731を問う!!
2019年6月14日金曜日
細菌戦の系譜!!
●731部隊「講演と合唱の夕べ」
●京大 学位授与問題!!
●長野平和の旅
●日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか
●武蔵村山の国立感染症研究所問題!!
●安倍政権の歴史改ざん政策(中国人ビザ発給拒否裁判)
●「北東アジア国際関係の激変と日中関係」 大西広慶応義塾大学教授
●4月18日(木)18時~「ビザ発給拒否国賠裁判」報告会
●731と米国の核戦略
●防衛省731部隊情報公開裁判の途中経過から見えてきたこと
●原子爆弾症研究者都築正男と米の核戦略
●武見太郎と金原節三の関係
●ABC企画総会・講演、「講演と合唱の夕べ」
●情報公開裁判、意見交換会、細菌戦センター総会・講演
●731部隊関連年表
徳仁・日本政府・日本医学界は、731部隊のことを謝罪し、戦争被害者の救済、戦争をしない政策にお金をかけるべきだ!
日本の医学界はなぜ謝罪しない???
又、ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマと4度被曝した日本は、世界に先駆けて核兵器廃絶・脱原発と叫ぶべきではないか!!
なぜ、日本医学界は、先頭に立って「脱原発!!」と叫ばないのか!!
戦後、731部隊員はアメリカの核戦略に協力した!!
●「731部隊・100部隊・毒ガス戦」パネル展 2019年4月29日~5月3日
「日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか 」 田中利幸さん
●日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか
●催し物
●沖縄
海は命!!
シバサシ-安里清信の残照- ダイジェスト
沖縄は、核と枯葉剤で汚れている!!
「天皇メッセージ」 (てんのうめっせーじ)
枯れ葉剤を浴びた沖縄とベトナム戦争
沖縄と核
●水爆実験ブラボーで被爆したのは第5福竜丸1隻ではなく、延べ1000隻近くの漁船が被爆した!!
ビキニ「死の灰」世界各地へ
日本は、あの侵略戦争を反省して、憲法9条を作った!!
平和条約締結は「日本が大戦の結果認めること」 露外相
●憲法第9条
1、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
日本の政治の常道【historyとは、彼(his)(権力者)の物語(story)】
・まずい事は隠す!!(=あったことを無かったことにする、=データ改ざんは当たり前)
・責任を下に押し付ける!!(=権力者は、責任を取らない)
統計不正聴取に厚労省官房長同席 中立性への疑念、更に
水爆実験で被爆したのは第五福竜丸だけではない!!延べ992隻が被爆!!
なぜ、「731」と書かれた戦闘機に乗れるのだ???
2013年5月12日 安倍 731と書かれた戦闘機に乗る!!宮城県松島市にある航空自衛隊の基地で撮影
オリンピックにお金をかけるのではなく、いじめ対策・貧困対策・戦争被害者対策にお金をかけるべきだ!!
●戦争とは何だろうか??
隠されたトラウマ~精神障害兵士8000人の記録~
戦争神経症・・・戦争は、被害者も加害者も大きなトラウマになる
治安維持法10万人の記録
治安維持法と長野県
NNNドキュメント「防衛大学校の闇 連鎖した暴力…なぜ」
東南海地震:「地震の次は何をお見舞いしましょうか」とB29がビラ
●ニュース
エボラ出血熱のウィルスなど危険の高いものをなぜ輸入する?
日本は全く細菌戦の反省をしていない!!
危険性高いウイルスの取り扱い 住民に伝達 国立感染症研究所
危険性高い病原体扱えるBSL4稼働へ 武蔵村山の施設
人権無視は香港・中国だけではない。日本もアメリカにもある。
香港の危機、警察が武力でデモ隊強制排除に
香港デモ参加者が日本語で協力求める投稿が話題に。「逮捕されるかも」それでも日本人に伝えたかったこと
微罪で長期勾留?おかしくないか?日本も人権意識が欠如している!!
以前までは香港の日本領事館が南京大虐殺の抗議を受け取っていたが、去年は受け取らないので、日本まで抗議に来たという。
香港人「靖国神社」建造物侵入事件"長期勾留"の謎?
靖国神社でぼや、横断幕も=中国籍の男を逮捕
池袋暴走事故・飯塚元院長(88)が実況見分…今後どうなる?
ホルムズ海峡 攻撃、3時間で2度 タンカー運航会社「どうして我々の船が」
日本、「グーグルアース」だけ信じて北ミサイル迎撃2000億円事業が蒸発寸前
消えた丸山穂高氏 地元「政治家は立場悪いとすぐ病気」
ロシア・モスクワで言論弾圧に反対するデモ 400人以上が拘束
「老後に2000万円必要」報告書めぐりきょう与野党論戦
「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」と言っている国が、なんで空母を持つのだ???
防衛省、護衛艦「いずも」「かが」を空母化へ 自衛隊内部からも疑問の声
辺野古の埋め立て加速 玉城デニー知事「暴挙以外の何ものでもない」
自衛隊の不祥事!!
日航機123便墜落の真相 〜JALボーインング747に訪れた悲劇の全貌〜
このままでは終わらせない…“森友事件”のいま【ザ・ドキュメンタリー】
“私は不妊手術を強いられた” ~追跡・旧優生保護法~
医学界の反省の弁はないのだろうか???原因は何だ???
