ある人の軍隊手帳
軍隊手帳
勅諭
1、我が国の軍隊は、世々天皇の統率し給う所にぞある。昔、神武天皇、自ら大伴・物部の兵どもを率い、中国のまつろわぬものどもを討ち平らげ給ひ、高御座(たかみくら)に即かせられて天下をしろしめし給いしより、二千五百有余年を経ぬ。
この間、世の様の移り換わるに随い、兵制の沿革も亦しばしばなりき。古は天皇自ら軍隊を率い給う御親政の柄(形式)なりて、時ありては皇后・皇太子に代わらせ給う…
2、こともおとし(注:異説あり、後述)つれと、大凡(おおよそ)兵権を臣下に委ね給ふこと、中古に至りて文武の制度皆唐国(からくに)風に倣はせ給ひ、六衛府(ろくえふ)を置きて左右の馬寮(めりょう)を建て、防人(さきもり)を設けられ、これによって兵制は整ひ、されどこれを打(う)ち続け、昇平(しょうへい)に狂(おご)りて朝廷の政務を漸く文弱(ぶんじゃく)に流しければ、兵農おのづから二つに分れ、古の徴兵はいつとなく壮兵の姿に変り、遂には武士と称り(称し)、兵馬の権は一向に其の武士のとりものの棟梁たる者へ帰し、世の乱と共に政治の大権も亦其の手へ落ち、凡そ七百年の間武家の政治とはなりぬ。
世の様(さま)は移り換りて、斯(か)くなれば人力もて挽き回(ひきまわ)すものへきにあらねども、いひなる(注:異説あり)からは、且つは我が国体に戻り、且つは我が祖宗の御制に背き奉り、浅間しき次第なりき。
降りて弘化、嘉永(かえい)の頃より徳川の幕府其の政(まつりごと)衰へ、剰(あまつさ)へ外国(とつくに)の事ども起こりて其の侮(あなど)りをも受けぬべき勢(いきおい)に迫りければ、これ(注:これらは)朕(ちん)が皇祖仁孝(にんこう)天皇、皇考(こうこう)孝明天皇のいたく宸襟(しんきん)を悩まし給ひしこそ、忝(かたじけな)くも又惶(かしこ)けれ。
然るに、朕(ちん)幼くして天津日嗣(あまつひつぎ)を受けし初(はじめ)、征夷大将軍其の政権を返上し、大名小名其の版籍を奉還(し)
3、~年を経て海内一統(かいだいいっとう)せり。古(いにしえ)の制度に復(ふく)しぬ。是(これ)文武の忠臣良弼(りょうひつ)ありて朕(ちん)を翼(よく)せる功績(こうせき)なり。歴世祖宗(れきせいそそう)の専(もっぱ)ら蒼生(そうせい)を憐(あわれ)み給へる御遺澤(ごゆいたく)なり。といへども、併(しか)し我が臣民の其(その)心に順逆の理(ことわり)を辨(わきま)へ、大義の重きを知れるが故にこそあれ。
されば此(この)時に於て兵制を更(あらた)め我が国の光(ひかり)を耀(かがや)さんと思ひ、此十五年程の陸海軍の制をば今の様に建て定めぬ。夫(それ)兵馬の大権は、朕が統(す)ふる所なれば、其司々(つかさづかさ)をこそ臣下には任(まか)すとも、其大綱(そのたいこう)は朕親(みずか)ら之を攬(と)り、肯(あえ)て臣下に委(ゆだ)ぬべきものにあらず。
子々孫々に至るまで篤(あつ)く斯(この)旨(むね)を伝へ、天子は文武の大権を掌握するの義を存して、再び中世以降の如(ごと)き失体(しったい)なからんことを望むなり。
