戦準備の第6科を設置
【コロナは生物兵器か】人工のコロナウイルスショックによる文明の転換点 船瀬俊介氏が語る


米軍300人が新型コロナの感染が広がる前に武漢にいたという。
新型コロナウィルスを撒いたのは??




この新型コロナウィルスがどこで作られたかは分からないが、細菌戦の系譜をたどると、
日本は、戦時中、1925年のジュネーブ議定書を無視して、中国で細菌を製造し、細菌戦を行なった。戦後、731部隊での研究データをアメリカに渡し、731部隊員は全員戦犯免責され、アメリカは生物戦の研究を本格的に始めた。
日本政府は、中国で行った細菌戦や生体実験の事を、(日本の裁判所は事実認定をしている)未だに隠し続け、事実も認めていない。勿論謝罪もしない。日本軍が中国に遺棄した生物兵器は戦後、どのようになったのだろうか?
この新型コロナウィルスに影響しているのだろうか?
今、日本人は過去に犯した戦争犯罪を直視し、きちんと歴史事実に向き合う時ではないのか?

今回の新型コロナウイルスは、日本軍が遺棄してきたものが影響しているのか、それともどこかで作られたのか?それとも動物を介して新たに自然発生したのか?
作ったとすれば、アメリカが作ったのか、それとも、日本軍の細菌戦に苦しんだ中国が作ったのか、はたまた、ロシアかそれとも日本(又は日米共同)が作ったのか?よくわからないが、世界各国で生物戦の研究がなされていることは確かであろう。
生物兵器禁止条約の署名を日本は1972年にして、この条約は、1975年に発効されたが、日本がこの条約を批准したのは、1982年。なんでこんなに時間がかかったのか?批准されてからも、細菌(生物)兵器は、極秘裏に各国は研究開発しているのだろう??

パンデミックの後に監視社会がもっと強化されるのか??今我々が考えなければならに問題!!
権力者の権限が強くなり、不正、証拠隠滅がもっと拡大する!!

HBCテレビ『ヤジと民主主義~小さな自由が排除された先に~』2020年4月26日放送


「緊急対談 パンデミックが変える世界 ユヴァル・ノア・ハラリとの60分」



731部隊員が多く入った国立予防衛生研究所(現・国立感染症研究所)や自衛隊などでの生物兵器の開発・研究も行われているのではないか?
731部隊の行なった細菌戦


東大伝染病研究所は、1947年に主に検査・製造に関わる部門などを厚生省所管の国立予防衛生研究所(現・国立感染症研究所)として分離し、1967年に伝染病研究所を改組して医科学研究所が設置された。
国立予防衛生研究所所長と731部隊員の繋がり(教えてげんさんより
(所長が731部隊員であれば、元隊員もたくさん入るだろう)
戦争中細菌戦部隊及び組織に属していて、戦後、国立予防衛生研究所に関係した人です。

*朝比奈正二郎 (当時)731部隊第1部第9課(水棲昆虫)長。発疹チフスワクチン製造
(戦後)国立予防衛生研究所 名誉所長
*小林六造   (当時)京大教授、防疫研究室嘱託
(戦後)国立予防衛生研究所 初代所長
*小島三郎   (当時)東大伝染病研究所教授、栄1644部隊所属 サルモネラ菌の研究
(戦後)国立予防衛生研究所 第2代所長
文部省百日咳研究班員
*小宮義孝   (当時)華中衛生研究所(栄1644部隊関連)
(戦後)国立予防衛生研究所第4代所長
*柳沢謙    (当時)陸軍軍医学校防疫研究室で嘱託として結核研究 凍結乾燥BCG
(戦後)国立予防衛生研究所 第5代所長
*福見秀雄   (当時)陸軍軍医学校防疫研究室  インフルエンザ
(戦後)国立予防衛生研究所 第6代所長
文部省百日咳研究班員
(注)1951年、国立東京第一病院に入院中の乳児たちに、
両親に告知や許可を受けずに大腸菌を飲ませる実験を行なった
*村田良介  (当時)1644部隊
(戦後)国立予防衛生研究所 第7代所長

*倉内喜八郎  (当時)731部隊細菌戦研究班
(戦後)永寿病院院長
【コロナウイルス・4/17追記】永寿総合病院でメガクラスター発生、160人以上が感染・20人死亡、屋形船から感染拡大


・・・・・・・

自衛隊に入った731部隊員・・増田美保、近喰秀大、神子謙、金原節三、井上義弘、中黒秀外之、園口忠男、高橋三郎、佐伯実、木村直正など
コロナウイルス「PCR検査」を遅らせた“戦犯”は?〈週刊朝日〉

帝国陸海軍の「亡霊」が支配する新型コロナ「専門家会議」に物申す(下)


それともロシアや中国などが研究しているだろうか?
新型肺炎、米メディアが報じた「研究所が発生源」説

生物兵器禁止条約が1975年に発効されたにもかかわらず、その裏でどんなことが起こっているのだろうか??
免責された731部隊員は、戦後、ABCC(原爆傷害調査委員会)に全面協力し、原爆被爆者を治療するのではなく、放射能の人体に対する影響を追跡した。そして日本は、アメリカの非人道的な原爆投下を問うこと全くなく、原子力の平和利用に突っ走った。

新型コロナは「パンデミック」 WHOが表明




●日本政府は、731部隊の罪業を、公開せず、秘匿し、戦後全く無反省である!!最高責任者の昭和天皇も戦犯免責された!!
安倍晋三は何でこんな行動がとれるのだ??無反省のまま、ずっと生き延びられるのか??
安倍首相の731戦闘機試乗 「止まらない挑発」の非難
2013年5月12日、安倍晋三は宮城県東松島市の航空自衛隊基地を訪問して、機体番号が‘731’であるアクロバット飛行団訓練機の操縦席に座りサムズアップして写真に収まった。

731部隊全景(中国に於いて人体実験を繰り返し、細菌兵器を開発し、中国各地で細菌戦を行なった。)



旧満洲第731部隊軍医将校の学位授与の検証を求めます!

731部隊新発見公文書の中身とは 細菌研究を明記




有機フッ素化合物の汚染を知る学習会




日本軍の毒ガス戦と遺棄毒ガス問題






核兵器、生物兵器、化学兵器廃絶!! 戦力不保持!!安倍政権打倒!!
どこの研究所で新型コロナウィルスが誕生したのだろうか??
●ニュース
戦争責任を取らぬまま、そのまま在位した昭和天皇、その後の天皇も日本の侵略戦争の謝罪をしていない!!
このウィルスは自然発生なのか?どこの研究所がこんなウィルスを開発したのか??それとも日本軍が遺棄した生物兵器が影響しているのだろうか?
もし人工的につくられたのであれば、どこで製造されたのだろうか?アメリカか?それとも中国?、日本?・・・


731部隊が建物を爆破して日本に逃走した後、その近くの村でペストが流行した。100部隊の逃走した時は、鼻疽菌などに汚染された馬を放ってきた。
中国各地に日本軍の細菌戦研究所が存在したのだから、その施設が遺棄した生物兵器はその後どうなっているのか?
中国の細菌戦被害地では、今でも毎年鼠を捕獲してペストの検疫を行っている。日本軍の遺棄した生物兵器がその後も生きていて、いま中国で広がっている新型コロナウィルスや豚熱に影響はしていないのだろうか?遺棄毒ガス弾が多くの中国人を苦しめているように。
重慶爆撃を考える集会

【国連が「食糧危機」を警告】れいわ新選組代表 山本太郎 2020年4月23日


ある女学生の訴え!!

想定外の長期化、底なしの様相 企業の在宅勤務に課題 緊急事態宣言延長

コロナ発生源巡る米長官発言は「憶測」 WHO、長期戦も訴え

新型コロナ死者25万人超す 被害拡大、依然衰えず

米ゴールドジム、破産申請 新型コロナが痛手

球宴、史上初の中止濃厚 苦境のプロ野球、開幕7月ずれ込みも

PCR検査の少なさは日本の恥さらしか

蓮舫氏、安倍首相のPCR検査「やる気ある」に「やる気、を聞いてるのではありません。必要なのは安倍総理と政府の『行動変容』です」

<新型コロナ>PCR検査、日本2万件 なぜ増えない? 高齢者ら受診優先 医療崩壊を回避

伊、新型コロナの死者増加ペースが再拡大 過小報告の可能性も

コロナ欧米型? コロナリスク 日刊ゲンダイ週末号Vol 132 2020 05 01


「処分甘すぎ」「ありえない話」 経産省改ざんの深刻さ


東京 新たに91人感染 4人死亡 小池知事、GWも外出自粛呼びかけ


自殺した近畿財務局職員の遺書公開…そもそも「森友学園問題」はどう始まったのか〈dot.〉

福島原発、見えぬ「トリチウム水処分」のゆくえ

チェルノブイリ原発付近で森林火災が発生 放射線量が上昇したとの報告も

事故車両公開に遺族賛否 課題は記憶継承 JR福知山線脱線事故15年


戦闘機は必要なのだろうか???
河野防衛相、F35A視察 空自三沢基地

イージス艦もいらない!!
河野太郎防衛相が訓示 イージス艦「まや」就役

自衛隊とオウムのサリン製造の関係は??情報が漏れていたのでは??
地下鉄サリン事件から25年…「オウム」の跡を訪ねて 熊本・旧波野村


大竹まことゴールデンラジオ・金子勝・2020-05-01(文化放送)






●パネル展「日中戦争―その実相に迫る!」感想(2020年2月8日~13日)

13. 印象的なのは、村瀬写真、南京の写真、万人坑。万人坑がこれほど多く証拠として現存する事実すら知らなかった。恐ろしい光景だが知るべき。日本人の過労死、自殺と重なって見える。村瀬写真:写真の語る真実を歴史として忘れず伝えていただきたい。特に近年大日本帝国を賛美する者たちのネット上、雑誌上のフェイク攻撃があからさまになった。ウィキペディアまで手を入れ、書き換えられた記述があるという。正しく真実を認識し伝え関連付けて理解する、これが今の日本社会に必要だ。毒ガス戦と731部隊のミニ講演を拝聴した。このように、系統立てて事実を把握できる機会は、貴重、ぜひ続けていただきたい。NPO情報も参考になりました。
(50、大田区、チラシ)

●映画「ひろしま」アンケート(1月13日 横浜)

( )は性別・年代・住まい・情報
97、学校の社会科の中で原爆について学ぶ時、子ども達に見せるといいと思います。若い人達に見せたい。
(女性・80代・市内・毎日新聞)

●【真相】(unit731)
石井細菌戦部隊―極秘任務を遂行した隊員たちの証言
郡司陽子編(1982年11月30日初刷:徳間書店)


Ⅲ ペスト攻撃班、恐怖の実戦秘録
―第2部5課(攻撃・実戦担当)K・S
マニラで細菌戦の予備訓練を受ける

 部隊本部から迎えにくる飛行機は、4~5人乗りの複葉機か、12人乗りの「呑龍(どんりゅう)」という爆撃機であった。1週間で収容した15本ほどの試験管を持って、N少佐と飛行機に乗り込むと、45分ほどで部隊に帰ることができた。
 帰りの飛行機では、時たま、副操縦士が目隠しをされて、勘でハルピンを目指して飛ぶように指示されたりすることもあった。




●日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!!
『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店より

第11章 今も続く毒ガスの被害

苦しみ抜いた20年

付記・ジャムス毒ガス弾発見地点の現地調査記
黄さんは毒ガス弾が発見された場所への実地調査を提案し、一艘の作業船を用意してくれた。航路支局は川べりにあるのだが、岸には大小様々な船が停泊し、大型港の貫禄十分といったところだ。作業船とは小型のものかと思ったが、10人以上が寝泊まりできる船で、たくさんの船の中でもひときわ美しい外観を持ち、航路局が私たちの調査をいかに重く見てくれているかが感じられた。







●証言 人体実験(731部隊とその周辺)
中央档案館、中国第2歴史档案館、吉林省社会科学院編
江田憲治、兒嶋俊郎、松村高夫編訳

二 大規模な細菌生産と残虐非道な人体実験

上田弥太郎自筆供述書(1953年11月10日)

問:自ら作成したペスト比較表は何に基づくのか。
答:江田武一のところから持って来て統計にしたもので、中国愛国分子を使った実験の結果である。統計表のよりどころは、まず、愛国分子5名に0.1gのペスト菌を注射し、他の5名に0.2g注射し、更に他の5名に0.3g注射し、その結果を観察したものであり、それによって第1の比較表を作成した。
次に、各5名の中国愛国分子にそれぞれ0.1、0.2、0.3gを植え付け、その結果を観察し、第2の比較表もやはり、中国愛国分子各5名にそれぞれ0.1、0.2、0.3gを内服させ、観察した結果によって作成した。こうしなければ統計比較表は作成できなかったので、それで必然的にこうした実験を行なうことになった。主な実験者は三谷である。




『三光』     中国帰還者連絡会編
「反省なき民族」のために          本田勝一
しかし、民族によって異なる歴史は勿論、異なる性格がかなりあることをも、他方では認めざるを得ない。日本の近代史・現代史をみるとき、その意味での著しい特徴の1つは、自らの力で体制を根底から覆したことが1度も無いという点であろう。天皇の名において何がなされようと、遂にこれが根底から批判されて覆ることは無かったし、軍国主義路線の果てにアジアに惨憺たる情況をもたらした末、自国民をあれほどの目にあわせたA級戦犯を、戦後も平気で総理にする神経を持つ。

昨年2018年12月に、『留守名簿 関東軍防疫給水部 満州第659部隊』2冊が発売されました!!(不二出版)



●日米安保条約・自衛隊を問う!!
自衛隊は、防護のためと言って、旧日本軍の細菌兵器・毒ガス兵器使用の反省・謝罪もないまま新たな生物兵器・化学兵器を作ってもいいのだろうか??憲法9条を持ち、生物兵器・化学兵器禁止条約を批准しているにも関わらず!!
日本の毒ガス

沖縄・南西諸島が軍事要塞化している現実はおかしくないか??
「琉球処分」から140 今の沖縄を考える

●「衛生学校記事」とはどんなものだろうか?
なぜここまでして、国は衛生学校や化学学校で作っていた機関誌を公開しないのだろうか?


次回『衛生学校記事』情報公開裁判(第26回)
緊急事態宣言が出たため、4月の裁判は延期になりました。東京地裁419号法廷

”桜を見る会”や”森友””防衛省の日報”等で公文書の廃棄や改ざん、隠蔽などが問題になっているかが、『衛生学校記事』・『化学学校記事』での防衛省の公文書管理は一体どうなっているのだろうか?

4年前には、不要決定簿冊というのがあったという。それには、廃棄するものには、2重線が引かれていて、不要決定という印が押されていた。ところが今回閲覧した図書原簿には、2重線だけしかなかった。
これで『衛生学校記事』というのが本当に廃棄されたのかどうか??廃棄するはずがないはずだ!!