強制不妊、首相「反省とおわび」 救済法成立時、談話発表へ
福島第一原発の原子炉建屋 開けられる鍵が9000本以上
彼の無念晴らしたい 森友疑惑 自殺職員の元同僚
なぜ、日本医学界は「脱原発!!」と叫ばない!!
「わざわざ自分らのことを『げんしりょくむら』とは?
「あつまれ!げんしりょくむら」に批判相次ぐ サイト閉鎖
20190330 UPLAN 小出裕章「フクシマ事故8年 原子力を廃絶させる道」
731部隊の病理解剖の顧問をした清野謙治も、窃盗事件で京大を追われた後、戦後は東京医大教授になった。731部隊で細菌を製造していた柄沢も東京医大だ!!
日本の底にツルハシでも崩れない差別がある 東京医科大の不正入試提訴 会見詳報
イージス・アショア 田岡俊次 青木理
なぜ、日本は脱原発と叫ばないのか??
20181104 小出裕章と樋口健二のコラボ講演会
2005/12/25 【原発問題】推進派vs反対派 小出裕章氏
竹田恒和JOC会長、IOC委員を辞任
竹田会長の記者会見は本当に「潔白主張」なのか
海外メディア「かえって疑惑深まった」 JOC竹田会長の会見
【大竹まこと×金子勝×室井佑月】 日立がイギリス原発輸出を断念! 世界に逆行する日本と経団連の責任
森友・加計問題 疑惑の核心/下 政治家、官邸官僚… 「安倍側用人」を覆う「黒い霧」
「水俣病は終わらない」公式確認から60年―私たちに託されたメッセージ
松本元死刑囚らの死刑執行文書、ほぼ全て黒塗りで開示
“旧優生保護法”強制的な不妊手術 事業として推進(18/04/27)
真実を隠すために死刑にしたのでは??
オウム13人死刑で「上川陽子法相」一生SPつきの生活
京大の「731部隊」論文疑惑(上) 勝間田秀樹(京都支局)
731部隊将校の学位取り消しを 人体実験疑い論文で京大に
●横浜「戦争の加害展」感想
2月13日
・実際にあったことを伝えていくことは、反戦の大きな力になると思います。国民は真実をあまり知らされていないと思います。(男性、70代)
●横浜「731部隊・100部隊・毒ガス戦パネル展の感想(4月29日~5月3日)
5/3(金)
5.男.20.市内.中国からの留学生です。内閣府の旧日本軍中国遺棄化学兵器事業通訳として、毎年現場に滞在しており、そのきっかけにこの事業に関心が沸き上がりました。今は大学の博士後期に在籍しております。
今回の展示会を見させていただき、今まで知らなかったことが勉強になりました。まさか「軍馬」も活兵器として戦争中に用いられていとは。また、ただ文字だけではなく、写真と新聞を一緒に提供いただき、このような凄まじい画面が参加者の心に伝わるだろうと思っております。さらに時間があわせられないので、ミニ講演会を参加できなかった。残念でした。平和な時代に暮らしている私たちが、過去の歴史を忘れるべきではなく、今後ともこのような展示会を開催お願いします。お疲れさまでした。
ご提案、展示会にいらっしゃっている方々は高齢者が多いので、平和責任と日本友好につながっているのが子どもと学生です。このような展示会は子どもたちに届いていないので、もしできれば、中学生、高校生たちにもこの情報を発信すればどうかなと思っております。
●「特殊部隊731」
秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行)
第3部
魔の廃墟のあとに
部隊本部前に集合した私達は、そこから貨車発着所に移動した。そのあたりには家族の者が残していた荷物が至る所に散乱していた。人間を輸送するだけが精一杯で、持ち込めなかった荷物であり、破れた行李や着物の端がはみ出している口の開いた軍用トランクなどが、逃げ去った家族たちの狼狽振りを生々しく物語っていた。
私達は、真新しい軍装をつけ貨車の前にならんで出発のときを待った。しかし、また作業命令が出た。貨車への積込みである。情報とにらみ合わせてのものだろうが、敵の進攻状態がはっきり伝えられてない以上やはり一刻も早く出発したいと念う心は、誰も変わりなかった。
上衣を脱ぎ、荷物をその場にまとめて、私達は食糧倉庫に向った。
先ず醤油樽を運んで、貨車の一番下に積み、その上に塩、砂糖を積み始めるころにはすっかり暗くなってしまった。運搬も次第に粗雑になって、アンペラで包んだ16貫入れの砂糖袋を破いたり、塩かますの口を切らしたり、倉庫のあたりは乱雑を極めていた。
そのころ、部隊で働いていた満人たちが、残った馬や牛、食糧などを分配されて、喜んでいるのが目に付いた。彼らが喜ぶ顔を見せたのは、入隊以来初めてであった。
●日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!!
『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店より
第6章 悪魔の兄弟たちの毒ガス網
関東軍化学部
凶悪残忍な化学戦演習
実験中に中国人民に与えた傷害については、渡辺国義さんがさらに詳細な資料を提供している。渡辺さんは516部隊の隊員で、1940年には同部隊の特種自動車第1連隊資材廠に所属する新兵訓練担任の伍長だった。1942年連隊炊事係曹長、1945年、練習隊第1大隊第1中隊の曹長となり、日本降伏後抑留された。
1954年8月8日、戦犯として行った彼の供述を以下に記す。
・・・・・
「1944年8月中旬、黒竜江省フラルギ東4㎞で、関東軍化学部資材廠が散毒実験を実施したが、私は撒毒救援の名目で、散毒班長伍長某以下10名を監督して、中国人村落(西南1㎞及び東北1㎞半に各30戸、約150人の村落)に通じる道路と草地の上に、面積2000㎡、毒量100㎏、殺傷効力1000名、毒ガス有効時間1週間の糜爛性持久ガスを撒布した。結果は、その地を通過した中国農民男子4名が被毒、身体腐食により殺害、さらに男女農民約20人の手足にガス腐食傷害を受けた。」
(広島県大久野島毒ガス工場)
●天皇制廃止に向けての第一歩:雲上人を人間化する運動を!