朕は汝等(なんじら)軍人の大元帥なるぞ。されば朕は汝等を股肱(ここう)と頼み、汝等は朕を頭首(とうしゅ)と仰ぎてこそ、其(その)親(したしみ)は特に深かるべき。朕が国家を保護して上天の恵みに応じ、祖宗の恩に報い奉ることを得るも、得ざるも、ひとえに汝等軍人が其(その)職を尽すと尽さざるとにあるに由(よ)る。我が国の稜威(みいつ)を振はざることあらば、汝等…
4、能(よ)く朕(ちん)と其(そ)の愛を共にせよ。我武維(これ)揚(あが)りて其(そ)の職を守り、朕と一心になって其(そ)の力を国家の保護に尽くさば、我が国の蒼生(そうせい)は永く太平の福(さいわい)を受け、我が国の威烈は世界の光華ともなりなん。
朕の深く汝等(なんじら)軍人に望む所はこれに過ぎず。朕がこの如(ごと)く深く汝等軍人を望むなれば、汝等軍人もまたこれに違うことなく、我の心に副(そ)はんことを期せよ。
一、軍人は忠節を尽くすを本分とすべし。 凡(およ)そ我が国に生(うま)れ出(いで)たるもの、誰か国に報いんの心なかるべき。況(いわ)んや軍人たらん者は、此(この)心のなからん。
かくあらば、周(あまね)く物(もの)の用を立ち得(う)べしとも思はれず。如何(いか)なる程(ほど)技芸(ぎげい)には熟し挙動(きょどう)は長ずるも、その心堅固ならざれば、猶(な)ほ偶像(人形)の如し。
鳥合(ちょうごう)の衆に同じからざるは、抑(そもそも)国家を保護し、国運を維持する兵力の在るにあれば、兵力の消長は是(こ)れ国運の盛衰にかかることなれば、世論に惑はず政治に拘(かか)はらず、只(ただ)々(一途に)自己の本分たる忠節を守り、
義は山嶽(さんがく)よりも重く、死は鴻毛(こうもう)よりも軽しと心得よ。
5、一、軍人は礼儀を正くすべし。凡(およ)そ軍人は上(かみ)は元帥(げんすい)より下(しも)は一卒(いっそつ)に至るまで、其(その)間に官職の階級ありて統属(とうぞく)するのみならず、同列同級(どうれつどうきゅう)といえども、停年(ていねん)の新旧(しんきゅう)あれば、新任(しんにん)の者は旧任(きゅうにん)の者の服従(ふくじゅう)をへたの(※経たねば)の、その下級(かきゅう)の者の上官(じょうかん)の命令を承(うけたまわ)ることは、実に直(ただち)に朕(ちん)が命を承るものと心得(こころえ)よ。己(おのれ)が隷属(れいぞく)する所(ところ)にあらざるものも、上級(じょうきゅう)の者は勿論(もちろん)、停年(ていねん)の己(おのれ)より旧(ふる)きをも、すべて服従(ふくじゅう)せへたの(※服従すべきものと心得、の意)。
復(また)上級(じょうきゅう)の者は下級(かきゅう)のものに向ひ、聊(いささ)かも軽侮(けいぶ)驕傲(きょうごう)の振舞(ふるまい)あるべからず。公務(こうむ)の為(ため)に威厳(いげん)を主(しゅ)とする時は格別(かくべつ)なるも、其(その)外(ほか)は務めて懇(ねんごろ)に取扱(とりあつか)ひ、慈愛(じあい)を専一(せんいつ)と心掛け、上下(じょうげ)一致(いっち)して王事(おうじ)に勤労(きんろう)せよ。若(もし)軍人たるものにして礼儀(れいぎ)を紊(みだ)り、上(かみ)を敬(うやま)はず、下(しも)を恵(めぐ)まずして、一(いつ)に致(いた)すの和諧(わかい)を失(うしな)ひたらんには、啻(ただ)に軍隊の毒(どく)たるのみならず、国家(こっか)の為(ため)にもゆるし難(がた)き罪人(つみびと)なるべし。
