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●「731部隊と100部隊」の現在の課題(八王子)
●第10回『化学学校記事』情報公開裁判
●帝銀事件と登戸研究所
●第19回「衛生学校記事」情報公開裁判
●731部隊『留守名簿』(不二出版)2018年9月
●京大 軍医博士論文の検証
●731部隊『留守名簿』公開
●ある元自衛官の回想 「化学学校の黒い霧」
●第10回ビザ発給拒否・集会妨害国賠訴訟【9月21日(金)11:30~東京地裁415号室】
●731部隊と「要塞」遺跡を訪ねる
元731部隊軍医と強制不妊手術
「明治150年」史観批判ー近現代日本の戦争・植民地支配と国民統制ー山田朗、他
中国の侵略被害者の証言を聞く集い2018 11.30
●お知らせ
京大の「731部隊」論文疑惑(上) 勝間田秀樹(京都支局)
731部隊将校の学位取り消しを 人体実験疑い論文で京大に
「特殊部隊731」
秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行)
職種不明の軍属
やがて、私達は中庭に通された。
肩の金線のそばに星1つ入った軍属が、
「みんなご苦労だったなぁ」
と話しかけるように挨拶し、
「車が迎えにくるまで、飯を食いに連れて行ってやろう」
私達は思わず顔を見合わせ、ここでもないのか、と無言の言葉を交し合った。ここは、部隊連絡所なのであった。ロシア人の経営する地下食堂で、一同、カレーライスを食った。家を出てから、初めて飯らしい飯を食ったという気がした。
兄貴が軍属だという林田は、そのせいか、軍属の階級、待遇などをよく知っていて、食堂に案内した人は、判任官、つまり軍曹以上にあたることなどを私に教えた。
また、中庭に戻って来て、私達は、防寒外套、防寒靴、拳銃、軍刀を支給された。
「君たちはもう、満州第731部隊の隊員だ」
と、連絡所の主任は、私達を励ました。
皆の顔にようやく生色がよみがえって来た。寒い北満の春にふるえてきた私達は、早速その場で、靴を履き替え、暖かい外套を着て、ガラス戸に自分の姿を映して見たり、親しみそめた友人の肩をたたき合ったりした。
「元満州中川村開拓団 私の敗戦回顧録」
日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!!
●『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店より
第2章 地図から消えた神秘の大久野島
記録1 今日の大久野島
島はあまり大きいといえないが、道路は広く四方八方に通じている。道を歩けばこざっぱりした食堂が見え、整備されたテニス・コートや木製の小さい家などあり、遊びに来た人々の休息の場所なのだろう。私たちが泊まる「大久野島国民休暇村」は、なかは日本式の旅館になっているが、外側は他の豪華なホテルと同じようだ。一階は受付や接客ロビー、食堂、売店などのサービスの空間で、下まで開いたガラス窓も明るい雰囲気を作り出していた。ここに座って、一杯の濃いコーヒーを味わいながら窓外の景色に見とれていると、50年昔の恐怖と罪悪などの歴史など想像もできない。
●特集 軍拡に走る安倍政権と学術①
15年戦争中の「医学犯罪」に目を閉ざさず、繰り返さないために
1、戦争における医学者・医師たちの犯罪
西山勝夫さん(滋賀医科大学名誉教授)に聞く
にしやま・かつお=滋賀医科大学名誉教授、 15年戦争と日本の医学医療研究会事務局長、「戦争と医の倫理」の検証を進める会代表世話人、軍学共同反対連絡会共同代表
5、いまどんな議論が必要か
■世界と日本での議論の進展
―今も戦争が絶えないもとで、国際的には医学界・医療界ではどんな議論が行われているでしょうか。
人体実験に関する国際規範であるヘルシンキ宣言やその源流となったニュルンべルク綱領も、医学者・医師が軍事研究に従事すること自体については踏み込んではいませんし、世界医師会や世界の医学界・医療界において国際紛争の解決に際しての「戦争と武力による威嚇又は武力の行使」 の禁止や武器生産の禁止についてはほとんど議論されていませんでした。2005年になって、世界で最もよく知られ、評価の高い医学雑誌Lan cet(ランセット) では出版社のエルゼビアの傘下に軍需産業の会社があることが明らかにされ、「兵器と健康を売る医学雑誌の偽善」の論争が起こり、国際的な運動の結果、軍需産業から一切経済的支援を受けないことになり、「生物医学研究者に対する軍需産業との関係についての提案」もなされました。この時には、最大の人為的災害は戦争であり、最も被害を受けるのは女性と子どもであり、国際的な公衆衛生上の課題であるという趣旨のWHO(世界保健機構)の報告についても議論されました。
●『人間の価値』
―1918年から1945年までのドイツ医学
Ch.ブロス/G.アリ編
林 功三訳
■ヘルマン・フォスの日記
この、首を切られてまだ脈打っている死者という、一面では最善の研究条件は、その有利な点の反面、独特の不利な点を持っていた。
「しかし、ときどき食道からすぐに糜粥(びじゅく)を排出するため、頚動脈の血液の完璧な調査ができなくなっていた〔・・・・・〕また頚動脈の採血が行われている間に腹腔が開かれて、できるだけそっと脾臓が取り出され、脾門部に近いところにある腎静脈の付け根から出てくる血の滴りがピペットに吸引された。この採血は死後平均120秒から180秒の間に行われた。」
こういうやり方で、1943年にローバート・ヘルリンガーはそれまで未解決だった人間の脾臓血液の構造の問題に一気に解答を出した。
●イタイイタイ病を究明した男 萩野昇
●驚愕!御用医学者をさかのぼると、すぐに731部隊に行き着く
水俣病問題
●小島三郎国立予防衛生研究所所長の過去
●小泉親彦と宮川米次の絆
●ヒロシマからフクシマへ
●宮川正
●「想定外」 と日本の統治—ヒロシマからフクシマへ—
●ビキニ「死の灰」世界各地へ
●自衛隊とサリン
●相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場
●日本の国家機密
●兒嶋俊郎さんを偲ぶ
●ニュース
不適切入試、ちらつかせた実名公表 大学と文科省の攻防
「次の質問どうぞ」を河野外相が謝罪 ブログで「反省」
憲法9条を守れ!!
「空母化」ありき 現場困惑 政府、違憲否定「F35B常時は搭載せず」
「水俣病は終わらない」公式確認から60年―私たちに託されたメッセージ
松本元死刑囚らの死刑執行文書、ほぼ全て黒塗りで開示
“旧優生保護法”強制的な不妊手術 事業として推進(18/04/27)
真相を解明していないからこうなるのだろう!!
オウム13人死刑で「上川陽子法相」一生SPつきの生活
●昭和天皇の戦争責任を問う!!大嘗祭反対!!
●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より)
第3部 陛下の戦争
1931(昭和6)年―1945 (昭和20)年
第7章 満州事変
10月事件と天皇の甘い対応は、軍部を抑えようとする若槻内閣の努力を損なうものだった。当時、宮中グループは君主制や明治の政治体制全般を倒壊させかねない国内危機を防ぐことが、満州の問題よりもはるかに重要であると信じていた。なかでも10月事件は陸軍大学卒業のエリート将校による2つのグループの間で、派閥抗争を引き起こす契機となった。一方は皇道派であり、荒木貞夫、真崎甚二郎、小畑敏四郎らの将官と、彼らを支持する「青年将校」からなる。他方は、当時、皇道派が敵視していた―「皇道派ほど組織だってはいないのだが―統制派であり、永田鉄山、林銑十郎、東条英機らの将官に加えて高級将校や彼らを支持する青年将校からなっていた。両グループとも天皇のもとでの「軍事独裁」の確立と、対外侵略の促進を目的としていた。皇道派は目的達成のためにクーデタを行おうとしていた。統制派は暗殺や脅迫を退けるものではないが、政府のより合法的な改革を目指していた。
●小泉親彦と昭和天皇
●近現代史を《憲法視点》から問う~「湘南社」の憲法論議~
●近代天皇制の真髄は
●福沢諭吉
●神武と戦争
●日本国憲法第9条
1、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
憲法9条を生かそう!!
731を問う!!
2018年12月15日土曜日
細菌戦の系譜!!
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●「731部隊と100部隊」の現在の課題(八王子)
●第10回『化学学校記事』情報公開裁判
●帝銀事件と登戸研究所
●第19回「衛生学校記事」情報公開裁判
●731部隊『留守名簿』(不二出版)2018年9月
●京大 軍医博士論文の検証
●731部隊『留守名簿』公開
●ある元自衛官の回想 「化学学校の黒い霧」
●第10回ビザ発給拒否・集会妨害国賠訴訟【9月21日(金)11:30~東京地裁415号室】
●731部隊と「要塞」遺跡を訪ねる
元731部隊軍医と強制不妊手術
「明治150年」史観批判ー近現代日本の戦争・植民地支配と国民統制ー山田朗、他
中国の侵略被害者の証言を聞く集い2018 11.30
●お知らせ
京大の「731部隊」論文疑惑(上) 勝間田秀樹(京都支局)
731部隊将校の学位取り消しを 人体実験疑い論文で京大に
「特殊部隊731」
秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行)
職種不明の軍属
その夜、浅い眠りの中にあった私の口に、林田は無言のままブドウ糖のかたまりを押し込みにやって来た。びっくりする私に笑いかけている彼の、しのびやかな笑顔が、私の心をなごめた。
それ以来、2人はにわかに親しい仲となったのである。
船は2昼夜停泊して3日目の午前10時頃、突如動き出した。敵潜水艦のすきをついての航行であろう、釜山までわずか5時間で突っ切ったのだった。
行先を明かされぬまま、私達は釜山から、新京行きの急行列車に乗った。朝鮮半島を一路北上し、一旦、新京で汽車を降りた。1日、関東軍司令部、新京神社、児玉公園などを見物し、その夜再び乗車してハルピンに向かった。
朝露に包まれたハルピンの風景は、私に、はっきりと異国を思わせた。朱色のレンガの建物の上に乳色にかすむ木立が見え、静かな音楽が流れている。小鳥のさえずりも聞こえた。
駅を出てしばらく行き、吉林街の一角で私達は停止した。レンガ造りだが、日本風の屋根を持つ2階建で、ことさら戸口の小さい建物である。
「ここだろうか?」
「そうだろう」
などと、私達はささやきをかわした。ようやく目的地に着いたという安堵の表情が皆の顔に流れている。誰もが寝不足で疲れていた。
「元満州中川村開拓団 私の敗戦回顧録」
日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!!