田中利幸
2)天皇裕仁の免罪・免責を目的とした憲法1章と2章9条の設定
即ち、天皇裕仁が安泰である限り日本人は本質的には変わらないのであり、日本の旧政治社会体制を徹底的に解体するには裕仁を有罪にしなければならない、というのがオーストラリア政府の信念だった。こうした政策から、1946年1月22日に、裕仁の名前を加えた戦犯候補者リストを連合軍戦争犯罪委員会に提出していたのである。実は、オーストラリアは、前年10月にも同じリストを連合軍戦争犯罪委員会に提出し、採択するよう迫っていた。
日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか 田中利幸
●特集 軍拡に走る安倍政権と学術①
西山勝夫さん(滋賀医科大学名誉教授)に聞く
にしやま・かつお=滋賀医科大学名誉教授、 15年戦争と日本の医学医療研究会事務局長、「戦争と医の倫理」の検証を進める会代表世話人、軍学共同反対連絡会共同代表
5、いまどんな議論が必要か
■立法府の動きにどう向き合うのか
―立法府での議論についても、無関心でいてはいけないと思いますが、いかがですか。
立法府では、「戦争及び人道に対する罪に対する時効不適用条約」の批准も議論されなければならないと思います。この条約は、1968年11月26日の国連第23回総会で決議(日本政府は棄権)され、1970年11月11日に発効しました。戦争犯罪と人道に反する犯罪について時効は「その犯罪の行われた時期にかかわりなく、適用されない」と規定しています。私たちの検証によって、731部隊や日本医学会等の組織的な加担とともに、それらを構成していた個々の医学者・医師の犯罪性も少なからず明らかにされてきました。その中には、感染実験でぺストを発症させ、治療もせずに死亡に至るまで経過を観察した人体実験を行い、その結果を、学位論文として提出する際、実験対象を「サル」と偽る明白な不正を行い、学位授与を申請した者、そのような学位授与の申請を受理し、学位授与を認めた者もいますが、全て裁かれずに世を去りました。そのようなことを繰り返させない・繰り返さないことにつながると考えられるからです。
昨年2018年12月に、『留守名簿 関東軍防疫給水部 満州第659部隊』2冊が発売されました!!(不二出版)
●「化学学校記事」情報公開裁判
9月4日 11:30~(522号法廷)
●「衛生学校記事」とはどんなものだろうか?
なぜここまでして、国は衛生学校や化学学校で作っていた機関誌を公開しないのだろうか?
次回 第23回『衛生学校記事』情報公開裁判
9月26日(木)11:30~419法廷
金原節三氏が寄贈した資料が、衛生学校庁舎3階の彰古館に1982年に「金原節三コーナー」として展示された。
その2000点を超える資料はその後どうなったのであろうか?
防衛省の回答では、金原氏の目録と一致する資料は、今現在は641点だという。
あとの資料はどこに消えたのか?
彰古館に勤めていた人(1996年から2013年)の聞き取りでは、彰古館では、きちんと整理していていなかったようである。
金原資料は、1995年に防衛庁戦史部に移管されたが、翌年また彰古館へ戻したという。
その時はすべてを戻したわけではなかったようだ。
2010年に、彰古館が学校庁舎3階から今の建屋になり、資料も移管されたが、金原資料の整理はきちんとされていないようだ。
金原資料の一部はあるようだが、その他の金原資料は、どこに保管しているのだろうか。
また、彰古館には旧軍資料しか置いていないともいう。本当に「衛生学校記事」や教範類は置いていないのだろうか?
次の裁判までに、勤めていた人の陳述書を防衛省側は出すという。
1957(昭和32)年7月『衛生学校第1号』発刊
第4代衛生学校長
『衛生学校記事』を発刊したときの、衛生学校長金原節三とはどんな人物なのだろうか?