第4代衛生学校長だった金原節三が亡くなってから、遺族が、当時の防衛庁に寄贈した金原節三資料の中に13点の『衛生学校記事』が含まれている。それがいまだに未開示であり、その行方が防衛省は分からないという。
1995年に防衛研究所に衛生学校から金原資料の全部を移管した。翌年1996年には、その資料の中で旧軍資料の価値の高いものを、防衛研究所に残して、あとは衛生学校に戻した。
『金原文庫』はいつまで、衛生学校の彰古館に開設されていたのであろうか?その中に果たして『衛生学校記事』があったのか?また、金原資料はキチンと整理をされていたのだろうか?金原資料の中には『特殊武器衛生』というものもある。防衛省は、金原資料をすべて開示すべきである。

次回の裁判では、その移管作業に関わった5人の方々の陳述が出るのかどうかが焦点になる。


※彰古館には、自衛隊関係の資料も保管している!!
『軍事史研究』2010年9月
軍事史関係史料館探訪(56)
陸上自衛隊衛生学校 医学情報史料室 彰古館
喜多義人
収蔵品の多くは、旧陸軍軍医学校由来の品々と医学文献であり、『大東亜戦争陸軍衛生史』編纂の際に寄贈された史料も所蔵されている。また、衛生学校にかつて開設されていた同校戦史室が収集した戦史史料、戦後の警察予備隊から保安隊を経て陸上自衛隊に至る草創期の衛生科部隊の行動史、研究報告なども含まれている。


●「化学学校記事」情報公開裁判 (第16回)
次回 2020年6月3日(水)11:30~ 東京地裁522号廷
防衛省は、化学学校記事16号の存在を今回初めて認めた。まだ公開していない『化学学校記事』がたくさんあるはずだ。果たして自衛隊は、どんなことをしているのかその全貌を明らかにすべきだ。戦力を保持しないという憲法に本当に抵触していないかを明らかにすべきだ。
1977年発行の化学学校発行の『20年のあゆみ』について、防衛省はマスキングに時間がかかるため、2か月後の提出は難しいかも知れないと述べた。
『20年のあゆみは』は1970年代だから、沖縄での、毒ガス漏洩事件や本土の相模原補給廠での毒ガスの問題がある中、毒ガスや核兵器に関する研究の記述もあるのだろう。それらをマスキングして公開しないというのは、日本の情報公開がいかに遅れているかと象徴している。
、佐藤内閣時代に実際に核兵器を持とうとしていたのだから、自衛隊ではどんなことが研究をしているかを、国民に広く知らせるべきである。ましてや日本は、広島、長崎、ビキニ、福一で甚大な被曝をしている国なのだから。



1957(昭和32)年7月『衛生学校第1号』発刊


第4代衛生学校長
『衛生学校記事』を発刊したときの、衛生学校長金原節三とはどんな人物なのだろうか?
金原節三(1901~1976)
陸軍省医事課長時代(1941.11~43.8)に731部隊から報告を受けていた。「陸軍省業務日誌摘録」
厚生省東海北陸医務出張所から衛生学校へ 1955.8.1

金原節三と細菌戦
金原の略歴を見ると、昭和16年11月に陸軍省医務局医事課長になっていて、17年に8月に軍医大佐になっている。
細菌戦資料センターの会報には、次のような記載がある。「陸軍省医務局医事課長だった金原節三元軍医大佐が、1955年に陸上自衛隊に入隊した。細菌戦部隊を指導していたのは、陸軍参謀本部、陸軍省医務局衛生課そして陸軍省医務局医事課である。金原は、「金原業務日誌摘録」に細菌戦部隊からの報告を記録している。


金原節三と武見太郎
金原と戦後日本医師会会長になり、医師会、薬剤師会、歯科医師会に大きな影響を及ぼした武見太郎は、軍隊内の先輩・後輩関係にあった。『金原節三資料目録』(陸上自衛隊衛生学校)の巻頭言は、日本医師会長武見太郎が書いている。


●『BC兵器』久保綾三著(1969年)
※以下の記述から、自衛隊では、いま世界で流行している新型コロナウィルスなどの生物兵器の研究も大分以前からやっているといるのではないかと思われる。

Ⅱ 自衛隊と生物・化学兵器―その思想と作戦

5 生物・化学戦における被害想定
G剤風下危険見積り
(2)敵軍の攻撃によるG剤危険
我が部隊に対する敵の化学攻撃で、敵の使用するG剤量を見積ることは困難である。第12表の代わりに、次の手順で毒雲が掩覆する風下地域の見積りを行なう。
ア、風向、風速の見積り。
イ、気温傾度条件の見積り
 (ア)順天条件=風下移動時間を1時間と考える。
 (イ)中立条件=風下移動時間を10時間と考える。
ウ、該当する時間内、予想風速で、毒雲の移動によって生ずる危険距離(=無視し得る危険)を見積る。


第5代衛生学校長
井上義弘【1904~1969(65歳)、石川県出身
1929年に台北医専卒、陸軍見習士官を経て1931年3等軍医、1948年軍医中佐、その間、陸軍軍医学校教官、陸軍医務局課員、シンガポールに設置された細菌戦部隊(南方軍防疫給水部9420部隊)に所属、戦後、第1復員省、厚生省復員局勤務、1953年復員局から保安庁に出向、陸上幕僚監部衛生課長、陸上自衛隊衛生学校第5代校長、陸上幕僚監部衛生監を歴任1960年退官。近代5種競技世界選手権大会(ブタペスト)に日本選手団長として参加中、1969年9月急逝。1969年日本体育協会近代5種・バイアスロン連合会副理事長となり、専門の体力医学の分野で活躍】
第4代衛生学校長であった金原が1957年12月突如転任(『大東亜戦争陸軍衛生史』を編纂するため、膨大な旧軍資料を集め、又戦後に日本独自の細菌戦部隊の復活させようとしたことが原因か??)になり、第5代の衛生学校長になったのが井上だ。両人とも戦時中の細菌戦部隊にかかわった人物である。それも金原は細菌戦部隊の指導的な立場にあった。それがアメリカの圧力か何かで、衛生学校長の職を解任され、その後を井上が引き継いだ。
井上は、自衛隊に保管されていた731関連の資料を自宅に持ち帰り、保管していたが、ブタペストで急逝したため、何も知らない遺族がそれらの資料を廃棄してしまった。ところがそれが神田の古書店に行きつき、某大学の研究者の目に留まり、その大学で買い取った。そこで改めてその資料を検証すると、731部隊の毒ガス実験等の論文があった。某大学では、その買い取った731関連の資料や、731部隊のデータを使って書いた論文等は、以前はその大学研究者は許可を得て見ることができたが、今ではそれらを見ることができなくなっている。
又、京大の次に多くの医学者を731に送った東大も細菌戦に関する資料を公開せず問題になっている。
東京医大等の不正入試だけでなく、大学医学部の戦中の細菌戦関連の資料の隠蔽も今、大きな問題になっている。
※1955年に二木秀雄が精魂塔を多磨霊園に建立し、731部隊の戦友会「精魂会」が発足した。
1950年には日本ブラッドバンクが内藤良一(元731部隊員)らによって設立され、元731部隊員は復権に向けて動き出している。
南方軍防疫給水部(岡9420部隊)





イタイイタイ病を究明した男 萩野昇

驚愕!御用医学者をさかのぼると、すぐに731部隊に行き着く

水俣病問題

小島三郎国立予防衛生研究所所長の過去

小泉親彦と宮川米次の絆

ヒロシマからフクシマへ

宮川正

「想定外」 と日本の統治—ヒロシマからフクシマへ—

ビキニ「死の灰」世界各地へ

自衛隊とサリン

相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場

日本の国家機密

兒嶋俊郎さんを偲ぶ



●昭和天皇の戦争責任を問う!!
天皇万歳に浮かれる無責任国家  田中利幸より
重要なことは、アメリカが、日本占領支配のために、裕仁の戦争責任を隠蔽してまでも、彼の天皇としての「権威」を政治的に利用したことである。つまり、私たちが本当に問わなければならないのは、「絶対的権力を保持していた国家元首の戦争犯罪・責任の免罪・免罪の上に制定された民主憲法が、果たしてどこまで真に民主主義的であるのか?」ということである。


●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より)吉田裕監修 2001年ピュリッツァー賞受賞

※昭和天皇は、平和主義者でもなんでもなかった。好戦的であり、常に軍部に色々と指示を出していた!!





第12章大元帥の試練


1942年

2日後、城侍従武官は6週間にわたり中部太平洋および南太平洋の戦場を視察するため横浜を立った。城の旅程は日本の軍部の指導者の考えを示すものであった。彼らは、この3月に出された「世界情勢判断」(7月、そして11月にもう1度)で、アメリカの本格的な反攻作戦の開始は、どんなに早くても1943年後半であろうとの見込みから、赤道以南で攻勢を続けても安全だと判断していた。敵がこのように非常に広大な戦域の現状を立て直すことに犠牲を払うことはあるまい、と判断していた。

小泉親彦と昭和天皇

近現代史を《憲法視点》から問う~「湘南社」の憲法論議~

近代天皇制の真髄は

福沢諭吉

神武と戦争

憲法9条を生かそう!!

731部隊員が戦犯免責され、ABCC(原爆傷害調査委員会)に協力した。その結果、アメリカの原爆投下を日本政府は問うことは無く、また被爆者は、ABCCに治療されることもなかった。そして日米安保条約の下、核兵器の廃絶に日本政府は後ろ向きである!!
日本には多くの被爆者がいるのに、日本政府はなぜ核兵器禁止条約に署名しない?
地球の温暖化や異常気象の最大の原因は、今までの2000回以上の核実験や原発事故などの放射能汚染で地球が壊れてきているからではないのか??米の原爆投下責任と核実験をしてきた国の責任を問う!!
●『二酸化炭素温暖化説の崩壊』広瀬隆(集英社新書)
第1章 二酸化炭素温暖化論が地球を破壊する

二酸化炭素温暖化説でターゲットにされている北極圏は大丈夫か
したがって、シロクマを心配する人たちの頭をなでて、「北極圏の生き物は大丈夫です」とも言ってあげなければならない。たとえIPCC御用学者の欠陥コンピューター予測の通り高温の100年後なったとしても、現在よりはるかに気温が高い縄文時代の夏に、北極の氷は完全に消滅していたのに、シロクマがなぜ生き延びてきたかという史実を考えればよい。このホッキョクグマは、生物学者によれば、泳ぎが上手なことで知られ、その体形から何時間でも氷海を泳ぐことができる適応能力の高い生物だからである。

●核実験(ウキペディアより)
若くして白血病で亡くなった夏目雅子、本田美奈子、また五輪候補選手だったスイマーが白血病になったのは、放射能の影響ではないのか?
月の砂漠の犠牲者 夏目雅子と本田美奈子
核実験の種別:1.大気圏内、2.地下、3.大気圏外、4.水中
核実験は、実施された場所と高度により4つの種別に分類される。
3.大気圏外実験 大気圏外で行われる核実験であり、実施にはロケットが使われる。この実験の目的は、主に敵国から発射されたICBMを大気圏外で迎撃すること、及び敵国の衛星(主にスパイ衛星)を破壊することの検証である。ただし宇宙空間には大気が無く、核爆発の衝撃波によるターゲットの破壊が出来ないため、目的の達成には近接距離の核爆発による熱線・放射線によるターゲットの物理的な破壊、および電磁パルスによるターゲットの“電子的”破壊(無能化)が必要になる。しかし核爆発で生ずる電磁パルスは、地上の電子機器にまで影響を及ぼすこと、及びターゲットの物理的破壊は近年特に問題になっているスペースデブリを大量に発生させることから、PTBTにて実験が禁止された。
水素爆弾の恐怖・ビキニ環礁 (アメリカ)


「北朝鮮の核実験の威力」と「史上最強の核兵器"ツァーリ・ボンバ"の破壊力」【核兵器】


●核なき世界へ!!
Toward a Nuclear-Free Future



●核融合もすべきではない!!
20170303 小出裕章先生にきいてみた!!〜土岐市核融合科学研究所 重水素実験について


●原発・化石燃料発電→再生可能エネルギー発電の増加
【金子勝の言いたい放題】NO5 世界は電力タダの時代に エネ転が拓く経済転換(飯田哲也さんと) 20191230


日本政府・自衛隊は情報を公開せよ!!(情報開示!!)
今年も8月12日がくる──。33年前 520人が犠牲になった日航機墜落、遺物の化学分析で判明した事実とは?

中曽根元総理が知る日航機墜落事故の真実とは?墓場まで発言の真意を調査!

ここの研究所は、どんなことをやっているのだろうか??
国立感染症研究所村山庁舎(武蔵村山)


●1954年3月1日第5福竜丸他1000隻もの船が被曝!核兵器廃絶!!
なぜ、日本は広島・長崎・ビキニ・JCO臨界事故・福島と5度も被爆しているにに、日本医学界は「脱原発!!」と叫ばない!!
原爆投下された直後、日本は自らが原爆調査をして、731部隊(人体実験や細菌戦)の事もあるので、アメリカの心証を良くしようと考えた。そして科学者を総動員して原爆調査(被爆者を救済するための調査ではなく、原爆の威力調査)を181冊の調査書にまとめて、英訳し、アメリカに渡した。その後、731部隊員は、731で研究したデータを渡し、戦犯免責を受けた。原爆調査書は被爆者の治療には全く生かされず、日本の医学界は、原爆の放射能被害については、何も言及しなかった。そればかりか、その後のアメリカの原爆・水爆実験も批判せず、その被害を過小評価した。そして日本政府が、原子力の平和利用として原発を推進する政策にも、大きく加担している。

XII) 731部隊、広島長崎、チェルノブイリ、福島より
・・・第二次世界大戦中、日本軍は3000人もの医師たちが関わったとされる731部隊により、妊婦や子供まで含めた人体実験が行いました。極東裁判では捕虜虐待死の容疑で死刑に処された軍医幹部もいる中、731部隊関連者は訴追されませんでした。戦後、「研究データを米軍に提供すること」、さらにはなんと、「広島・長崎の研究に協力すること」を引き換えに免責されたのでした。

2010年のNHKの番組で、「(米国への研究データの提供のほかに)原爆調査への協力を731部隊の免責のカードとして使った」という元陸軍軍医の証言がありました。
封印された原爆報告書



水爆実験
水爆実験ブラボーで被爆したのは第5福竜丸1隻ではなく、延べ1000隻近くの漁船が被爆した!!



JCOの臨界事故


福島第1原発事故


核兵器廃絶

徳仁・日本政府・日本医学界は、731部隊のことを謝罪し、戦争被害者の救済、戦争をしない政策にお金をかけるべきだ!

「731部隊・100部隊・毒ガス戦」パネル展 2019年4月29日~5月3日
「日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか 」 田中利幸さん
日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか
水俣病



731部隊(unit731)


昭和天皇の戦争責任を問う!!天皇制反対!!