●『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店より
第2章 地図から消えた神秘の大久野島
記録1 今日の大久野島
島に上がってまず感じたことは、なんと「静か」だということだ。都市の喧騒を遠く離れれると、海辺の砂地に生えているシュロの高い木々が、まるで並んだ衛兵のよう。広い海原を背景に、熱帯の風光を思わせた。島の中央にある展望台に登ると、紺碧の海と空が1つに解け合って、一望の彼方は果てしがない。何と広大な景色だろう。この紺碧の中に身を置いてみると、一切は生気に満ち、活力があふれて来るのを感じ、自分にも羽が生えてあの美しい世界へ飛んで行けそうな気さえなる。
●特集 軍拡に走る安倍政権と学術①
15年戦争中の「医学犯罪」に目を閉ざさず、繰り返さないために
1、戦争における医学者・医師たちの犯罪
西山勝夫さん(滋賀医科大学名誉教授)に聞く
にしやま・かつお=滋賀医科大学名誉教授、 15年戦争と日本の医学医療研究会事務局長、「戦争と医の倫理」の検証を進める会代表世話人、軍学共同反対連絡会共同代表
5、いまどんな議論が必要か
■日本ではまだ広く知られていない戦争医学犯罪
―現在、日本では、どのような議論がなされているのでしょうか。また、いま、軍事研究への大学や研究機関の動員という問題が大きな問題となっているときに、どんな議論がなされる必要があるとお思いですか。
第27回日本医学会総会出展「戦争と医学」展実行委員会が、2007年4月に国際シンポジウムを主催した際に、招いた米国の生命倫理学者は「過去の世代の不正は、それがとりわけ隠蔽された場合には、現在の世代の重荷としてそのまま残されると言えます。731部隊の場合、米国が一度日本の科学者たちとこのような取引をしたために、日本が抱えていた秘密が、我々の抱える秘密にもなってしまいました」「調査を行い、過去に何が起こったのかを誠実に、率直に、正確に報告することによって、そして過去と対峙することによって、我々は常々持ちたいと望んできた価値観を肯定するのです。最も重要なのは、そうすることによって、過去との共犯関係から若い世代を解放し、過去の不正に対する責任を負う必要をなくすことです。隠蔽や共犯の伝統を保持するよう若い世代に求めるのではなく、代わりに彼らをこの責任から完全に解放することです」と述べました。
戦争医学犯罪の検証について国際的な連携・協力をするための議論が必要だと思います。
●『人間の価値』
―1918年から1945年までのドイツ医学
Ch.ブロス/G.アリ編
林 功三訳
■ヘルマン・フォスの日記
ローバート・ヘルリンガー(1914-1968)はフォスのポーゼン時代の助手だった。1947年、ベルリンガーはイェーナの『解剖学報』に、一抹の良心も見せることなく、「8人の男の死体」におこなった「自分の調査」について書いている。男たちは、18歳から48歳までで、健康であった。彼ら「死後40秒から60秒後に採血され、開腹された。」つまり、カニューレと解剖器具を持った2人の医師がポーゼンのゲシュタポのギロチンの横に立っていたというのである。ヘルリンガーは彼の論文で、切り離された首を「手術の対象領域」と書いているが、斧がいくぶん大きな手術器具で、死刑執行吏が手術の助手だったはずである。「まず真っ赤な血の採取が、しかも脈打っている頚動脈から行われた。」採血は「ふつうのやり方で」、「カウンター付きのピペットを使って」行われた。
●イタイイタイ病を究明した男 萩野昇
●驚愕!御用医学者をさかのぼると、すぐに731部隊に行き着く
水俣病問題
●小島三郎国立予防衛生研究所所長の過去
●小泉親彦と宮川米次の絆
●ヒロシマからフクシマへ
●宮川正
●「想定外」 と日本の統治—ヒロシマからフクシマへ—
●ビキニ「死の灰」世界各地へ
●自衛隊とサリン
●相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場
●日本の国家機密
●兒嶋俊郎さんを偲ぶ
●ニュース
辺野古土砂投入 「構造的差別」変わらず
「埋め立てやめろ」「あきらめない」辺野古で1千人抗議
ゴッドマザー「孫を養子に」で安倍昭恵夫人の居場所なし
移動“貸し切りしない” 皇太子さまが検討
日韓議連会長らに文氏「司法の判決なので尊重」
憲法9条を守れ!!
「空母化」ありき 現場困惑 政府、違憲否定「F35B常時は搭載せず」
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真相を解明していないからこうなるのだろう!!
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●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より)
第3部 陛下の戦争
1931(昭和6)年―1945 (昭和20)年
第7章 満州事変
11月23日、幣原はニューヨークのAP通信に虚偽の声明を送り、事変勃発の責任のみならず、満州北部斉斉哈爾(チチハル)、哈爾濱(ハルピン)占領も責任は中国側にあるときっぱり表明した。「日本軍は鉄道周辺の単なる飾り物ではない」と彼は宣言し、「中国軍が攻撃して来た時、日本軍は彼らが当地で与えられた職務を遂行せざるを得ない、つまり、攻撃に反撃し、敵の反撃を防ぐ」と言明した。
錦州事件を乗り切ると、宮中グループの関心は国内の政治危機に向けられた。参謀本部の急進派、橋本欣五郎大佐の秘密結社桜会は1931年3月、そして10月にもう一度、政権転覆により一挙に問題を解決することを決定した。橋本の3月の計画は露見し、共謀者は逮捕された。原田男爵は3月事件のことを知り、満州の危機は「陸軍のクーデタの序幕」であり、それは「一部の軍人に、満洲で成功したから必ずまた内地でもうまく行く、との確信を固めさせた」と語った。陸軍が10月の陰謀を隠蔽しようとしていたとき、奈良、鈴木そして金谷参謀総長は事件を天皇に奏上していた。11月2日、金谷は天皇にふたたび拝謁し、「支那事情及不軍紀事件の始末を奏上」した。しかし、天皇も、軍上層部も、陰謀者を罰することを求めなかった。結局、彼らは寛大に扱われ、拘禁を解かれると、その罪はすぐに忘れられたのである。
●小泉親彦と昭和天皇
●近現代史を《憲法視点》から問う~「湘南社」の憲法論議~
●近代天皇制の真髄は
●福沢諭吉
●神武と戦争
●日本国憲法第9条
1、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
憲法9条を生かそう!!
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京大の「731部隊」論文疑惑(上) 勝間田秀樹(京都支局)
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「特殊部隊731」
秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行)
職種不明の軍属
その夜、浅い眠りの中にあった私の口に、林田は無言のままブドウ糖のかたまりを押し込みにやって来た。びっくりする私に笑いかけている彼の、しのびやかな笑顔が、私の心をなごめた。
それ以来、2人はにわかに親しい仲となったのである。
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行先を明かされぬまま、私達は釜山から、新京行きの急行列車に乗った。朝鮮半島を一路北上し、一旦、新京で汽車を降りた。1日、関東軍司令部、新京神社、児玉公園などを見物し、その夜再び乗車してハルピンに向かった。
朝露に包まれたハルピンの風景は、私に、はっきりと異国を思わせた。朱色のレンガの建物の上に乳色にかすむ木立が見え、静かな音楽が流れている。小鳥のさえずりも聞こえた。
駅を出てしばらく行き、吉林街の一角で私達は停止した。レンガ造りだが、日本風の屋根を持つ2階建で、ことさら戸口の小さい建物である。
「ここだろうか?」
「そうだろう」
などと、私達はささやきをかわした。ようやく目的地に着いたという安堵の表情が皆の顔に流れている。誰もが寝不足で疲れていた。
「元満州中川村開拓団 私の敗戦回顧録」
日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!!
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西山勝夫さん(滋賀医科大学名誉教授)に聞く
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戦争医学犯罪の検証について国際的な連携・協力をするための議論が必要だと思います。
●『人間の価値』
―1918年から1945年までのドイツ医学
Ch.ブロス/G.アリ編
林 功三訳
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ローバート・ヘルリンガー(1914-1968)はフォスのポーゼン時代の助手だった。1947年、ベルリンガーはイェーナの『解剖学報』に、一抹の良心も見せることなく、「8人の男の死体」におこなった「自分の調査」について書いている。男たちは、18歳から48歳までで、健康であった。彼ら「死後40秒から60秒後に採血され、開腹された。」つまり、カニューレと解剖器具を持った2人の医師がポーゼンのゲシュタポのギロチンの横に立っていたというのである。ヘルリンガーは彼の論文で、切り離された首を「手術の対象領域」と書いているが、斧がいくぶん大きな手術器具で、死刑執行吏が手術の助手だったはずである。「まず真っ赤な血の採取が、しかも脈打っている頚動脈から行われた。」採血は「ふつうのやり方で」、「カウンター付きのピペットを使って」行われた。
●イタイイタイ病を究明した男 萩野昇
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水俣病問題
●小島三郎国立予防衛生研究所所長の過去
●小泉親彦と宮川米次の絆
●ヒロシマからフクシマへ
●宮川正
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憲法9条を守れ!!
「空母化」ありき 現場困惑 政府、違憲否定「F35B常時は搭載せず」
「水俣病は終わらない」公式確認から60年―私たちに託されたメッセージ
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第3部 陛下の戦争
1931(昭和6)年―1945 (昭和20)年
第7章 満州事変
11月23日、幣原はニューヨークのAP通信に虚偽の声明を送り、事変勃発の責任のみならず、満州北部斉斉哈爾(チチハル)、哈爾濱(ハルピン)占領も責任は中国側にあるときっぱり表明した。「日本軍は鉄道周辺の単なる飾り物ではない」と彼は宣言し、「中国軍が攻撃して来た時、日本軍は彼らが当地で与えられた職務を遂行せざるを得ない、つまり、攻撃に反撃し、敵の反撃を防ぐ」と言明した。
錦州事件を乗り切ると、宮中グループの関心は国内の政治危機に向けられた。参謀本部の急進派、橋本欣五郎大佐の秘密結社桜会は1931年3月、そして10月にもう一度、政権転覆により一挙に問題を解決することを決定した。橋本の3月の計画は露見し、共謀者は逮捕された。原田男爵は3月事件のことを知り、満州の危機は「陸軍のクーデタの序幕」であり、それは「一部の軍人に、満洲で成功したから必ずまた内地でもうまく行く、との確信を固めさせた」と語った。陸軍が10月の陰謀を隠蔽しようとしていたとき、奈良、鈴木そして金谷参謀総長は事件を天皇に奏上していた。11月2日、金谷は天皇にふたたび拝謁し、「支那事情及不軍紀事件の始末を奏上」した。しかし、天皇も、軍上層部も、陰謀者を罰することを求めなかった。結局、彼らは寛大に扱われ、拘禁を解かれると、その罪はすぐに忘れられたのである。
●小泉親彦と昭和天皇
●近現代史を《憲法視点》から問う~「湘南社」の憲法論議~
●近代天皇制の真髄は
●福沢諭吉
●神武と戦争
●日本国憲法第9条
1、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
憲法9条を生かそう!!
2018年12月14日金曜日
細菌戦の系譜!!
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●京大 軍医博士論文の検証
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●第10回ビザ発給拒否・集会妨害国賠訴訟【9月21日(金)11:30~東京地裁415号室】
●731部隊と「要塞」遺跡を訪ねる
元731部隊軍医と強制不妊手術
「明治150年」史観批判ー近現代日本の戦争・植民地支配と国民統制ー山田朗、他
中国の侵略被害者の証言を聞く集い2018 11.30
●お知らせ
京大の「731部隊」論文疑惑(上) 勝間田秀樹(京都支局)
731部隊将校の学位取り消しを 人体実験疑い論文で京大に
「特殊部隊731」
秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行)
職種不明の軍属
窓を開けることも、甲板に出ることも禁じられ、夜をむかえ、朝になった。退屈と不安、それに空腹が私達をおそった。湯呑み茶碗ほど小さい碗(わん)に1杯きりの飯と塩辛い昆布の佃煮だけでは、寝ていても、ひもじかった。私は、母がしのばしてくれた、生の餅を雑嚢から取り出した。が、1人で食うわけにもいかず、来住野(くすの)をはじめ、まわりの同僚に分けてやった。
すると、そのとき、
「オレにも1つくれ!腹がへってたまらんのだ」
と、遠くから見ていた林田というのが、近づいて来た。その言い方が、いかにも素直で、いささかの卑屈さもない。どちらかと言えば内攻的な私は、彼のかく意なく物を言う性格にひかれた。
夕方、私が便所へ立ったとき、林田が這うようについて来た。
「あの餅、ほんに、うまかった」とそう言ってから、彼は
「甘いもの、好きな?」
と、人目をはばかる気配で、私に尋ねた。
「うん、好きだよ」
林田のかわった言葉に、ちょっと戸惑いながら、私は答えた。
「暗うなったらなあ・・・・」
と、林田はそれっきり私のそばを離れた。
「元満州中川村開拓団 私の敗戦回顧録」
日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!!
