2022年6月22日水曜日

細菌戦の系譜!!

 












 





















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日本は、なぜ、核兵器禁止条約締約国会議に参加しない??

戦前・戦後直後と同じ、トップは無責任!!
国が原発推進していて、事故があったら責任ないなんて全くおかしい??
責任を全部下に押し付けるのは、BC級戦犯裁判、226事件と酷似だ!!

「こんな判決出るとは」無念の原告 疲労と失望

神戸新聞コラムより

福島第1原発事故で野菜の出荷停止が決まった翌日のことだった。18歳から農業一筋に生きてきた64歳の男性が自ら命を絶った。「農業、継がせなかったらよかったな」と息子に言葉を残して
◆翌月、酪農家の55歳の男性も命を絶った。「原発さえなければ。こういう形になり、すいませんでした」と小屋の壁にチョークで書き残して
◆途方もない理不尽が、生きる力の根っこを奪う。農業者でなくても、すべての人生はその土地と深く結びついている。人間関係、学校、仕事、健康な暮らし。平凡な日常を失った避難者の無念と怒りは、自殺した男性たちと地続きに違いない
◆原発事故で全国に散った避難者が国と東京電力に損害賠償を求めた集団訴訟で、最高裁はきのう、国の責任を認めなかった。国の責任を認める高裁判決が相次いでいたから耳を疑った。知見が定まらないとき、最悪の事態に備える責任が国に「ない」のなら、国民は誰を信じればいいのか
◆数年前、兵庫訴訟の原告が駅前で「原発事故を覚えていますか」と問いかけるのを
聞いた。私たちの無関心を鋭くえぐる言葉だった
◆原発事故の避難者は現在も3万人近い。土地を、
古里を、放射能の心配などなかった暮らしを返せ。彼らの痛憤を、わが身に重ねたい。2022.6.18





それまで原子力を利用していたものの脱原発を表明する国が現れ、米国で新規建設のプロジェクトがなくなるなど、世界各国の原発利用は停滞することとなりました。(資源エネルギー庁のHPより)

世界には、核実験、原爆、原発労働者、ウラン鉱山の採掘者等で被ばくした人はたくさんいる!!
それが、次世代・次々世代に影響するとなると大変な数になる!!反原発!!


ウイグルで何が起こっているのか?

ウイグル抑圧継続と中国非難 年次報告「AIで市民監視」―米長官

今年(2022年)4月2日に開かれた日本医学会記念事業では、「過去の過ちに学ぶ」で、731部隊のことが取り上げられた


731部隊に関しては、11.シンポジウム:未来への提言「4. 医療倫理・研究倫理の深化」のところで、以下のスライドが出てきて、わずかですが触れられます。


731部隊や関東軍の文書公開 ロシアが歴史問題で日本けん制か


日本の情報公開の現状!!








反原発!!
北海道 泊原発「運転差し止め」判決 争点は? 原告は判決に「安心」 北電は速やかに「控訴を」
核なき世界へ!!

国連・中満次長「核不使用死守を」 ウクライナ侵攻、脅威が「現実」 時事トップセミナーで講演

「長崎の被爆者です 質問はありますか?」初の核兵器禁止条約 締約国会議 伝えたい”被爆の実相”

NATO2カ国、核禁会議に参加 ドイツとノルウェー


「オブザーバー参加を」 被爆者らが「核なき世界」訴え 広島

ロシア 地方議会で議員が反戦訴え

「プーチン大統領は謝罪すべき」 ロシアの大物退役軍人がウクライナ侵攻で異例の批判

アメリカも銃規制をしてもらいたい!!
米テキサス州の小学校で乱射 生徒19人と教師2人が死亡


戦争では、何も解決しない!!即時停戦を!!
世界の食糧危機!!、世界の環境破壊!!生態系の激変!!貧困、虐殺、レイプ、人間不信!!

На войне ничего не решить! !! Немедленное прекращение огня! !!
Мировой продовольственный кризис! !! , Всемирное разрушение окружающей среды! !! Кардинальные изменения в экосистеме! !! Нищета, резня, насилие, человеконенавистничество! !!

У війні нічого не вирішиться! !! Негайне припинення вогню! !!
Світова продовольча криза! !! , Знищення навколишнього середовища світу! !! Різкі зміни в екосистемі! !! Бідність, бійня, зґвалтування, мізантропія! !!

Nothing will be solved in the war! !! Immediate ceasefire! !!
World food crisis! !! , World environmental destruction! !! A drastic change in the ecosystem! !! Poverty, slaughter, rape, misanthropy! !!




ウクライナに平和を!!

日本は、戦争の反省をしているのだろうか??
過去最大の防衛予算 歯止めなき膨張許されぬ








「戦争の加害展」プレ企画








*7月18日(月)の加藤哲郎講演は、事情により小河孝講演に変更になりました。


関連パネル展



731部隊全景

731部隊の真実

東京ブラックホールー戦後0年


戦争を停止する道を探れないのか??


No War!!Stop War!!
Нет войне!!Стоп Война!!

Why is America not actively moving towards peace ??

Почему Америка не движется активно к миру??

何故アメリカは、和平に向けて積極的に動かない??



Article 9 of the Constitution to the World Constitution !!

Статья 9 Конституции Всемирной Конституции

憲法9条を世界憲法へ!!

RENUNCIATION OF WAR Article 9.
Aspiring sincerely to an international peace based on justice and order, world forever renounce war as a sovereign right of the nation and the threat or use of force as means of settling international disputes.
In order to accomplish the aim of the preceding paragraph, land, sea, and air forces, as well as other war potential, will never be maintained. The right of belligerency of the state will not be recognized.