2020年5月4日月曜日

藤原辰史:パンデミックを生きる指針 ——歴史研究のアプローチ


※この文章は岩波新書HP「B面の岩波新書」に掲載されたものです。著者の許諾を得て、PDF版をアップしまし た。このPDF版は自由に印刷・複製して頂いて構いません。ぜひ多くの方に読んでいただけるようご協力ください。

藤原辰史:パンデミックを生きる指針 ——歴史研究のアプローチ
1 起こりうる事態を冷徹に考える
2 国に希望を託せるか
3 家庭に希望を託せるか
4 スペイン風邪と新型コロナウイルス
5 スペイン風邪の教訓
6 クリオの審判
(本文中で言及された①~④の記事には、末尾で示したQRコードからアクセスできます)


1 起こりうる事態を冷徹に考える
人間という頭でっかちな動物は、目の前の輪郭のはっきりした危機よりも、遠くの輪郭のぼやけた希望にすが りたくなる癖がある。
だから、自分はきっとウイルスに感染しない、自分はそれによって死なない、職場や学 校は閉鎖しない、あの国の致死率はこの国ではありえない、と多くの人たちが楽観しがちである。
私もまた、その傾向を持つ人間のひとりである。
甚大な危機に接して、ほぼすべての人びとが思考の限界に突き当たる。
だから、楽観主義に依りすがり現実か ら逃避してしまう——日本は感染者と死亡者が少ない。
日本は医療が発達している
子どもや若い人はかかり にくい。
1、2週間が拡大か制圧かの境目だ。
2週間後が瀬戸際だ。
3週間後が分水嶺だ。
一年もあれば五輪開催 は大丈夫だ。
100人に4人の中には入らないだろう。
そう思いたくなっても不思議ではない。
希望はいつしか根拠のない確信と成り果てる。
第一次世界大戦は1914年の夏に始まり1918年の秋まで続いたが、開戦時にドイツ 皇帝ヴィルヘルム二世はクリスマスまでには終わると国民に約束した。
第二次世界大戦では、日本の勝利に終わると大本営は国民に繰り返し語っていた。
このような為政者の楽観と空威張りを、マスコミが垂れ流し、政府に反対してきた人たちでさえ、かなりの割合で信じていたことは、歴史の冷酷な事実である。
ペストの猛威、三十年戦争、リスボンの大震災、ナポレオン戦争、アイルランドのジャガイモ飢饉、コレラや ペストや結核の蔓延、第一次世界大戦、スペイン風邪、ウクライナ飢饉、第二次世界大戦、チェルノブイリ原 発事故、東京電力の原発事故。
世界史は生命の危機であふれている。
いずれにしても甚大な危機が到来したとき、現実の進行はいつも希望を冷酷に打ち砕いてきた。
とりわけ大本営発表にならされてきた日本では、為政 者たちが配信する安易な希望論や道徳論や精神論(撤退ではなく転進と表現するようなごまかしなど)が、人を酔わせて判断能力を鈍らせる安酒にすぎないことは、歴史的には常識である。
その程度の希望なら抱かない方が安全とさえ言える。
想像力と言葉しか道具を持たない文系研究者は、新型コロナウイルスのワクチンも製造できないし、治療薬も 開発できない。
そんな職種の人間にできることは限られている。
しかし小さくはない。

たとえば、歴史研究者は、発見した史料を自分や出版社や国家にとって都合のよい解釈や大きな希望の物語に落とし込む心的傾向を捨て る能力を持っている。
そうして、虚心坦懐に史料を読む技術を徹底的に叩き込まれてきた。
その訓練は、過去 に起こった類似の現象を参考にして、人間がすがりたくなる希望を冷徹に選別することを可能にするだろう。
科学万能主義とも道徳主義とも無縁だ。
幸いにも私は環境史という人間と自然(とくに微生物)の関連を歴史 的に考える分野にも足を突っ込んでいる。こうした作業で、現在の状況を生きる方針を探る、せめて手がかりくらいを得られたらと願う。


2 国に希望を託せるか
まず、現実を観察したい。
新型コロナウイルスは世界を分断している。
日本の内部も。
そもそも、日本だけ感染者が少ないという事実は、検査量の少なさに拠るところも多く、喜んでいられない。
運悪く最近まで東京オリンピックを七月に実施したいと足掻いていた人たちが、日本社会に根拠のない楽観主義をもたらしてきた。
しかし、延期が決定する やいなや首都では感染者の数が急速に増えつづけている。
世界では高齢者や重病者以外の感染者も死者も増えてきている。
さらにいえば、新型コロナウイルスは、人びとの健康のみならず、国家、家族、そして未来への信頼を打ち砕きつつある。
すでにもう土台がぐらついていたものばかりであるが。

第一に、国家。
人びとは、危機が迫ると最後の希望をリーダーとリーダーの「鶴の一声」にすがろうとする。
自分の思考を放棄して、知事なり、首相なり、リーダーに委任しようとする。
たしかに、もしも私たちが所属する組織のリーダーが、とくに国家のリーダーがこれまで構成員に情報を隠すことなく提示してきたならば、そのデータに基づいて構成員自身が行動を選ぶこともできよう。
異論に対して 寛容なリーダーであれば、より創造的な解決策を提案することもできるだろう。
データを改竄したり部下に改 竄を指示したりせず、きちんと後世に残す文書を尊重し、歴史を重視する組織であれば、ひょっとして死ななくてもよかったはずの命を救えるかもしれない。
自分の過ちを部下に押し付けて逃げ去るようなそんなリーダーが中枢にいない国であれば、ウイルスとの戦いの最前線に立っている人たち、たとえば看護師や介護士や保 育士や接客業の不安を最大限除去することもできよう。
危機の状況にも臨機応変に記者の質問に対応し少数意 見を弾圧しないリーダーを私たちが選んでいれば、納得して人びとは行動を起こせる。
「人類の叡智」を磨くために、「有事」に全く役に立たない買い物をアメリカから強制されるのではなく、研究教育予算に税金を費やすことを使命と考えてきた政府であれば、パンデミックに対して少なくともマイナスにはならない科学的政策を提言できるだろう。
ところが、残念ながら日本政府は、あるいはそれに類する海外の政府は、これまでの私たちが述べてきた無数の批判に耳を閉ざしたまま、上記の条件を満たす努力をすべて怠ってきた。
そんな政府に希望を抱くことで救われる可能性は、『週刊文春』の3月26日号に掲載された「最後は下部のしっぽを切られる」「なんて世の中だ」という自死寸前の赤木俊夫さんの震える手で書かれた文字群によって、また現在の国会での政府中枢の驚 くべき緩慢な言葉によっても、粉々に打ち砕かれている。
この政権がまだ45.5パーセントの支持率を得ているという驚異的な事実自体がさらに事態を悪くしている(共同通信社世論調査。2020年3月28 日配信)。
その上、「緊急事態宣言」を出し、基本的人権を制限する権能を、よりにもよって国会はこの内閣に与えてしまった。
為政者が、国民の生命の保護という目的を超えて、自分の都合のよいようにこの手の宣言を利用した事例 は世界史にあふれている。
どれほどの愚鈍さを身につければ、この政府のもとで危機を迎えた事実を、楽観的に受け止めることができるだろうか。


3 家庭に希望を託せるか
第二に、家庭。
国が頼りなければ、家庭に生死を決める重荷がのしかかってくる。家族ほど近くて頼れて安心できる存在はない。
「濃厚接触」は免れないから運命共同体とさえいえる。
しかし、在宅の仕事が難しい親は、小学生の子どもを家に置いていかなくてはならない。
その不安と罪悪感と闘わなくてはならない。
不況による解雇も増えている。
遠くに住む老いた両親に手伝いに来てもらうにも、感染リスクに晒されながらの長旅は正直心配だ。
結局、経済基盤も育児環境も改善しない。
家庭が安全であるという保証もない。
そもそも、子どもにとって家庭は安全な存在だろうか。
あるべきかどうかではない。
そうなのかどうか、である。
日本は、七人に一人の子どもが貧困状態にある国である。
経済状況の差をここまで広げた政策のつけは、 こういう危機の時代に回ってくる。
私は、『給食の歴史』(岩波新書、2019年)で、高度経済成長期でさえ給食で一日の重要な栄養をとって食いつないできた子どもたちが多数いたことを書いた。
まさに、現在は、子どもたちの最後の生命線が絶たれている現状とさえいえるのだ。
たとえ、三食最低限のご飯が食べられている家庭でも、危険はまだ残っている。
『クーリエジャポン』(3月29 日配信 ①)によると、「3月17日の外出禁止令以降、家庭内暴力が増加した可能性があることを認めている。
パリ警視庁管轄の地域では1週間で32パーセント、憲兵管轄の地域では36パーセントほど、家庭内暴力が増加したという」。
これはすでに女性への家庭内暴力が社会現象となっていたフランスだけの問題ではない。
日本でも、普段は長時間一緒に滞在しない家族の成員が同じ屋根の下で過ごすことで、なんとなく気まずい空気が流れている家は少なくないだろう。
普段虐待を受けている子どもにとって、家庭はますます逃げがたい牢獄となるだろう。
子どもだけではない。
配偶者、とくに夫の家庭内暴力を受けてきた妻には、外出が難しいこの現状は文字通り牢獄にほかならない。
今後、感染したことで家族の成員が欠けることも十分に考えられる。
家族が機能不全になったら地域に頼るしかない。
しかし、不運なことに、そもそも社会的に弱い立場にある人を支える場所が、新型コロナウイルスの影響で機能が低下したり、機能不全に陥ったりしている。
地域の活動 の場所であるPTAも自治会もNPOも、飛沫感染が恐れられるなか、活発な援助に手を出しにくい。
子ども食堂も学校給食もほとんど閉鎖され、子どもたちの腹と心の寂しさを誰も満たしてくれない。
しかも現時点で、近年頻発する水害や地震のような大災害が起こったならば、地域の避難所は間違いなく感染の温床となってしまうだろう。
ゆえに、現時点で各地方自治体は、災害時の避難の対応について早急にガイドラインを作成すべきである。



4 スペイン風邪と新型コロナウイルス
新型コロナウイルスの活動が鎮静ではなく、拡散の方向に向かっているいま、希望的観測から頼りうる指針を 選別していくため参考にすべき歴史的事件は、SARSやエボラ出血熱よりも「スペイン風邪」、すなわち、スパニッシュ・インフルエンザだと私は考える。
百年前のパンデミックである。
アメリカを震源とするこのインフルエンザの災いは、戦争中の情報統制で中立国だったスペインからインフルエンザの情報が広まったため、スペイン人にとっては濡れ衣にほかならない名前が歴史の名称となった。
1918年から1920年まで足掛け3年かけて、3度の流行を繰り返し、世界中で少なく見積もっても4800万人、多く見積もって一億人の命を奪い(山本太郎『感染症と文明——共生への道』岩波新書、2011年)、世界中の人びとを恐怖のどん底に陥れた。
そのわりに教科書でも諸歴史学会でもほとんど取り上げられなかった世界史の一コマである。
私は、第一次世界大戦期ドイツ の飢餓について研究を進めていく過程で(『カブラの冬——第一次世界大戦期ドイツの飢饉と民衆』人文書 院、2011年)、多くの民間人をも苦しめたスパニッシュ・インフルエンザについて調べたことがあるが、現状のパンデミックと似ている点が少なくないことに気づく。
どちらもウイルスが原因であり、どちらも国を選ばず、どちらも地球規模で、どちらも巨大な船で人が集団感染して亡くなり、どちらも初動に失敗し、どちらも デマが飛び、どちらも著名人が多数死に、どちらも発生当時の状況が似ている。
ただ、当時は、インフルエンザのウイルスを分離する技術が十分に確立されておらず、医療技術的には現在の方が有利、地球人口が17億程度だった当時と、75億人まで増えた現在とでは過去の方が有利だ。
新聞以外に SNSも含め多くのメディアが必要・不必要にかかわらず情報を大量に発信しているのも現在の特徴であり、正直、どちらに転ぶかわからない。
百年前はWHOも存在しなかったので、本来であれば現在の方が有利だと思いたいけれど、なかなかそう思いづらいのは報道の通りである。 百年前の日本はちょうど米騒動とシベリア戦争(シベリア出兵)の時代である。当時、アジアもヨーロッパも 北米大陸にも、これまであり得ないほどの人の移動があった。第一次世界大戦の真っ只中だったからである。
すでに1918年の春からインフルエンザが流行っていたアメリカから、多数の若い男たちが輸送船に乗ってヨーロッパにわたっていた。
換気が悪く、人口密度が高い船内でどんどん感染が広がり、健康そのものだった若者 が次々に死んでいった。
ヨーロッパにはアジアからも多くの人たちが労働者として雇われていた。
植民地である仏領インドシナからはフランスへ、インドやビルマからはイギリスへ、中国からは苦力が多数ヨーロッパに上陸していた(東南アジアの第一次世界大戦については、早瀬晋三『マンダラ国家から国民国家へ——東南ア ジア史のなかの第一次世界大戦』人文書院、2012年)。
やがて、アジアにも感染は拡大し、日本でも約40万人 前後が亡くなったと言われている。
インフルエンザがここまで世界に広がり、多くの兵士たちが死んでいった理由として、戦争中の衛生状態や栄養状態が考えられた
環境史家のアルフレッド・W・クロスビーによれば、兵士は、体調不良を感じても衛生的に悪い条件で無理して作業に従事するため、悪化しやすく、感染しやすかったという。
銃後は食糧不足に悩んでおり、やはりインフルエンザ・ウイルスの格好の餌食となった。
しかも当時兵士たちを悩ませていた一つ が虫歯だったことを考えれば(Ruchel Duffett, The Stomach for Fighting: Food and the Soldiers of the Great War, Manchester University Press, 2012, p. 21.)、ウイルスの主な生存場所である口腔の衛生状態は相当に悪かっただろう。
だからといって、いま、世界規模で繰り広げられるような戦争がなかったことを寿ぐことはできない。
ここ十年の人の移動の激しさは当時の比ではない。
その最大の現象は昨今のオーバーツーリズムである。
かつての兵士はいまのツーリストである。
船ではなく飛行機で動くツーリストたちの動きは、頻度と量が桁違いだ。
それが今回の特徴である。