●『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店より
第2章 地図から消えた神秘の大久野島
記録1 今日の大久野島
車は大久野島の対岸の埠頭ー忠海に着いた。これはさして大きくない港で、小さい切符売り場があり、側の鉄道線路を汽笛を鳴らして汽車が通り過ぎた。この季節に島に行く人はあまり多くないだろう。だから、船の往復は1時間に1回だそうだが、船内の乗客は私達会議に参加する学者の他にはほとんどいなかった。汽船の速度はとても速い。船がかきわける海水が客室の広いガラス窓に砕け、10何分かで私達を大久野島に送ってくれた。
●特集 軍拡に走る安倍政権と学術①
15年戦争中の「医学犯罪」に目を閉ざさず、繰り返さないために
1、戦争における医学者・医師たちの犯罪
西山勝夫さん(滋賀医科大学名誉教授)に聞く
にしやま・かつお=滋賀医科大学名誉教授、 15年戦争と日本の医学医療研究会事務局長、「戦争と医の倫理」の検証を進める会代表世話人、軍学共同反対連絡会共同代表
5、いまどんな議論が必要か
■日本ではまだ広く知られていない戦争医学犯罪
―現在、日本では、どのような議論がなされているのでしょうか。また、いま、軍事研究への大学や研究機関の動員という問題が大きな問題となっているときに、どんな議論がなされる必要があるとお思いですか。
「戦争と医の倫理」の検証を進める会が2012年に京都大学で主催した国際シンポジウムに参加したドイツの精神科医は「ドイツでは過去との関わりをできるだけ回避しようとする動きがずっと以前から一般的で、ニュルンべルク裁判は要するに勝者の恣意による判決だ、という乱暴な考えさえ多くの所で出ている」「ニュルンべルクは扉を開けた。しかし、研究の倫理への道、医学の社会的責任への道はまだ遠く、なすべきことはまだ多い」などと書いています。
●『人間の価値』
―1918年から1945年までのドイツ医学
Ch.ブロス/G.アリ編
林 功三訳
■ヘルマン・フォスの日記
ヘルマン・フォス(1894-1987)は1941年にポーゼン「帝国大学」医学部の初代学部長に任命された。それまで彼はライプツィヒ大学の私講師であった。戦後彼はハレ大学の客員教授になり、1952年から1962年まではイェーナ大学の正教授であった。さらに、
彼は定年後もグライフスヴァルトで研究を続けた。晩年の数年間を彼はハンブルグで過した。
迫り来る赤軍の前に逃走した彼は、自分の日記と解剖研究所の日誌を置き忘れた。日記は、当時の平均的なドイツ大学人の文化的蒙昧、不安に駆られたシニシズムの正体を示している。書かれている個々の点をみれば好感のもてる男であるが、家族を離れ、不満を抱き、不安になり、慣れた生活から外れるようになると、たちまちその道徳のコルセットをすべて失ってしまう。彼の書いているものを見ると、ユダヤ人、ポーランド人、共産主義者を絶滅しなければならないという妄想が次第に強くなっているのがわかる。ヘルマン・フォスは、『解剖指針』の出版と“acta histochemia”の創立によって、学者として有名になった。全ての医学生は教科書『フォス/ヘルリンガー』によって彼の影響を受けている。
●イタイイタイ病を究明した男 萩野昇
●驚愕!御用医学者をさかのぼると、すぐに731部隊に行き着く
水俣病問題
●小島三郎国立予防衛生研究所所長の過去
●小泉親彦と宮川米次の絆
●ヒロシマからフクシマへ
●宮川正
●「想定外」 と日本の統治—ヒロシマからフクシマへ—
●ビキニ「死の灰」世界各地へ
●自衛隊とサリン
●相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場
●日本の国家機密
●兒嶋俊郎さんを偲ぶ
●ニュース
辺野古きょう土砂投入 政府、中止要請応じず 知事「県民、大きな憤り」
妊婦加算、患者負担ゼロへ 批判高まり、厚労省が見直し
ゴーン容疑者の解任見送り
科研費が100億円増
日大と東京医科大の志望者が激減 不祥事でイメージ低下
憲法9条を守れ!!
「空母化」ありき 現場困惑 政府、違憲否定「F35B常時は搭載せず」
「水俣病は終わらない」公式確認から60年―私たちに託されたメッセージ
松本元死刑囚らの死刑執行文書、ほぼ全て黒塗りで開示
“旧優生保護法”強制的な不妊手術 事業として推進(18/04/27)
真相を解明していないからこうなるのだろう!!
オウム13人死刑で「上川陽子法相」一生SPつきの生活
●昭和天皇の戦争責任を問う!!大嘗祭反対!!
●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より)
第3部 陛下の戦争
1931(昭和6)年―1945 (昭和20)年
第7章 満州事変
東京の軍上層部は、政党内閣に対する関東軍の強い不信と北部満州と内蒙古を支配下に置くという強硬な決定に直面すると、部下の要求に屈し、北満州への侵攻を抑制する従来の方針を撤回した。天皇が熊本での大演習を閲兵している間に、関東軍は満州北部の主要部に侵攻していた。1週間の進攻作戦ののち、主力は列車で南進し、満鉄の沿線から遠く離れ、11万5000人の中国軍部隊が駐留する錦州へと移動した。
その時点で、天皇はわずかな機会ではあったが、金谷参謀総長、南陸軍大臣を通じ現地軍が錦州に総攻撃をかけるのを止めさせるために決意ある行動をとった。しかしながら、東京の参謀本部が満州三省に「独立した」中国の政権を設立し、将来のソ連侵攻に備え日本軍を満州北部に配置できるようにしたいという関東軍の考えを承認したとき、天皇も、宮中グループも何ら異を唱えることはなかった。
●小泉親彦と昭和天皇
●近現代史を《憲法視点》から問う~「湘南社」の憲法論議~
●近代天皇制の真髄は
●福沢諭吉
●神武と戦争
●日本国憲法第9条
1、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
憲法9条を生かそう!!
●「731部隊と100部隊」の現在の課題(八王子)
●第10回『化学学校記事』情報公開裁判
●帝銀事件と登戸研究所
●第19回「衛生学校記事」情報公開裁判
●731部隊『留守名簿』(不二出版)2018年9月
●京大 軍医博士論文の検証
●731部隊『留守名簿』公開
●ある元自衛官の回想 「化学学校の黒い霧」
●第10回ビザ発給拒否・集会妨害国賠訴訟【9月21日(金)11:30~東京地裁415号室】
●731部隊と「要塞」遺跡を訪ねる
元731部隊軍医と強制不妊手術
「明治150年」史観批判ー近現代日本の戦争・植民地支配と国民統制ー山田朗、他
中国の侵略被害者の証言を聞く集い2018 11.30
●お知らせ
京大の「731部隊」論文疑惑(上) 勝間田秀樹(京都支局)
731部隊将校の学位取り消しを 人体実験疑い論文で京大に
「特殊部隊731」
秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行)
職種不明の軍属
窓を開けることも、甲板に出ることも禁じられ、夜をむかえ、朝になった。退屈と不安、それに空腹が私達をおそった。湯呑み茶碗ほど小さい碗(わん)に1杯きりの飯と塩辛い昆布の佃煮だけでは、寝ていても、ひもじかった。私は、母がしのばしてくれた、生の餅を雑嚢から取り出した。が、1人で食うわけにもいかず、来住野(くすの)をはじめ、まわりの同僚に分けてやった。
すると、そのとき、
「オレにも1つくれ!腹がへってたまらんのだ」
と、遠くから見ていた林田というのが、近づいて来た。その言い方が、いかにも素直で、いささかの卑屈さもない。どちらかと言えば内攻的な私は、彼のかく意なく物を言う性格にひかれた。
夕方、私が便所へ立ったとき、林田が這うようについて来た。
「あの餅、ほんに、うまかった」とそう言ってから、彼は
「甘いもの、好きな?」
と、人目をはばかる気配で、私に尋ねた。
「うん、好きだよ」
林田のかわった言葉に、ちょっと戸惑いながら、私は答えた。
「暗うなったらなあ・・・・」
と、林田はそれっきり私のそばを離れた。
「元満州中川村開拓団 私の敗戦回顧録」
日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!!
●『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店より
第2章 地図から消えた神秘の大久野島
記録1 今日の大久野島
車は大久野島の対岸の埠頭ー忠海に着いた。これはさして大きくない港で、小さい切符売り場があり、側の鉄道線路を汽笛を鳴らして汽車が通り過ぎた。この季節に島に行く人はあまり多くないだろう。だから、船の往復は1時間に1回だそうだが、船内の乗客は私達会議に参加する学者の他にはほとんどいなかった。汽船の速度はとても速い。船がかきわける海水が客室の広いガラス窓に砕け、10何分かで私達を大久野島に送ってくれた。
●特集 軍拡に走る安倍政権と学術①
15年戦争中の「医学犯罪」に目を閉ざさず、繰り返さないために
1、戦争における医学者・医師たちの犯罪
西山勝夫さん(滋賀医科大学名誉教授)に聞く
にしやま・かつお=滋賀医科大学名誉教授、 15年戦争と日本の医学医療研究会事務局長、「戦争と医の倫理」の検証を進める会代表世話人、軍学共同反対連絡会共同代表
5、いまどんな議論が必要か
■日本ではまだ広く知られていない戦争医学犯罪
―現在、日本では、どのような議論がなされているのでしょうか。また、いま、軍事研究への大学や研究機関の動員という問題が大きな問題となっているときに、どんな議論がなされる必要があるとお思いですか。
「戦争と医の倫理」の検証を進める会が2012年に京都大学で主催した国際シンポジウムに参加したドイツの精神科医は「ドイツでは過去との関わりをできるだけ回避しようとする動きがずっと以前から一般的で、ニュルンべルク裁判は要するに勝者の恣意による判決だ、という乱暴な考えさえ多くの所で出ている」「ニュルンべルクは扉を開けた。しかし、研究の倫理への道、医学の社会的責任への道はまだ遠く、なすべきことはまだ多い」などと書いています。
●『人間の価値』
―1918年から1945年までのドイツ医学
Ch.ブロス/G.アリ編
林 功三訳
■ヘルマン・フォスの日記
ヘルマン・フォス(1894-1987)は1941年にポーゼン「帝国大学」医学部の初代学部長に任命された。それまで彼はライプツィヒ大学の私講師であった。戦後彼はハレ大学の客員教授になり、1952年から1962年まではイェーナ大学の正教授であった。さらに、
彼は定年後もグライフスヴァルトで研究を続けた。晩年の数年間を彼はハンブルグで過した。
迫り来る赤軍の前に逃走した彼は、自分の日記と解剖研究所の日誌を置き忘れた。日記は、当時の平均的なドイツ大学人の文化的蒙昧、不安に駆られたシニシズムの正体を示している。書かれている個々の点をみれば好感のもてる男であるが、家族を離れ、不満を抱き、不安になり、慣れた生活から外れるようになると、たちまちその道徳のコルセットをすべて失ってしまう。彼の書いているものを見ると、ユダヤ人、ポーランド人、共産主義者を絶滅しなければならないという妄想が次第に強くなっているのがわかる。ヘルマン・フォスは、『解剖指針』の出版と“acta histochemia”の創立によって、学者として有名になった。全ての医学生は教科書『フォス/ヘルリンガー』によって彼の影響を受けている。
●イタイイタイ病を究明した男 萩野昇
●驚愕!御用医学者をさかのぼると、すぐに731部隊に行き着く
水俣病問題
●小島三郎国立予防衛生研究所所長の過去
●小泉親彦と宮川米次の絆
●ヒロシマからフクシマへ
●宮川正
●「想定外」 と日本の統治—ヒロシマからフクシマへ—
●ビキニ「死の灰」世界各地へ
●自衛隊とサリン
●相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場
●日本の国家機密
●兒嶋俊郎さんを偲ぶ
●ニュース
辺野古きょう土砂投入 政府、中止要請応じず 知事「県民、大きな憤り」
妊婦加算、患者負担ゼロへ 批判高まり、厚労省が見直し
ゴーン容疑者の解任見送り
科研費が100億円増
日大と東京医科大の志望者が激減 不祥事でイメージ低下
憲法9条を守れ!!
