2009年8月25日火曜日

この世の地獄!731部隊・南京大虐殺

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「日の丸」・「君が代」反対!!
●731部隊とはどんな部隊であったのだろうか?元731部隊員の告白記を見ていこう。越 定男著(元関東軍第731部隊第3部本部付運輸班員)『日の丸は紅い泪(なみだ)に』(発行所:教育史料出版会)と言う本を見てみたいと思う。

 越定男(こし・さだお)・・・1918年3月長野市に生まれる。
1934年工業高校機械科を卒業。1939年渡満、第642部隊に入隊。1941年第731部隊(石井部隊)に入隊。以後4年間細菌班をはじめ運輸班などに勤務。1945年8月敗戦により引き揚げ、9月長野に着く。戦後第731部隊員としての経歴を隠しながら苦難の日々を送り、現在に至る。

●私達日本人は、南京大虐殺の「この事実を・・・」を謙虚に読むべきだと思う。
南京でどんなことが起こっていたのかをもっと日本人は知る必要があると思う。
今でも多くの被害者の方々はPTSDに悩んでいる!!


731部隊

『日の丸は紅い泪に』(越定男著:教育史料出版会)より

Ⅱ 日の丸染めて

私は死への強制連行人
 2人は瞬間、私をにらむようにしたが、すぐ沈んだ表情になった。それは、マルタ特有のうつろな眼をともなった。仮面のような顔だった。おそらくそのマルタも拷問の末、スパイ容疑で平房送りとなったのだろう。私はその日、終日後味の悪い気分であった。
 私のとらえたマルタは本当にスパイだったのか。あの日銃剣でおどすと、おびえた様子であったが、予想外に素直に乗り込んだのを見ても、何か間違えて侵入してしまったように思えるのだ。どう見ても、スパイという感じではなかった。しかし、いったん731へ廻されると、裁判も何もなく、確実にスパイとして残酷な実験の材料にされて、再び生きて帰ることはないのだ。
 私は軍の任務として、お国のために役立つマルタの運搬ということで、無理に割り切り、仕事にも慣れてきたのだが、自分でとらえた人間が、眼の前にマルタとして現れたことには、ショックを受けた。私が彼らを死の道へ強制連行させたのだ。
 彼らにも妻や子どもがいるだろうか。いつまでも帰らぬ子どもの父や母は、どんな気持ちで待ち続けているだろうか。つい私はそんなことまで考えてしまっていた。
 何となく憂鬱な感じの平房の部落を離れ、延々260キロ北方の安達(アンダー)実験場へ出かける時は、ちょっと遠足にでも出かけるような浮き浮きした気分になったものである。ハルピンの街をぬけて、北上する途中では、野うさぎが飛び出してきたりした。(明日に続く)
※自分が捕まえたものが731部隊に廻されたときは本当にショックだったろう!!マルタにされた人たちの本当に悲惨なことを知っているから。
 また、安達実験場に行く時、運転する者は遠足気分に多少なるかもしれないが、当のマルタにされた人たちの260キロの旅は、性能の悪い、乗り心地の悪いトラックの荷台ではさぞ苦しい、大変な旅であったろう!!そして行き着いたところで実験材料にされ、むごい殺され方をした。誰にも弔われることなくだ!!余りに残酷なことをしていたものだ!!(ノブ)

日本軍細菌戦部隊

日本陸軍軍医学校(東京)
関東軍第731部隊(ハルピン)・・・関東軍各師団防疫給水部
華北方面軍甲1855部隊(北京)・・・華北方面軍各師団防疫給水部
華中方面軍栄1644部隊(南京)・・・華中方面軍各師団防疫給水部
華南方面軍波8604部隊(広州)・・・華南方面軍各師団防疫給水部
南方方面軍岡9420部隊(シンガポール)・・・南方方面軍各師団防疫給水部
関東軍第100部隊(長春)

   
516部隊

   
731部隊

  
  
731部隊は天皇の直接命令によってつくられた。


  
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南京大虐殺     

「この事実を・・・・」

(「南京大虐殺」生存者証言集:侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館/編 加藤 実/訳) (発行:ストーク、発売:星雲社、定価2000+税)

2、日本軍の狂暴な個人的虐殺

本人の受けた害

韓桂珍(女、65歳)の証言
 1937年には私は15歳で、家は門西でしたが、日本兵が南京に来て何日もしない、農暦冬月の16日に、私は夫の父と母と一緒に難民区へ行こうとして、南門を通った時に、日本兵にぶつかりました。その時手に風呂敷包みを1つ掛けていましたが、日本兵はその風呂敷包みをよこせと要求し、私がやらないでいたら、日本軍は銃剣に包みを引っ掛けて取り上げ、さらに銃剣でお腹の右側を一太刀突っついて、危うく命を損なうところでした。その時老いた舅と姑が吃驚仰天し、私を引きずって逃げてくれました。今も私のお腹に傷痕が残っています。(毛文慧と鄭倩萍が記録)


 ※日本軍は南京を占領してもいつも飢えたような感じがしていたのか?女の人の風呂敷包みまで取り上げて!それも銃剣で取り上げ、挙句の果てはその銃剣で刺すとは!!本当に傍若無人に日本軍は中国で振舞ったものだ!!日本軍の他の兵士の従軍日誌を見ても、そのようなことが書いてある!!(ノブ)
 

憲法9条

「Imagine9」【合同出版】より

想像してごらん、

9条がゆきわたった世界を。


Imagine,

A world filled with Article 9.


憲法9条は、日本という「国」のものではありません。日本に住んでいる「人びと」、つまりみなさん自身のものです。そしてそれは、日本国民にとってだけではなく、すべての人類にとって重要なのです。(アメリカ/男性)

第九条【戦争放棄、軍備及び交戦権の否認】

1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


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