6、一、軍人は武勇を尚(たっと)ぶべし そもそも武勇は我が国にて古(いにしえ)よりいとも貴(たっと)べる所なれば、我が国の臣民たらんもの武勇なくては叶(かな)ふまじ。況(いわん)や軍人は戦に臨み敵に当るの職なれば、片時(かたとき)も武勇を忘れてよかるべきか。 されあれ武勇と言ひて大勇あり小勇ありて同じからず。血気(けっき)に逸(はや)りて粗暴の振舞(ふるまい)などせんはいふまでもなく武勇とは謂(い)ひ難(がた)し。軍人たらむものは常によく義理を辨(わきま)へ、胆力(たんりょく)を練り、思慮を殫(つく)して事を謀(はか)るべし。小敵たりと侮(あなず)らず、大敵たりと懼(おそ)れず、己が武職を盡(つく)さむこそ誠の大勇なれ。
一、軍人は信義を重んずべし 凡(およ)そ信義を守るは常の道なるを、わきて軍人の信義なくては一日も隊伍(たいご)の中に交(まじわ)りてあらんこと難(かた)かるべし。信とは己が言を践(ふ)み、義とは己が職を盡(つく)すをいふ。されば信義を盡さむと思はば、初(はじめ)よりその事の成し得べきか得べきざるかを深く心掛けよ。 出来(でき)がたき事を漫(みだ)りに約束して後(のち)に温和を第一と(※「得むと」の誤植か、あるいは「得むとて、心掛けよ。由なき勇を好みて」などの文脈から繋がる部分)……(※画像下部で一部省略・繋がりあり)……人(ひと)に接するに温和を第一として、諸人の愛敬(あいけい)を得むと心掛けよ。 由(よし)なき勇を好み、世人を忌み嫌ひて豺狼(さいろう)の如く思ひなむ心すべきことよ。
7,己(おのれ)が分(ぶん)を尽くせと言うなり。されば信義を尽くさんと思わば、始めより其(そ)の事の成し得(う)べき、成し得(う)べからざるを審(つまびらか)に思考すべし。朧気(おぼろげ)なる事を仮初(かりそめ)に諾(うべな)いて、よんどころなき関係を結び、後に至りて信義を立てんとすれば、進退谷(きわ)まりて身の措(お)き所に苦しむことあり。悔ゆとも其の詮(せん)なし。
始めによく事の順道を弁(わきま)え、理非を考え、其の言うところ詮(せん)践(ふ)むべからずと知らば、其の義なりとてを守るべからず。速やかに止まるこそよけれ。古(いにしえ)より或いは小節(しょうせつ)の信義を立てんとて大綱(たいこう)の順道を誤り、或いは公道の理非に踏み迷いて私情の信義を守りたらば、英雄豪傑といえども禍(わざわい)に遭(あ)い、身を滅ぼし、屍(しかばね)の上の汚名を後世(のちのよ)まで遺(のこ)せること、其の例少なからず。深く警(いまし)めてやはあるべき。
一、軍人は質素を旨(むね)とすべし。およそ質素を旨とせざれば、文弱(ぶんじゃく)に流れ、軽薄に趨(はし)り、驕奢(きょうしゃ)華靡(かび)の風(ふう)を好み、遂には貪汚(たんう)に陥りて、志を無下に賤(いや)しくし、節操も武勇も其の甲斐なきに至りぬれば、其の身、生…
8、濫りに金銭を惜しみて、信義を欠くがごとき事あるべからず。
されば、始めに能く事の成否を考へ、その約束すべきものは、後に至りて信義を守り、また始めにその心なき事を、みだりに承諾すべからず。
一、軍人は質素を旨とすべし。
およそ質素を旨とせざれば、文弱に流れ、軽薄に走り、華美を好み、奢侈にふけり、つひには貪汚に陥りて、志も無下に賤しくなり、節操も武勇も、その甲斐なく、世人に指をささるるまでに至るものなり。