「空母化」ありき 現場困惑 政府、違憲否定「F35B常時は搭載せず」
「水俣病は終わらない」公式確認から60年―私たちに託されたメッセージ
松本元死刑囚らの死刑執行文書、ほぼ全て黒塗りで開示
“旧優生保護法”強制的な不妊手術 事業として推進(18/04/27)
真相を解明していないからこうなるのだろう!!
オウム13人死刑で「上川陽子法相」一生SPつきの生活
●昭和天皇の戦争責任を問う!!大嘗祭反対!!
●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より)
第3部 陛下の戦争
1931(昭和6)年―1945 (昭和20)年
第7章 満州事変
東京の軍上層部は、政党内閣に対する関東軍の強い不信と北部満州と内蒙古を支配下に置くという強硬な決定に直面すると、部下の要求に屈し、北満州への侵攻を抑制する従来の方針を撤回した。天皇が熊本での大演習を閲兵している間に、関東軍は満州北部の主要部に侵攻していた。1週間の進攻作戦ののち、主力は列車で南進し、満鉄の沿線から遠く離れ、11万5000人の中国軍部隊が駐留する錦州へと移動した。
その時点で、天皇はわずかな機会ではあったが、金谷参謀総長、南陸軍大臣を通じ現地軍が錦州に総攻撃をかけるのを止めさせるために決意ある行動をとった。しかしながら、東京の参謀本部が満州三省に「独立した」中国の政権を設立し、将来のソ連侵攻に備え日本軍を満州北部に配置できるようにしたいという関東軍の考えを承認したとき、天皇も、宮中グループも何ら異を唱えることはなかった。
●小泉親彦と昭和天皇
●近現代史を《憲法視点》から問う~「湘南社」の憲法論議~
●近代天皇制の真髄は
●福沢諭吉
●神武と戦争
●日本国憲法第9条
1、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
憲法9条を生かそう!!
2018年12月13日木曜日
細菌戦の系譜!!
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元731部隊軍医と強制不妊手術
「明治150年」史観批判ー近現代日本の戦争・植民地支配と国民統制ー山田朗、他
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●お知らせ
京大の「731部隊」論文疑惑(上) 勝間田秀樹(京都支局)
731部隊将校の学位取り消しを 人体実験疑い論文で京大に
「特殊部隊731」
秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行)
職種不明の軍属
そのとき、折悪しく空襲に見舞われ、一時は出発が危ぶまれたのだったが、特命の軍属であるからというので、予科練終生たちを運ぶ列車に便乗して、下関に着き、九州や四国、中国、関東、関西の人たちと合流した。
ところが、朝鮮海峡の制空制海権は敵の手に奪われていたので、丸2日待っても連絡船が来ないのである。私達30人ばかりの少年たちは、仲野雇員と、関東地方の募集係である大角雇員の指揮で、漁船をやとって博多へ移動した。
その頃から、私達の気分は沈みがちになっていた。自分たちの行動には、何か隠密めいたものがつきまとっていることを、誰もが感知し始めていた。むつましく語り合うことすら避けなければならないような気持ちから、同じ運命に釘付けられているにも関わらず、まだ誰とも親しみがわかなかった。
北九州は、ちょうど、桜が満開であった。しかし、博多の海岸には、船を待つ人々がごった返していて、花などに気をとられている余裕はなかった。
ようやく沖合いに、2隻の白い船が現われた。3月31日の朝である。博多は埠頭がなかったので、私達はハシケに分乗して船までいたり、救命具のつけ方を教えられた。だが、船は一向に出帆する様子はなく、またしても不自由な船の中で待たされることとなった。
「元満州中川村開拓団 私の敗戦回顧録」
日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!!
●『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店より
第2章 地図から消えた神秘の大久野島
記録1 今日の大久野島
山を通り抜け、車は瀬戸内の海辺にやってきた。明るい海は平静そのまま、港に停泊している大小様々な船、船、遠く近く浮かぶ島々がはっきりと見える。以前私は瀬戸内海は海水汚染が進んでると聞いていた。沿岸の漁民は海の資源が日増しにすくなくなったことで、悩んでいたというが、今はどうなのだろうか?同行の日本の友人は、「もう汚染処理を行ない、現在漁業はとても順調だ」と、説明した。この時、運転手が遠くに見える高い山が大久野島だと教えてくれた。私はその山の上に高い鉄塔を認めた。
●特集 軍拡に走る安倍政権と学術①
15年戦争中の「医学犯罪」に目を閉ざさず、繰り返さないために
1、戦争における医学者・医師たちの犯罪
西山勝夫さん(滋賀医科大学名誉教授)に聞く
にしやま・かつお=滋賀医科大学名誉教授、 15年戦争と日本の医学医療研究会事務局長、「戦争と医の倫理」の検証を進める会代表世話人、軍学共同反対連絡会共同代表
5、いまどんな議論が必要か
■日本ではまだ広く知られていない戦争医学犯罪
―現在、日本では、どのような議論がなされているのでしょうか。また、いま、軍事研究への大学や研究機関の動員という問題が大きな問題となっているときに、どんな議論がなされる必要があるとお思いですか。
しかし、ナチス・ドイツの戦争医学犯罪を踏まえて、世界医師会はジュネーブ宣言や医の国際倫理綱領で「医師は、常に何ものにも左右されることなくその専門職としての判断を行い、専門職としての行為の最高の水準を維持しなければならない」などの条項を採択し、「患者の人権擁護」のためには患者、医師、医師会、それぞれの自律が必要だとしてきました。このような国際的に普遍的な考え方にたつならば、国政の如何などとは関係なく、日本の医学界・医療界が自省の議論を尽くす必要があります。
●『人間の価値』
―1918年から1945年までのドイツ医学
Ch.ブロス/G.アリ編
林 功三訳
■ある大学講師のおこなった人体実験
ベルニングが飢餓実験をした捕虜の写真
ベルニングの書物『栄養障害』(ティーメ社刊 1949年)にはオリジナルの署名入りで、「造影された大腸。造影剤は3リットルを要した。大腸の内径は大きい。とりわけ下降する部分、シグマ形の部位で弛緩が目立っている」と書かれている。
●イタイイタイ病を究明した男 萩野昇
●驚愕!御用医学者をさかのぼると、すぐに731部隊に行き着く
水俣病問題
●小島三郎国立予防衛生研究所所長の過去
●小泉親彦と宮川米次の絆
●ヒロシマからフクシマへ
●宮川正
●「想定外」 と日本の統治—ヒロシマからフクシマへ—
●ビキニ「死の灰」世界各地へ
●自衛隊とサリン
●相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場
●日本の国家機密
●兒嶋俊郎さんを偲ぶ
●ニュース
トランプ氏元側近に禁錮3年、米連邦地裁が判決
NHKで森友事件を取材していた記者 上層部の意向で報道が縮小した経緯明かす
旧優生保護法「出産できる体に戻して」知的障害者女性が訴え
靖国神社でぼや 中国籍の男女を建造物侵入容疑で逮捕 「南京事件」に抗議 警視庁
日大医学部、卒業生の子を優遇 「入学意識が高い」
憲法9条を守れ!!
「空母化」ありき 現場困惑 政府、違憲否定「F35B常時は搭載せず」
「水俣病は終わらない」公式確認から60年―私たちに託されたメッセージ
松本元死刑囚らの死刑執行文書、ほぼ全て黒塗りで開示
“旧優生保護法”強制的な不妊手術 事業として推進(18/04/27)
真相を解明していないからこうなるのだろう!!
オウム13人死刑で「上川陽子法相」一生SPつきの生活
●昭和天皇の戦争責任を問う!!大嘗祭反対!!
●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より)
第3部 陛下の戦争
1931(昭和6)年―1945 (昭和20)年
第7章 満州事変
この政策の転換は 東京の参謀本部がソ連軍との衝突を恐れ軍の北部満州への侵攻を抑えようとしていたときに行われた。11月5日、昭和天皇は金谷参謀総長に特別に委任命令権を与え、〔本来、天皇に直隷する〕関東軍の作戦と用兵に関する「細小事項」を金谷が決裁することを許可した。関東軍が鉄道により北部満州を移動する間の3週間、金谷は現地部隊の行動を監督するためさまざまな機会にこの特別な権限を5回、行使した〔「臨参委命」という形式での参謀総長命令のこと〕。
他方、アメリカのスティムソン国務長官の勧告を受けて、連盟理事会は日中双方に対しケロッグ=ブリアン協定〔不戦条約〕を発動した。そして、日本代表団の異議に対して連盟理事会は、11月16日を期限として占領地からの部隊の撤退を日本に求める道義的決議を可決した。海外では日本の侵略に対する批判が高まったが、新聞、ラジオ、興行界、帝国在郷軍人会に先導され、日本の世論は関東軍を支持し、中国と西洋を非難していた。南満州鉄道株式会社総裁内田康哉が、関東軍と呼応して満州で中国の新体制確立を呼びかけようと東京を訪れると、群衆は彼を熱狂的に迎えたのであった。
●小泉親彦と昭和天皇
●近現代史を《憲法視点》から問う~「湘南社」の憲法論議~
●近代天皇制の真髄は
●福沢諭吉
●神武と戦争
●日本国憲法第9条
1、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
憲法9条を生かそう!!
●「731部隊と100部隊」の現在の課題(八王子)
●第10回『化学学校記事』情報公開裁判
●帝銀事件と登戸研究所
●第19回「衛生学校記事」情報公開裁判
●シンガポールで、731部隊は何をやっていたのか?