5 スペイン風邪の教訓
スパニッシュ・インフルエンザの過去は、現在を生きる私たちに対して教訓を提示している。
クロスビー『史上最悪のインフルエンザ——忘れられたパンデミック』(西村秀一訳、みすず書房、2004年)を参考にしつつ、まとめてみたい。
第一に、感染症の流行は一回では終わらない可能性があること。
スパニッシュ・インフルエンザでは「舞い戻り」があり、三回の波があったこと。
一回目は四ヶ月で世界を一周したこと。
一回目よりも二回目が、致死率 が高かったこと。
新型コロナウイルスの場合も、感染者の数が少なくなったとしても絶対に油断してはいけないこと。
ウイルスは変異をする。
弱毒性のウイルスに対して淘汰圧が加われば、毒を強めたウイルスが繁殖する可能性もある。
なぜ、一回の波でこのパンデミックが終わると政治家やマスコミが考えるのか私にはわからない。
ちょっと現代史を勉強すれば分かる通り、来年の東京五輪が開催できる保証はどこにもない。
第二に、体調が悪いと感じたとき、無理をしたり、無理をさせたりすることが、スパニッシュ・インフルエンザの蔓延をより広げ、より病状を悪化させたこと。
何より、軍隊組織に属する兵士たちの衛生状況や、異議申し立てができない状況を考えてみるとわかる。
過労死や自殺者さえも生み出す日本の職場の体質は、この点、 マイナスにしか働かない。
第三に、医療従事者に対するケアがおろそかになってはならない。
スパニッシュ・インフルエンザを生きのびた人たちの多くが、医師や看護師たちの献身的な看病で助けられたと述懐している。
目の前の患者の命がかかっている場合、これらの人たちは、多少自分が無理しても助けようとすることが多いことは容易に想像できよ う。
しかし、いうまでもなく、日本の看護師たちは低く定められた賃金のままで、体を張って最前線でウイル スと戦っていることを忘れてはならない。
世界現代史は一度だって看護師などのケアの従事者に借りを返したことはないのである。
第四に、政府が戦争遂行のために世界への情報提供を制限し、マスコミもそれにしたがっていたこと。
これは、スパニッシュ・インフルエンザの爆発的流行を促進した大きな原因である。
情報の開示は素早い分析をもたらし、事前に感染要因を包囲することができる。
第五に、スパニッシュ・インフルエンザは、第一次世界大戦の死者数よりも多くの死者を出したにもかかわらず、後年の歴史叙述からも、人びとの記憶からも消えてしまったこと。
それゆえに、歴史的な検証が十分になされなかったこと。
新型コロナウイルスが収束した後の世界でも同じことにならぬよう、きちんとデータを残し、歴史的に検証できるようにしなければならない。
とくにスパニッシュ・インフルエンザがそうであったように、危機脱出後、この危機を乗り越えたことを手柄にして権力や利益を手に入れようとする輩が増えるだろう。
醜い勝利イヴェントが簇生するのは目に見えている。
だが、ウイルスに対する「勝利」はそう簡単にできるのだろうか。
人類は、農耕と牧畜と定住を始め、都市を建設して以来、ウイルスとは共生していくしかない運命にあるのだから(たとえば、ジェームズ・C・スコット『反穀物の人類史——国家誕生のディープヒストリ ー』みすず書房、2019年)。
もしも顕彰されるとすれば、それは医療従事者やケースワーカーの献身的な働きぶりに対してである。
第六に、政府も民衆も、しばしば感情によって理性が曇らされること。
百年前、興味深い事例があった。「合衆国公衆衛生局は、秋のパンデミック第二波の真っ只中、ほかにやるべき大事なことが山ほどあったにもかかわらず、バイエル社のアスピリン錠の検査をさせられていた」。
これは、「1918年当時の反ドイツ感情の狂信的なまでの高まり」が、変な噂、つまり、ドイツのバイエル社が製造していたアスピリンにインフルエンザの病原菌が混ぜられて売られているという噂が広まっていたためである(クロスビー『前掲書』259頁)。
現在も、疑心暗鬼が人びとの心底に沈む差別意識を目覚めさせている。
これまで世界が差別ととことん戦ってきたならば、こんなときに「コロナウイルスをばら撒く中国人はお断り」というような発言や欧米でのアジア 人差別を減少させることができただろう。
あるいは、政治家たちがこのような差別意識から自由な人間だったら、きっと危機の時代でも、人間としての最低限の品性を失うことはなかっただろう。
そしてこの品性の喪失は、パンデミック鎮静化のための国際的な協力を邪魔する。
第七に、アメリカでは清掃業者がインフルエンザにかかり、ゴミ収集車が動けなくなり、町中にごみがたまったこと。
もちろん、それは都市の衛生状況を悪化させること。
医療崩壊ももちろん避けたいが、清掃崩壊も危険であること。
第八に、為政者や官僚にも感染者が増え、行政手続きが滞る可能性があること。
たとえば、当時のアメリカの大統領ウッドロウ・ウィルソンも感染者の一人である。
彼が英仏伊と四カ国対談の最中に三九・四度の発熱で倒れ、病院に入院している間、会議の流れが大きく変わり、ドイツへの懲罰的なヴェルサイユ条約の方向性が 決まってしまった。


6 クリオの審判
さらにいえば、新型コロナウイルスが鎮静化すれば危機が去ったと言うことはできない。
実は、本当に怖いのはウイルスではなく、ウイルスに怯える人間だ。
ドイツの首相アンゲラ・メルケルは3月18日の演説で、日本の 首相とは異なり、基本的人権を制限することの痛みと例外性を強調した。
東ドイツ出身の彼女にとって、移動と旅行の自由は苦労してやっと得たものだった(日本語訳は、Mikako Hayashi-Husel ②)。
だが、これが例外でありつづけるのかどうか、私は大いに疑問である。
今回のパンデミックは人びとの認識を大きく変えるだろう。
人びとの不測の事態に対するリスクへの恐怖が高まり、ビッグデータの保持と処理を背景とした個別生体 管理型の権威国家や自国中心主義的なナルシズム国家がモデルとなるかもしれない。
ユヴァル・ノア・ハラリは新型コロナウイルスの後は、EU理念の復活のチャンスになりうるという希望的観測を慎重に抽出しているが、私は上記の理由から、逆に価値が暴落する可能性も考えている(Yuval Noah Harari, In the Battle Against Coronavirus, Humanity Lacks Leadership, in: Time on 15 March 2020. ③)。
また、ハラリは、コロナウイルスの対応において、各国の遮断ではなく協力を呼びかけており、それには全面的に賛成するが、それにしても自国中心主義に溺れる国家が国際社会には溢れすぎている。
こうして、世界の秩序と民主主義国家は本格的な衰退を見せていくのかもしれない。
すでにパンデミック以前から進行していたように。
または、ハラリは述べていないが、新型コロナウイルスを「滅菌」するための消毒サービスが流行して、恐怖 鎮静化商品の市場価値が生み出され、人びとが、ただでさえ蔓延していた潔癖主義に取り憑かれ、人間にとって有用な細菌やウイルスまで絶滅の危機、それによる体内微生物相の弱体化、そして免疫系統への悪影響に晒されるかもしれない。
第一次世界大戦後、毒ガスの民需転用で殺虫剤商品が増えていくが(その一つがユダヤ人虐殺に用いられたツィクロンBである)、これが公共交通機関や公共施設の消毒に用いられたのは、おそらく インフルエンザが猛威を振るったこととも関係しているだろう(拙著『戦争と農業』集英社インターナショナ ル新書、2017年)。
消毒文化の弊害については、さしあたり、マーティン・J・フレーザー『失われてゆく、我々の内なる細菌』 (山本太郎訳、みすず書房、2015年)が参考になるだろう。
そうして、ある特定のウイルスを体内に長年共生させ、他の病原菌から守るような状況になる可能性を失っていくかもしれない。
潔癖主義が人種主義と結びつくと、ナチスの事例に見られるようにさらに厄介である(H・P・ブロイエル『ナチ・ドイツ 清潔な帝国』大 島かおり訳、人文書院、1983年)。
このように、悪いことはいくらでも想像できる。
しかし、世界史の住人たちは一度として、危機の反省から、 危機を繰り返さないための未来への指針を生み出したことがない。
世界史で流された血の染み付いたバトンを握る私たちは、今回こそは、今後使いものになる指針めいたことを探ることはできないだろうか。 7

第一に、うがい、手洗い、歯磨き、洗顔、換気、入浴、食事、清掃、睡眠という日常の習慣を、誰もが誰からも奪ってはならないこと。
あたりまえだ、という反応が帰ってきそうだが、歴史が我々に教えているのはむしろ、戦争とそのための船上および鉄道での移動がこのあたりまえの習慣を困難にしたことである。
人間を不衛生な場所に収容・監禁することがこれを困難にしてきた歴史も、私たちは知っている。
仕事が忙しくても、仕事中に上記の基本的な予防(たとえば昼休みにも歯磨きをすることや共有のゴミ箱やトイレを丁寧に使うこと)を部下が実践することを、上司が止めず、上司もみずから進んでやること。
よく食べ、よく笑い、よく寝る、という免疫力をつける重要な行為が、これまで仕事よりもあまり重視されなかったことを反省してみても よい。
第二に、組織内、家庭内での暴力や理不尽な命令に対し、組織や家庭から逃れたり異議申し立てをしたりすることをいっさい自粛しないこと、なにより、自粛させないこと。
その受け皿を地方自治体は早急に準備すること。
総力戦体制だから「城内平和Burgfrieden」(第一次世界大戦時にドイツで唱えられたスローガン)でいきましょう、というのが、20世紀の歴史の常道だったが、異議申し立ての抑制こそが、かえって新型コロナウイルスによる被害を増大させるだろう。
フランス大統領のエマニュエル・マクロンは3月16日のテレビ演説で 「我々は戦争状態にある」と繰り返し、アメリカ大統領のドナルド・トランプもみずからを「戦時下の大統領」と呼んで憚らないが、この言葉は諸刃の剣である。
緊急性を高めることのみならず、異論を弾圧すること にも極めて効果的な言葉だからだ。
第三に、戦争にせよ、五輪にせよ、万博にせよ、災害や感染などで簡単に中止や延期ができないイベントに国家が精魂を費やすことは、税金のみならず、時間の大きな損失となること。
どのイベントも、その基本的な精神に立ち戻り、シンプルな運営に戻ること。
とくに、日本のような災害多発列島はいつキャンセルしても対応可能な運営が望まれる。
第四に、現在の経済のグローバル化の陰で戦争のような生活を送ってきた人たちにとって、新型肺炎の飛沫感染の危機がどのような意味を持つのか考えること。
危機は、生活がいつも危機にある人びとにとっては日常である、というあたり前の事実を私たちは忘れがちである。
いつ落ちてくるかわからない戦闘機に毎日さらされ ている基地周辺に住む人びとにとって、爆音で神経が参ってしまうリスクや事故に遭うリスクは、新型コロナ ウイルスに感染するリスクよりも低いだろうか。
原発事故によって放射性物質にさらされ、いまだに避難中の 人びとにとって、病気になるリスクは、新型コロナウイルスに感染するリスクよりも低いだろうか。
上司の嫌がらせを受けながら働く人間にとって、過労死や自殺やうつ病になるリスクは、新型肺炎で死ぬリスクよりも低いだろうか。
ホームレスが病気を患っている可能性は、新型コロナウイルスに感染する可能性よりも低いだろうか。
派遣労働者として働いているシングルマザーにとって、体を崩して子どもに負担をかける怖さは、新型コロナウイルスの怖さよりも小さいだろうか。
学校に馴染めない子どもたちが学校によって傷つくリスクは、この子たちに新型肺炎が発症するリスクよりも低いだろうか。
権力を握る者たちは、毎日危機に人びと晒してきたことを忘れているのだろうか。
なにより、新型コロナウイルスが、こういった弱い立場に追いやられている人たちにこそ、甚大かつ長期的な影響を及ぼすという予測は、現代史を振り返っても十分にありうる。
第五に、危機の時代に立場にあるにも関わらず、情報を抑制したり、情報を的確に伝えなかったりする人たちに異議申し立てをやめないこと。
台湾の保健省大臣のように、体力的にも知能的にも、何時間でもどんな質疑が来ても誠実に応答できる人間だけが、政治を担うことができる。
また、インターネット上の新聞記事は、個人の生命に関わる重要な記事にもかかわらず、有料が多い。情報の制限が一人の救えたかもしれない命を消す こともあるのだ。せめて新型コロナウイルスに関する記事だけでも無料で配信するのが、メディアの社会的責任である。 日本は、各国と同様に、歴史の女神クリオによって試されている。
果たして日本はパンデミック後も生き残るに値する国家なのかどうかを。
クリオが審判を下す材料は何だろうか。
危機の時期に生まれる学術や芸術も指標の一つであり、学術や芸術の飛躍はおそらく各国で見られるだろうが、それは究極的には重要な指標ではない。
死者数の少なさも、最終的な判断の材料からは外れる。
試されるのは、すでに述べてきたように、いかに、人間価値の値切りと切り捨てに抗うかである。
いかに、感情に曇らされて、フラストレーションを「魔女」狩りや 「弱いもの」への攻撃で晴らすような野蛮に打ち勝つか、である。 武漢で封鎖の日々を日記に綴って公開した作家、方方は、「一つの国が文明国家であるかどうか[の]基準 は、高層ビルが多いとか、クルマが疾走しているとか、武器が進んでいるとか、軍隊が強いとか、科学技術が 発達しているとか、芸術が多彩とか、さらに、派手なイベントができるとか、花火が豪華絢爛とか、おカネの力で世界を豪遊し、世界中のものを買いあさるとか、決してそうしたことがすべてではない。
基準はただ一つしかない、それは弱者に接する態度である」(日本語訳は日中福祉プランニングの王青 ④)と喝破した。
この危機の時代だからこそ、危機の皺寄せがくる人びとのためにどれほどの対策を練ることができるか、という方方の試金石にはさらなる補足があってもよいだろう。
危機の時代は、これまで隠されていた人間の卑しさと日常の危機を顕在化させる。
危機以前からコロナウイルスにも匹敵する脅威に、もう嫌になるほどさらされ てきた人びとのために、どれほど力を尽くし、パンデミック後も尽くし続ける覚悟があるのか。
皆が石を投げる人間に考えもせずに一緒になって石を投げる卑しさを、どこまで抑えることができるのか。
これがクリオの判断材料にほかならない。
「しっぽ」の切り捨てと責任の押し付けでウイルスを「制圧」したと奢る国家は、 パンデミック後の世界では、もはや恥ずかしさのあまり崩れ落ちていくだろう。


① ② ③ ④ *** 藤原辰史(ふじはら たつし) 1976 年、北海道旭川市生まれ、島根県横田町(現・奥出雲町)出身。京都大学人文科学研究所准教授。専門は 農業史。著書に『給食の歴史』(岩波新書、2018)、『分解の哲学』(青土社、2019)『トラクターの世界史』(中公 新書,2017)、『戦争と農業』(集英社インターナショナル新書、2017)、『カブラの冬』(人文書院、2011)、共編 に『現代の起点 第一次世界大戦』(全四巻、岩波書店



細菌戦の系譜!!


731部隊と国立感染症研究所の問題!!
ある女学生の訴え!!
731部隊・細菌戦資料センター総会のご案内
731部隊の罪業
歴史の分岐点に立って歴史認識からアジアの平和を考える
東京の水と空は大丈夫?(横田基地問題)
パネル展「日中戦争ーその実相に迫る!」
731部隊 行動示す新資料・埋もれた公文書
ビザ発給拒否裁判 1審不当判決
情報公開裁判「化学学校記事」「衛生学校記事」
小林開さん 映画「ひろしま」を語る!!
核なき世界へ 映画「ひろしま」
南方軍防疫給水部の記録を探し求めて(リム・シャオピンさん)
天皇制廃止に向けての第一歩:雲上人を人間化する運動を
京都大学に対する第731部隊軍医将校の学位授与の検証を求める活動
武蔵村山の国立感染症研究所問題!!
731部隊・100部隊展


●今の日本人は、まさかと思うかもしれない。
今、世界中で猛威を振るっている新型コロナウィルス。これは、細菌戦(生物戦)ではないのか?
過去に、日本が中国で行なった細菌戦のように。(以下は現在分かっている細菌戦)


1939年 731部隊 ノモンハン事件にて細菌戦(チフス菌、コレラ菌、赤痢菌)を行う
1940年 6月4日  731部隊、農安大賚・農安で細菌戦(ペスト菌)を行う
10月 4日   731部隊、衢州で細菌戦(ペスト菌)を行う
10月27日  731部隊、寧波で細菌戦(ペスト菌)を行う
1941年11月4日  731部隊、湖南省常徳で細菌戦(ペスト菌)を行
1942年17月 100部隊は、ハイラルの北約120キロのソ連国境で行なった「三河演習」で鼻疽菌の生存期間を測定、炭疽菌の土 壌への浸透力の調査した 
8月  731部隊、湖南省江山、常山、衢県、麗水、江西省広信、広豊、玉山で細菌戦(ペスト、コレラ、チフス)を行う
1943年12月  100部隊第2部に細菌戦準備の第6科を設置
【コロナは生物兵器か】人工のコロナウイルスショックによる文明の転換点 船瀬俊介氏が語る


米軍300人が新型コロナの感染が広がる前に武漢にいたという。
新型コロナウィルスを撒いたのは??