ОТКАЗ ОТ ВОЙНЫ Статья 9.
Искренне стремясь к международному миру, основанному на справедливости и порядке, мир навсегда отказывается от войны как суверенного права нации и от угрозы или применения силы как средства разрешения международных споров.
Для достижения цели предыдущего абзаца сухопутные, морские и воздушные силы, а также другой военный потенциал никогда не будут сохранены. Право воинственности государства признаваться не будет.

戦争の放棄
第九条 世界は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない


I want the United Nations to do everything in its power to stop Russia's invasion of Ukraine!!

Я хочу, чтобы Организация Объединенных Наций сделала все возможное, чтобы остановить вторжение России в Украину!!


国連はロシアのウクライナ侵攻をやめさせることに全力で取り組んでほしい!!

I want Japan, which has Article 9 of the Constitution, to move more positively toward a ceasefire !!

Я хочу, чтобы Япония, у которой есть статья 9 Конституции, более позитивно двигалась к прекращению огня !!


憲法9条を持つ日本はもっと停戦に向けて前向きに動いてほしい!!

War in the 21st century? ?? In the 21st century, a world without war!!

Война в 21 веке? ?? В 21 веке мир без войн!!

21世紀に戦争??21世紀こそ、戦争のない世界に!!









ソニアの日記


コタバル 伝えられなかった戦争(2011)


セピア色の証言ー張作霖爆殺(86)


開戦ー前編ー




推薦問題に「歴史戦」とやらの余地はない



反原発!!



大元帥・現人神・昭和天皇と皇族の戦争責任を問う。
日本は戦争を起こしたことを全く謝罪しなくていいのだろか??

重慶無差別爆撃












京都大学出版会(2022年4月10日発行)

もしかすると中国人の人骨も京都大学にはあるのでは??
丹羽雅雄弁護士の話:遺骨という問題は非常に大きな問題なんですよ。死者の尊厳ですからね。死者の尊厳ということは、生きている人の尊厳につながっているんですよね。当時の帝国大学は色々な人骨研究をやっていますからね。そうすると恐らく朝鮮半島の御遺骨の問題も当然あるはずです。リストにありますからね。
それから、台湾もあるだろうし、東南アジアもあるだろうし、そういう風に広がっていく可能性があるんですね。遺骨の問題は先住民の大きな長い歴史の中で国際的にも重要な問題になっていると・・・


遺骨収集には、清野謙次の影響が強くあった。清野は731部隊長石井四郎の強力な支援者だった。(病理解剖の最高顧問)

南京大虐殺の真相

南京大虐殺:侵華日軍南京大屠殺 南京電影制片庁 21分


マギーフィルム(字幕付き)



政府は都合の悪いことはいつでも隠す
森友“改ざん”赤木さん妻が財務省に抗議文

川崎の徴用工 故・金景錫の闘い お話:梓澤和幸弁護士

731部隊 ペスト研究、攻撃用か(1988年朝日新聞)

20201107 UPLAN 西里扶甬子「生物戦部隊731研究の現在地~今を生きる日本人が知るべきこと」
浅川地下壕を歩く(2021年2月7日)





2021年 パネル展「731部隊 戦前・戦後の医学」アンケート

14日(日)

・非常に多く731部隊について勉強できる機会でした。もっとメディアとかでも731部隊のことを取り上げるように強く呼びかけてください。

(30代、市外)



















原告たちのあまりに理不尽な被害

JUSTICE 中国人戦後補償裁判の記録』(中国人戦争被害賠償請求事件弁護団 編著、高文研)評者:根岸恵子


                





自衛隊における731部隊の記述

「部外秘 参考資料 CBR講習資料」11頁 作成日時不詳 陸上幕僚監部化学科より

d旧日本軍の細菌戦活動

旧日本軍の石井部隊は又の名を関東軍防疫、給水、731部隊、加茂部隊、特25204部隊と呼ばれた。細菌戦闘専門の特殊部隊であった。隊の設立は昭和6(1931)年で満州の研究所完成は昭和10(1935)年である。日本軍細菌戦部隊の本拠は満州ハルビン郊外濱江省(ひんこうしょう)双城県平房の4階建近代建築でその中で遮断隔離の生活をしていた。設備は爆撃機(細菌撒布用)10機、1000kwタービン発電機2台である。この本部の元に、孫呉、海拉爾(ハイラル)、牡丹江、林口、大連の5支部があり、大連のものは大連研究所または松林機関とも言われていた。他の部課は細菌の攻撃方法、容器散布方法、防疫問題を研究していた。最も力を入れたのはヒタツリ菌(注:脾脱疽菌)であった。この菌を粉末にして榴散弾の70g位の鉛製弾子に混ぜ、これを砲弾内に詰め、炸薬が爆発すると弾子が飛散して人馬に感染さすようになっている。実験場所は731部隊研究所から北に300(?)㎞ばかりのアンダ飛行場を使用した。そして砲弾が爆発しても菌の40%は生きていること及び培養器に飛ばされた菌は確実に付着する事、負傷者は発病することが確認されている。1938年中国廬山の戦闘で日本軍が毒ガス、ホスゲンを使用したという2,3の細菌記録がある。この記録を持つ731部隊は1945年8月9日午前6時ハルビンの工兵、歩兵、砲兵によって徹底的に破壊され付属設備は地上から姿を消した。ソ連の対日参戦による退却の結果である」

 

長岡大学 研究論叢 第16号より(2018年8月)