金原節三(1901~1976)
陸軍省医事課長時代(1941.11~43.8)に731部隊から報告を受けていた。「陸軍省業務日誌摘録」
厚生省東海北陸医務出張所から衛生学校へ 1955.8.1
金原節三と細菌戦
金原の略歴を見ると、昭和16年11月に陸軍省医務局医事課長になっていて、17年に8月に軍医大佐になっている。
細菌戦資料センターの会報には、次のような記載がある。「陸軍省医務局医事課長だった金原節三元軍医大佐が、1955年に陸上自衛隊に入隊した。細菌戦部隊を指導していたのは、陸軍参謀本部、陸軍省医務局衛生課そして陸軍省医務局医事課である。金原は、「金原業務日誌摘録」に細菌戦部隊からの報告を記録している。
金原節三と武見太郎
金原と戦後日本医師会会長になり、医師会、薬剤師会、歯科医師会に大きな影響を及ぼした武見太郎は、軍隊内の先輩・後輩関係にあった。『金原節三資料目録』(陸上自衛隊衛生学校)の巻頭言は、日本医師会長武見太郎が書いている。
『衛生学校記事』より
4、第301予防衛生中隊
7名の隊員の転入を受けた中隊では学校長の新方針によって今後1年間の予定で、衛生課隊員としての衛生教護技術補備教育を教育部の応援を得て開始した。またコレラの国内侵入にに備えて隊員全員予防接種を受けたほか防疫器材の整備、コレラ菌検索の補備訓練を実施した。
9月末には衛生補給処から肩掛け式(2)、背負式(4)噴霧器の交換交付を受けた。
10月上旬衛生学校の総員検便(赤痢菌検査)の支援を行ったほか、駐屯地隣接国設宿舎3棟、共済組合住宅3棟の消毒の実施した。
※細菌戦に関わった金原と、戦後日本医師会で権力をふるった武見。こんな2人に関係があると、日本医師会が細菌戦のことなど反省するはずがない。防衛医科大学校は、武見と金原の人間関係で設立された。もちろん、生物戦、化学戦、原子戦などを想定して、色々なことに取り組んでいるのではないかと思う。すべて防御のためと称して。
第5代衛生学校長
井上義弘【1904~1969(65歳)、石川県出身
1929年に台北医専卒、陸軍見習士官を経て1931年3等軍医、1948年軍医中佐、その間、陸軍軍医学校教官、陸軍医務局課員、シンガポールに設置された細菌戦部隊(南方軍防疫給水部9420部隊)に所属、戦後、第1復員省、厚生省復員局勤務、1953年復員局から保安庁に出向、陸上幕僚監部衛生課長、陸上自衛隊衛生学校第5代校長、陸上幕僚監部衛生監を歴任1960年退官。近代5種競技世界選手権大会(ブタペスト)に日本選手団長として参加中、1969年9月急逝。1969年日本体育協会近代5種・バイアスロン連合会副理事長となり、専門の体力医学の分野で活躍】
第4代衛生学校長であった金原が1957年12月突如転任になり、第5代の衛生学校長になったのが井上だ。両人とも戦時中の細菌戦部隊にかかわった人物である。それも金原は細菌戦部隊の指導的な立場にあった。それがアメリカの圧力か何かで、衛生学校長の職を転任になり、その後を井上が引き継いだ。
井上は、自衛隊に保管されていた731関連の資料を自宅に持ち帰り、保管していたが、ブタペストで急逝したため、何も知らない遺族がそれらの資料を廃棄してしまった。ところがそれが神田の古書店に行きつき、某大学の研究者の目に留まり、その大学で買い取った。そこで改めてその資料を検証すると、731部隊の毒ガス実験等の論文があった。某大学では、その買い取った731関連の資料や、731部隊のデータを使って書いた論文等は、以前はその大学研究者は許可を得て見ることができたが、今ではそれらを見ることができなくなっている。
又、京大の次に多くの医学者を731に送った東大も細菌戦に関する資料を公開せず問題になっている。
東京医大等の不正入試だけでなく、大学医学部の戦中の細菌戦関連の資料の隠蔽も今、大きな問題になっている。
※1955年に二木秀雄が精魂塔を多磨霊園に建立し、731部隊の戦友会「精魂会」が発足した。
1950年には日本ブラッドバンクが内藤良一(元731部隊員)らによって設立され、元731部隊員は復権に向けて動き出している。
南方軍防疫給水部(岡9420部隊)
●イタイイタイ病を究明した男 萩野昇
●驚愕!御用医学者をさかのぼると、すぐに731部隊に行き着く
●水俣病問題
●小島三郎国立予防衛生研究所所長の過去
●小泉親彦と宮川米次の絆
●ヒロシマからフクシマへ
●宮川正
●「想定外」 と日本の統治—ヒロシマからフクシマへ—
●ビキニ「死の灰」世界各地へ
●自衛隊とサリン
●相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場
●日本の国家機密
●兒嶋俊郎さんを偲ぶ
●昭和天皇の戦争責任を問う!!大嘗祭反対!!
天皇万歳に浮かれる無責任国家 田中利幸より
重要なことは、アメリカが、日本占領支配のために、裕仁の戦争責任を隠蔽してまでも、彼の天皇としての「権威」を政治的に利用したことである。つまり、私たちが本当に問わなければならないのは、「絶対的権力を保持していた国家元首の戦争犯罪・責任の免罪・免罪の上に制定された民主憲法が、果たしてどこまで真に民主主義的であるのか?」ということである。
●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より)
第3部 陛下の戦争
1931(昭和6)年―1945 (昭和20)年
第9章 聖戦
拝謁から3日後、両統帥部長は御下問奉答要旨を持って参内した。それは、大規模な航空作戦により、中国の航空兵力、軍事施設、重要な産業、政治拠点を破壊しようとするものであった。しかし、中国の軍隊と人民の「戦意を喪失せしむ」るには、おそらく航空攻撃だけでは十分ではない。同時に、日本は特定の華北の戦略地点を占領し、国民党軍と直接交戦し、上海を占領し、そして、中国沿岸を海上封鎖すべきであるといった内容だった。陸軍や政府の多くが全面戦争の回避を模索していた時、こうした政策を最も熱心に主張したのが海軍だった。天皇はこの奉答に対して、青島派兵、上海付近の航空基地の占領についてだけ懸念を示したに過ぎなかった。この時点でもまた、天皇は臣下である提督の立場を消極的にではなく、積極的に承認し、断固たる決意で臨むよう臣下の将軍たちに要求をしたのである。
●小泉親彦と昭和天皇
●近現代史を《憲法視点》から問う~「湘南社」の憲法論議~
●近代天皇制の真髄は
●福沢諭吉
●神武と戦争
憲法9条を生かそう!!