この新型コロナウィルスがどこで作られたかは分からないが、細菌戦の系譜をたどると、
日本は、戦時中、1925年のジュネーブ議定書を無視して、中国で細菌を製造し、細菌戦を行なった。戦後、731部隊での研究データをアメリカに渡し、731部隊員は全員戦犯免責され、アメリカは生物戦の研究を本格的に始めた。
日本政府は、中国で行った細菌戦や生体実験の事を、(日本の裁判所は事実認定をしている)未だに隠し続け、事実も認めていない。勿論謝罪もしない。日本軍が中国に遺棄した生物兵器は戦後、どのようになったのだろうか?
この新型コロナウィルスに影響しているのだろうか?
今、日本人は過去に犯した戦争犯罪を直視し、きちんと歴史事実に向き合う時ではないのか?

今回の新型コロナウイルスは、日本軍が遺棄してきたものが影響しているのか、それともどこかで作られたのか?それとも動物を介して新たに自然発生したのか?
作ったとすれば、アメリカが作ったのか、それとも、日本軍の細菌戦に苦しんだ中国が作ったのか、はたまた、ロシアかそれとも日本(又は日米共同)が作ったのか?よくわからないが、世界各国で生物戦の研究がなされていることは確かであろう。
生物兵器禁止条約の署名を日本は1972年にして、この条約は、1975年に発効されたが、日本がこの条約を批准したのは、1982年。なんでこんなに時間がかかったのか?批准されてからも、細菌(生物)兵器は、極秘裏に各国は研究開発しているのだろう??

パンデミックの後に監視社会がもっと強化されるのか??今我々が考えなければならに問題!!
権力者の権限が強くなり、不正、証拠隠滅がもっと拡大する!!

HBCテレビ『ヤジと民主主義~小さな自由が排除された先に~』2020年4月26日放送


「緊急対談 パンデミックが変える世界 ユヴァル・ノア・ハラリとの60分」



731部隊員が多く入った国立予防衛生研究所(現・国立感染症研究所)や自衛隊などでの生物兵器の開発・研究も行われているのではないか?
731部隊の行なった細菌戦


東大伝染病研究所は、1947年に主に検査・製造に関わる部門などを厚生省所管の国立予防衛生研究所(現・国立感染症研究所)として分離し、1967年に伝染病研究所を改組して医科学研究所が設置された。
国立予防衛生研究所所長と731部隊員の繋がり(教えてげんさんより
(所長が731部隊員であれば、元隊員もたくさん入るだろう)
戦争中細菌戦部隊及び組織に属していて、戦後、国立予防衛生研究所に関係した人です。

*朝比奈正二郎 (当時)731部隊第1部第9課(水棲昆虫)長。発疹チフスワクチン製造
(戦後)国立予防衛生研究所 名誉所長
*小林六造   (当時)京大教授、防疫研究室嘱託
(戦後)国立予防衛生研究所 初代所長
*小島三郎   (当時)東大伝染病研究所教授、栄1644部隊所属 サルモネラ菌の研究
(戦後)国立予防衛生研究所 第2代所長
文部省百日咳研究班員
*小宮義孝   (当時)華中衛生研究所(栄1644部隊関連)
(戦後)国立予防衛生研究所第4代所長
*柳沢謙    (当時)陸軍軍医学校防疫研究室で嘱託として結核研究 凍結乾燥BCG
(戦後)国立予防衛生研究所 第5代所長
*福見秀雄   (当時)陸軍軍医学校防疫研究室  インフルエンザ
(戦後)国立予防衛生研究所 第6代所長
文部省百日咳研究班員
(注)1951年、国立東京第一病院に入院中の乳児たちに、
両親に告知や許可を受けずに大腸菌を飲ませる実験を行なった
*村田良介  (当時)1644部隊
(戦後)国立予防衛生研究所 第7代所長

*倉内喜八郎  (当時)731部隊細菌戦研究班
(戦後)永寿病院院長
【コロナウイルス・4/17追記】永寿総合病院でメガクラスター発生、160人以上が感染・20人死亡、屋形船から感染拡大


・・・・・・・

自衛隊に入った731部隊員・・増田美保、近喰秀大、神子謙、金原節三、井上義弘、中黒秀外之、園口忠男、高橋三郎、佐伯実、木村直正など
コロナウイルス「PCR検査」を遅らせた“戦犯”は?〈週刊朝日〉

帝国陸海軍の「亡霊」が支配する新型コロナ「専門家会議」に物申す(下)


それともロシアや中国などが研究しているだろうか?
新型肺炎、米メディアが報じた「研究所が発生源」説

生物兵器禁止条約が1975年に発効されたにもかかわらず、その裏でどんなことが起こっているのだろうか??
免責された731部隊員は、戦後、ABCC(原爆傷害調査委員会)に全面協力し、原爆被爆者を治療するのではなく、放射能の人体に対する影響を追跡した。そして日本は、アメリカの非人道的な原爆投下を問うこと全くなく、原子力の平和利用に突っ走った。

新型コロナは「パンデミック」 WHOが表明




●日本政府は、731部隊の罪業を、公開せず、秘匿し、戦後全く無反省である!!最高責任者の昭和天皇も戦犯免責された!!
安倍晋三は何でこんな行動がとれるのだ??無反省のまま、ずっと生き延びられるのか??
安倍首相の731戦闘機試乗 「止まらない挑発」の非難
2013年5月12日、安倍晋三は宮城県東松島市の航空自衛隊基地を訪問して、機体番号が‘731’であるアクロバット飛行団訓練機の操縦席に座りサムズアップして写真に収まった。

731部隊全景(中国に於いて人体実験を繰り返し、細菌兵器を開発し、中国各地で細菌戦を行なった。)



旧満洲第731部隊軍医将校の学位授与の検証を求めます!

731部隊新発見公文書の中身とは 細菌研究を明記




有機フッ素化合物の汚染を知る学習会




日本軍の毒ガス戦と遺棄毒ガス問題






核兵器、生物兵器、化学兵器廃絶!! 戦力不保持!!安倍政権打倒!!
どこの研究所で新型コロナウィルスが誕生したのだろうか??
●ニュース
戦争責任を取らぬまま、そのまま在位した昭和天皇、その後の天皇も日本の侵略戦争の謝罪をしていない!!
このウィルスは自然発生なのか?どこの研究所がこんなウィルスを開発したのか??それとも日本軍が遺棄した生物兵器が影響しているのだろうか?
もし人工的につくられたのであれば、どこで製造されたのだろうか?アメリカか?それとも中国?、日本?・・・


731部隊が建物を爆破して日本に逃走した後、その近くの村でペストが流行した。100部隊の逃走した時は、鼻疽菌などに汚染された馬を放ってきた。
中国各地に日本軍の細菌戦研究所が存在したのだから、その施設が遺棄した生物兵器はその後どうなっているのか?
中国の細菌戦被害地では、今でも毎年鼠を捕獲してペストの検疫を行っている。日本軍の遺棄した生物兵器がその後も生きていて、いま中国で広がっている新型コロナウィルスや豚熱に影響はしていないのだろうか?遺棄毒ガス弾が多くの中国人を苦しめているように。
重慶爆撃を考える集会

【国連が「食糧危機」を警告】れいわ新選組代表 山本太郎 2020年4月23日


ある女学生の訴え!!

緊急事態延長、4日正式決定へ 「特定警戒」以外での「接触機会削減」緩和も協議

護憲派が国会前で集会 緊急事態条項への批判相次ぐ

長野県中部震源の地震・岐阜県側含めて合計70回に

PCR検査、大阪で最長10日待ち 医師「保健所受け付けず」 民間委託で拡充急ぐ

NY州、入院者1万人切る 「改善」とクオモ知事

不安による集団ヒステリーが広がったら 明治期のコレラ流行では焼き殺された患者も

東電予測、原発処理水放出で放射性物質30キロ拡散

コロナ対応で改憲訴える首相 便乗?与党内にも疑問の声

コロナ欧米型? コロナリスク 日刊ゲンダイ週末号Vol 132 2020 05 01



東京 新たに91人感染 4人死亡 小池知事、GWも外出自粛呼びかけ


自殺した近畿財務局職員の遺書公開…そもそも「森友学園問題」はどう始まったのか〈dot.〉

福島原発、見えぬ「トリチウム水処分」のゆくえ

チェルノブイリ原発付近で森林火災が発生 放射線量が上昇したとの報告も

事故車両公開に遺族賛否 課題は記憶継承 JR福知山線脱線事故15年


戦闘機は必要なのだろうか???
河野防衛相、F35A視察 空自三沢基地

イージス艦もいらない!!
河野太郎防衛相が訓示 イージス艦「まや」就役

自衛隊とオウムのサリン製造の関係は??情報が漏れていたのでは??
地下鉄サリン事件から25年…「オウム」の跡を訪ねて 熊本・旧波野村


大竹まことゴールデンラジオ・金子勝・2020-05-01(文化放送)






●パネル展「日中戦争―その実相に迫る!」感想(2020年2月8日~13日)

12. 私の知識は731、大野、広島、ちょっぴり。要望:何回でも、いやになるまで。よろしく。(女、70、市内、折込み)


●映画「ひろしま」アンケート(1月13日 横浜)

( )は性別・年代・住まい・情報
96、あまりに残酷すぎて、でもこれが現実だったのだ!
(女性・70代・市内・チラシ)

●【真相】(unit731)
石井細菌戦部隊―極秘任務を遂行した隊員たちの証言
郡司陽子編(1982年11月30日初刷:徳間書店)


Ⅲ ペスト攻撃班、恐怖の実戦秘録
―第2部5課(攻撃・実戦担当)K・S
マニラで細菌戦の予備訓練を受ける

裸のまま、宿舎内にある自分の番号を付したところに行くと、下着から何から、全く新しい衣類一式がすでに用意してあった。脱ぎ捨てた物は、燃やしてしまうと聞いた。実験場はもちろん、念入りに消毒された。
 2~3回の実験がすむと1週間の安達出張が終った。帰隊命令が出て、5課の隊員は、来た時と同様に安達駅から汽車で部隊本部へ帰るのである。
 私だけは、どういうわけか、N少佐と一緒に飛行機で帰ることが多かった。安達実験場には、滑走路も備えてあったのである。




●日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!!
『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店より

第11章 今も続く毒ガスの被害

苦しみ抜いた20年

付記・ジャムス毒ガス弾発見地点の現地調査記
黄さんの見方は理にかなっている。事件の発生後、当時の中国共産党・合江水運局委員会が発行した文書【合航発(74)第15号文書】にも次のような記載があったからだ。
「調べによると、ジャムス港湾区一帯には日本軍により大量の砲弾が遺棄されており、過去数年来、各種砲弾・毒ガス弾が絶え間なく掘り出され、各種の汚染を引き起こしており、このたびの毒ガス弾2個も日本軍のものであると考えられる。現在作業が行われている現場にはなお大量の砲弾が存在し、人民の命と財産を保護するため、船員に対して必須の三防教育を広く行うほか、類似事件の発生を防ぐため、上級の関連部門によるジャムス港湾区からの砲弾の一掃を提案するものである」。







●証言 人体実験(731部隊とその周辺)
中央档案館、中国第2歴史档案館、吉林省社会科学院編
江田憲治、兒嶋俊郎、松村高夫編訳

二 大規模な細菌生産と残虐非道な人体実験

上田弥太郎自筆供述書(1953年11月10日)
問:自分で製造した乾燥ペスト菌を使って、具体的に何回実験を行なったか。
答:私は自分で実験したことは無いが、太田が細菌を検査している時に助手を務めたことがある。
問:自ら作成したペスト比較表は何に基づくのか。
答:江田武一のところから持って来て統計にしたもので、中国愛国分子を使った実験の結果である。統計表のよりどころは、まず、愛国分子5名に0.1gのペスト菌を注射し、他の5名に0.2g注射し、更に他の5名に0.3g注射し、その結果を観察したものであり、それによって第1の比較表を作成した。




『三光』     中国帰還者連絡会編
「反省なき民族」のために          本田勝一
人類には確かに共通する性格がある。
例えば戦争での残虐行為ということとなると、アウシュビッツのナチ・ドイツとか、中国その他での日本軍、ベトナムでの米軍、中央アジアでの蒙古軍等々、特に侵略軍の側に特徴的である。どの民族(あるいはどの国)は常に残虐で、どの民族は常に決して残虐行為・侵略行為をしたことがない、と言った事はあり得ない。即ち、侵略を「する側」になるや否や、いかなる民族も残虐非道の鬼になりうる点で、人類は共通の性格を持っている。

昨年2018年12月に、『留守名簿 関東軍防疫給水部 満州第659部隊』2冊が発売されました!!(不二出版)



●日米安保条約・自衛隊を問う!!
自衛隊は、防護のためと言って、旧日本軍の細菌兵器・毒ガス兵器使用の反省・謝罪もないまま新たな生物兵器・化学兵器を作ってもいいのだろうか??憲法9条を持ち、生物兵器・化学兵器禁止条約を批准しているにも関わらず!!
日本の毒ガス

沖縄・南西諸島が軍事要塞化している現実はおかしくないか??
「琉球処分」から140 今の沖縄を考える

●「衛生学校記事」とはどんなものだろうか?
なぜここまでして、国は衛生学校や化学学校で作っていた機関誌を公開しないのだろうか?


次回『衛生学校記事』情報公開裁判(第26回)
緊急事態宣言が出たため、4月の裁判は延期になりました。東京地裁419号法廷

”桜を見る会”や”森友””防衛省の日報”等で公文書の廃棄や改ざん、隠蔽などが問題になっているかが、『衛生学校記事』・『化学学校記事』での防衛省の公文書管理は一体どうなっているのだろうか?

4年前には、不要決定簿冊というのがあったという。それには、廃棄するものには、2重線が引かれていて、不要決定という印が押されていた。ところが今回閲覧した図書原簿には、2重線だけしかなかった。
これで『衛生学校記事』というのが本当に廃棄されたのかどうか??廃棄するはずがないはずだ!!