・・・731部隊に関する概要が正確に記述されており、更に1938年に毒ガスを作戦で使用したことまで記している。これは化学学校の教育部長が、特殊課程の学生に講義した内容である。内容は事実であると確認して行ったと考えるほかはない。戦後自衛隊は731部隊の実態とその活動を把握した上で、何ら反省することなく自衛官に「教育」してきたのである。また教科書裁判では日本政府は長きにわたり731部隊の活動の事実認定さえ回避してきたが、陸上自衛隊の内部教育資料にも明記されるほど、自衛隊幹部周知の事実だったのであり、日本政府は一貫して内外に虚偽の主張をしてきたと言える。


『日本医学百年史』195711の731部隊の記述






































日本医学界では731部隊の反省は戦後全くなされていないが、以下の書に731の記述が記されている。
『日本医学百年史』第4章 戦時体制下の医学 全体主義思想p236

「このようにして日本の医師の戦争政策への積極的な協力が行われていったのであるが、直接的な戦闘行為への協力の中で極めて非人道的な、目を覆わざるを得ないものに、細菌戦の準備があった。細菌戦の準備と実行を持った特殊部隊は、昭和10年(1935)夏、石井四郎を部隊長に満洲で編成され「関東軍防疫給水部」と称せられた。

昭和17年頃に「第731部隊」に昇格し、その研究、実験、製造は急に活発になった。(昭和14年のノモンハン事件に参加し、感状をもらっている)この部隊は細菌の製造、兵器としての細菌の利用、人体実験等を行い、施設として、常備爆撃機10機、1000kw発電機2台、隊員及び家族約6000名、年間研究費予算8000千円以上と言われている。

勿論、この部隊に多くの医学者が参加した。このことから、科学者としての責任の問題と同時に戦争責任が問題になってくる。

 細菌戦準備への医学者の参加は、戦争責任の最も極端な場合として提起したわけであるが、このことの深い反省の上に戦後の再建も始められる必要があったし、現在でもなお問題とされねばならない。」



第3章 生物戦の愚かな第1歩は、日本の731部隊からはじまった





731部隊の史実を語り継ぐ連続学習会第1回

731部隊と人権ー裁判から考える


731部隊の史実を語り継ぐ連続学習会第2回


731部隊の史実を語り継ぐ連続学習会第3回

731部隊の史実を語り継ぐ連続学習会第4回


731部隊の史実を語り継ぐ連続学習会第5回

731部隊の史実を語り継ぐ連続学習会第6

「登戸研究所と731部隊」(お話:山田朗さん)


731部隊の史実を語り継ぐ連続学習会第7

「731部隊について」(お話:五井信治さん)


731部隊の史実を語り継ぐ連続学習会第8

731部隊と100部隊-人獣共通感染症への戦争動員―(お話:小河孝さん)


731部隊の史実を語り継ぐ連続学習会第9

731部隊の史実を語り継ぐ連続学習会第10




パネル展「731部隊 戦前・戦後の医学」
      医学と人権を考える―





=福見秀雄=
長崎大学と731部隊、細菌ウイルスの人体実験の遺伝子があり、ここにBSL4施設を造るのは人体実験を進めるようなもの
福見秀雄 ふくみ-ひでお
1914-1998 昭和時代後期の微生物学者。


自分の公表した論文の内容についても、平気で知らぬ存ぜぬとウソをつく、シラを切る。
このやりとりだけでも、彼の人格がよくわかる。
福見は1980年に予研を定年退官後、長崎大学学長に就任した。
凄惨な人体実験を繰り返した731部隊の関係者が国立大学学長に就任とは悪夢のような話であるが、事実である。
これが日本という国なのだ。
公益財団法人・黒住医学研究振興財団は、毎年、優秀な医学研究者に福見秀雄賞を授与している。
受賞者は誇らしげだが、福見秀雄の経歴を知っているのだろうか。
福見が長崎大学学長に就任した年に、教え子の長瀧重信氏が長崎大医学部教授に、のちに医学部長になっている。長瀧教授の教え子が山下俊一教授、その後輩が高村昇教授である。
山下教授が福島原発事故直後に、「福島県は世界最大の実験場」と発言して大ひんしゅくを買ったが、こういった人脈、歴史的経緯を見れば、どうしてそういう発言をするのか、よく理解できるだろう。私利私欲のため人間を断りもなく平気でモルモットにする人体実験の伝統は、福見が最高責任者として在籍した国立感染研究所(旧予研)や長崎大学において、731部隊からしっかりと受け継がれているのである。
極悪非道を行なった人間を責任追及しない、断罪しないから、繰り返し犯罪が行なわれる。
悪が当たり前のようにはびこり、いつまでたっても世の中が良くならない。
これが日本の慢性的な疾患であり、死に至る病である。
福見秀雄と彼の教え子たちはその典型例と言えるだろう。
731部隊に巣食った悪魔は、戦後71年目の現在も、人を変え場所を変え、脈々と生き続けているのだ。

<a href="http://www.asyura2.com/16/genpatu46/msg/324.html" target="_blank">元予研所長・長崎大学長の福見秀雄は731部隊関係者・CIA工作員で戦後も人体実験を続けた</a>







隠された毒ガス兵器


小津安二郎も毒ガス部隊だった


森友・加計問題などで公文書改ざん、事実の隠蔽などが問題になっているが、敗戦時の証拠隠滅、文書焼却、事実の隠蔽は、その比ではない!今も
続く歴史改ざん!!     

※30年経過したら、すべての情報を公開せよ!!


     

 

 

●今の日本人は、まさかと思うかもしれない。


日本政府は、真摯に過去に向き合い、生物兵器を作ったことを謝罪し、今のこの難局に、立ち向かうべきだ!!

