2020年5月18日月曜日

731部隊 ペスト研究、攻撃用か(1988年朝日新聞)




軍医学校報告書
細菌兵器の機密 43年経て見えた(1988年朝日新聞夕刊)

ペスト研究、攻撃用か
要人暗殺用にフグ毒

 旧関東軍防疫給水部(満洲第731部隊)の細菌兵器研究は、これまで、部隊長だった石井四郎元軍医中将が、日本から遠く離れた地で行った「暴走行為」といった受け止め方が多かった。しかし、今回見つかった『陸軍軍医学校防疫研究報告』もよると、東京の軍医学校との緊密な連携があったことが明らかとなった。細菌兵器の研究は極度に機密性が高く、報告書でもあからさまな記述はないが、公にできない研究が行なわれていることは随所にうかがわれる。こうした資料が戦後43年を経て見つかったことに関係者は驚きを隠せない。

伏字の報告文
 第99号の報告で石井元中将は「昭和8年以来、特殊の研究に従事致しまして」としている。昭和8年は、軍医学校の隣に防疫研究室が新築され、「石井機関」が正式に発足した年と言える。また報告には「基礎的の諸実験にはいずれも満州で行ないましたので、ここに公表の自由を持たないのは全く遺憾であります」「満洲基地において行ないました特殊の実験の結果はここに申し上げる訳にはなりません」などという表現も見える。
 731部隊を追いかけ、『悪魔の飽食』を書いた作家の森村誠一さん(55)は、第130号「ペスト菌発育促進物質の研究 第2編 大量生産の研究」に注目する。「ペストこそ731部隊の研究の本命。ソ連の南下に対する抑止力にしようとしていた。関係者の証言では分っていたが、裏付ける研究報告が見つかったのは初めてでしょう」と言うのだ。
 この報告は改良培地の試験結果だが、その「総括及結論」には「改良培地上のペスト菌は著しく発育旺盛にして○○用、診断用、予防接種用として適当なるものと認む」と書かれてある。
 ○○用とは何なのか。
 元防疫研究室軍医大尉の小酒井望・順天堂大学浦安病院長(70)は「想像だが、攻撃用でしょう。防疫研究室の研究の半分以上は防衛的なものだったが、細菌戦は核抑止論と同じで、敵以上の攻撃力がないと防衛できないとされた」という。
 米国公文書館にある米軍の調査報告書『トンプソン・リポート』には、石井元中将の片腕と言われた防疫研究室教官、内藤良一元軍医中佐(終戦時)が「(軍医学校では)生物戦の攻撃的側面を含む研究も行われていた」と述べ、その例として「食糧に対する謀略に使える安定した毒物の発見に努めた」としている。「リポート」はこの1例にフグ毒を挙げている。フグ毒は食物に混ぜても味が変わらず、フグを食べる習慣のない国では中毒の原因が分かりにくい。そのため要人の暗殺用に考えられていたという。
 見つかった研究報告の第639号と第696号の「河豚(フグ)毒の大量精製法に関する研究」は、フグの卵巣の抽出法見極めたとしている。

保管は?処分は?
 これらの研究報告は誰が作り、どこに保管されていたのか。9冊の表紙には「編集(委員)内藤」の活字が、墨で消されているのが見える。又第135号には、丸で囲んだ「内藤」のサインが赤鉛筆で記されている。
 これについて、「こういう研究の統括は内藤元中佐が一手に引き受けていた」と言うのは、19(1944)年8月から終戦直後まで防疫研究室にいた福見秀雄・元国立予防衛生研究所長(74)。内藤氏は、のちミドリ十字会長になり、57(1982)年に亡くなった。福見さんはさらに「研究に参加した学者の中にも持っていた人がいたはず」と言う。
 福見さんによると、恩師にあたる小島三郎・元国立予防衛生研究所長が、こうした研究報告書を自宅に保管していた。しかし、終戦直後に軍の命令で全部処分したという。

軍医以外の名も
 報告には軍医以外の研究者の名前もある。米軍の調査記録を『標的・イシイ』にまとめた常石敬一・長崎大学教授(44)は「石井元中将の母校京都大学や東京大学など、主要な大学から学者が嘱託で研究に加わっていた」と言う。
 「これまで731部隊の残虐行為にばかり焦点が当たってきたが、実際はその陰に隠れていた防疫研究室が“石井機関”のかなめだった。嘱託研究者は、軍医学校の嘱託研究費がもらえるほか、満州での生体実験のデータも手を汚さず入手できた。こうした研究者の閉鎖社会が”石井機関”を生み、支えていた。現在まで、それについての反省がないことに批判の目が向けられなければいけないだろう」と指摘する。
『ボクラ少国民』の作者で、研究報告を見つけた山中恒さん(57)は「日本は疫病の無い国と言われるが、戦後の公衆衛生が、人間の感情を無くし、多くの生体実験の上に成り立ったこうした研究のお陰をこうむっているかと思うと、複雑な気持ちだ」と話している。


内藤良一

東京都新宿区戸山にあった陸軍軍医学校防疫研究室

防疫研究室での作業風景


陸軍軍医学校(新宿)











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