第4代衛生学校長だった金原節三が亡くなってから、遺族が、当時の防衛庁に寄贈した金原節三資料の中に13点の『衛生学校記事』が含まれている。それがいまだに未開示であり、その行方が防衛省は分からないという。
1995年に防衛研究所に衛生学校から金原資料の全部を移管した。翌年1996年には、その資料の中で旧軍資料の価値の高いものを、防衛研究所に残して、あとは衛生学校に戻した。
『金原文庫』はいつまで、衛生学校の彰古館に開設されていたのであろうか?その中に果たして『衛生学校記事』があったのか?また、金原資料はキチンと整理をされていたのだろうか?金原資料の中には『特殊武器衛生』というものもある。防衛省は、金原資料をすべて開示すべきである。

次回の裁判では、その移管作業に関わった5人の方々の陳述が出るのかどうかが焦点になる。


※彰古館には、自衛隊関係の資料も保管している!!
『軍事史研究』2010年9月
軍事史関係史料館探訪(56)
陸上自衛隊衛生学校 医学情報史料室 彰古館
喜多義人
収蔵品の多くは、旧陸軍軍医学校由来の品々と医学文献であり、『大東亜戦争陸軍衛生史』編纂の際に寄贈された史料も所蔵されている。また、衛生学校にかつて開設されていた同校戦史室が収集した戦史史料、戦後の警察予備隊から保安隊を経て陸上自衛隊に至る草創期の衛生科部隊の行動史、研究報告なども含まれている。


●「化学学校記事」情報公開裁判 (第16回)
次回 2020年6月3日(水)11:30~ 東京地裁522号廷
防衛省は、化学学校記事16号の存在を今回初めて認めた。まだ公開していない『化学学校記事』がたくさんあるはずだ。果たして自衛隊は、どんなことをしているのかその全貌を明らかにすべきだ。戦力を保持しないという憲法に本当に抵触していないかを明らかにすべきだ。
1977年発行の化学学校発行の『20年のあゆみ』について、防衛省はマスキングに時間がかかるため、2か月後の提出は難しいかも知れないと述べた。
『20年のあゆみは』は1970年代だから、沖縄での、毒ガス漏洩事件や本土の相模原補給廠での毒ガスの問題がある中、毒ガスや核兵器に関する研究の記述もあるのだろう。それらをマスキングして公開しないというのは、日本の情報公開がいかに遅れているかと象徴している。
、佐藤内閣時代に実際に核兵器を持とうとしていたのだから、自衛隊ではどんなことが研究をしているかを、国民に広く知らせるべきである。ましてや日本は、広島、長崎、ビキニ、福一で甚大な被曝をしている国なのだから。



1957(昭和32)年7月『衛生学校第1号』発刊


第4代衛生学校長
『衛生学校記事』を発刊したときの、衛生学校長金原節三とはどんな人物なのだろうか?
金原節三(1901~1976)
陸軍省医事課長時代(1941.11~43.8)に731部隊から報告を受けていた。「陸軍省業務日誌摘録」
厚生省東海北陸医務出張所から衛生学校へ 1955.8.1

金原節三と細菌戦
金原の略歴を見ると、昭和16年11月に陸軍省医務局医事課長になっていて、17年に8月に軍医大佐になっている。
細菌戦資料センターの会報には、次のような記載がある。「陸軍省医務局医事課長だった金原節三元軍医大佐が、1955年に陸上自衛隊に入隊した。細菌戦部隊を指導していたのは、陸軍参謀本部、陸軍省医務局衛生課そして陸軍省医務局医事課である。金原は、「金原業務日誌摘録」に細菌戦部隊からの報告を記録している。


金原節三と武見太郎
金原と戦後日本医師会会長になり、医師会、薬剤師会、歯科医師会に大きな影響を及ぼした武見太郎は、軍隊内の先輩・後輩関係にあった。『金原節三資料目録』(陸上自衛隊衛生学校)の巻頭言は、日本医師会長武見太郎が書いている。


●『BC兵器』久保綾三著(1969年)
※以下の記述から、自衛隊では、いま世界で流行している新型コロナウィルスなどの生物兵器の研究も大分以前からやっているといるのではないかと思われる。

Ⅱ 自衛隊と生物・化学兵器―その思想と作戦

5 生物・化学戦における被害想定
G剤風下危険見積り
(1)友軍の攻撃によるGB剤危険
無装面の友軍部隊に対する安全距離決定の簡易法の手順は、
ア、目標の風向直角幅を、㎞で測定する。
イ、目標地域に散布されるGB全重量を、ポンドで算定する(1弾当りのGB充填量×射撃弾数)。
注:1弾当りの平均充填量(ポンド)は第8表参照。
ウ、GB全重量を、目標幅で割り、第12表の第1欄に挿入し、所望の危険度(通常、無視し得る危険)及び予想気温傾度から、風下危険距離を求める。


第5代衛生学校長
井上義弘【1904~1969(65歳)、石川県出身
1929年に台北医専卒、陸軍見習士官を経て1931年3等軍医、1948年軍医中佐、その間、陸軍軍医学校教官、陸軍医務局課員、シンガポールに設置された細菌戦部隊(南方軍防疫給水部9420部隊)に所属、戦後、第1復員省、厚生省復員局勤務、1953年復員局から保安庁に出向、陸上幕僚監部衛生課長、陸上自衛隊衛生学校第5代校長、陸上幕僚監部衛生監を歴任1960年退官。近代5種競技世界選手権大会(ブタペスト)に日本選手団長として参加中、1969年9月急逝。1969年日本体育協会近代5種・バイアスロン連合会副理事長となり、専門の体力医学の分野で活躍】
第4代衛生学校長であった金原が1957年12月突如転任(『大東亜戦争陸軍衛生史』を編纂するため、膨大な旧軍資料を集め、又戦後に日本独自の細菌戦部隊の復活させようとしたことが原因か??)になり、第5代の衛生学校長になったのが井上だ。両人とも戦時中の細菌戦部隊にかかわった人物である。それも金原は細菌戦部隊の指導的な立場にあった。それがアメリカの圧力か何かで、衛生学校長の職を解任され、その後を井上が引き継いだ。
井上は、自衛隊に保管されていた731関連の資料を自宅に持ち帰り、保管していたが、ブタペストで急逝したため、何も知らない遺族がそれらの資料を廃棄してしまった。ところがそれが神田の古書店に行きつき、某大学の研究者の目に留まり、その大学で買い取った。そこで改めてその資料を検証すると、731部隊の毒ガス実験等の論文があった。某大学では、その買い取った731関連の資料や、731部隊のデータを使って書いた論文等は、以前はその大学研究者は許可を得て見ることができたが、今ではそれらを見ることができなくなっている。
又、京大の次に多くの医学者を731に送った東大も細菌戦に関する資料を公開せず問題になっている。
東京医大等の不正入試だけでなく、大学医学部の戦中の細菌戦関連の資料の隠蔽も今、大きな問題になっている。
※1955年に二木秀雄が精魂塔を多磨霊園に建立し、731部隊の戦友会「精魂会」が発足した。
1950年には日本ブラッドバンクが内藤良一(元731部隊員)らによって設立され、元731部隊員は復権に向けて動き出している。
南方軍防疫給水部(岡9420部隊)





イタイイタイ病を究明した男 萩野昇

驚愕!御用医学者をさかのぼると、すぐに731部隊に行き着く

水俣病問題

小島三郎国立予防衛生研究所所長の過去

小泉親彦と宮川米次の絆

ヒロシマからフクシマへ

宮川正

「想定外」 と日本の統治—ヒロシマからフクシマへ—

ビキニ「死の灰」世界各地へ

自衛隊とサリン

相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場

日本の国家機密

兒嶋俊郎さんを偲ぶ



●昭和天皇の戦争責任を問う!!
天皇万歳に浮かれる無責任国家  田中利幸より
重要なことは、アメリカが、日本占領支配のために、裕仁の戦争責任を隠蔽してまでも、彼の天皇としての「権威」を政治的に利用したことである。つまり、私たちが本当に問わなければならないのは、「絶対的権力を保持していた国家元首の戦争犯罪・責任の免罪・免罪の上に制定された民主憲法が、果たしてどこまで真に民主主義的であるのか?」ということである。


●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より)吉田裕監修 2001年ピュリッツァー賞受賞

※昭和天皇は、平和主義者でもなんでもなかった。好戦的であり、常に軍部に色々と指示を出していた!!





第12章大元帥の試練


1942年3月9日、陸海軍が中部太平洋および南太平洋の島々に進攻していたころ、木戸内大臣は日記に昭和天皇の様子をこう記している。

竜顔殊の外(ほか)一麗しくにこにこと遊され「余り戦果が早く挙り過るよ」との仰せあり。7日ジャバ方面にてはバンドンの敵軍は降服を申出で、目下軍は蘭印の全面降服に導かんとしつつあり、スラバヤの敵軍も降服し、又ビルマ方面にてはラングーンも陥落せりとの御話あり。真に御満悦の御様子を拝し、感激の余り頓(とみ)には慶祝の言葉も出ざりき


小泉親彦と昭和天皇

近現代史を《憲法視点》から問う~「湘南社」の憲法論議~

近代天皇制の真髄は

福沢諭吉

神武と戦争

憲法9条を生かそう!!

731部隊員が戦犯免責され、ABCC(原爆傷害調査委員会)に協力した。その結果、アメリカの原爆投下を日本政府は問うことは無く、また被爆者は、ABCCに治療されることもなかった。そして日米安保条約の下、核兵器の廃絶に日本政府は後ろ向きである!!
日本には多くの被爆者がいるのに、日本政府はなぜ核兵器禁止条約に署名しない?
地球の温暖化や異常気象の最大の原因は、今までの2000回以上の核実験や原発事故などの放射能汚染で地球が壊れてきているからではないのか??米の原爆投下責任と核実験をしてきた国の責任を問う!!
●『二酸化炭素温暖化説の崩壊』広瀬隆(集英社新書)
第1章 二酸化炭素温暖化論が地球を破壊する

二酸化炭素温暖化説でターゲットにされている北極圏は大丈夫か
この海氷温度の影響という推測は当たっていたが、北大西洋の暖かい海流が原因であった。さらに赤祖父氏主宰の国際北極圏研究センターの正確な海氷データを調べてみると、北極海の海氷量は、その半年前の3月には例年より大量に存在したことが分って、NHK報道部の作為的な煽動ニュースにすぎないことを知った。2009年5月下旬には、北極海は過去7年で最大量の氷で埋め尽くされているのだ。読者は安心してください。

●核実験(ウキペディアより)
若くして白血病で亡くなった夏目雅子、本田美奈子、また五輪候補選手だったスイマーが白血病になったのは、放射能の影響ではないのか?
月の砂漠の犠牲者 夏目雅子と本田美奈子
核実験の種別:1.大気圏内、2.地下、3.大気圏外、4.水中
核実験は、実施された場所と高度により4つの種別に分類される。
2.地下核実験 地表面下の様々な深度で行われる核実験である。実験の手法は、冷戦時に米国及びソ連にて確立されたが、本実験以外の手法は1963年に締結された部分的核実験禁止条約 (PTBT) で禁止された。核爆発が完全に地中で収束した場合には、放射性降下物は殆ど発生しない。しかし爆発によって地面に穴が空いてしまった場合には、そこから大量の放射性降下物が発生してしまう。地下核実験では、その核出力と爆弾の構造に応じた地震波が発生するが、多くの場合で地殻の陥没によるクレーターも生成される。1974年には、地下核実験の最大核出力を150キロトンとする地下核実験制限条約 (TTBT) が米国とソ連の間で署名されている。

水素爆弾の恐怖・ビキニ環礁 (アメリカ)


「北朝鮮の核実験の威力」と「史上最強の核兵器"ツァーリ・ボンバ"の破壊力」【核兵器】


●核なき世界へ!!
Toward a Nuclear-Free Future



●核融合もすべきではない!!
20170303 小出裕章先生にきいてみた!!〜土岐市核融合科学研究所 重水素実験について


●原発・化石燃料発電→再生可能エネルギー発電の増加
【金子勝の言いたい放題】NO5 世界は電力タダの時代に エネ転が拓く経済転換(飯田哲也さんと) 20191230


日本政府・自衛隊は情報を公開せよ!!(情報開示!!)
今年も8月12日がくる──。33年前 520人が犠牲になった日航機墜落、遺物の化学分析で判明した事実とは?

中曽根元総理が知る日航機墜落事故の真実とは?墓場まで発言の真意を調査!

ここの研究所は、どんなことをやっているのだろうか??
国立感染症研究所村山庁舎(武蔵村山)


●1954年3月1日第5福竜丸他1000隻もの船が被曝!核兵器廃絶!!
なぜ、日本は広島・長崎・ビキニ・JCO臨界事故・福島と5度も被爆しているにに、日本医学界は「脱原発!!」と叫ばない!!
原爆投下された直後、日本は自らが原爆調査をして、731部隊(人体実験や細菌戦)の事もあるので、アメリカの心証を良くしようと考えた。そして科学者を総動員して原爆調査(被爆者を救済するための調査ではなく、原爆の威力調査)を181冊の調査書にまとめて、英訳し、アメリカに渡した。その後、731部隊員は、731で研究したデータを渡し、戦犯免責を受けた。原爆調査書は被爆者の治療には全く生かされず、日本の医学界は、原爆の放射能被害については、何も言及しなかった。そればかりか、その後のアメリカの原爆・水爆実験も批判せず、その被害を過小評価した。そして日本政府が、原子力の平和利用として原発を推進する政策にも、大きく加担している。

XII) 731部隊、広島長崎、チェルノブイリ、福島より
・・・第二次世界大戦中、日本軍は3000人もの医師たちが関わったとされる731部隊により、妊婦や子供まで含めた人体実験が行いました。極東裁判では捕虜虐待死の容疑で死刑に処された軍医幹部もいる中、731部隊関連者は訴追されませんでした。戦後、「研究データを米軍に提供すること」、さらにはなんと、「広島・長崎の研究に協力すること」を引き換えに免責されたのでした。

2010年のNHKの番組で、「(米国への研究データの提供のほかに)原爆調査への協力を731部隊の免責のカードとして使った」という元陸軍軍医の証言がありました。
封印された原爆報告書



水爆実験
水爆実験ブラボーで被爆したのは第5福竜丸1隻ではなく、延べ1000隻近くの漁船が被爆した!!




JCOの臨界事故


福島第1原発事故


核兵器廃絶

徳仁・日本政府・日本医学界は、731部隊のことを謝罪し、戦争被害者の救済、戦争をしない政策にお金をかけるべきだ!

「731部隊・100部隊・毒ガス戦」パネル展 2019年4月29日~5月3日
「日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか 」 田中利幸さん
日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか
水俣病



731部隊(unit731)


昭和天皇の戦争責任を問う!!天皇制反対!!























2020年5月3日日曜日

731部隊と国立感染症研究所の問題!!


●今の日本人は、まさかと思うかもしれない。
今、世界中で猛威を振るっている新型コロナウィルス。これは、細菌戦(生物戦)ではないのか?
過去に、日本が中国で行なった細菌戦のように。(以下は現在分かっている細菌戦)


1939年 731部隊 ノモンハン事件にて細菌戦(チフス菌、コレラ菌、赤痢菌)を行う
1940年 6月4日  731部隊、農安大賚・農安で細菌戦(ペスト菌)を行う
10月 4日   731部隊、衢州で細菌戦(ペスト菌)を行う
10月27日  731部隊、寧波で細菌戦(ペスト菌)を行う
1941年11月4日  731部隊、湖南省常徳で細菌戦(ペスト菌)を行
1942年17月 100部隊は、ハイラルの北約120キロのソ連国境で行なった「三河演習」で鼻疽菌の生存期間を測定、炭疽菌の土 壌への浸透力の調査した 
8月  731部隊、湖南省江山、常山、衢県、麗水、江西省広信、広豊、玉山で細菌戦(ペスト、コレラ、チフス)を行う
1943年12月  100部隊第2部に細菌戦準備の第6科を設置
【コロナは生物兵器か】人工のコロナウイルスショックによる文明の転換点 船瀬俊介氏が語る


米軍300人が新型コロナの感染が広がる前に武漢にいたという。
新型コロナウィルスを撒いたのは??




この新型コロナウィルスがどこで作られたかは分からないが、細菌戦の系譜をたどると、
日本は、戦時中、1925年のジュネーブ議定書を無視して、中国で細菌を製造し、細菌戦を行なった。戦後、731部隊での研究データをアメリカに渡し、731部隊員は全員戦犯免責され、アメリカは生物戦の研究を本格的に始めた。
日本政府は、中国で行った細菌戦や生体実験の事を、(日本の裁判所は事実認定をしている)未だに隠し続け、事実も認めていない。勿論謝罪もしない。日本軍が中国に遺棄した生物兵器は戦後、どのようになったのだろうか?
この新型コロナウィルスに影響しているのだろうか?
今、日本人は過去に犯した戦争犯罪を直視し、きちんと歴史事実に向き合う時ではないのか?