2019年6月13日木曜日
今も生きている細菌部隊!!
戦後も人体実験や細菌戦をやった細菌部隊は生きていた。
そして、今も生きている!!
●ニュース
エボラ出血熱のウィルスなど危険の高いものをなぜ輸入する?
日本は全く細菌戦の反省をしていない!!
危険性高いウイルスの取り扱い 住民に伝達 国立感染症研究所
危険性高い病原体扱えるBSL4稼働へ 武蔵村山の施設
国立感染症研究所の前身国立予防衛生研究所は、かつて原爆の威力調査だけを行い、治療をしなかったはABCC(原爆傷害調査委員会)に職員を派遣していた。
国立予防衛生研究所には、元731部隊員が多く在籍していた。そして、元隊員がトップに立っていた。
小林六造 陸軍軍医学校防疫研究室嘱託(戦時中・・731部隊に指示を与えていた所)初代研究所長
小島三郎 同上 2代目所長
柳沢謙 同上 5代目所長
福見秀雄 同上 6代目所長
村田良介 同上 7代目所長
こういう流れにある国立感染症研究所は、戦時中の人体実験や細菌戦の事を細菌戦の反省を全くしていない!!
やはり、強毒な菌を培養することは、危険だ!!
藤田医大に再生医療センター 細胞採取から投与まで実施
イージス・アショア巡り応酬 日露2プラス2 平和条約交渉の「後押し」には遠
東電ミスで排気筒解体を延期 福島第一、クレーン届かず
星野受刑者が収容先で死亡 渋谷暴動事件で無期確定
細菌戦の系譜!!
●731部隊「講演と合唱の夕べ」
●京大 学位授与問題!!
●長野平和の旅
●日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか
●武蔵村山の国立感染症研究所問題!!
●安倍政権の歴史改ざん政策(中国人ビザ発給拒否裁判)
●「北東アジア国際関係の激変と日中関係」 大西広慶応義塾大学教授
●4月18日(木)18時~「ビザ発給拒否国賠裁判」報告会
●731と米国の核戦略
●防衛省731部隊情報公開裁判の途中経過から見えてきたこと
●原子爆弾症研究者都築正男と米の核戦略
●武見太郎と金原節三の関係
●ABC企画総会・講演、「講演と合唱の夕べ」
●情報公開裁判、意見交換会、細菌戦センター総会・講演
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徳仁・日本政府・日本医学界は、731部隊のことを謝罪し、戦争被害者の救済、戦争をしない政策にお金をかけるべきだ!
日本の医学界はなぜ謝罪しない???
又、ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマと4度被曝した日本は、世界に先駆けて核兵器廃絶・脱原発と叫ぶべきではないか!!
なぜ、日本医学界は、先頭に立って「脱原発!!」と叫ばないのか!!
戦後、731部隊員はアメリカの核戦略に協力した!!
●「731部隊・100部隊・毒ガス戦」パネル展 2019年4月29日~5月3日
「日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか 」 田中利幸さん
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●催し物
海は命!!
シバサシ-安里清信の残照- ダイジェスト
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●水爆実験ブラボーで被爆したのは第5福竜丸1隻ではなく、延べ1000隻近くの漁船が被爆した!!
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日本は、あの侵略戦争を反省して、憲法9条を作った!!
平和条約締結は「日本が大戦の結果認めること」 露外相
●憲法第9条
1、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
日本の政治の常道【historyとは、彼(his)(権力者)の物語(story)】
・まずい事は隠す!!(=あったことを無かったことにする、=データ改ざんは当たり前)
・責任を下に押し付ける!!(=権力者は、責任を取らない)
統計不正聴取に厚労省官房長同席 中立性への疑念、更に
水爆実験で被爆したのは第五福竜丸だけではない!!延べ992隻が被爆!!
なぜ、「731」と書かれた戦闘機に乗れるのだ???
2013年5月12日 安倍 731と書かれた戦闘機に乗る!!宮城県松島市にある航空自衛隊の基地で撮影
オリンピックにお金をかけるのではなく、いじめ対策・貧困対策・戦争被害者対策にお金をかけるべきだ!!
●戦争とは何だろうか??
隠されたトラウマ~精神障害兵士8000人の記録~
戦争神経症・・・戦争は、被害者も加害者も大きなトラウマになる
治安維持法「自由はこうして奪われた」データで読み解く戦争の時代 第1回
治安維持法と長野県
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東南海地震:「地震の次は何をお見舞いしましょうか」とB29がビラ
●ニュース
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日本は全く細菌戦の反省をしていない!!
危険性高いウイルスの取り扱い 住民に伝達 国立感染症研究所
危険性高い病原体扱えるBSL4稼働へ 武蔵村山の施設
辺野古新基地、反対訴え 玉城氏、世論喚起へ全国行脚
2歳衰弱死、児相が「48時間ルール」無視 確認せず
香港の危機、警察が武力でデモ隊強制排除に
夫婦の老後資金「2000万円が必要」根拠は厚労省が提示 麻生氏の説明と矛盾
原発をすべて止めてもらいたい!!
再生可能エネルギー 固定価格の買い取り制度終了へ
「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」と言っている国が、なんで空母を持つのだ???
防衛省、護衛艦「いずも」「かが」を空母化へ 自衛隊内部からも疑問の声
辺野古の埋め立て加速 玉城デニー知事「暴挙以外の何ものでもない」
自衛隊の不祥事!!