 




 

東大医学部を卒業、将来を期待される医学者でありながら、731部隊の恐ろしい体験から、そしてその731部隊に参加したという罪の意識から、戦後医学者の道を捨ててしまった男、秋元寿恵夫

元731部隊員(第十課 血清班班長)秋元寿恵夫の言葉

「もしもバイオテクノロジーが軍事研究の魔の手に捕らえられた時の行き先がどうなるのかの危険性は、「ひょっとしたら人間の知能などを変える」どころか、さらには人類にとって取り返しのつかない害悪をもたらす生物兵器の出現につながっていくかもしれないのである。」


1939年 731部隊 ノモンハン戦争にて細菌戦(チフス菌、コレラ菌、赤痢菌)を行う
*1940年は皇紀2600年(神武が即位して2600年??)東京オリンピックや万博が開催される予定であったが、戦争の為中止!!
1940年 6月4日  731部隊、農安大賚・農安で細菌戦(ペスト菌)を行う
10月 4日   731部隊、衢州で細菌戦(ペスト菌)を行う
10月27日  731部隊、寧波で細菌戦(ペスト菌)を行う
1941年11月4日  731部隊、湖南省常徳で細菌戦(ペスト菌)を行
1942年17月 100部隊は、ハイラルの北約120キロのソ連国境で行なった「三河演習」で鼻疽菌の生存期間を測定、炭疽菌の土壌への浸透力の調査した 
8月  731部隊、湖南省江山、常山、衢県、麗水、江西省広信、広豊、玉山で細菌戦(ペスト、コレラ、チフス)を行う
1943年12月  100部隊第2部に細菌戦準備の第6科を設置













戦争犯罪と戦争責任を考える(帝銀事件捜査から)山田朗


(『日中友好新聞』2022年2月15日号より)

捜査資料には、捜査の途中(7月頃)から、米軍と約束したから話せない、と言った関係者の言葉が記録されている。

 この口止め工作には、米軍と結びついた有末清三(元中将)などの旧軍関係者も深く関与していたことも分かる。有末は、捜査官に、旧軍関係を探るのはGHQとの関係でやめた方が良い、といったことを忠告している。また、捜査当局に、秘密を話させないということだけでなく、証言を変えさせるということまで行われた。

 それは、操作初期の4月の段階で、使用された毒物は旧軍が開発した「青酸ニトリール」という特殊なものだと捜査官に断言していた人物が、毒物に関する知識がない平沢が逮捕されたのち(9月)に、「誰でも入手できる青酸カリだ」と証言を変え、毒物の専門家として鑑定書まで捜査本部に提出し、裁判でも同様の証言をしていることからも分かる。


 



 



 

 

























1929年11月7日昭和天皇陸軍軍医学校視察

 

 731部隊は、石井四郎が、細菌戦の司令塔ではなかった。誰が裏で司令塔になっていたのだろうか?小泉親彦陸軍軍医総監、宮川米次第5代東大伝研所長、大元帥昭和天皇等がバックにいた。

 

●日本政府は、新宿戸山の軍医学校跡地(現国立感染症センター)から見つかった人骨の身元調査を早急にして、遺族に返還し、きちんと謝罪すべきだ!!

 

731部隊被害者遺族の訴え!!        

 


東大伝研とは戦前、どんなことをやっていた機関なのか?

1934年6月、宮川米次と阿部俊男は何をしに満洲国へ行ったのか?

満洲衛生技術廠とは、一体何をやっていたところなのか??

東大伝研は731部隊と連携を図っていなかったのか??

伝研で毒ガスの講演?毒ガスへの対処法も考えることになるのか??

小島三郎の渡満では、満洲衛生技術廠や大連衛生研究所にもいったのだろうか?



実験医学雑報19巻 第8号(1935年)


学友会へ寄付

金125円15銭也   長沼良章君

金  56円15銭也   宮川米次君

金123円 4銭也    高崎壽市君


人事異動報告

昭和10年8月1日 伝染病研究所

発令月日   辞令                                      官職    氏名

7.1    陞敍高等官1等                                      教授  三田村篤志郎

〃     伊太利国及アメリカ合衆国を在留国に追加す   助教授 羽里彦左衛門

〃     群馬県下へ出張を命ず           教授  佐藤秀三

〃     〃                    技手  柳澤謙

7.4    任台湾総督府台北医学専門学校教授

      敍高等官6等                技手   武田徳晴

7.10    朝鮮へ出張を命ず             技手   田中正稔





 



翌年の1936年5月10日には、浜松一中で大福餅の食中毒事件、1937年9月25日には大牟田

で爆発赤痢事件が発生している?防疫研究室との関係はないのか??

浜一中大福餅事件

                浜松一中の慰霊碑

大牟田の慰霊碑(裏)


(碑文)

「時維(ときにこれ)昭和12年9月25日恰も支那事変勃発して3月全市を挙げて銃後の遂行に邁進せる秋(とき)、青天の霹靂の如く突如として我が12万市民は古今を絶する悪疫の魔手に掩われたり。ここに大産業都市として殷賑を極めたる本市は忽にして阿鼻叫喚の巷ト化し官民必死の防疫にも拘らず竟(つい)に一万数千の罹患者を出し七百十二名の精魂を奪はる・・・・・」


<三池の冬1997 その2>より

わたしの笹林公園探検の目的は、その隣の隣の慰霊碑であった。さてこれは何の慰霊碑であるか。ここに戦前戦中史の大きな謎が隠されている。(中略)

この慰霊碑は、炭坑事故の慰霊碑でもなく、戦没者の慰霊碑でもありません。1937(昭和)12年に突然大牟田で発生した集団赤痢事件の被害者の慰霊碑なのです。慰霊碑には、一万数千の罹患者を出し、七百十二名の精魂(生命)を奪ったと記されています。この集団赤痢事件がなぜ起こったかについての真相は、いまだ闇に包まれています。しかし、中国戦線に向けて三池(三井)染料が内密に作っていた化学兵器工場で爆発事故が発生し、この事故を隠蔽するために清里の水源地に赤痢菌をまいたという重大な仮説が提起されています。三池染料はわたしの祖父の職場でありました。その祖父は7年前に亡くなりました。この当時のことをもっと聞いておけばと悔いが残ります。近々、この仮説を実証する資料を、受けとることになっていますので、またそのときご報告します。