●731部隊『留守名簿』(不二出版)2018年9月
●京大 軍医博士論文の検証
●731部隊『留守名簿』公開
●ある元自衛官の回想 「化学学校の黒い霧」
●第10回ビザ発給拒否・集会妨害国賠訴訟【9月21日(金)11:30~東京地裁415号室】
●731部隊と「要塞」遺跡を訪ねる
元731部隊軍医と強制不妊手術
「明治150年」史観批判ー近現代日本の戦争・植民地支配と国民統制ー山田朗、他
中国の侵略被害者の証言を聞く集い2018 11.30
●お知らせ
京大の「731部隊」論文疑惑(上) 勝間田秀樹(京都支局)
731部隊将校の学位取り消しを 人体実験疑い論文で京大に
「特殊部隊731」
秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行)
職種不明の軍属
そのとき、折悪しく空襲に見舞われ、一時は出発が危ぶまれたのだったが、特命の軍属であるからというので、予科練終生たちを運ぶ列車に便乗して、下関に着き、九州や四国、中国、関東、関西の人たちと合流した。
ところが、朝鮮海峡の制空制海権は敵の手に奪われていたので、丸2日待っても連絡船が来ないのである。私達30人ばかりの少年たちは、仲野雇員と、関東地方の募集係である大角雇員の指揮で、漁船をやとって博多へ移動した。
その頃から、私達の気分は沈みがちになっていた。自分たちの行動には、何か隠密めいたものがつきまとっていることを、誰もが感知し始めていた。むつましく語り合うことすら避けなければならないような気持ちから、同じ運命に釘付けられているにも関わらず、まだ誰とも親しみがわかなかった。
北九州は、ちょうど、桜が満開であった。しかし、博多の海岸には、船を待つ人々がごった返していて、花などに気をとられている余裕はなかった。
ようやく沖合いに、2隻の白い船が現われた。3月31日の朝である。博多は埠頭がなかったので、私達はハシケに分乗して船までいたり、救命具のつけ方を教えられた。だが、船は一向に出帆する様子はなく、またしても不自由な船の中で待たされることとなった。
「元満州中川村開拓団 私の敗戦回顧録」
日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!!
●『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店より
第2章 地図から消えた神秘の大久野島
記録1 今日の大久野島
山を通り抜け、車は瀬戸内の海辺にやってきた。明るい海は平静そのまま、港に停泊している大小様々な船、船、遠く近く浮かぶ島々がはっきりと見える。以前私は瀬戸内海は海水汚染が進んでると聞いていた。沿岸の漁民は海の資源が日増しにすくなくなったことで、悩んでいたというが、今はどうなのだろうか?同行の日本の友人は、「もう汚染処理を行ない、現在漁業はとても順調だ」と、説明した。この時、運転手が遠くに見える高い山が大久野島だと教えてくれた。私はその山の上に高い鉄塔を認めた。
●特集 軍拡に走る安倍政権と学術①
15年戦争中の「医学犯罪」に目を閉ざさず、繰り返さないために
1、戦争における医学者・医師たちの犯罪
西山勝夫さん(滋賀医科大学名誉教授)に聞く
にしやま・かつお=滋賀医科大学名誉教授、 15年戦争と日本の医学医療研究会事務局長、「戦争と医の倫理」の検証を進める会代表世話人、軍学共同反対連絡会共同代表
5、いまどんな議論が必要か
■日本ではまだ広く知られていない戦争医学犯罪
―現在、日本では、どのような議論がなされているのでしょうか。また、いま、軍事研究への大学や研究機関の動員という問題が大きな問題となっているときに、どんな議論がなされる必要があるとお思いですか。
しかし、ナチス・ドイツの戦争医学犯罪を踏まえて、世界医師会はジュネーブ宣言や医の国際倫理綱領で「医師は、常に何ものにも左右されることなくその専門職としての判断を行い、専門職としての行為の最高の水準を維持しなければならない」などの条項を採択し、「患者の人権擁護」のためには患者、医師、医師会、それぞれの自律が必要だとしてきました。このような国際的に普遍的な考え方にたつならば、国政の如何などとは関係なく、日本の医学界・医療界が自省の議論を尽くす必要があります。
●『人間の価値』
―1918年から1945年までのドイツ医学
Ch.ブロス/G.アリ編
林 功三訳
■ある大学講師のおこなった人体実験
ベルニングが飢餓実験をした捕虜の写真
ベルニングの書物『栄養障害』(ティーメ社刊 1949年)にはオリジナルの署名入りで、「造影された大腸。造影剤は3リットルを要した。大腸の内径は大きい。とりわけ下降する部分、シグマ形の部位で弛緩が目立っている」と書かれている。
●イタイイタイ病を究明した男 萩野昇
●驚愕!御用医学者をさかのぼると、すぐに731部隊に行き着く
水俣病問題
●小島三郎国立予防衛生研究所所長の過去
●小泉親彦と宮川米次の絆
●ヒロシマからフクシマへ
●宮川正
●「想定外」 と日本の統治—ヒロシマからフクシマへ—
●ビキニ「死の灰」世界各地へ
●自衛隊とサリン
●相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場
●日本の国家機密
●兒嶋俊郎さんを偲ぶ
●ニュース
トランプ氏元側近に禁錮3年、米連邦地裁が判決
NHKで森友事件を取材していた記者 上層部の意向で報道が縮小した経緯明かす
旧優生保護法「出産できる体に戻して」知的障害者女性が訴え
靖国神社でぼや 中国籍の男女を建造物侵入容疑で逮捕 「南京事件」に抗議 警視庁
日大医学部、卒業生の子を優遇 「入学意識が高い」
憲法9条を守れ!!
「空母化」ありき 現場困惑 政府、違憲否定「F35B常時は搭載せず」
「水俣病は終わらない」公式確認から60年―私たちに託されたメッセージ
松本元死刑囚らの死刑執行文書、ほぼ全て黒塗りで開示
“旧優生保護法”強制的な不妊手術 事業として推進(18/04/27)
真相を解明していないからこうなるのだろう!!
オウム13人死刑で「上川陽子法相」一生SPつきの生活
●昭和天皇の戦争責任を問う!!大嘗祭反対!!
●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より)
第3部 陛下の戦争
1931(昭和6)年―1945 (昭和20)年
第7章 満州事変
この政策の転換は 東京の参謀本部がソ連軍との衝突を恐れ軍の北部満州への侵攻を抑えようとしていたときに行われた。11月5日、昭和天皇は金谷参謀総長に特別に委任命令権を与え、〔本来、天皇に直隷する〕関東軍の作戦と用兵に関する「細小事項」を金谷が決裁することを許可した。関東軍が鉄道により北部満州を移動する間の3週間、金谷は現地部隊の行動を監督するためさまざまな機会にこの特別な権限を5回、行使した〔「臨参委命」という形式での参謀総長命令のこと〕。
他方、アメリカのスティムソン国務長官の勧告を受けて、連盟理事会は日中双方に対しケロッグ=ブリアン協定〔不戦条約〕を発動した。そして、日本代表団の異議に対して連盟理事会は、11月16日を期限として占領地からの部隊の撤退を日本に求める道義的決議を可決した。海外では日本の侵略に対する批判が高まったが、新聞、ラジオ、興行界、帝国在郷軍人会に先導され、日本の世論は関東軍を支持し、中国と西洋を非難していた。南満州鉄道株式会社総裁内田康哉が、関東軍と呼応して満州で中国の新体制確立を呼びかけようと東京を訪れると、群衆は彼を熱狂的に迎えたのであった。
●小泉親彦と昭和天皇
●近現代史を《憲法視点》から問う~「湘南社」の憲法論議~
●近代天皇制の真髄は
●福沢諭吉
●神武と戦争
●日本国憲法第9条
1、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
憲法9条を生かそう!!
2018年12月12日水曜日
細菌戦の系譜!!
ブログ王ランキングに参加中!
●「731部隊と100部隊」の現在の課題(八王子)
●第10回『化学学校記事』情報公開裁判
●帝銀事件と登戸研究所
●第19回「衛生学校記事」情報公開裁判
●シンガポールで、731部隊は何をやっていたのか?
●731部隊『留守名簿』(不二出版)2018年9月
●京大 軍医博士論文の検証
●731部隊『留守名簿』公開
●ある元自衛官の回想 「化学学校の黒い霧」
●第10回ビザ発給拒否・集会妨害国賠訴訟【9月21日(金)11:30~東京地裁415号室】
●731部隊と「要塞」遺跡を訪ねる
元731部隊軍医と強制不妊手術
「明治150年」史観批判ー近現代日本の戦争・植民地支配と国民統制ー山田朗、他
中国の侵略被害者の証言を聞く集い2018 11.30
●お知らせ
京大の「731部隊」論文疑惑(上) 勝間田秀樹(京都支局)
731部隊将校の学位取り消しを 人体実験疑い論文で京大に
「特殊部隊731」
秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行)
職種不明の軍属
「なあに、うちのも同じこってす。じき、仲良しになりますよ。同年兵なんだからね」
父は“同年兵”という言葉を得意げに用いて笑いながら応じていた。
「主人が早く亡くなったものですから、一番末のこの子を中学へ上げるのには、ほんとに苦労しました。・・・・ですけど、先生があまりすすめてくださるもので、ご時勢には逆らえないと思いましてねえ」
来住野(くすの)の母は、すでに、こびんのあたりに白いものが見えはじめていた。
私たち3人は、身の上を語る老母を、ある好奇の眼で観察した。来住野はそれをさとって少年らしい羞恥を覚えたのだろう。
「余計なこと、言うなよ」
と、声をころして、母をたしなめていた。
やがて、私達だけになったとき、
「君たちは今日から軍属なのだ。心を入れ替えてしっかりやるんだぞ」
この前とは打って変わった口調で、仲野雇員は私達に言った。
そこから米原に出ると、中部諸県の一行が8人、高山という雇員と一緒にプラットホームで待っていた。
「元満州中川村開拓団 私の敗戦回顧録」
日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!!