今回の新型コロナウイルスは、日本軍が遺棄してきたものが影響しているのか、それともどこかで作られたのか?それとも動物を介して新たに自然発生したのか?
作ったとすれば、アメリカが作ったのか、それとも、日本軍の細菌戦に苦しんだ中国が作ったのか、はたまた、ロシアかそれとも日本(又は日米共同)が作ったのか?よくわからないが、世界各国で生物戦の研究がなされていることは確かであろう。
生物兵器禁止条約の署名を日本は1972年にして、この条約は、1975年に発効されたが、日本がこの条約を批准したのは、1982年。なんでこんなに時間がかかったのか?批准されてからも、細菌(生物)兵器は、極秘裏に各国は研究開発しているのだろう??
パンデミックの後に監視社会がもっと強化されるのか??今我々が考えなければならに問題!!
権力者の権限が強くなり、不正、証拠隠滅がもっと拡大する!!

HBCテレビ『ヤジと民主主義~小さな自由が排除された先に~』2020年4月26日放送


「緊急対談 パンデミックが変える世界 ユヴァル・ノア・ハラリとの60分」



731部隊員が多く入った国立予防衛生研究所(現・国立感染症研究所)や自衛隊などでの生物兵器の開発・研究も行われているのではないか?
731部隊の行なった細菌戦


東大伝染病研究所は、1947年に主に検査・製造に関わる部門などを厚生省所管の国立予防衛生研究所(現・国立感染症研究所)として分離し、1967年に伝染病研究所を改組して医科学研究所が設置された。
国立予防衛生研究所所長と731部隊員の繋がり(教えてげんさんより
(所長が731部隊員であれば、元隊員もたくさん入るだろう)
戦争中細菌戦部隊及び組織に属していて、戦後、国立予防衛生研究所に関係した人です。

*朝比奈正二郎 (当時)731部隊第1部第9課(水棲昆虫)長。発疹チフスワクチン製造
(戦後)国立予防衛生研究所 名誉所長
*小林六造   (当時)京大教授、防疫研究室嘱託
(戦後)国立予防衛生研究所 初代所長
*小島三郎   (当時)東大伝染病研究所教授、栄1644部隊所属 サルモネラ菌の研究
(戦後)国立予防衛生研究所 第2代所長
文部省百日咳研究班員
*小宮義孝   (当時)華中衛生研究所(栄1644部隊関連)
(戦後)国立予防衛生研究所第4代所長
*柳沢謙    (当時)陸軍軍医学校防疫研究室で嘱託として結核研究 凍結乾燥BCG
(戦後)国立予防衛生研究所 第5代所長
*福見秀雄   (当時)陸軍軍医学校防疫研究室  インフルエンザ
(戦後)国立予防衛生研究所 第6代所長
文部省百日咳研究班員
(注)1951年、国立東京第一病院に入院中の乳児たちに、
両親に告知や許可を受けずに大腸菌を飲ませる実験を行なった
*村田良介  (当時)1644部隊
(戦後)国立予防衛生研究所 第7代所長

*倉内喜八郎  (当時)731部隊細菌戦研究班
(戦後)永寿病院院長
【コロナウイルス・4/17追記】永寿総合病院でメガクラスター発生、160人以上が感染・20人死亡、屋形船から感染拡大


・・・・・・・

自衛隊に入った731部隊員・・増田美保、近喰秀大、神子謙、金原節三、井上義弘、中黒秀外之、園口忠男、高橋三郎、佐伯実、木村直正など
コロナウイルス「PCR検査」を遅らせた“戦犯”は?〈週刊朝日〉

帝国陸海軍の「亡霊」が支配する新型コロナ「専門家会議」に物申す(下)


それともロシアや中国などが研究しているだろうか?
新型肺炎、米メディアが報じた「研究所が発生源」説

生物兵器禁止条約が1975年に発効されたにもかかわらず、その裏でどんなことが起こっているのだろうか??
免責された731部隊員は、戦後、ABCC(原爆傷害調査委員会)に全面協力し、原爆被爆者を治療するのではなく、放射能の人体に対する影響を追跡した。そして日本は、アメリカの非人道的な原爆投下を問うこと全くなく、原子力の平和利用に突っ走った。

新型コロナは「パンデミック」 WHOが表明


文春オンライン
コロナ禍で浮かび上がる感染研、永寿病院と「七三一部隊」の数奇な縁
戦後も「元七三一部隊員」のネットワークが形成されていた

 新型コロナウイルスの感染拡大で4月7日、特別措置法に基づく緊急事態宣言が東京、大阪など7都府県に出されたが、その後も感染拡大が止まらない。この間の展開を見ていて感じるのは、「生命と健康の安全」が最優先として「国難」「挙国一致」の名の下に異論が許されない風潮が広がっていることと、政府の判断や情報の出方に不自然な点があること、そして、表面に出ない影の要素があるように思えることだ。

「我が国の感染症研究の中心的役割を果たしてきた」
 連日テレビの報道番組には感染症の専門家が登場している。現在あるいは過去、国立感染症研究所(感染研)に所属していた人が多い。感染研は「一貫して我が国の感染症研究の中心的役割を果たしてきた」(ホームページ)。

 政府の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議(専門家会議)も、座長は感染研の脇田隆字所長が務めているほか、鈴木基感染症疫学センター長が構成員となっている。上昌広・NPO法人「医療ガバナンス研究所」理事長は、3月18日付毎日夕刊「特集ワイド」のインタビューにて、「感染研のルーツは戦前の『伝染病研究所』であり、それを支えたのは陸軍でした。軍の特徴は『自前主義』と『情報非開示』。政府の統制も受けません。そのDNAを連綿と引き継いでいるように見える。今回の事態だって、安倍政権の統制がきかない何かが働いている可能性さえあります」と語っている。

4組織の関係者が7人を占めている
 専門家会議が発足した2月14日付の政府の新型コロナウイルス感染症対策本部の文書によれば、メンバー12人のうち、現在の所属が感染研になっている人が2人、東京大医科学研究所(医科研)2人、東京慈恵会医科大(慈恵医大)1人のほか、国立国際医療研究センター(医療センター)元技官の防衛医大教授と慈恵医大卒で感染研の元所員がいる。つまり4組織の関係者が7人を占めている。

 医科研のホームページなどによると、感染研と医科研のルーツは同じで、1892年、北里柴三郎が設立した私立衛生会附属伝染病研究所。その後、内務省所管の国立伝染病研究所となり、さらに文部省に移管されて東京帝国大学附置伝染病研究所(伝研)となった(それに反対した北里は所長を辞任して北里研究所を設立)。

 戦後の1947年、(1)感染症の基礎・応用研究、(2)抗生物質やワクチンなどの開発と品質管理――を目的に、厚生省所管の国立予防衛生研究所(予研)が設置され、約半数が移籍。これが感染研の前身だ。残った伝研は1967年、医科研に。医療センターは明治時代から東京陸軍病院、東京第一衛戍病院などで陸軍の基幹病院だった(戦後は国立東京第一病院など)。慈恵医大は森鷗外との「脚気論争」で有名な元海軍軍医総監・高木兼寛が創立。海軍軍医団と深いつながりがあった。

人体実験で殺害された数は2000人とも3000人とも
 最近、「感染研のルーツは七三一部隊」とする情報がネット上で流れている。それは正確ではないが、戦前・戦中の伝研が「七三一」と深いつながりがあったのは事実だ。


 細菌戦研究の第一人者である常石敬一・神奈川大名誉教授の著書「七三一部隊」(講談社現代新書、1995年)によれば、七三一とは1936年から敗戦の1945年まで、中国のハルビン近郊の平房に存在した関東軍防疫給水部の本部(通称「満州第七三一部隊」)のこと。陸軍軍医学校防疫研究室(防研)が母体となって作られ、創設者で長く部隊長を務めた石井四郎・軍医中将の名前から「石井部隊」とも呼ばれた。

 隊員数は3000人弱でペスト、チフス、炭疽菌などの細菌兵器を研究、開発。約10年間に2000人とも3000人ともいわれる人を人体実験によって殺害したとされる。

 一方で、石井の名を冠した浄水機「石井式濾水機」を開発。特許を得て1933年から陸軍で使用され、前線で成果を挙げたという。常石氏によれば、1934年から6年間、伝研所長を務めた宮川米次・東京帝大教授ら3人が防研の嘱託となって石井部隊長を支えていた。戦後の予研初代所長・小林六造慶応大教授も防研の嘱託だった。吉永春子「七三一」によれば、逆に石井の後任の2代目隊長・北野政次軍医中将は伝研の研究生だったことがあるという。

「七三一のDNA」は公衆衛生や細菌・ウイルス研究へ広がった
 敗戦直後、七三一部隊は解散。部隊員はひそかに帰国し、公衆衛生関係を中心にさまざまな職に就いた。1979年に出版された「資料 細菌戦」(「日韓関係を記録する会」編)の巻末には、七三一部隊の戦友会の1つ「精魂会」の名簿が載っている。その中には「国立予防(衛生)研究所」所属となっている元部隊員が少なくとも2人。ほかに中央官庁や国公立・私立大学から公立・私立病院、東京都立衛生研究所、北里研究所、自衛隊衛生学校、国立療養所、薬品会社などの記載もある。

 部隊は当時の優秀な医学者や研究者を集めており、元七三一部隊員が戦後も、かつての仕事と関連した道を歩んでネットワークを形成。「七三一のDNA」が戦後の公衆衛生や細菌・ウイルス研究などの分野に広がっていたことが分かる。

 その中で気になるのは、元部員の所属先として「永寿病院」という名前があること。名簿では、元七三一部隊大連衛生研究所航空二課所属の倉内喜久雄院長と主事、技術員の3人が所属している。今回の新型コロナウイルスで院内感染が発生。患者、医師ら160人以上が感染し、入院患者24人が死亡した現・永寿総合病院(東京都台東区)のことだ。

 同病院ホームページの「沿革」によると、1953年に「社団法人ライフ・エクステンション倶楽部」として認可され、倉内氏が会長に。1956年、東京都台東区元浅草に「ライフ・エクステンション研究所」付属の永寿病院として開院。倉内氏は創立者で初代院長。1965年、総合病院として認可され、永寿総合病院となった。

 要するに、「コロナ禍」で登場する研究所と病院のいずれもが、かつて七三一と深く関係した組織だったということだ。

戦後75年たったいまも……
 これについて常石氏は「単なる偶然だと思う」と言う。「当時ウイルスは培養が難しく、七三一はほとんど手掛けていない。七三一の技術はそこまで達していなかった」。

 わずかな例外が、北野による流行性出血熱で、日中戦争中に中国・孫呉で集団発生。「孫呉熱」と呼ばれ、日本軍のウイルス使用が疑われた。研究成果は戦後、七三一の戦争責任を免責した米軍によってひそかに独占され、朝鮮戦争で実戦使用されたともいわれる。石井ら七三一幹部は東京裁判でも訴追を免れた。

「ただ、それだけ石井が作った細菌研究などのネットワークが巨大だったことの表れだろう」と常石氏は話す。七三一の生体実験には戦後、東大や京大で教授などの要職に就いた人たちも関与したとされる。戦後75年たったいまも、細菌やウイルス、ワクチンなどの分野で何かがあれば、「七三一の亡霊」にぶつかるということだ。

陸自の対特殊武器衛生隊が対応に当たった
 常石氏は「感染研は研究者の集団で、実際の感染現場を経験した人はほとんどいない。その点では、世界最強の感染症対応組織といわれるアメリカのCDC(疾病対策センター)とは決定的に違う」と語る。

 3月9日付毎日朝刊1面の記事によれば、日本政府で対応の指揮に当たったのは内閣官房の「事態対処・危機管理担当」チームだったが、感染症対策はもともと担当外で経験がなく混乱した。首相の信頼が最も厚いのは警察庁出身の北村滋・国家安全保障局長だという。

 防衛問題に詳しい後輩記者に聞くと、自衛隊にはABC(核・生物・化学)兵器の研究部隊が2つあるが、今回、横浜港に接岸して多数の感染者を出したクルーズ船ダイヤモンド・プリンセスの対応には、そのうちの1つである陸上自衛隊の対特殊武器衛生隊が当たったという。同隊は埼玉県朝霞市にあり、東部方面衛生隊(朝霞市)や防衛医大(埼玉県所沢市)と連動。自衛隊中央病院(東京都世田谷区)とも連携して動いている。

 実際にも同船には自衛隊関係の医官、看護官、薬剤官らが乗り込み、感染防護の指導などに従事したとされる。同様に乗船した厚生労働省の職員からは感染者が出たが、自衛官からはゼロ。河野太郎防衛相も会見で胸を張ったが、普段からバイオテロへの対応を想定して訓練しているはずだから、防備が万全なのは当然だろう。

防御や対応策を検討する研究材料に
 視点を変えて、今回の事態を細菌戦やバイオテロ攻撃を受けたと考えれば、これほど防御や対応策を検討する実践的な研究材料を与えてくれる機会はないのではないか。間違いなく、日本の自衛隊も含め、各国の軍隊はかたずをのんで見守り、「こういう場合はどうするか」などと真剣に検討し、シミュレーションを重ねているに違いない。その際の基本的な考え方は「多数を守るためには少数を切り捨てる」「情緒的でなく合理的な判断」「重要な情報は秘匿し、意図に沿った情報だけ公開する」などだろう。

「人道的」などという視点は取るに足りない。軍隊とは本質的にそういうものだろう。クルーズ船の対応にもそうした「軍の論理」が感じられる。船内でどれだけ感染が広がっても、乗客を上陸させなければ陸上には広がらない。クルーズ船を見捨てるわけで、非情な仕打ちだが、それが「軍の論理」だろう。

 検討やシミュレーションの目的は、自軍が細菌攻撃やバイオテロを計画、実行することとは別で、建前はあくまで防衛的な意味だ。七三一部隊も、正式名称は「関東軍防疫給水部」。伝染病などから兵士を守り、安全な飲料水を確保することなどが本来の任務であり、そこから細菌戦研究と人体実験、実戦での使用に走ったとされる。

感染研敷地から100体以上の身元不明の人骨
 いずれにしろ、感染研、永寿総合病院と、今回の「事件」に登場した機関が七三一部隊と点と線で結ばれているのは不気味だ。それは結局、七三一の行為をきちんと調査・検証しないまま過ごしてきた戦後日本の問題ということだろう。

 ちなみに、感染研は前身の予研時代、危険な病原体を扱うため、東京・品川区から新宿区に移転する際、地元住民の強い反対に遭い、訴訟まで起こされた経緯がある。結果は勝訴して現在地に建設されたが、そこは実は七三一部隊の母体となった陸軍軍医学校の跡地という因縁の場所。さらに工事中の1989年、敷地から100体以上とされる身元不明の人骨が発見された。人体実験をされた人の遺骨ではないかとも騒がれたが、結局うやむやに終わっている。

