2009年8月13日木曜日

この世の地獄!731部隊・南京大虐殺

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「日の丸」・「君が代」反対!!
●731部隊とはどんな部隊であったのだろうか?元731部隊員の告白記を見ていこう。越 定男著(元関東軍第731部隊第3部本部付運輸班員)『日の丸は紅い泪(なみだ)に』(発行所:教育史料出版会)と言う本を見てみたいと思う。

 越定男(こし・さだお)・・・1918年3月長野市に生まれる。
1934年工業高校機械科を卒業。1939年渡満、第642部隊に入隊。1941年第731部隊(石井部隊)に入隊。以後4年間細菌班をはじめ運輸班などに勤務。1945年8月敗戦により引き揚げ、9月長野に着く。戦後第731部隊員としての経歴を隠しながら苦難の日々を送り、現在に至る。

●私達日本人は、南京大虐殺の「この事実を・・・」を謙虚に読むべきだと思う。
南京でどんなことが起こっていたのかをもっと日本人は知る必要があると思う。
今でも多くの被害者の方々はPTSDに悩んでいる!!


731部隊

『日の丸は紅い泪に』(越定男著:教育史料出版会)より

1,白地に紅く

(昨日の続き)細菌生産者たちの恐怖
それらを見聞きしているうちに、これは大変な所に入ってしまった、という気持ちになったが、もう遅い、逃げられれっこないと私は観念した。ペスト米をつくるのも、みんな“お国のため”“陛下のため”と自分にいいふくめて仕事に励んだ。
 だんだん仕事にも慣れてくると、機械好きの私は、もっと効率的な機械をつくることに熱中し、ペスト米をつくる回転器は、はじめベルトで廻していたのだが、うまくいかない。そこで私は、木製のギアをつくり、回転数を変えるようにした。音もでないし便利になったので、大変重宝がられ、考案発明制度で表彰を受けた。石井隊長から直々に金一封(当時の20円か30円だったと思うが)をもらった。(明日に続く)

※最初はとんでもないところに来てしまった。と思っていたが、逃げられないと分かると、その仕事を正当化しようと、“お国のため”“陛下ののため”になった。他の当時の日本兵も戦場でそのように正当化したのだろう。人を殺す兵器を作ることや人殺しをたくさんすることが“お国のため”“陛下のため”だったのだろう!!今思えば恐い世界である!!(ノブ)

日本軍細菌戦部隊

日本陸軍軍医学校(東京)
関東軍第731部隊(ハルピン)・・・関東軍各師団防疫給水部
華北方面軍甲1855部隊(北京)・・・華北方面軍各師団防疫給水部
華中方面軍栄1644部隊(南京)・・・華中方面軍各師団防疫給水部
華南方面軍波8604部隊(広州)・・・華南方面軍各師団防疫給水部
南方方面軍岡9420部隊(シンガポール)・・・南方方面軍各師団防疫給水部
関東軍第100部隊(長春)

   
516部隊

   
731部隊

  
  
731部隊は天皇の直接命令によってつくられた。


  
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南京大虐殺     

「この事実を・・・・」

(「南京大虐殺」生存者証言集:侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館/編 加藤 実/訳) (発行:ストーク、発売:星雲社、定価2000+税)

2、日本軍の狂暴な個人的虐殺

本人の受けた害

董紹銀(男、66歳)の証言
 日本軍は1937年の陰暦11月に南京を占領しました。日本軍は入って来るなり、放火して焼き、殺し、物をかすめました。その頃私は漢中門から中山路までが境となっている難民区に住まっていて、難民区の乾河沿でシャオピンやわら麦を造っていました。ある日、私たちシャオピンを造るのに酥油(牛羊の乳を煮て作った油)がなく、陳というのと、それに李というの(名前はもうはっきり覚えていない)と一緒に油を見つけに出かけ、、旧の王府園まで歩き、その時私たちコンロ1つと油を担いでいて、帰るのに十字路まで来た時に、日本兵と出逢い、一緒に捕まって背嚢を背負わされ、夜は小さな家に閉じ込められました。明くる日又とても重い物を背負わされ、ずっと六合まで行き、又ある四合院の小さな家に閉じ込められました。深夜になり、逃げたくて、みんなでちょっと相談し、壁が泥土の焼いてない煉瓦で出来ているので、私たち3人でほじくって孔を開け、這い出して、各自東へ逃げたり西へ走ったりしました。私は長江沿いにひとしきり走ったら。お爺さんが1人見えたので、その人に好く話をして、私が長江の向こう岸へ行けるよう手助けしてもらい、終いには城壁に沿って漢中門まで走って戻ったのです。(王文玉が記録)
※よく日本軍は一般の中国人に荷物を運ばせることなどをさせた。そして賃金は出さなかった。人夫として使われた後、解放されることもあったが、殺されることもあった。(ノブ)

憲法9条

「Imagine9」【合同出版】より

考えてみよう、

日本の憲法9条のこれから。


日本が「9条を変えて、戦争に行ける国になるべきだ」と言う人たちがいます。誰が何のためにそう言っているのか、考えてみましょう。
 2001年の「9・11事件」以来、アメリカは「テロと戦う」といって、アフガニスタンやイラクなど世界のあちこちで戦争やその準備をしています。そしていろいろな国に「一緒に戦おう」と協力を求めています。日本の自衛隊はイラクに派遣されましたが、アメリカはこのような協力を、さらに本格的に日本に求めています。そこで邪魔になるのが、「戦争に参加してはならない」と定めた9条です。

 また、日本国内にも、戦争のためのミサイルやハイテク兵器をつくってもうけようという企業があります。彼らにとって邪魔になるのは、「武器を売ってはいけない」と定めた9条なのです。こうした理由から、アメリカ政府や日本の一部の大企業は、9条を変えたいと思っています。
 そうやって日本が「戦争できる国」になっていくことを、かつて日本に苦しめられたアジアの人々はどう感じるでしょうか。近隣の国々は、日本の軍事化をどう見るでしょうか。そして皆さんは、世界の中の日本のあり方を、どう考えるでしょうか。

第九条【戦争放棄、軍備及び交戦権の否認】

1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


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