大牟田「爆発赤痢」事件

北宏一郎



第2―55表  三井鉱山三池染料工業所の年間生産能力(昭和15年9月30日現在)








科研を視察する昭和天皇(中央)。久村所長が先導している(元科研職員の小野田悦郎さん提供)





 

  伝染病研究所の写真は、『傳染病研究所』小高健著より 

   
























この新型コロナウィルスがどこで作られたかは分からないが、細菌戦の系譜をたどると、日本は、戦時中、1925年のジュネーブ議定書を無視して、中国で細菌を製造し、細菌戦を行なった。戦後、731部隊での研究データをアメリカに渡し、731部隊員は全員戦犯免責され、アメリカは生物戦の研究を本格的に始めた。
日本政府は、中国で行った細菌戦や生体実験の事実を、(日本の裁判所は事実認
 定をしている)未だに隠し続け、その事実を認めていない。勿論謝罪もしない。
 日本軍が中国に遺棄してきた生物兵器は戦後、どのようになったのだろうか?
 この新型コロナウィルスに影響しているのだろうか?
 今、日本人は過去に犯した戦争犯罪を直視し、きちんと歴史事実に向き合う時で
 はないのか?


 

 

●細菌戦裁判資料集シリーズ・第8集(2002年10月31日)

「731細菌戦裁判・第1審判決特集号」の発行にあたって 

本書第8集は、細菌戦裁判の第1審判決(東京地方裁判所民事第18部)の後、開催された判決報告集会、記者会見、意見交換会等での発言を編集したものです。


第6部

資料・731部隊細菌戦裁判

第1審判決全文

原告らの主張 (別紙3)

第6部

資料・731部隊細菌戦裁判

第1審判決全文

原告らの主張 (別紙3)

日本軍による中国への細菌戦の実行(事実論)

第2部 被告の細菌戦に関する責任(法律論)

3 ヘーグ陸戦条約3条が認める賠償請求権の帰属主体


(2)この解釈は、ヘーグ陸戦条約3条の制定経過に照らすと一層明らかである(甲4、216)

1907年の第2回ヘーグ平和会議で、ドイツ代表が、占領地域内外に於て自国軍隊の構成員がヘーグ陸戦条約の附属規則違反行為をした場合、被害者個人が加害国に対し直接に損害賠償を請求でき、加害国は無過失の責任を負うという基本的内容の条文(提案第1条、第2条)を追加することを提案した。審議では、提案が中立国の市民と交戦国の市民とで条文を分けていることについて質問があったが、上記の基本的内容については全参加国は異論はなかった。

 結局、審議を行なったヘーグ平和会議の第2委員会は、ドイツ代表の提案中の主眼である提案第1条の部分を基本にして、条文上は中立国と交戦国を区別しない形で次のような規定にまとめた。

「本規則の条項に違反する交戦当事者は、損害が生じたときは、損害賠償の責任を負う。交戦当事者は、その軍隊の組織する人員の一切の行為に付き責任を負う。」

 起草委員会は、これを条文の附属規則ではなく、条約本文に置くべきであるとし、これが総会で全会一致で採択され、ヘーグ陸戦条約3条の規定となったのである。







731部隊員が多く入った国立予防衛生研究所(現・国立感染症研究所)や自衛隊などでの生物兵器の開発・研究も行われているのではないか?



 

●日本政府は、731部隊の罪業を、公開せず、秘匿し、戦後全く無反省である!!最高責任者の昭和天皇も戦犯免責された!!

安倍晋三は何でこんな行動がとれるのだ??無反省のまま、ずっと生き延びられるのか??

 

           










2013年5月12日、安倍晋三は宮城県東松島市の航空自衛隊基地を訪問して、機体番号が‘731’であるアクロバット飛行団訓練機の操縦席に座りサムズアップして写真に収まった。

           












731部隊全景(中国に於いて人体実験を繰り返し、細菌兵器を開発し、中国各地で細菌戦を行なった。)

 

 

 

 

 日本の中国東北侵略から91年

●『1931 満州鞍山守備兵 斉藤準太郎の日記』

 



 












二月十日

外は寒そうだ。水仕事をして午後は六時半で一日を終わる。

なんだか変わった生活を始めたようで面白い。将校の方は閉口だ。講話に々々-将棋をやったり碁を指したりする暇は十分ある。今日も島井相手に呑気な時間が続く。この割合で 一週間が過ぎれば休暇のようだ。

 窓から見れば練兵場の陣地の方には 検閲を目前にした初年兵が飛んだり伏せたり飛んだり伏せたり。私の一期間もあの通りだった。本当に辛かった。その時のことが目の前に飛んだ。早く切り上げてやればよいのに。



「ずっと父が嫌いだった」




軍都広島での物語

知られていない 8月5日までの 広島 バージョン2

原爆詩集
峠三吉
・・・一九四五年八月六日、広島に、九日、長崎に投下された原子爆弾によって命を奪われた人、また現在にいたるまで死の恐怖と苦痛にさいなまれつつある人、そして生きている限り憂悶と悲しみを消すよしもない人、さらに全世界の原子爆弾を憎悪する人々に捧ぐ。


