2009年7月30日木曜日

この世の地獄!731部隊・南京大虐殺

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「日の丸」・「君が代」反対!!
●731部隊とはどんな部隊であったのだろうか?元731部隊員の告白記を見ていこう。越 定男著(元関東軍第731部隊第3部本部付運輸班員)『日の丸は紅い泪(なみだ)に』(発行所:教育史料出版会)と言う本を見てみたいと思う。

 越定男(こし・さだお)・・・1918年3月長野市に生まれる。
1934年工業高校機械科を卒業。1939年渡満、第642部隊に入隊。1941年第731部隊(石井部隊)に入隊。以後4年間細菌班をはじめ運輸班などに勤務。1945年8月敗戦により引き揚げ、9月長野に着く。戦後第731部隊員としての経歴を隠しながら苦難の日々を送り、現在に至る。

●私達日本人は、南京大虐殺の「この事実を・・・」を謙虚に読むべきだと思う。
南京でどんなことが起こっていたのかをもっと日本人は知る必要があると思う。
今でも多くの被害者の方々はPTSDに悩んでいる!!


731部隊

『日の丸は紅い泪に』(越定男著:教育史料出版会)より

序 私はもう「日の丸」のうたを歌わない

(昨日の続き)人を殺すなんて決してできない心やさしい当たり前の人間たちが、人を殺してしまった事実、その落差が戦争という集団発狂の中でこそ容易に行われてきたのである。かといって殺して生きるしかなかったその閉ざされた時代を、今許していいのだろうか。やはり一人ひとりが苦しいけれど戦争を人間の歴史にとどめるために、殺人者になってしまった過去を、語ることが大切だと思っている。
 今まで戦後の30数年は、沈黙を至上のことと考えてきたが、今や私は語らねばならないと思う。なぜなら、30数年を経た今日でも、未だこの世に戦争の起きる危険性が存在し、時にそのカマ首をもたげようとしている。そしてひとたび戦争が起これば、またあの忌まわしき731の亡霊が眠りをさますかもしれないからである。歴史の空白を埋める作業こそが2度と戦争をおこさない道につながることだと信じる。
 ともすれば、これらの体験を、海の底に奥深く棲む1個の貝のように、硬く口を閉ざす人々は多い。しかし、私はそのような貝にはならない。貝になってはいけないと思う。もう、「日の丸」のうたを歌わないために、私は、これから、ありのままを話したい。(明日に続く)


※本当に戦争に行った人たちは、ほとんどが貝になってしまった。無事帰国した人たちが、過去を語らないというか語らせないようにいろいろな命令があったり、戦友会の締め付け、軍人恩給を貰うので日本の悪口を言えない風潮があったのだろうか?その結果、最近の日本ではあの戦争を「アジアの解放のための戦争だった」とか美化したりする勢力が力を持ちつつあるのは嘆かわしい!!(ノブ)



日本軍細菌戦部隊

日本陸軍軍医学校(東京)
関東軍第731部隊(ハルピン)・・・関東軍各師団防疫給水部
華北方面軍甲1855部隊(北京)・・・華北方面軍各師団防疫給水部
華中方面軍栄1644部隊(南京)・・・華中方面軍各師団防疫給水部
華南方面軍波8604部隊(広州)・・・華南方面軍各師団防疫給水部
南方方面軍岡9420部隊(シンガポール)・・・南方方面軍各師団防疫給水部
関東軍第100部隊(長春)

   
516部隊

   
731部隊

  
  
731部隊は天皇の直接命令によってつくられた。


  
化学兵器CAREみらい基金ブログ

  
大久野島(毒ガス島)

  
中国人戦争被害者の要求を支える会

  
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南京への道:史実を守る会

  
根津公子さんのページ
  

南京大虐殺     

「この事実を・・・・」

(「南京大虐殺」生存者証言集:侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館/編 加藤 実/訳) (発行:ストーク、発売:星雲社、定価2000+税)

2、日本軍の狂暴な個人的虐殺

本人の受けた害

趙興隆(男、64歳)の証言
 1937年(即ち民国26年)の冬、私たちは難を逃れて寧海路の蘇州駐京同郷会に住まっていました。日本軍が南京を占領してから至る所で中国兵と南京の青壮年とを捜査し逮捕しました。私たちの住まっていた寧海路の難民区から、日本軍が1度30人余り捕まえて行き、私もそこで捕まりました。日本兵は私たちを山西路広場まで連行し、1人1人ちゃんと立って並んでいるように命じ、家の人に引き取りに来させました。その時家族に引き取られたのは3人だけで、私はその中の1人だったのですが、その他の30人余りは引き取る人がいなくて、西橋(山西路の付近)まで連行され、機関銃でみんな掃射されてしまい、後に私がそこへ行ったら、屍があまねく地に転がっていて、見るに忍びないすさまじさでした。(1984年に王瑞屏と魏福仲が記録)

 
憲法9条

「Imagine9」【合同出版】より

基地をなくして

緑と海を取りもどしてい世界


基地をなくして、緑や美しい海を取りもどし、きれいな空気がよみがえる。それが、人々にとっての本当の「平和」ではないでしょうか。
それは、人々が「平和に生きる権利」を確保することでもあります。

 フィリピンでは、1992年、国民的な運動の結果、米軍基地はなくなりました。韓国ではピョンテクという場所に新たな米軍基地がつくられようとしている事に対して、人々は反対運動を続けています。
 沖縄では「もう基地はいらない。美しい海を守りたい」と、辺野古での新しいヘリポート建設に反対する人たちが活動しています。自分たちの土地がイラクやアフガニスタンを攻撃する拠点として使われることに黙っていられないと、世界の人々は立ち上がっているのです。
 かつて日本やアメリカに占領されてきた歴史をもつミクロネシアの憲法は、その前文で、次のようにうたっています。
「ミクロネシアの歴史は、人々がイカダやカヌーで海を旅したときから始まった。私たちの祖先は、先住民を押しのけてここに住んだのではない。ここに住んでいる私たちは、この地以外に移ろうとは望まない。私たちは、戦争を知るがゆえに平和を願い、分断された過去があるがゆえに統一を望む」 



第九条【戦争放棄、軍備及び交戦権の否認】

1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


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