日航機123便墜落の真相 〜JALボーインング747に訪れた悲劇の全貌〜
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医学界の反省の弁はないのだろうか???原因は何だ???
強制不妊、首相「反省とおわび」 救済法成立時、談話発表へ
福島第一原発の原子炉建屋 開けられる鍵が9000本以上
彼の無念晴らしたい 森友疑惑 自殺職員の元同僚
なぜ、日本医学界は「脱原発!!」と叫ばない!!
「わざわざ自分らのことを『げんしりょくむら』とは?
「あつまれ!げんしりょくむら」に批判相次ぐ サイト閉鎖
20190330 UPLAN 小出裕章「フクシマ事故8年 原子力を廃絶させる道」
731部隊の病理解剖の顧問をした清野謙治も、窃盗事件で京大を追われた後、戦後は東京医大教授になった。731部隊で細菌を製造していた柄沢も東京医大だ!!
日本の底にツルハシでも崩れない差別がある 東京医科大の不正入試提訴 会見詳報
イージス・アショア 田岡俊次 青木理
なぜ、日本は脱原発と叫ばないのか??
20181104 小出裕章と樋口健二のコラボ講演会
2005/12/25 【原発問題】推進派vs反対派 小出裕章氏
竹田恒和JOC会長、IOC委員を辞任
竹田会長の記者会見は本当に「潔白主張」なのか
海外メディア「かえって疑惑深まった」 JOC竹田会長の会見
【大竹まこと×金子勝×室井佑月】 日立がイギリス原発輸出を断念! 世界に逆行する日本と経団連の責任
森友・加計問題 疑惑の核心/下 政治家、官邸官僚… 「安倍側用人」を覆う「黒い霧」
「水俣病は終わらない」公式確認から60年―私たちに託されたメッセージ
松本元死刑囚らの死刑執行文書、ほぼ全て黒塗りで開示
“旧優生保護法”強制的な不妊手術 事業として推進(18/04/27)
真実を隠すために死刑にしたのでは??
オウム13人死刑で「上川陽子法相」一生SPつきの生活
京大の「731部隊」論文疑惑(上) 勝間田秀樹(京都支局)
731部隊将校の学位取り消しを 人体実験疑い論文で京大に
●横浜「戦争の加害展」感想
2月13日
・私の友人は南京生まれです。私の父は731部隊に従軍していた経験があります。友人とは介護現場で知り合い、現在国連WFP協会と横浜市大講師を兼務する尊敬に値する方です。父は東京都衛生局に40年勤め環境衛生、感染症予防に一命を捧げました。一人一人の人間は国籍や人種を超えられるのに、何故、世界はまた不幸な過去の過ちを繰り返そうとしているのか。一度何かが動き出すと独りの人間にそれを止めることは難しい。つまらぬ自尊(愛国)心を捨て、未来指向の関係を築いてゆくために加害者としての認識をゴマ化さず(ドイツは過去を認めている)近隣諸国の隣人に顔向けできる自分でありたい。今般のぱパネル展は史実を理解する上でとても参考になりました。主催者様、及びボランティアの皆様、ありがとうございました。(男性、60代)
●横浜「731部隊・100部隊・毒ガス戦パネル展の感想(4月29日~5月3日)
5/3(金)
4.女.70.市内.これまでも何度か来ていますが、100部隊のことは全く知りませんでした。今日改めて731部隊の犯罪を見てどうしてこれが許されたのか、アメリカの罪は大きいですね。日本は加害に対してしっかり向き合い、子どもたちにもきちんと教えるべきです。そして今も中国各地で残されていた毒ガスで、被害を受けた人たちへの謝罪と補償は速やかに行わなければなりません。開催を感謝申し上げます。
●「特殊部隊731」
秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行)
第3部
友を残して
「これだけでも持っていってやろうか」
と、浜中が言った。
「だって逢えないんだからなぁ」
外では工兵隊が、からになった建物を片っ端から壊しにかかっているのだから、ここにおいてもおそらく焼かれてしまうだけだろう。だが、持って行ってやったものが、果して彼の手元に届くかどうか、私には疑問であった。といって、彼の私物などにかまってやる者は誰もいない。私は、来住野に届かなくても私達にできる範囲での善意を尽くしてやればいいという自分の心を満たす気持もあって、貯金通帳などは病院へ届けることにした。
「俺が行ってくるよ」
と、浜中が進んで出た。そのことに自分の慰めを見出している浜中の気持を私も森島も察することができた。私は来住野の母のハガキだけをとって、ポケットに入れた。もし、来住野が死んだあとも、自分が生き残っていたとしたら、このことを彼の老いた母に伝える義務があるような気がした。一緒に入隊した同県人は私1人だし、宿舎も同じなのだから、来住野のことを母に伝えるのは私をおいてほかにいないのだと思えるのだった。
●日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!!