倉庫の記録


八日め
 がらんどうになった倉庫。歪んだ鉄格子の空に、きょうも外の空地に積みあげた死屍(しし)からの煙があがる。
柱の蔭から、ふと水筒をふる手があって、
無数の眼玉がおびえて重なる暗い壁。
K夫人も死んだ。
――収容者なし、死亡者誰々――
門前に貼り出された紙片に墨汁が乾き
むしりとられた蓮の花片が、敷石のうえに白く散っている。















 

●『細菌戦部隊』

731研究会編   1996年9月(核時代51年)初版発行

Ⅲ 細菌戦部隊の周辺


海南島で見た生体解剖
「アイゴー、アイゴー」という叫び声が聞こえてきて・・・・
渡辺はつ
同仁会・看護婦
〈経歴〉
1919年生まれ
1940年 新郷・開封の同仁会診療所に看護婦として勤務
1942年 海南島同仁会診療所に勤務
1943年 現地解除。帰国
■この証言は1993年10月ほかの聞き取りをまとめたもの。

海南島

 部屋の中は、クレゾールの臭いが漂っていました。最初はクレゾールで、今度は昇汞水(しょうこうすい)注射だと、海軍の軍医が言ったように記憶しています。大勢の人が見ていましたので、わざわざ前に出ていって確かめることはしませんでした。注射された人は、苦しみながら死んでいきました。



戦時中の東南アジアの様子(731部隊員増田知貞が撮影したフィルム)


日本軍政下香港(1997.7.27)







●証言

生体解剖(旧日本軍の戦争犯罪)

中央档案館

中国第2歴史档案館

吉林省社会科学院編


江田憲司

兒島俊郎

古川万太郎編訳


解説

証言「供述者」の背景ーある日本人戦犯を中心に

判決下る

彼らにとって最も切実な問題は、言うまでもなく就職であり、救援活動の緊急性もそこにあった。しかし、戦後10年のブランクに加え、彼らに貼られた「中共洗脳組」という心ないレッテルが、就職をより困難なものにした。旧「満洲国」の関係者でも、行政官や裁判官、教員などは容易に復職できたが、軍人たちにはその道がなく、不満が募った。






                     



































消せない記憶「元軍医たちの謝罪の旅」


●毒ガス戦


・『日本軍の毒ガス兵器』  松野誠也著

おわりに

 



 大学卒業後、一度社会に出ていた私は再び歴史研究の場を求め、大学院に入学した。ちょうどその年度から吉見先生が非常勤講師としてその大学院の演習を担当されることになり、再び先生のご指導を受けることとなった。院入学後、防衛庁防衛研究所図書館などでさらに関連資料を発掘し、その成果を修士論文にまとめた。その後、明治大学博士後期課程に入学、今日に至っている。




海軍の相模海軍工廠跡を訪ねて(2022年4月9日)











日本は海軍も毒ガスを製造し、本土決戦に備えていた!!



碑文

ここ旧西寒川駅跡に佇んで東を望み、更に南に目を転ずるとその視界に工場群が迫る。 そこは、かつて多くの仲間が営々と働いた相模海軍工廠(昭和20年敷地704,000m2)の跡地である。往時を偲べば、先人や友の姿が彷彿と甦り、懐旧の想いひとしおである。
第二次大戦後工業立地に恵まれた跡地は町発展の礎となり、今日の繁栄をもたらした。 いま大地に大地に深く根差した緑に世界の平和を願い、国土の安隠を祈る。

建立  相廠会 及び 協力企業  昭和63年春




略史
昭和 5年  海軍火薬廠用地の一部割愛を受け、海軍科学研究部化学兵器研究室が平塚出張所を開設
昭和 8年  平塚出張所に一号・二号・三号特薬兵器の製造実験工場を建設
昭和 9年  海軍技術研究所化学研究部として独立
昭和12年  特薬庫、火薬庫、爆発円筒及び特殊化兵研究室などを建設。総敷地面積は124,000平方メートルに
昭和17年  相模海軍工廠(寒川町)の新設と同時に、化学研究部が相模海軍工廠化学実験部になる
昭和20年  終戦、廃廠
 第一次世界大戦後、日本は化学兵器の調査研究と技術開発に着手、大正11年に艦政本部内に担当部署が設置され、翌12年には海軍技術研究所となり化学兵器の研究と技術開発を開始。
相模海軍工廠では士官・常用工・徴用工員・女子挺身隊員・勤労動員学徒等3,500人余りが従事し、主として化学兵器・火工兵器の研究開発・製造が行われた。
海軍では毒ガスを攻撃用よりは防御用とすると認識が強く、相模海軍工廠では防毒マスクの生産が主力だった。(相模海軍工廠より)







*A事案区域とは、環境省が平成 15 年に実施した<昭和 48 年の「旧軍毒ガス弾等の 全国調査」フォローアップ調査※1>において終戦時における旧軍の化学兵器に関連する情報を集約した結果を踏まえ設定したA事案(毒ガス弾等の存在に関する情報の確実性が高く、かつ、地域も特定されている事案)に該当する区域のことです。具体的には、以下の3区域となります(図1参照)。 
①旧相模海軍工廠跡地(神奈川県寒川町内) 
②旧相模海軍工廠化学実験部跡地(神奈川県平塚市内) 
③ 旧陸軍習志野学校跡地(千葉県習志野市・船橋市内)








第1次世界大戦では、毒ガスが大量に使われた。

百年の悲劇は、ここから始まった1






・『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店 1995年発行)

第10章 残酷な人体実験毒ガス実験


付記・ジャムス毒ガス弾発見地点の現地調査記

 黄さんは毒ガス弾が発見された場所への実地調査を提案し、一艘の作業船を用意してくれた。航路支局は川べりにあるのだが、岸には大小様々な船が停泊し、大型港の貫禄十分といったところだ。作業船とは小型のものかと思ったが、10人以上が寝泊まりできる船で、たくさんの船の中でもひときわ美しい外観を持ち、航路局が私たちの調査をいかに重く見てくれているかが感じられた。