 一連のコロナ禍の裏には、75年前に消えた細菌戦部隊の“幻影”がひそんでいるように見える。

【参考文献】
▽常石敬一「七三一部隊」(講談社現代新書)、1995年
▽吉永春子「七三一」(筑摩書房)、2001年 
▽日韓関係を記録する会編「資料 細菌戦」(晩聲社)、1979年


日刊ゲンダイDIGITAL(2020/03/23)

【インタビュー】上昌広氏激白 新型コロナ対策で“人体実験”が行われている

上 昌広氏(医療ガバナンス研究所理事長)
 中国・武漢市が「震源地」だった新型コロナウイルスは世界中に感染拡大し、WHO(世界保健機関)は「パンデミック」を宣言した。日本でも連日、感染者が増え、「政治決断」の名の下、安倍首相が思いつきで打ち出す対策は効果に科学的根拠が見えない。感染を判断する検査件数も依然増えず、国民の不安は募るばかりだ。そんな状況を、内科医の立場から冷静に分析し、話題を呼んでいるのがこの人。山積する問題の背景には何があるのか。

 ◇  ◇  ◇

――日本でも感染拡大が止まりません。政府の対策について、どう見ていますか。特に「一斉休校」は、安倍首相の思いつきと批判が多く上がっています。

 医学的にはあまり効果がありません。「学級閉鎖」にはそれなりのエビデンス(根拠)があります。学級閉鎖すると、接触者である子供たちの数が少なくなるので、伝染する機会が減るのです。しかし、今回は全国一律ですから流行していない学校まで閉鎖してしまう。すると、子供から教育を受ける権利を奪ったり、保護者の負担を増やすことになる。この「副作用」は全ての学校に出てきます。一方、効果については、校内に感染者がいなければありませんね。政治的メッセージとしては効果があったとは思いますが。

 ――イベントの自粛要請についてはどうでしょうか。

 まず、イベント自粛について効果を検証した事例が過去にありません。過去の医学論文をほぼ全て収載している米国国立医学図書館のデータベースで検索したところ、大型イベントの中止で地域の感染症が減るといった研究は見つかりませんでした。効果については「分からない」としか言いようがないです。純粋な政治的メッセージで、科学的なバックボーンはないと思います。

 ――3月5日に政府が発表した中国、韓国からの入国制限策については、WHO幹部も「政治的な争いは必要ない」と苦言を呈していました。

 この対策は、医学的なエビデンスに反します。3月に、アメリカの一流科学誌「サイエンス」で、ボストンの研究者がある論文を発表しています。1月下旬の武漢封鎖が周囲への蔓延防止に効果があったかを検証した結果、「ほとんど効果がなかった」「数日間、(感染拡大を)遅らせた程度」ということでした。封鎖した時に、既に周囲に広がっていたのです。ウイルスが蔓延している状況で、中韓をシャットアウトすることは、科学的に意味がありません。これも政治的判断なのでしょう。

 ――陽性か陰性かを見分けるための「検査」の態勢にも賛否があります。保険適用されてもなお、日本では検査件数が増えていません。

 日本では、誰でも検査を受けられるようになると、「病院がパンクする」「院内で感染が広がる」と否定的な意見が多く聞かれます。しかし、いくらでも対策は取れるはずです。

 韓国はドライブスルー式の検査を実施しました。これなら車内で検査するわけですから、感染を広げることはない。また、ネットを通じて患者さんに検体を送ってもらい、検査できる可能性があります。そもそも、現在、実施されているPCR検査に難しい技術は必要ありません。新型コロナの正体を知る上でも、検査態勢の拡充が肝要です。
日本では検査件数が増えない(新型コロナウィルスの検査をする中国・武漢市の病院) (C)Featurechina/共同通信イメージズ
日本では検査件数が増えない(新型コロナウィルスの検査をする中国・武漢市の病院) (C)Featurechina/共同通信イメージズ
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検査が増えない理由は感染研が仕切っているから
 ――なぜ検査件数が増えないのでしょうか。

 厚労省の研究機関「国立感染症研究所」が検査を仕切っていることが原因だと思います。現在、感染研が検体をハンドリングして、一部を外注したりしながら取り仕切っています。感染症研究の原資は税金です。これがもし、一般診療になり、民間のクリニックと健康保険組合、検査会社の仕事になると、感染研と厚労省はタッチできなくなる。

 患者さんのデータはクリニックと患者が保有します。検査会社は研究所にデータを横流しできません。感染研は研究する上で極めて重要な臨床データを取れなくなる。ですから、感染研のキャパシティーの範囲内で、検査をハンドリングしたいということでしょう。

 ――医師の紹介があったにもかかわらず、保健所に検査を拒否されたという声も上がっています。

 あってはならないことですが、これは基本的に「積極的疫学調査」という研究事業の延長線上です。専門家会議の方々が、「こういう基準を満たした人を検査します」と決めています。治療より研究を優先させているのでしょう。専門家会議は、コロナウイルスの効率よい研究体制を念頭においているように見えます。

 ――今、専門家を中心に行われているのは「治療」ではなく「研究」であると。

 例えば、90代のおばあさんが38度の熱を出しても、専門家会議は「2日間病院に行くのを控えてくれ」と条件をつけています。一部からは「陽性が判明しても、治療法がないから検査しても意味がない」という指摘もあります。

 しかし、我々医師の考え方は全く違います。患者さんに高熱が出た場合、コロナウイルスはあくまでひとつの可能性と捉える。まずは脱水になったら点滴をします。熱を下げないと体力を失います。もちろん、インフルエンザの可能性も探ります。それから、実際に診て「大丈夫だよ」と話をして、安心してもらう。それが患者さんの立場に立つということです。

 現行のやり方はあくまで「研究」で、患者ではなくコロナウイルスだけを見ているような気がするのです。

 ――国の研究機関が患者の治療よりも新型コロナの研究を優先する現状は、社会で「人体実験」が行われているようなものではないですか。

 はい。今、行われていることは「人体実験」だと思います。患者を見ていないと思うんです。例えば、高齢者の致死率が高いことが問題視されていますけど、介護や高齢者医療の専門の人はひとりも専門家会議に入っていません。多くが公衆衛生、感染症対策の専門家なのです。

 ――恐ろしい話です。医師と研究者・専門家は全然考え方が違うのですね。

 私は「国立がん研究センター」に2001年から05年まで勤務していました。同センターはがん対策基本法で、研究の司令塔となることが規定されるほどの機関でしたが、臨床医としては違和感を持つことがままありました。部長の先生が入院を希望した患者に、「臨床研究できないから、あなたは受け入れられない」と発言しました。こういう発言が問題視されないというのは、驚きでした。ある意味、病的だと思いますね。

 ――そういった環境下で仕事をされ、どう感じましたか。

 役人が仕切っており、「非効率だな」と感じることはありました。病院長のポジションに臨床経験の全くないキャリア官僚がやってくるのですから。ほんの一部ですが、エリート意識の強すぎる人物もいました。ただ、大半はみな非常に真面目。悪意がある人もほとんどいません。長年、こういう組織の中にいるので分かるのですが、「我々が国を率いねばならない」と本気で考えているのです。

■陸軍の「伝染病研究所」を引き継ぐDNA

 ――上先生は05年から16年までは、「東京大学医科学研究所」に所属していました。同研究所も“体制側”です。辞めて今の立場になったのは、やはり専門家や研究者に対して違和感を覚えることがあったからでしょうか。

 いやいや、純粋に自分のキャリアのことで、年も重ね独立しないといけないと思ったまでです。独立したほうが動きやすいという事情もありましたので。東大医科研は国立がん研究センターほど、国べったりではありませんでした。ただ、創設者の北里柴三郎以来の長い歴史を感じることが多かったです。陸軍と密接に関係して、研究を進めてきたのです。

 戦前、「日本のCDC(米疾病対策センター)」とも言える組織は伝染病研究所です。これが現在の東大医科研と国立感染症研究所です。今回の専門家会議を仕切る人たちです。同じDNAを引き継いでいると思います。

 ――「お国のために」では、患者目線から離れていくのも当然かもしれません。

 専門家の方々は医師免許があっても普段は診療しませんから。こういう方が主導的に感染症対策を決めるのは、暴走するリスクすらあると思います。テクノクラート(科学者・技術者出身の政治家・高級官僚)が主導権を握ると、しばしば暴走して第2次世界大戦のようなことになる可能性もありますよね。専門家に対応を丸投げするのは非常に危険なことだと思います。医療現場の判断を優先すべきでしょう。

(聞き手=小幡元太/日刊ゲンダイ)

※インタビューは【動画】でもご覧いただけます。

▽かみ・まさひろ 1968年兵庫県生まれ。内科医。東京大学医学部卒。虎の門病院や国立がん研究センター中央病院で臨床研究に従事。2005年から16年まで東京大学医科学研究所で、先端医療社会コミュニケーションシステムを主宰し、医療ガバナンスを研究。16年から現職。


新型コロナ対策で人体実験が行われている 医療ガバナンス研究所理事長 上昌広


岡田晴恵教授、モーニングショー内で国立感染症研究所のOBと暴露。
やはり、腐ってる厚生労働省関連。
2020.2.28の羽鳥慎一モーニングショーで、白鴎大学の岡田晴恵特任教授が「民間に検査を委託すると国立感染症研究所が独占できない、OBが邪魔している」と言う趣旨の発言をして、現状を暴露しました。番組内は一瞬静まり返り、玉川徹ですら固まっていた。
自分のブログでも以前、利権がらみで民間への情報が提供されないと書いたことがありましたが、テレビで告発されるとは正直思いませんでした。
関係者の中では、今まで周知の事実だったが、岡田晴恵教授の政府や厚生労働省に我慢できずの発言に自分は思いました。この日はいつになく熱く語っていたのも印象に残ります。

岡田晴恵教授、今後大丈夫でしょうか?干されないか心配です。

今後を追いたいと思います。

玉川徹氏は、「野党今こそ追及しろ」と言ってましたが、野党にも絡んでる議員が居そうなので無理だと思います。




追記(岡田晴恵教授が、熱く語った流れです。)
岡田晴恵教授は「プライベートの事あまり言いたくない」と前置きしたうえでの発言です。
※一部語尾等正確ではありません。
※感染研→国立感染症研究所/衛生研→衛生研究所 で良いかと思います。

よく、中枢にある政治家の方からも、こういう説明受けたんだけど、解釈ほんとこれでいいとか、よく電話が掛かってくる。
それで公的負担に関しては、もうできたよっていう風な電話があったんですけども、…..複数の先生方の…、正直言いましてそのクリニックから直接かっていうことについては、ちょっと待ってくれって言われてる。
だから、それまだわからないと、先生待ってくれって言うのはどういうことなんですか?ということをお聞きしました。

私は、あの穿った(うがった)見方をしていました。経済の方とかご同席するとオリンピックってのは巨額なんだよと、でそういうためにやっぱりこういう汚染国のイメージはつけたくないんだよ、そういう大きな力なのかなって思っていたんです。それは抗いがたいぐらいの大きな巨額な力なのかなって思っていたんですね。

それで先生方にぶつけました。そしたら「ははははと笑って、そんなね肝が据わったようなことで数をごまかしてまで、そんな肝が据わってるような官僚は今時はいませんと。これはテリトリー扱い、テリトリー争いなんだ。このデータはすごい貴重なんだ。…..衛生研から上がってきたデータを全部感染研ですると、それで「このデータを感染研が全部持っていたい」ということを言っている専門家の、まあ関係のOBが入ると、そこら辺がネックだったんだ。

ということをおっしゃっておられて、私はその時に思ったのは、是非そういうことはやめていただきたいと、で大谷先生の所で人工呼吸器につながれて確定診断できない人が、そしてこれ広まれば数万人の命ですよね、あのこういう方いっぱいいますから、数万人なのか?すまないのか分かんないと、そもそもこういう数値だったから行政が遅れてきたわけじゃないですか!今ようやく、ここから保険適用でクリニックから行くかもしれませんけど、初動が遅れたっていう感染症の一番の初動だってところは、あれが(PCR検査)少なかったからだと思っています。

そういう意味ではあの論文がどうだとか、業績がどうだとかっていうことよりも、人命を、本当のところの人命をとっていただきたいという元々の感染研方針に...かえっていただきたいと、でも感染研の人間が全員がそうだとは思っていないですよで感染研の所長なんかは、....尊敬してて、C型肝炎の仕事でノーベル賞貰うんじゃないかと思うぐらいすごい人なんです。だから全員じゃないんです。ただ一部にそういう OB がいるって言うことで人命に関わってくるってのは凄く怖いなってうふうに思っております。

羽鳥:民間に検査を委託すると、データを集められないと言う事です。

玉川:野党これ、国会で追及してください。

一茂:PCR 検査のだ感染研 OBが邪魔してるのが分かった。

女性コメンテータ:感染実態を掴ませないように政府全体がしていたのではないか?

厚労省が政権に忖度か 感染者急増の北海道で“検査妨害”

 日を追うごとに感染者が拡大する新型コロナウイルス。積極的に検査を行わない安倍政権に“感染者隠し”の疑いが浮上している。検査を受けられない「検査難民」が続々と顕在化し、国民から怒りの声が上がっている。そんな中、厚労省が“検査妨害”していたことが発覚した。国民の健康を守る省庁が“感染者隠し”の片棒を担いでいたのだから許されない。

  ◇  ◇  ◇

 27日の衆院予算委員会で、立憲民主党の川内博史議員の質問で驚きの事実が発覚。25日に厚労省の研究機関「国立感染症研究所」から北海道庁に派遣された3人の専門家が「検査をさせないようにしている疑念がある」と指摘したのだ。

 道の対策本部に派遣された3人は、政府が策定した基本方針に記載のある〈入院を要する肺炎患者の治療に必要な確定診断のためのPCR検査〉の実施を必要以上に強調。暗に、「軽症の患者は検査するな」との意向をにおわせ、道職員や保健所職員の間で「検査し過ぎてはいけないのか……」という空気が生まれているという。川内議員は道議会議員から聴取した内容だと明かした。
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 加藤厚労相は「3人がそのことを言った?うーん……」と首をかしげていたが、本当に知らないのならあまりに無責任というものだ。川内議員に情報提供した立憲民主党の武田浩光道議がこう言う。

「北海道の対策本部に東京から3人が派遣されて以降、『感染疑い』の方がなかなか検査してもらえなくなってしまいました。医者を通じて検査の要望をしても、保健所に断られてしまうというのです。それまでは、37.5度以上の熱が4日以上続く、などといった条件に合致すれば、比較的スムーズに検査してもらえた。とにかく『重症者優先』を訴える3人が来たことで、状況が変わってしまいました」

 安倍政権が専門家3人を北海道に送り込んだのは、検査件数を抑え、感染者数を増やさないようにするためだった疑いが強い。現在、北海道の感染者数は54人と全国最多となっている。理由は、重症化する前から検査を認めてきたからだとみられている。
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 しかし、検査件数を抑えることで感染者数を少なく見せかけようとしているのなら、本末転倒もいいところだ。国会で質問した川内議員は改めてこう話した。

「本来は検査体制を拡充し、陽性の方を早期に発見することが、感染症対策の基本です。早期なら重症化を防げる可能性があります。しかし、政府にはそういう態度が見られません。基本方針にも『患者の早期発見』といった記載はない。結局、政府は検査を拡大することで、多くの陽性患者が発覚することを恐れているのではないか。実態を見えなくするために、検査拡大を拒んでいるのだとしたら許されません」

 つくづく「国民目線」からは程遠い政権である。



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