『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店より
第6章 悪魔の兄弟たちの毒ガス網
関東軍化学部
凶悪残忍な化学戦演習
実験中に中国人民に与えた傷害については、渡辺国義さんがさらに詳細な資料を提供している。渡辺さんは516部隊の隊員で、1940年には同部隊の特種自動車第1連隊資材廠に所属する新兵訓練担任の伍長だった。1942年連隊炊事係曹長、1945年、練習隊第1大隊第1中隊の曹長となり、日本降伏後抑留された。
1954年8月8日、戦犯として行った彼の供述を以下に記す。
・・・・・
「1940年7月下旬、黒龍江省フラルギ東4㎞の草地で、特種自動車第1連隊資材廠が新兵の放毒訓練を行った際、私は教官小世勝次の命を奉じ、直接新兵10名を指揮命令して、中国人村落(西方700mに10戸、西南1㎞に30戸、東北1㎞半に30戸)に通ずる道路と草地上に、面積2000㎢、毒量100㎏、殺傷効力1000名、毒ガス有効時間1週間の糜爛性持久ガスを撒布した。結果は、中国農民男子5名が散毒地を通過時、被毒後身体腐食、殺害、ほかに中国農民男女25名が手足に毒ガスの腐食傷害を受けた。」
(広島県大久野島毒ガス工場)
●天皇制廃止に向けての第一歩:雲上人を人間化する運動を!
田中利幸
2)天皇裕仁の免罪・免責を目的とした憲法1章と2章9条の設定
1つは、1946年5月に開廷される予定となっていた極東国際軍事裁判(いわゆる「東京裁判」)で、オーストラリアが裕仁の訴追を強く要望していたことである。オーストラリアは、太平洋戦争で、日本軍に捕虜となった豪州軍将兵に多くの犠牲者を出した。豪州兵の捕虜数は2万2千名近くで、そのうちの7千4百名以上が捕虜として死亡。その死亡率は34.1%(3人に1人という割合)。その上、日本と同じ太平洋地域に位置するオーストラリアは、日露戦争時代から日本を脅威と感じてきたし、この際、日本軍国主義を徹底的に打ち砕いておくべきであると考えていた。そのためには日本軍戦犯全員をもれなく裁判にかける必要があるし、侵略戦争の決定に裁可を与えた裕仁の起訴は、その中でも特に象徴的な意味を持つ重要なケースであるという認識であった。
日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか 田中利幸
●特集 軍拡に走る安倍政権と学術①
西山勝夫さん(滋賀医科大学名誉教授)に聞く
にしやま・かつお=滋賀医科大学名誉教授、 15年戦争と日本の医学医療研究会事務局長、「戦争と医の倫理」の検証を進める会代表世話人、軍学共同反対連絡会共同代表
5、いまどんな議論が必要か
■立法府の動きにどう向き合うのか
―立法府での議論についても、無関心でいてはいけないと思いますが、いかがですか。
日本政府は、国会で「日本国みずからが自分の戦争犯罪について判断することも処置することもできない」などと無責任な答弁を繰り返してきました。しかし、裁判では、被害の存在を認定したのみならず、「国際慣習法による国家責任が生じていた」ことを認め、「何らかの対処をするかどうか、仮に何らかの対処をする場合にどのような内容の対処をするのかは、国会において」「高次の裁量により決すべき」とされました。立法府での議論が求められていると思います。
昨年2018年12月に、『留守名簿 関東軍防疫給水部 満州第659部隊』2冊が発売されました!!(不二出版)
●「化学学校記事」情報公開裁判
9月4日 11:30~(522号法廷)
●「衛生学校記事」とはどんなものだろうか?
なぜここまでして、国は衛生学校や化学学校で作っていた機関誌を公開しないのだろうか?
次回 第23回『衛生学校記事』情報公開裁判
9月26日(木)11:30~419法廷
金原節三氏が寄贈した資料が、衛生学校庁舎3階の彰古館に1982年に「金原節三コーナー」として展示された。
その2000点を超える資料はその後どうなったのであろうか?
防衛省の回答では、金原氏の目録と一致する資料は、今現在は641点だという。
あとの資料はどこに消えたのか?
彰古館に勤めていた人(1996年から2013年)の聞き取りでは、彰古館では、きちんと整理していていなかったようである。
金原資料は、1995年に防衛庁戦史部に移管されたが、翌年また彰古館へ戻したという。
その時はすべてを戻したわけではなかったようだ。
2010年に、彰古館が学校庁舎3階から今の建屋になり、資料も移管されたが、金原資料の整理はきちんとされていないようだ。
金原資料の一部はあるようだが、その他の金原資料は、どこに保管しているのだろうか。
また、彰古館には旧軍資料しか置いていないともいう。本当に「衛生学校記事」や教範類は置いていないのだろうか?
次の裁判までに、勤めていた人の陳述書を防衛省側は出すという。
1957(昭和32)年7月『衛生学校第1号』発刊
第4代衛生学校長
『衛生学校記事』を発刊したときの、衛生学校長金原節三とはどんな人物なのだろうか?