右の五箇条は、軍人たらんもの、しばしも忽せにすべからず。
さて、これを行はんには、一つの誠心こそ大切なれ。
そもそも、この五箇条は我が軍人の精神にして、一つの誠心は、また五箇条の精神なり。
心誠ならざれば、いかなる嘉言も善行も、皆うはべの装飾にて、何の用にかは立つべき。
心だに誠あれば、何事も成るものぞかし。
いはんや、この五箇条は天地の公道、人倫の常経なり。行ひやすく、守りやすし。
汝等軍人、よく我が訓に遵ひて、この道を守り行ひ、国に報ゆるの務めを尽くさば、日本国の蒼生、挙りてこれを悦びなん。
朕一人の懌びのみならんや。
明治十五年一月四日
9、勅諭
朕(ちん)惟(おも)うに、我が皇祖皇宗(こうそこうそう)、国を肇(はじ)むること宏遠(こうえん)に、徳を樹(た)つること深厚(しんこう)なり。
我が臣民(しんみん)、克(よ)く忠に、克く孝に、億兆(おくちょう)心を一(いつ)にして世々その美を済(な)せるは、これ我が国体の精華(せいか)にして、教育の淵源(えんげん)また実にここに存す。
汝(なんじ)等は、すなわち軍人の本分にして、その職責の重大なることを思い、忠節を尽くし、皇恩に報い、国家のために身をささげ、皇基(こうき)を扶翼(ふよく)し、もって万世に伝うべきものなり。
10、朕(ちん)は朕が統率する所の軍隊は、即ち是(これ)皇考(こうこう)の慈育愛撫(じいくあいぶ)し給(たま)ひたる所の軍隊なるを念(おも)ひ、 汝等(なんじら)軍人の忠勇に信倚(しんい)し、皇考の遺業(いぎょう)を紹述(しょうじゅつ)し、億兆(おくちょう)の福祉を増進せむとす。 汝等軍人は皇考の遺訓(いくん)を奉公(ほうこう)に体し、時世(じせい)の進運(しんうん)に伴(ともな)ひ、桔据励精(きっきょれいせい)、各(おのおの)其(その)本分を尽くし、以(もっ)て皇謨(こうぼ)を扶翼(ふよく)せむことを期せよ。
大正元年七月三十一日 御名 御璽(ぎょめい ぎょじ)
11,勅語
朕惟(おも)ふに、国防の完備は在郷軍人に待つもの頗(すこぶ)る多し。
汝等(なんじら)、幾多の戦力を協心戮力(きょうしんりくりょく)して陸海軍の一大進歩を致し、益々軍人精神を鍛錬し、軍事能力を増進して在郷に在りては忠良なる臣民となり、郷に従ひては国家の干城(かんじょう)たり。
以て其の本分を尽さむことを期せよ。
12、勅諭
朕(ちん)が祖宗(そそう)の威霊(いれい)に頼(よ)り、萬世(ばんせい)一系(いっけい)の大統(たいとう)を嗣(つ)ぎ、臨(のぞ)みに朕(ちん)が股肱(ここう)たる陸海軍人(りくかいぐんじん)に告(こく)ぐ。
惟(おも)ふに皇祖(くわうそ)皇考(くわうかう)亦(また)申(かさ)ねて聖諭(せいゆ)を垂(た)れ給(たま)へり。汝等(なんじら)軍人(ぐんじん)に聖訓(せいくん)を降(くだ)し給(たま)へり。
眷々(けんけん)服膺(ふくよう)して克(よ)く臣躬(しんきゅう)の節(せつ)を致(いた)し、盡(じん)忠(ちゅう)報國(ほうこく)の偉績(いせき)を建(た)てたり。