●『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店より
第2章 地図から消えた神秘の大久野島
記録1 今日の大久野島
12月初めの広島は、至るところにまだ生気の漲る陽気だ。車は山々の間を走り抜き、目の届く限り繁茂した樹林が続く、緑濃い木々の葉が依然として旺盛な生命力を誇っているが、遠くに見える山の頂きが深緑色のなかにやや黄や赤に変わっているのが見えるが、それはまた、深緑の地の絨毯に一輪の花を刺繍したようだ。ホッ!農家の柿の木が車の脇を通り過ぎた、星空を思わせる火のように赤い柿の実がなんと愛らしい。何日か前に純白一色の雪のハルビンを出発して来た私にとって、眼前に広がる景色には少なからず興奮を禁じない。
●特集 軍拡に走る安倍政権と学術①
15年戦争中の「医学犯罪」に目を閉ざさず、繰り返さないために
1、戦争における医学者・医師たちの犯罪
西山勝夫さん(滋賀医科大学名誉教授)に聞く
にしやま・かつお=滋賀医科大学名誉教授、 15年戦争と日本の医学医療研究会事務局長、「戦争と医の倫理」の検証を進める会代表世話人、軍学共同反対連絡会共同代表
5、いまどんな議論が必要か
■日本ではまだ広く知られていない戦争医学犯罪
―現在、日本では、どのような議論がなされているのでしょうか。また、いま、軍事研究への大学や研究機関の動員という問題が大きな問題となっているときに、どんな議論がなされる必要があるとお思いですか。
日本の医学者・医師の先の戦争における医学犯罪があまりにも知られていないことがまずあげられるでしょう。
ナチス・ドイツの戦争医学犯罪のように国内外で、あるいは医学界・医療界で議論が広く活発に行われているかというと、残念ながらそうではありません。
私たちは、その都度論点整理をしながら、問題提起をし、それなりの前進があったと思いますが、国の内外あるいは医学界・医療界で世論を動かすほどにはいたっていないように思います。
国際的には、前述したように、米国政府が、極秘の取引により共犯者となり、隠蔽してきた歴史があります。ナチス・ドイツの戦争医学犯罪の検証が進められているドイツでも日本の戦争犯罪・人道に反する罪についてはほとんど議論にはなっていません。
日本の医学界・医療界が60年以上隠蔽し、今もって自省の動きが見られないというのは国内外の世論、議論の程度や国が戦争責任を果たしていないことを反映しているともいえます。
●『人間の価値』
―1918年から1945年までのドイツ医学
Ch.ブロス/G.アリ編
林 功三訳
■ある大学講師のおこなった人体実験
1944年に書かれたあるベルニング評価には、こう述べられている。「彼の包括的な、そして未だに完結しない研究は、軍事医学の領域における栄養水腫にかかわるものである。この軍衛生局総監督部の金庫には何冊分もの著作原稿がある。ここに抜き刷りとして示されるものは、これまで印刷されることができた、無難な箇所だけである。」
『ハンブルグ医師報』1983年 第37号〔生誕75年を迎えたベルニングの功績を讃える記事。むろん戦時中の捕虜に対する彼の実験については、何の言及もない。〕
●イタイイタイ病を究明した男 萩野昇
●驚愕!御用医学者をさかのぼると、すぐに731部隊に行き着く
水俣病問題
●小島三郎国立予防衛生研究所所長の過去
●小泉親彦と宮川米次の絆
●ヒロシマからフクシマへ
●宮川正
●「想定外」 と日本の統治—ヒロシマからフクシマへ—
●ビキニ「死の灰」世界各地へ
●自衛隊とサリン
●相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場
●日本の国家機密
●兒嶋俊郎さんを偲ぶ
●ニュース
日大医学部でも一部受験生優遇か
追加合格は「定員減」「発表遅い」…憤る浪人生
入試性差別に反省なし! 順天堂大は「女子はコミュ力高いから減点」と支離滅裂説明、柴山文科相は東京医大を擁護し暴言
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●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より)
第3部 陛下の戦争
1931(昭和6)年―1945 (昭和20)年
第7章 満州事変
午食后内大臣往訪、少時会談。此時聖上、経済封鎖を受けたるときの覚悟、若し列国を対手として開戦したるときの覚悟、其準備等に就き武官長して陸海軍大臣に問はしめんとの御話しありたり云々との話しを聴き、尚若干雑談して還る。
11月初頭、外務省と宮廷の態度は変化した。6日、幣原外相は天皇に、外務省は蒋介石の国民政府だけを交渉相手とする従来の方針を破棄する決定をしたと報告した。熙洽(きこう)と南満州の中国人の地虫階層を基礎とした傀儡政権に支援が与えられた。これより、満蒙問題の解決は、張学良や南京政府よりも、むしろ愧儡政権の上層部交渉になった。幣原は、その後、新たに朝鮮総督になった宇垣のみならず、牧野や西園寺にこの方針に対する支持を求め、同意を得たのである。
●小泉親彦と昭和天皇
●近現代史を《憲法視点》から問う~「湘南社」の憲法論議~
●近代天皇制の真髄は
●福沢諭吉
●神武と戦争
●日本国憲法第9条
1、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
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「特殊部隊731」
秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行)
職種不明の軍属
「なあに、うちのも同じこってす。じき、仲良しになりますよ。同年兵なんだからね」
父は“同年兵”という言葉を得意げに用いて笑いながら応じていた。
「主人が早く亡くなったものですから、一番末のこの子を中学へ上げるのには、ほんとに苦労しました。・・・・ですけど、先生があまりすすめてくださるもので、ご時勢には逆らえないと思いましてねえ」
来住野(くすの)の母は、すでに、こびんのあたりに白いものが見えはじめていた。
私たち3人は、身の上を語る老母を、ある好奇の眼で観察した。来住野はそれをさとって少年らしい羞恥を覚えたのだろう。
「余計なこと、言うなよ」
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やがて、私達だけになったとき、
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記録1 今日の大久野島
12月初めの広島は、至るところにまだ生気の漲る陽気だ。車は山々の間を走り抜き、目の届く限り繁茂した樹林が続く、緑濃い木々の葉が依然として旺盛な生命力を誇っているが、遠くに見える山の頂きが深緑色のなかにやや黄や赤に変わっているのが見えるが、それはまた、深緑の地の絨毯に一輪の花を刺繍したようだ。ホッ!農家の柿の木が車の脇を通り過ぎた、星空を思わせる火のように赤い柿の実がなんと愛らしい。何日か前に純白一色の雪のハルビンを出発して来た私にとって、眼前に広がる景色には少なからず興奮を禁じない。
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15年戦争中の「医学犯罪」に目を閉ざさず、繰り返さないために
1、戦争における医学者・医師たちの犯罪
西山勝夫さん(滋賀医科大学名誉教授)に聞く
にしやま・かつお=滋賀医科大学名誉教授、 15年戦争と日本の医学医療研究会事務局長、「戦争と医の倫理」の検証を進める会代表世話人、軍学共同反対連絡会共同代表
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■日本ではまだ広く知られていない戦争医学犯罪
―現在、日本では、どのような議論がなされているのでしょうか。また、いま、軍事研究への大学や研究機関の動員という問題が大きな問題となっているときに、どんな議論がなされる必要があるとお思いですか。
日本の医学者・医師の先の戦争における医学犯罪があまりにも知られていないことがまずあげられるでしょう。
ナチス・ドイツの戦争医学犯罪のように国内外で、あるいは医学界・医療界で議論が広く活発に行われているかというと、残念ながらそうではありません。
私たちは、その都度論点整理をしながら、問題提起をし、それなりの前進があったと思いますが、国の内外あるいは医学界・医療界で世論を動かすほどにはいたっていないように思います。
国際的には、前述したように、米国政府が、極秘の取引により共犯者となり、隠蔽してきた歴史があります。ナチス・ドイツの戦争医学犯罪の検証が進められているドイツでも日本の戦争犯罪・人道に反する罪についてはほとんど議論にはなっていません。
日本の医学界・医療界が60年以上隠蔽し、今もって自省の動きが見られないというのは国内外の世論、議論の程度や国が戦争責任を果たしていないことを反映しているともいえます。
●『人間の価値』
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1944年に書かれたあるベルニング評価には、こう述べられている。「彼の包括的な、そして未だに完結しない研究は、軍事医学の領域における栄養水腫にかかわるものである。この軍衛生局総監督部の金庫には何冊分もの著作原稿がある。ここに抜き刷りとして示されるものは、これまで印刷されることができた、無難な箇所だけである。」
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11月初頭、外務省と宮廷の態度は変化した。6日、幣原外相は天皇に、外務省は蒋介石の国民政府だけを交渉相手とする従来の方針を破棄する決定をしたと報告した。熙洽(きこう)と南満州の中国人の地虫階層を基礎とした傀儡政権に支援が与えられた。これより、満蒙問題の解決は、張学良や南京政府よりも、むしろ愧儡政権の上層部交渉になった。幣原は、その後、新たに朝鮮総督になった宇垣のみならず、牧野や西園寺にこの方針に対する支持を求め、同意を得たのである。
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1、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
憲法9条を生かそう!!
2018年12月11日火曜日
細菌戦の系譜!!
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●お知らせ
京大の「731部隊」論文疑惑(上) 勝間田秀樹(京都支局)
731部隊将校の学位取り消しを 人体実験疑い論文で京大に
「特殊部隊731」
秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行)
職種不明の軍属
「もっとも、お金があったって、何も買えぁしない時代なんだけど」
近所の人たちと、こんな会話をしている母は、大金のゆえに気味悪そうな様子なのであった。もしかしたら、そのお金がそのまま弔慰金になるのではないか、と思い巡らしたのかもしれない。事実、支度と言っても、あらためて金を使うようなことは何もなかった。衣料品や皮革類はもとより、甘味品なども手に入らないのである。
ハガキで、出発の日取りが知らされたのは、4日後であった。
すると、ふだんはあまり子供たちにかまわない父が、
「俺が送ってゆこう」
と言い出した。
私は蚊帳(かや)のような綾目の荒い草色の学生服に、竹のボタンのついた外套を着、兄貴からおさがりの編上靴をはいて、家の前に立ったまま、いつまでも見送っている母をあとに、父に付き添われて、指定された町の旅館に着いた。
そこに集まったのは、私を加えて4人。同県の来住野(くすの)と2人の隣県人だった。
家族に付き添われてきたのは、私のほか、見るからにおとなしそうな来住野だけだった。同じように子供を手放す親の共通な気持ちから、父はすぐに、来住野の母と近づきになった。
「この子は、うちを離れたことが無いので、それが心配でございましてねえ。・・・・ほんとに皆さん、お願いいたします」
と、来住野の母は、素朴な人柄をそのままに、私達にまで頭を下げた。
「元満州中川村開拓団 私の敗戦回顧録」
日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!!
●『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店より
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付記・「毒ガス島」を訪れる
この部分を書こうと思った時、私は今の大久野島はどうなっているのか知りたいと思った。つまり、世界で1つしかない「毒ガス資料館」を是非参観したい、そして村上館長にも、岡田女史にも、そして昔ここで仕事をしていた作業員の人々にもお会いしたいと思ったのだ。1994年12月、ちょうどここで日本軍が第2次世界大戦中に使用した化学兵器の討論会が開かれたので、この機会に私の願いは実現した。以下はその時の訪問記録である。
●特集 軍拡に走る安倍政権と学術①
15年戦争中の「医学犯罪」に目を閉ざさず、繰り返さないために
1、戦争における医学者・医師たちの犯罪
西山勝夫さん(滋賀医科大学名誉教授)に聞く
にしやま・かつお=滋賀医科大学名誉教授、 15年戦争と日本の医学医療研究会事務局長、「戦争と医の倫理」の検証を進める会代表世話人、軍学共同反対連絡会共同代表
4、ドイツではどのように向き合ったのか
■ドイツのとりくみと困難
―それにしてもドイツの方が日本より進んでいると思われるのですが、日本との関係で見ておかなければならないことはあるのでしょうか―
2012年5月にはニュルンべルク医師裁判が行われた地において開催されたドイツ医師会年次大会が、全会一致でナチ時代の医学犯罪について重大な共同責任を認め、ドイツ医師会の中に歴史研究を行う委員会を設けるという声明が出されました。
自らの過ちに関するDGPPNのドイツ内外での移動展示は、紆余曲折がありましたが、2015年に日本でも開催され、その間に2010年当時のDGPPN会長の講演も行われました。
●『人間の価値』
―1918年から1945年までのドイツ医学
Ch.ブロス/G.アリ編
林 功三訳
■ある大学講師のおこなった人体実験
「秘密」というスタンプの押された『ソビエトの捕虜に行われた臨床調査についての暫定報告書』と、これに先行する、同じように秘密の『暫定的報告』に、ベルニングの実験の指示内容が示されている。彼の結果報告によれば、飢餓水腫が発生するようにするため、かなり長期にわたって、与えられるタンパク質は日に30グラムを下回るようにされなければならない、とされていた。ベルニングは本物の飢餓水腫が始まるのを観察し、飢えた人間が長い段階を経て体重が減少していき、すぐに疲れやすくなり、性欲がなくなり、頭痛を覚え、めまいがするようになるさまをメモしている。彼は、捕虜の下腹部が膨張するのを観察している。寒さが、また労働が水腫を強めた。彼にとってとりわけ貴重な研究は、実験の結果死亡した患者であった。
「検死に見られる胃・腸=管の変化は特に興味深いものである。」
●イタイイタイ病を究明した男 萩野昇
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順天堂大学医学部 不適切入試「10年前から」(18/12/11)
ファーウェイ逮捕と「天才科学者」自殺 中国ネット、陰謀論で大揺れ
「水俣病は終わらない」公式確認から60年―私たちに託されたメッセージ
松本元死刑囚らの死刑執行文書、ほぼ全て黒塗りで開示
“旧優生保護法”強制的な不妊手術 事業として推進(18/04/27)
真相を解明していないからこうなるのだろう!!