SNSで人気「ウサギの島」が背負った〝毒ガスの歴史〟大久野島を歩く


加害の歴史」北九州市の毒ガス工場 第二次世界大戦で旧陸軍が使用









 

 

 



●『三光』     中国帰還者連絡会編
日本鬼子(リーベンクイズ)

核時代39年(1984年)5月初版発行

焼け火箸ー拷問の挙句に斬首

佐藤五郎

分隊員 上等兵

(旧部隊名)第59師団第109大隊

「よし、よこせ」佐藤から火箸をひったくるように奪うと、その人の顔に近づけた。中年のこの男は三日月型の頬を痙攣させ、こめかみに血管が浮き出し、頬の皮膚をぶるぶるふるわせた。

「どうだ、言わねえか、貴様の身上はちゃんとわかっているんだ。八路の行動を言え」気の狂った野良犬が怒鳴った。中年の男は顔を横に曲げるとぶっきらぼうに、「我的好老百姓的八路軍不知道(私は善良な百姓で八路軍のことは知らない)」その言葉を耳にするや否や、持った火箸は振られた。ジュ―、ボクン、1回、2回続けて殴った。大骨を打つ音と、皮膚を焼く音が立つ。人間を焼いた青白い煙が上がった。人間を焼いた悪臭は付近に漂った。


2018年12月に、『留守名簿 関東軍防疫給水部 満州第659部隊』2冊が発売されました!!(不二出版)

 



    


    






































●日米安保条約・自衛隊を問う!!
自衛隊は、防護のためと言って、旧日本軍の細菌兵器・毒ガス兵器使用の反省・謝罪もないまま新たな生物兵器・化学兵器を作っているのだろうか??憲法9条を持ち、生物兵器・化学兵器禁止条約を批准しているにも関わらず!!




















(2021年2月4日)

在日米海軍厚木基地(大和、綾瀬市)で米陸軍が化学、生物、放射線、核(CBRN)の対応訓練を予定していることに対し、厚木基地爆音防止期成同盟(爆同)など関連4団体が4日、同基地正門前で抗議集会を開き、訓練の中止を訴えた。

 訓練実施は1月28日に、日米合同委員会で合意。防衛省南関東防衛局が大和、綾瀬市に連絡した内容によると、訓練場所は、同基地を共同使用する海上自衛隊が管理する区域内にある滑走路南端の約2万平方メートル。今月5日から9月30日まで使用することで合意した。

 米側は訓練への参加部隊に関し米本土所属と説明しているが、参加人員や日程については知らせていない。危険物の持ち込みや騒音の発生はないなどの情報提供にとどまっている。

 CBRNへの対応訓練は同基地で過去に例がなく、周辺住民に不安が広がっている。

 今月4日には同基地正門前に爆同など住民団体から約60人が集まり「危険な訓練をやめろ」などと声を上げた。爆同の石郷岡忠男委員長は「昨秋には迎撃ミサイル訓練があった。米空母艦載機部隊の移駐後に空いた施設を使った新たな訓練場になることを危惧している」と強調。基地司令官宛てに、基地の機能強化につながる運用などに抗議する要請書を提出した。


CBRNとはchemical weapon:化学兵器、biological weapon:生物兵器、radiation:放射能物質、nuclear weapon:核兵器を意味する。従来はCBRだけで用いられることが多かったが、近年は核兵器Nを加えてCBRN(日本語ではシーバーンと発音する)として用いることが多くなっている。

●情報公開裁判
なぜここまでして、国は衛生学校や化学学校で作っていた機関誌を公開しないのだろうか?


日本の国家機密』(現代評論社刊 1972年初版発行)

藤井治夫著

第2篇  自衛隊の機密

第3章 防衛力整備

1 中期5ヵ年計画

3次防技術研究開発計画  

 3次防 (1967~71年)は66年11月29日、「第3次防衛力整備計画の大綱」が  閣議決定され、翌67年3月14日、「第3次防衛力整備計画の主要項目」および「第3次防衛力整備計画の所要経費について」が閣議決定された。表題がしめすように、発表されたのは2次防同様「大綱」あるいは「主要項目」だけであって、計画本文は別個に存在するのである。公表文によれば、三3防は「侵略に対する抑止力として有効な防衛力」の整備を基本目標として掲げ、とくに海上自衛隊の強化を最重点としつつ、装備近代化をすすめようとするものであった。抑止型軍備への第一歩を踏み出したことが、3次防の基本的特徴である。5ヵ年間に投じられた経費総額は、2兆5438億円に達した。



1957(昭和32)年7月『衛生学校第1号』発刊



 


●『BC兵器』久保綾三著(1969年)

Ⅲ 日本における生物・化学兵器の歩み


1、 生物・化学兵器の開発の歩み


自衛隊員が語る旧軍技術研究

草の根本に不気味に光るどす黒いイペリットの上に消缶を携行させて、さらし粉を身を臥せてぶちまくる動作、背が高いと、仮設敵の機関銃を打たせて、わざと低い姿勢で除毒点を構成させる。教官も勿論完防を着用しての教育である。」

かつて旧軍当時、陸軍の毒ガス部隊の教官であったものが、自衛隊の化学課にいるのは珍しいことではないし、むしろ因縁を感じさせるのだが、島田が書いたことは、末端における教育の一面を伝えるものに他ならない。

 


 

 ●昭和天皇の戦争責任を問う!!