朕(ちん)は先朝(せんちょう)の慈育(じいく)覆撫(ふぶ)し給(たま)へる軍隊(ぐんたい)を念(おも)ひ、切(せつ)に汝等(なんじら)軍人(ぐんじん)の忠誠(ちゅうせい)勇武(ゆうぶ)に信倚(しんい)し、列聖(れっせい)の遺業(いぎょう)……
13、進(すす)むむことを冀(ねが)ふ 朕(ちん)等(とう)軍人(ぐんじん)の其(そ)れ克(よく)朕(ちん)が意(い)を體(たい)し先朝(せんちょう)の訓(おしえ)に遵(したが)ひ 違(たが)ふことなからむことを審(つまびら)かに字内(じだい)の大勢(たいせい)を察(さっ)し深く時世(じせい)の推移(すいい)に鑑(かんが)み切磋琢磨(せっさたくま)愈々(いよいよ)操守(そうしゅ)を固(かた)くし正意(せいい)奉公(ほうこう)の至誠(しせい)を振(ふる)ひ以(もっ)て宏猷(こうゆう)を扶翼(ふよく)せむことを期(き)せよ
昭和元年十二月二十八日 御名 御璽
讀法(よみかた)
兵隊は、皇威(こうい)を発揚(はつよう)し国家を保護する為めに設置かるるものなれば、此の兵員に加わる者は、堅く左(さ)の条件を守り違背(いはい)すへからす。
第一条 誠心を本(もと)とし忠節を尽し不信不忠の所為(しょい)あるへからさる事 第二条 長上に敬礼(けいれい)を尽し等輩(とうはい)に信義を致し粗暴驕傲(そぼうきょうごう)の所為あるへからさる事 第三条 長上の命令は其事の如何を問わす直ちに…
14、第四条 膽勇(たんゆう)を尚(たっと)びて、軍務に勉励(べんれい)し、恐怯(きょうきょう)怯弱(じゅうじゃく)の所為(しょい)あるからざる事。
第五条 血気(けっき)の小勇(しょうゆう)に誇り、争闘(そうとう)を好み、他人を侮慢(ぶまん)し、世人の厭忌(えんき)を来(きた)す等の所為あるからざる事。
第六条 道徳を修め、質素を主とし、浮華(ふか)文弱(ぶんじゃく)に流れる等の所為あるからざる事。
第七条 名誉を尚び、廉恥(れんち)を重んじ、賤劣(せんれつ)貪汚(たんお)の所為あるからざる事。
以上掲(かか)ぐるところの外(ほか)、法律規則に違犯(いはん)し、罪を国家に得(え)るに至っては、父祖を辱(はず)かしめ、家声(かせい)を汚(けが)し、醜(しゅう)を後世に遺(のこ)す。
独り其の身現在の恥辱(ちじょく)のみならざるなり。況(いわ)んや重罪の如きは、各人天賦(てんぷ)の公権(こうけん)をも剥奪(はくだつ)せられ、世に立ち人に接する者も、総(すべ)て対等の権利を得ざるに至るにおいてをや。
殊(こと)に名誉を尚び、廉恥を重んずるの軍人におきては、殊に戒慎(かいしん)を加へざるべからず。就中(なかんずく)陸軍刑法は、軍隊の害を為す者を懲(こら)さんために、特に設けられたるものなれば、其の刑(けい)亦(また)頗(すこぶ)る厳なり。軍人に執(と)りてこれを受け…
15、かつて本分を誤り軍隊の安寧(あんねい)を害するのみならず、遂(つい)に世人の信用を損し陸軍の榮譽(えいよ)を汚(けが)す等、其(その)責(せき)更に重し。平素自(みずか)ら戒勅(かいちょく)し、決(けっ)して違犯(いはん)すべからざるものなり。
【誓文(せいもん)】
今般(こんばん) 御讀聞(よみきかせ) 相成(あいなり)候(そうろう) 讀法(とくほう)之(の)條々(じょうじょう) 堅(かた)く相守(あいまも)り 誓(ちか)ひて違背(いはい)仕(つかまつ)間敷(まじく)候(そうろう)事(こと)