金原節三(1901~1976)
陸軍省医事課長時代(1941.11~43.8)に731部隊から報告を受けていた。「陸軍省業務日誌摘録」
厚生省東海北陸医務出張所から衛生学校へ 1955.8.1
金原節三と細菌戦
金原の略歴を見ると、昭和16年11月に陸軍省医務局医事課長になっていて、17年に8月に軍医大佐になっている。
細菌戦資料センターの会報には、次のような記載がある。「陸軍省医務局医事課長だった金原節三元軍医大佐が、1955年に陸上自衛隊に入隊した。細菌戦部隊を指導していたのは、陸軍参謀本部、陸軍省医務局衛生課そして陸軍省医務局医事課である。金原は、「金原業務日誌摘録」に細菌戦部隊からの報告を記録している。
金原節三と武見太郎
金原と戦後日本医師会会長になり、医師会、薬剤師会、歯科医師会に大きな影響を及ぼした武見太郎は、軍隊内の先輩・後輩関係にあった。『金原節三資料目録』(陸上自衛隊衛生学校)の巻頭言は、日本医師会長武見太郎が書いている。
『衛生学校記事』より
第301予防衛生中隊
1951年 増田美保元薬剤少佐警察予備隊に入隊
1952年11月 近喰太大元軍医中佐保安隊に入隊
1955年1月 中黒秀外之入隊
1956年8月31日 園口忠男入隊
衛生学校教育部教官
1952年12月13日創設
1958年頃から、陸上自衛隊の組織改編により、毎年零編成化の圧力
1965年8月3日 零編部隊
「衛生学校30年のあゆみ」
p76,77のみ 災害派遣の思い出
・・・申訳程度の記録
※細菌戦に関わった金原と、戦後日本医師会で権力をふるった武見。こんな2人に関係があると、日本医師会が細菌戦のことなど反省するはずがない。防衛医科大学校は、武見と金原の人間関係で設立された。もちろん、生物戦、化学戦、原子戦などを想定して、色々なことに取り組んでいるのではないかと思う。すべて防御のためと称して。
第5代衛生学校長
井上義弘【1904~1969(65歳)、石川県出身
1929年に台北医専卒、陸軍見習士官を経て1931年3等軍医、1948年軍医中佐、その間、陸軍軍医学校教官、陸軍医務局課員、シンガポールに設置された細菌戦部隊(南方軍防疫給水部9420部隊)に所属、戦後、第1復員省、厚生省復員局勤務、1953年復員局から保安庁に出向、陸上幕僚監部衛生課長、陸上自衛隊衛生学校第5代校長、陸上幕僚監部衛生監を歴任1960年退官。近代5種競技世界選手権大会(ブタペスト)に日本選手団長として参加中、1969年9月急逝。1969年日本体育協会近代5種・バイアスロン連合会副理事長となり、専門の体力医学の分野で活躍】
第4代衛生学校長であった金原が1957年12月突如転任になり、第5代の衛生学校長になったのが井上だ。両人とも戦時中の細菌戦部隊にかかわった人物である。それも金原は細菌戦部隊の指導的な立場にあった。それがアメリカの圧力か何かで、衛生学校長の職を転任になり、その後を井上が引き継いだ。
井上は、自衛隊に保管されていた731関連の資料を自宅に持ち帰り、保管していたが、ブタペストで急逝したため、何も知らない遺族がそれらの資料を廃棄してしまった。ところがそれが神田の古書店に行きつき、某大学の研究者の目に留まり、その大学で買い取った。そこで改めてその資料を検証すると、731部隊の毒ガス実験等の論文があった。某大学では、その買い取った731関連の資料や、731部隊のデータを使って書いた論文等は、以前はその大学研究者は許可を得て見ることができたが、今ではそれらを見ることができなくなっている。
又、京大の次に多くの医学者を731に送った東大も細菌戦に関する資料を公開せず問題になっている。
東京医大等の不正入試だけでなく、大学医学部の戦中の細菌戦関連の資料の隠蔽も今、大きな問題になっている。
※1955年に二木秀雄が精魂塔を多磨霊園に建立し、731部隊の戦友会「精魂会」が発足した。
1950年には日本ブラッドバンクが内藤良一(元731部隊員)らによって設立され、元731部隊員は復権に向けて動き出している。
南方軍防疫給水部(岡9420部隊)
●イタイイタイ病を究明した男 萩野昇
●驚愕!御用医学者をさかのぼると、すぐに731部隊に行き着く
●水俣病問題
●小島三郎国立予防衛生研究所所長の過去
●小泉親彦と宮川米次の絆
●ヒロシマからフクシマへ
●宮川正
●「想定外」 と日本の統治—ヒロシマからフクシマへ—
●ビキニ「死の灰」世界各地へ
●自衛隊とサリン
●相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場
●日本の国家機密
●兒嶋俊郎さんを偲ぶ
●昭和天皇の戦争責任を問う!!大嘗祭反対!!
天皇万歳に浮かれる無責任国家 田中利幸より
重要なことは、アメリカが、日本占領支配のために、裕仁の戦争責任を隠蔽してまでも、彼の天皇としての「権威」を政治的に利用したことである。つまり、私たちが本当に問わなければならないのは、「絶対的権力を保持していた国家元首の戦争犯罪・責任の免罪・免罪の上に制定された民主憲法が、果たしてどこまで真に民主主義的であるのか?」ということである。
●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より)
第3部 陛下の戦争
1931(昭和6)年―1945 (昭和20)年
第9章 聖戦
8月18日、天皇は参謀総長、軍令部総長を呼び鋭い指摘を行った。天皇は、戦局は「漸次拡大し上海の事態も重大となれるが青島も不穏の形勢に在る由、斯くの如くにして諸方に兵を用ふとも戦局は永引ぐのみなり。重点に兵を集め大打撃を加へ」てはどうか、と述べた。天皇はこれに続き、「我の公明なる態度を以て」行う和平は、このような大勝利を通じてのみ達成できるとした。「〔このような行動によって〕時局を収拾するの方策なきや。即ち支那をして反省せしむるの方途なきや」と、天皇は下問した。この言葉こそ、その微妙な言い回しにより天皇みずからを窮地に追い込むものであった。
●小泉親彦と昭和天皇
●近現代史を《憲法視点》から問う~「湘南社」の憲法論議~
●近代天皇制の真髄は
●福沢諭吉
●神武と戦争
憲法9条を生かそう!!
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