オウム13人死刑で「上川陽子法相」一生SPつきの生活
●昭和天皇の戦争責任を問う!!大嘗祭反対!!
●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より)
第3部 陛下の戦争
1931(昭和6)年―1945 (昭和20)年
第7章 満州事変
奈良の激励の言葉に鼓舞されて、二宮は直ちに錦州爆撃の必要性について概略を述べた資料の作成を命じた。参謀本部作戦課も、その直後、天皇が爆撃を「当時の情況上当然のことならん」としたことに明らかに注目していた。10月9日の奈良の日記を額面どおりに受け止めれば、天皇は一晩で考えを変えたことになる。なぜなら当初、天皇は奈良に対して、本庄司令官が張学良の支配を公然と非難することには反対であると述べていた。そして10月8日には、奈良に「出先軍部と外務官吏との間の意見の相違は、陸軍は満蒙を独せしめ其政権と交渉せんとするに反し、外務側は其独立政権を好まざる点にありと読む、此点陸軍の意見適当ならざる様思はる、其積りにて陸軍中央部に注意する様に」と話していた。
国民政府の訴えを受けてジュネーブに国際連盟理事会の特別委員会が招集された。会議での意見は、たちまち日本に厳しいものとなった。10月27日、奈良日記は天皇が心中穏やかでないことを記している。
●小泉親彦と昭和天皇
●近現代史を《憲法視点》から問う~「湘南社」の憲法論議~
●近代天皇制の真髄は
●福沢諭吉
●神武と戦争
●日本国憲法第9条
1、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
憲法9条を生かそう!!
●「731部隊と100部隊」の現在の課題(八王子)
●第10回『化学学校記事』情報公開裁判
●帝銀事件と登戸研究所
●第19回「衛生学校記事」情報公開裁判
●シンガポールで、731部隊は何をやっていたのか?
●731部隊『留守名簿』(不二出版)2018年9月
●京大 軍医博士論文の検証
●731部隊『留守名簿』公開
●ある元自衛官の回想 「化学学校の黒い霧」
●第10回ビザ発給拒否・集会妨害国賠訴訟【9月21日(金)11:30~東京地裁415号室】
●731部隊と「要塞」遺跡を訪ねる
元731部隊軍医と強制不妊手術
「明治150年」史観批判ー近現代日本の戦争・植民地支配と国民統制ー山田朗、他
中国の侵略被害者の証言を聞く集い2018 11.30
●お知らせ
京大の「731部隊」論文疑惑(上) 勝間田秀樹(京都支局)
731部隊将校の学位取り消しを 人体実験疑い論文で京大に
「特殊部隊731」
秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行)
職種不明の軍属
「もっとも、お金があったって、何も買えぁしない時代なんだけど」
近所の人たちと、こんな会話をしている母は、大金のゆえに気味悪そうな様子なのであった。もしかしたら、そのお金がそのまま弔慰金になるのではないか、と思い巡らしたのかもしれない。事実、支度と言っても、あらためて金を使うようなことは何もなかった。衣料品や皮革類はもとより、甘味品なども手に入らないのである。
ハガキで、出発の日取りが知らされたのは、4日後であった。
すると、ふだんはあまり子供たちにかまわない父が、
「俺が送ってゆこう」
と言い出した。
私は蚊帳(かや)のような綾目の荒い草色の学生服に、竹のボタンのついた外套を着、兄貴からおさがりの編上靴をはいて、家の前に立ったまま、いつまでも見送っている母をあとに、父に付き添われて、指定された町の旅館に着いた。
そこに集まったのは、私を加えて4人。同県の来住野(くすの)と2人の隣県人だった。
家族に付き添われてきたのは、私のほか、見るからにおとなしそうな来住野だけだった。同じように子供を手放す親の共通な気持ちから、父はすぐに、来住野の母と近づきになった。
「この子は、うちを離れたことが無いので、それが心配でございましてねえ。・・・・ほんとに皆さん、お願いいたします」
と、来住野の母は、素朴な人柄をそのままに、私達にまで頭を下げた。
「元満州中川村開拓団 私の敗戦回顧録」
日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!!
●『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店より
第2章 地図から消えた神秘の大久野島
付記・「毒ガス島」を訪れる
この部分を書こうと思った時、私は今の大久野島はどうなっているのか知りたいと思った。つまり、世界で1つしかない「毒ガス資料館」を是非参観したい、そして村上館長にも、岡田女史にも、そして昔ここで仕事をしていた作業員の人々にもお会いしたいと思ったのだ。1994年12月、ちょうどここで日本軍が第2次世界大戦中に使用した化学兵器の討論会が開かれたので、この機会に私の願いは実現した。以下はその時の訪問記録である。
●特集 軍拡に走る安倍政権と学術①
15年戦争中の「医学犯罪」に目を閉ざさず、繰り返さないために
1、戦争における医学者・医師たちの犯罪
西山勝夫さん(滋賀医科大学名誉教授)に聞く
にしやま・かつお=滋賀医科大学名誉教授、 15年戦争と日本の医学医療研究会事務局長、「戦争と医の倫理」の検証を進める会代表世話人、軍学共同反対連絡会共同代表
4、ドイツではどのように向き合ったのか
■ドイツのとりくみと困難
―それにしてもドイツの方が日本より進んでいると思われるのですが、日本との関係で見ておかなければならないことはあるのでしょうか―
2012年5月にはニュルンべルク医師裁判が行われた地において開催されたドイツ医師会年次大会が、全会一致でナチ時代の医学犯罪について重大な共同責任を認め、ドイツ医師会の中に歴史研究を行う委員会を設けるという声明が出されました。
自らの過ちに関するDGPPNのドイツ内外での移動展示は、紆余曲折がありましたが、2015年に日本でも開催され、その間に2010年当時のDGPPN会長の講演も行われました。
●『人間の価値』
―1918年から1945年までのドイツ医学
Ch.ブロス/G.アリ編
林 功三訳
■ある大学講師のおこなった人体実験
「秘密」というスタンプの押された『ソビエトの捕虜に行われた臨床調査についての暫定報告書』と、これに先行する、同じように秘密の『暫定的報告』に、ベルニングの実験の指示内容が示されている。彼の結果報告によれば、飢餓水腫が発生するようにするため、かなり長期にわたって、与えられるタンパク質は日に30グラムを下回るようにされなければならない、とされていた。ベルニングは本物の飢餓水腫が始まるのを観察し、飢えた人間が長い段階を経て体重が減少していき、すぐに疲れやすくなり、性欲がなくなり、頭痛を覚え、めまいがするようになるさまをメモしている。彼は、捕虜の下腹部が膨張するのを観察している。寒さが、また労働が水腫を強めた。彼にとってとりわけ貴重な研究は、実験の結果死亡した患者であった。
「検死に見られる胃・腸=管の変化は特に興味深いものである。」
●イタイイタイ病を究明した男 萩野昇
●驚愕!御用医学者をさかのぼると、すぐに731部隊に行き着く
水俣病問題
●小島三郎国立予防衛生研究所所長の過去
●小泉親彦と宮川米次の絆
●ヒロシマからフクシマへ
●宮川正
●「想定外」 と日本の統治—ヒロシマからフクシマへ—
●ビキニ「死の灰」世界各地へ
●自衛隊とサリン
●相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場
●日本の国家機密
●兒嶋俊郎さんを偲ぶ
●ニュース
メイ英首相、EU離脱協定案の採決延期を発表
順天堂大学医学部 不適切入試「10年前から」(18/12/11)
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●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より)
第3部 陛下の戦争
1931(昭和6)年―1945 (昭和20)年
第7章 満州事変
奈良の激励の言葉に鼓舞されて、二宮は直ちに錦州爆撃の必要性について概略を述べた資料の作成を命じた。参謀本部作戦課も、その直後、天皇が爆撃を「当時の情況上当然のことならん」としたことに明らかに注目していた。10月9日の奈良の日記を額面どおりに受け止めれば、天皇は一晩で考えを変えたことになる。なぜなら当初、天皇は奈良に対して、本庄司令官が張学良の支配を公然と非難することには反対であると述べていた。そして10月8日には、奈良に「出先軍部と外務官吏との間の意見の相違は、陸軍は満蒙を独せしめ其政権と交渉せんとするに反し、外務側は其独立政権を好まざる点にありと読む、此点陸軍の意見適当ならざる様思はる、其積りにて陸軍中央部に注意する様に」と話していた。
国民政府の訴えを受けてジュネーブに国際連盟理事会の特別委員会が招集された。会議での意見は、たちまち日本に厳しいものとなった。10月27日、奈良日記は天皇が心中穏やかでないことを記している。
●小泉親彦と昭和天皇
●近現代史を《憲法視点》から問う~「湘南社」の憲法論議~
●近代天皇制の真髄は
●福沢諭吉
●神武と戦争
●日本国憲法第9条
1、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
憲法9条を生かそう!!
2018年12月10日月曜日
細菌戦の系譜!!
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●「731部隊と100部隊」の現在の課題(八王子)
●第10回『化学学校記事』情報公開裁判
●帝銀事件と登戸研究所
●第19回「衛生学校記事」情報公開裁判
●シンガポールで、731部隊は何をやっていたのか?
●731部隊『留守名簿』(不二出版)2018年9月
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●731部隊と「要塞」遺跡を訪ねる
元731部隊軍医と強制不妊手術
「明治150年」史観批判ー近現代日本の戦争・植民地支配と国民統制ー山田朗、他
中国の侵略被害者の証言を聞く集い2018 11.30
●お知らせ
京大の「731部隊」論文疑惑(上) 勝間田秀樹(京都支局)
731部隊将校の学位取り消しを 人体実験疑い論文で京大に
「特殊部隊731」
秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行)
職種不明の軍属
仲野と名乗るその人は、近県の各中学校を回って歩く判任官待遇の雇員で、草色の地に白い星の重なった胸章をつけ、肩には金線が1本入っていた。
私はそれを一種のあこがれの眼で見守り、そうした服装に身を飾った自分の姿を空想したりした。
「成績の方は、先生からうかがっているが、君のような若い人に是非来てもらいたい。学徒動員といっても、これは、軍人と同じ意義のある仕事だから、その点、大いに誇りを持っていい・・・・」
と、仲野雇員はやさしい口調で話しかけ、健康状態や家庭の状況などを、一通りたずねた。だが、私の知りたいと思っていた職種については何一つ具体的な説明はしなかった。そして、支度金(したくきん)として、350円を手渡し、
「いずれ通知をするから、いつでも出発できるように準備して待っていて下さい」
といって、その日は帰って行った。
だが、支度金の350円というのは、当時としてはいかにも大金で、子供心にもいささか不審であった。中学を出て村役場に勤めている隣家の長男の月給は35円。小学校長で100円程度。そんな時代である。
「どうしたんだろうね、こんなに。・・・・一体、どんな仕事なのかねぇ」
「なぁに、浩ちゃんら、よっぽど重要な仕事をするんだろうさ。たんと、いい支度をして上げるんだね」
「元満州中川村開拓団 私の敗戦回顧録」
日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!!