天皇万歳に浮かれる無責任国家  田中利幸より

重要なことは、アメリカが、日本占領支配のために、裕仁の戦争責任を隠蔽してまでも、彼の天皇としての「権威」を政治的に利用したことである。つまり、私たちが本当に問わなければならないのは、「絶対的権力を保持していた国家元首の戦争犯罪・責任の免罪・免罪の上に制定された民主憲法が、果たしてどこまで真に民主主義的であるのか?」ということである。


 


 



●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より)

吉田裕監修 

 

2001年ピュリッツァー賞受賞

 

※昭和天皇は、平和主義者でもなんでもなかった。好戦的であり、常に軍部に色々と指示を出していた!!


戦後補償問題に国家無答責という天皇主権の明治憲法下の原則を適用するな!!  

     





第1部 皇太子の教育

1901(明治34)年―1921 (大正10)年



第2章  天皇に育てる

科学を志望し、幾千万年にわたる海洋生物の進化の熱心な研究家として、彼は日本の皇室のそれとはまったく異なる時間軸を認識することになった。根拠もなく公式に定められた皇室の歴史は2600年にすぎなかった。しかしこの差異の認識は、彼の家系の神性という長くしみついた信念を完全に否認させはしなかった。彼は幼少時にたたきこまれた価値をつねに優先した。成長するにしたがって、彼は公的な行動規範への随従を強め、イデオロギー的幻想の価値を第一に尊重するようになっていった。近代科学と、ほかの教師たちが教える「国体」の所説との関係は、彼にとって本質的に衝突するものではなく、調和するものであった。

日本国憲法9条

第9条【戦争の放棄、戦力及び交戦権の否認】

①、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、
国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、
国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

②.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、
これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


RENUNCIATION OF WAR Article 9.

Aspiring sincerely to an international peace based on justice and order, the Japanese people forever renounce war as a sovereign right of the nation
and the threat or use of force as means of settling international disputes.

In order to accomplish the aim of 
the preceding paragraph, land, sea, and air forces, as well as other war potential, will never be maintained.
The right of belligerency of the state will not be recognized.

 



731部隊員が戦犯免責され、ABCC(原爆傷害調査委員会)に協力した。その結果、アメリカの原爆投下を日本政府は問うことは無く、また被爆者は、ABCCに治療されることもなかった。そして日米安保条約の下、核兵器の廃絶に日本政府は後ろ向きである!

 

日本には多くの被爆者がいるのに、日本政府はなぜ核兵器禁止条約に署名しない?

●地球の異常気象の最大の原因は、今までの2000回以上の核実験や原発事故などの放射能汚染で地球が壊れてきているからではないのか??米の原爆投下責任と核実験をしてきた国の責任を問う!!

※私が考える、今の異常気象の要因は

1、1940年代から60年代にかけて大規模に行われた、核実験による環境破壊の影響

2、戦争、

3、都市化したコンクリート(アスファルト)ジャングルによるヒート・アイランド現象

4、その結果による、交通機関(電車・バス・乗用車・航空機・船舶)やオフィス・住居などの冷暖房による排熱

5、原子力発電による温排水の排出・・などに拠っているのではないか?


「日本が動かなければ」 核兵器禁止条約発効1年、各地で訴え




核兵器禁止条約

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

核被災に苦しむウイグルの人々

月の砂漠の犠牲者 夏目雅子と本田美奈子


・2022年6月21日、第1回締約国会議を招集。開催地はオーストリアのウィーン。


●核実験

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
























1953年に行われたW9の発射実験。M65 280mmカノン砲を使用した。核出力は広島に投下されたのと同じ15kt。






アインシュタイン「科学者たちの罪と勇気」

メアリーが伝えるヒロシマ




 「北朝鮮の核実験の威力」と「史上最強の核兵器"ツァーリ・ボンバ"の破壊力」【核兵器】



●核なき世界へ!!Toward a Nuclear-Free Future

●核融合もすべきではない!!



なぜ、日本は広島・長崎・ビキニ・JCO臨界事故・福島と5度も被爆しているにに、日本医学界は「反原発!!」と叫ばない!!

       

      

















原爆投下された直後、日本は自らが原爆調査をして、731部隊(人体実験や細菌戦)の事もあるので、アメリカの心証を良くしようと考えた。そして科学者を総動員して原爆調査(被爆者を救済するための調査ではなく、原爆の威力調査)を181冊の調査書にまとめて、英訳し、アメリカに渡した。その後、731部隊員は、731で研究したデータを渡し、戦犯免責を受けた。原爆調査書は被爆者の治療には全く生かされず、日本の医学界は、原爆の放射能被害については、何も言及しなかった。そればかりか、その後のアメリカの原爆・水爆実験も批判せず、その被害を過小評価した。そして日本政府が、原子力の平和利用として原発を推進する政策にも、大きく加担している。


・・・第二次世界大戦中、日本軍は3000人もの医師たちが関わったとされる731部隊により、妊婦や子供まで含めた人体実験が行いました。極東裁判では捕虜虐待死の容疑で死刑に処された軍医幹部もいる中、731部隊関連者は訴追されませんでした。戦後、「研究データを米軍に提供すること」、さらにはなんと、「広島・長崎の研究に協力すること」を引き換えに免責されたのでした。

2010年のNHKの番組で、「(米国への研究データの提供のほかに)原爆調査への協力を731部隊の免責のカードとして使った」という元陸軍軍医の証言がありました。




水爆実験
水爆実験ブラボーで被爆したのは第5福竜丸1隻ではなく、延べ1000隻近くの漁船が被爆した。












JCOの臨界事故






福島第1原発事故



           
















徳仁・日本政府・日本医学界は、731部隊のことを謝罪し、戦争被害者の救済、戦争をしない政策にお金をかけるべきだ!

































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