「南京事件」(笠原著:岩波新書)より
南京事件の終焉
松井司令官の解任
(昨日の続き)松井はこれに不満で「予は心中きわめて遺憾にしてまた忠霊にたいしても申し訳なきしだい」と日記(1月31日)に記し、さらに「予の離任はじっさい自負にあらざるも時期尚早なることは万人認むるところなるべきも」とまで書いている(「松井石根大将陣中日記」)。
2月14日、大本営は中支那方面軍・上海派遣軍・第10軍の戦闘序列を解き、あらたに中支那派遣軍(司令官畑俊六大将、参謀副長に武藤章大佐留任)の戦闘序列を下令した。司令官を解任されて上海を去ることになった松井は、16日司令部の決別式において、「南京占領後2ヶ月間における大本営および政府と予の意見に相違ありて、ついに予の欲するところを実行しざりし苦衷を述べ、今頃万事を中途のままに帰還する予の胸中の苦悶と感慨を述べた」のである。(同前)松井石根の野心、功名心にとっても、南京攻略戦の結果は、挫折だった。
日本に帰還した松井が、「駅頭市民の歓呼は軍部の取扱に比し、すこぶる熱狂、感謝的なるを認む」と日記(2月25日)に記しているように、マスメディアは南京を陥落させた凱旋将軍として報道し、天皇も大軍功の殊勲者として勅語を与えた。陸軍中央は、松井石根の不作為による不法虐殺事件の発生を知って、内部措置のかたちで解任しながらも、その責任は不問に付し、国民に対してはその事実を隠蔽し続けたのである。
中支那方面軍の戦闘序列が解かれたことによって、作戦としての南京攻略戦は終結したが、その後も強姦を中心とする日本軍の残虐行為は続いた。それでも3月28日に、中支那派遣軍の工作による中華民国維新政府が南京に成立してからは、治安もほぼ回復し、安全区の難民も帰る条件のある者はほとんど自宅に戻った。ここにおいて、南京事件は一応終焉したと言うことができる。
「この事実を・・・・」(「南京大虐殺」生存者証言集:侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館/編
加藤 実/訳)
1、日本軍の狂暴な集団的虐殺
漢中門外、江東門、上新河一帯での集団虐殺(1994年収録)
朱応泰(男、65歳)の証言
日本兵が南京を占領した時人を見れば殺すので、私は母と一緒に弟を連れて雷公廟の囲いの中に逃げて隠れました。日本軍はしょっちゅう雷公廟一帯にやってきて焼き、殺し、略奪し、婦女を強姦しました。人力車をひいていた労働者が1人日本軍に撃ち殺されるのを、私はこの目で見ました。父親を捜すので、恐る恐る涵洞口へ戻ったら、涵洞口の両側の家が全部焼き払われて跡形も無くなっていて、漢中門の河辺まで行ったら、日本兵に殺害された死体がうずたかくなっているのを見かけました。石城街や鳳凰街一帯は、道端という道端いたるところ死体だらけで数え切れませんでした。回り道をして江東門一帯の方に行ったら、道の両側に死体がうずたかくいくつもの小山なっているのが見えるだけで、江東橋は爆破された後、日本兵が屍を敷き詰め橋にして歩いているのでした。三伏荘でも、日本兵3人が中国人を4人捕まえ、雑多なお墓のそばまで引きずって行って銃で撃ち殺したのを、この目で見ました。(欧文華と張連英と夏龍生が記録)
李世梅(女、70歳)の証言
元の二道挭子醤園廠(今の南糧船廠)が、中国侵略日本軍が人を殺した場所で、殺害された中国同胞の数は数え切れず、屍がいっぱい醤油池にほうり込まれていたのです。張大言の父親や薛世洪の父親など10数人が二道挭子で捕まり、最南端のくぼ地の土手の中(今の市自動車12隊)まで連行されて、銃殺になったのですが、そこが「万人坑」なのです。日本軍は活きている人を射撃の的にして、憂さ晴らしにもしたのですが、孔造順(今は下河街に住んでいる)の父親が、あぜ道も上で日本軍に活きたままぶち殺されたのです。(左国家が記録)
「Imagine9」【合同出版】より
はじめに
戦争のない世界なんて、夢ものがたりでしょうか。
いいえ。戦争は、人がつくり出すものです。だから、人は、戦争のない世界をつくり出すこともできるのです。
世界の人たちは、長い歴史の中で、戦争のない世界をつくるために、がんがえ、行動してきました。
戦争で傷つき、苦しんできたからこそ、もうこんなことはくりかえしてはならないとかんがえたのです。
日本は憲法9条で「戦争はもうしない。だから軍隊はもたない」と決めました。世界の多くの人たちは今、「自分たちも」と9条をえらび始めています。
それなのに、私たち日本に生きる者が見失ってはいけません。9条を失うことは、日本だけでなく、世界にとっての損失だからです。
世界中の国が憲法9条をもったらどんな世界になるでしょう。この本ではそのことを想像してみてください。
第九条【戦争放棄、軍備及び交戦権の否認】
1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
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