●『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店より
第2章 地図から消えた神秘の大久野島
それは1992年、忠海中学校の生徒が何回も資料館を参観に来て、自分の学校にも毒ガス資料館の模型を作り、学生たちにも知らせ、長く教育に役立てようと決定したことだ。生徒たちは自信をもって協力し合い、11月15日開館こぎつけた。
開館宣言
長い歴史の中で、人類は何回も大規模な戦争を経験し、毒ガス兵器等各種各様の兵器を使用し、多くの人々の血が流れた。しかし、今になってもやはり核兵器は製造されており、戦争も行われている。私達は平和の中で生活し、過去の事は知らない。
今日になっても、ここには当時戦争で使用した兵器がたくさん残されている。私達各々が世界の平和のために何かをしなければならないと思い、私達は団結して、本当の世界平和のために各自の力を貢献しようと決心した。これが私達の宣言だ。
今日から私達の毒ガス資料館を開館する。
●特集 軍拡に走る安倍政権と学術①
15年戦争中の「医学犯罪」に目を閉ざさず、繰り返さないために
1、戦争における医学者・医師たちの犯罪
西山勝夫さん(滋賀医科大学名誉教授)に聞く
にしやま・かつお=滋賀医科大学名誉教授、 15年戦争と日本の医学医療研究会事務局長、「戦争と医の倫理」の検証を進める会代表世話人、軍学共同反対連絡会共同代表
4、ドイツではどのように向き合ったのか
■ドイツのとりくみと困難
―それにしてもドイツの方が日本より進んでいると思われるのですが、日本との関係で見ておかなければならないことはあるのでしょうか―
ドイツ精神医学精神療法神経学会(DGPPN)は、2010年11月26日に、70年間の沈黙を破り約3000人の精神科医が参加した追悼集会が開催され、ナチス時代に精神科医によって25万人以上の精神障害者が死に追いやられたことを認める追悼講演を会長が行い、精神医学や学会としての思想や組織のあり方を振り返り、「施設的および個人的な罪や精神科医および専門学会の巻き込まれ」を問題にしました。
●『人間の価値』
―1918年から1945年までのドイツ医学
Ch.ブロス/G.アリ編
林 功三訳
■ある大学講師のおこなった人体実験
1941年の秋、ハンブルグ大学の私講師ハインリヒ・ベルニングは「水腫病の医学研究」を委託された。委託したのは、クゥルト・グートツァイトが管轄する軍衛生局総監督部であった。ベルニングの研究の「患者材料」はソ連軍の捕虜だった。研究の場所はハンブルグ=ヴァンツベックの「この目的のためにつくられた非公開の部局」であった。ベルニングは、飢餓病に関するこの研究成果を、1949年にゲオルク・ティーメ社から出版された論文に要約している。
●イタイイタイ病を究明した男 萩野昇
●驚愕!御用医学者をさかのぼると、すぐに731部隊に行き着く
水俣病問題
●小島三郎国立予防衛生研究所所長の過去
●小泉親彦と宮川米次の絆
●ヒロシマからフクシマへ
●宮川正
●「想定外」 と日本の統治—ヒロシマからフクシマへ—
●ビキニ「死の灰」世界各地へ
●自衛隊とサリン
●相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場
●日本の国家機密
●兒嶋俊郎さんを偲ぶ
●ニュース
歯学部出身者ら優遇「痛恨の極み」…岩手医大
ケリー首席補佐官退任へ トランプ氏や側近と衝突絶えず
「水俣病は終わらない」公式確認から60年―私たちに託されたメッセージ
松本元死刑囚らの死刑執行文書、ほぼ全て黒塗りで開示
“旧優生保護法”強制的な不妊手術 事業として推進(18/04/27)
真相を解明していないからこうなるのだろう!!
オウム13人死刑で「上川陽子法相」一生SPつきの生活
●昭和天皇の戦争責任を問う!!大嘗祭反対!!
●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より)
第3部 陛下の戦争
1931(昭和6)年―1945 (昭和20)年
第7章 満州事変
1931年10月1日、事件後、2週間が経過し、日本人のほとんどが軍部を支持し始めていた。天皇はこの事件が計画的なものであることを知っていた。誰が立案し、誰が命令し、誰が実行したのかを知っていたのである。天皇の許可なく管轄区域外へ部隊派遣を命じることは、1908年制定の陸軍刑法に違反していることも十分に承知していた。それにもかかわらず、天皇は参謀総長と関東軍司令官に軽微な懲戒を命じようとしたにすぎなかった。奈良侍従武官長の日記はそのことを明示している。
1週間後、天皇は臣下の将校による行動拡大を黙認した。北京―奉天間の鉄道上にある遼寧省南部の都市、錦州は「満州における中国主権の最後の痕跡」だった。天皇が裁可した錦州空爆は第1次世界大戦終結後初めての都市爆撃だった。10月9日の奈良侍従武官長の日記には次のようにある
二宮(治重)〔参謀本部〕次長退出前、陛下より錦州附近に張学良軍隊再組織成れば事件の拡大は止むを得ざるべきか、若し必要なれば余は事件の拡大に同意するも可なり、
・・・・・次長は総長にも話し、其内総長参内、一度上奏する様にすべしと云ひ居たり。
●小泉親彦と昭和天皇
●近現代史を《憲法視点》から問う~「湘南社」の憲法論議~
●近代天皇制の真髄は
●福沢諭吉
●神武と戦争
●日本国憲法第9条
1、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
憲法9条を生かそう!!
●「731部隊と100部隊」の現在の課題(八王子)
●第10回『化学学校記事』情報公開裁判
●帝銀事件と登戸研究所
●第19回「衛生学校記事」情報公開裁判
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●京大 軍医博士論文の検証
●731部隊『留守名簿』公開
●ある元自衛官の回想 「化学学校の黒い霧」
●第10回ビザ発給拒否・集会妨害国賠訴訟【9月21日(金)11:30~東京地裁415号室】
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京大の「731部隊」論文疑惑(上) 勝間田秀樹(京都支局)
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「特殊部隊731」
秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行)
職種不明の軍属
仲野と名乗るその人は、近県の各中学校を回って歩く判任官待遇の雇員で、草色の地に白い星の重なった胸章をつけ、肩には金線が1本入っていた。
私はそれを一種のあこがれの眼で見守り、そうした服装に身を飾った自分の姿を空想したりした。
「成績の方は、先生からうかがっているが、君のような若い人に是非来てもらいたい。学徒動員といっても、これは、軍人と同じ意義のある仕事だから、その点、大いに誇りを持っていい・・・・」
と、仲野雇員はやさしい口調で話しかけ、健康状態や家庭の状況などを、一通りたずねた。だが、私の知りたいと思っていた職種については何一つ具体的な説明はしなかった。そして、支度金(したくきん)として、350円を手渡し、
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といって、その日は帰って行った。
だが、支度金の350円というのは、当時としてはいかにも大金で、子供心にもいささか不審であった。中学を出て村役場に勤めている隣家の長男の月給は35円。小学校長で100円程度。そんな時代である。
「どうしたんだろうね、こんなに。・・・・一体、どんな仕事なのかねぇ」
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第2章 地図から消えた神秘の大久野島
それは1992年、忠海中学校の生徒が何回も資料館を参観に来て、自分の学校にも毒ガス資料館の模型を作り、学生たちにも知らせ、長く教育に役立てようと決定したことだ。生徒たちは自信をもって協力し合い、11月15日開館こぎつけた。
開館宣言
長い歴史の中で、人類は何回も大規模な戦争を経験し、毒ガス兵器等各種各様の兵器を使用し、多くの人々の血が流れた。しかし、今になってもやはり核兵器は製造されており、戦争も行われている。私達は平和の中で生活し、過去の事は知らない。
今日になっても、ここには当時戦争で使用した兵器がたくさん残されている。私達各々が世界の平和のために何かをしなければならないと思い、私達は団結して、本当の世界平和のために各自の力を貢献しようと決心した。これが私達の宣言だ。
今日から私達の毒ガス資料館を開館する。
●特集 軍拡に走る安倍政権と学術①
15年戦争中の「医学犯罪」に目を閉ざさず、繰り返さないために
1、戦争における医学者・医師たちの犯罪
西山勝夫さん(滋賀医科大学名誉教授)に聞く
にしやま・かつお=滋賀医科大学名誉教授、 15年戦争と日本の医学医療研究会事務局長、「戦争と医の倫理」の検証を進める会代表世話人、軍学共同反対連絡会共同代表
4、ドイツではどのように向き合ったのか
■ドイツのとりくみと困難
―それにしてもドイツの方が日本より進んでいると思われるのですが、日本との関係で見ておかなければならないことはあるのでしょうか―
ドイツ精神医学精神療法神経学会(DGPPN)は、2010年11月26日に、70年間の沈黙を破り約3000人の精神科医が参加した追悼集会が開催され、ナチス時代に精神科医によって25万人以上の精神障害者が死に追いやられたことを認める追悼講演を会長が行い、精神医学や学会としての思想や組織のあり方を振り返り、「施設的および個人的な罪や精神科医および専門学会の巻き込まれ」を問題にしました。
●『人間の価値』
―1918年から1945年までのドイツ医学
Ch.ブロス/G.アリ編
林 功三訳
■ある大学講師のおこなった人体実験
1941年の秋、ハンブルグ大学の私講師ハインリヒ・ベルニングは「水腫病の医学研究」を委託された。委託したのは、クゥルト・グートツァイトが管轄する軍衛生局総監督部であった。ベルニングの研究の「患者材料」はソ連軍の捕虜だった。研究の場所はハンブルグ=ヴァンツベックの「この目的のためにつくられた非公開の部局」であった。ベルニングは、飢餓病に関するこの研究成果を、1949年にゲオルク・ティーメ社から出版された論文に要約している。
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ケリー首席補佐官退任へ トランプ氏や側近と衝突絶えず
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“旧優生保護法”強制的な不妊手術 事業として推進(18/04/27)
真相を解明していないからこうなるのだろう!!
オウム13人死刑で「上川陽子法相」一生SPつきの生活
●昭和天皇の戦争責任を問う!!大嘗祭反対!!
●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より)
第3部 陛下の戦争
1931(昭和6)年―1945 (昭和20)年
第7章 満州事変
1931年10月1日、事件後、2週間が経過し、日本人のほとんどが軍部を支持し始めていた。天皇はこの事件が計画的なものであることを知っていた。誰が立案し、誰が命令し、誰が実行したのかを知っていたのである。天皇の許可なく管轄区域外へ部隊派遣を命じることは、1908年制定の陸軍刑法に違反していることも十分に承知していた。それにもかかわらず、天皇は参謀総長と関東軍司令官に軽微な懲戒を命じようとしたにすぎなかった。奈良侍従武官長の日記はそのことを明示している。
1週間後、天皇は臣下の将校による行動拡大を黙認した。北京―奉天間の鉄道上にある遼寧省南部の都市、錦州は「満州における中国主権の最後の痕跡」だった。天皇が裁可した錦州空爆は第1次世界大戦終結後初めての都市爆撃だった。10月9日の奈良侍従武官長の日記には次のようにある
二宮(治重)〔参謀本部〕次長退出前、陛下より錦州附近に張学良軍隊再組織成れば事件の拡大は止むを得ざるべきか、若し必要なれば余は事件の拡大に同意するも可なり、
・・・・・次長は総長にも話し、其内総長参内、一度上奏する様にすべしと云ひ居たり。
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1、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
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- 12.8 ビデオ学習会(ABC企画委員会)
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11月
(26)
自己紹介
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- 新しい自分を発見中