右(みぎ) 宣誓(せんせい) 如件(くだんのごとし)
昭和三年一月二十日
16、軍隊手帳ニ係ル心得
一、 軍隊手帳ハ、勅諭、讀法、誓文、各自ノ履歷等凡ソ軍人常ニ服膺スヘキ事項ヲ掲載シ、且轉隊、派遣等ニ際シ金錢物品ノ受授ヲ證スルモノナレハ、最モ丁寧ニ所持シ、破損、紛失セサル樣細心注意スヘキ事
二、身上ノ履歷ニ關スル事項并給與通報事項ニ記述シタル金錢物品受授其他ノ事項ニシテ、事實ト符合セサルモノアルトキハ、速ニ其旨申告
17、三、此手牒ハ自ラ保管スルノ責アリ給與通報事項ニ記注シタル携持ノ物品ニ於テモ亦然リ故ニ不注意若クハ故意ニ因リ破損紛失等アルトキハ之ヲ賠償セシムルノミナラス懲罰ニ處スヘキ事
四、現役満期轉隊轉職派遣其他ノ事故ニ依リ所屬廳ヲ離ルルトキハ當日迄給與ヲ受ケタル金錢物品ノ證明ヲ請フヘキ事
五、召集ニ應スルトキ及簡閲點呼ニ參會スルトキハ必ス此手牒ヲ携帯スヘキ事
六、在郷軍人ニシテ此手牒ヲ破損紛失等シタルトキハ其證明書若クハ理由書相添ヒ聯隊區司令官(警備隊區ニ在テハ警備隊司令官)ニ届出ヘキ事
七、此手牒ハ兵役満期若クハ事故ニ因リ兵役免除ノ際ハ之ヲ當人ニ下付スヘキ事
18、
2. わかりやすい現代語訳(超訳)
天皇からのお言葉(軍人勅諭)
1、我が国(日本)の軍隊は、代々の天皇が自ら直接率いてこられたものである。
はるか昔、神武天皇が自ら大伴氏や物部氏といった部族の兵士たちを率いて、国内の従わない勢力を討ち平らげ、天皇の位に就いて日本をお治めになってから、すでに2500年以上が経っている。
この長い歴史の間、時代の移り変わりとともに、軍隊の仕組み(兵制)も何度も変化してきた。大昔は、天皇が自ら軍隊を率いるのが当たり前であり、場合によっては皇后や皇太子がその役目を代わりに務められることもあった…
2、我が国の軍隊を指揮する最高権限(兵権)は、代々の天皇がみずからお治めになってきたものです。歴史を振り返っても、軍の権限を家臣に丸投げしてしまうようなことは、もともとはありませんでした。
しかし平安時代に入り、政治や軍事の仕組みをすべて中国(唐)のスタイルに倣って整え、宮中を警護する役所(六衛府)を置き、軍馬を育てる役所(馬寮)を建て、国境を守る防人を配置しました。これによって軍事制度は一度整ったものの、朝廷の政治がしだいに文学や儀式ばかりを重んじる軟弱なものへと傾いていくと、兵士と農民の役割は自然と二つに分かれていきました。
こうして、かつての(国民から広く集める)徴兵制はいつの間にか廃れ、代わりに屈強な者をスカウトして集めるようになり、彼らがやがて「武士」と呼ばれる存在になったのです。
世の中が乱れるにつれて、軍事の権限は完全に武士のリーダーたちのものとなり、さらには政治の最高権限までもが彼らの手に落ちてしまいました。こうして、およそ700年もの長い間、武士が政治を行う時代(鎌倉・室町・江戸時代)が続くことになったのです。
時代の流れによってこのような歴史をたどったことは、人間の力だけで簡単に元に戻せるものではなかったとはいえ、我が国本来のあり方(天皇がすべてを治める形)から外れ、私たちの祖先である歴代の天皇が定めた制度にも背くものであり、実に残念で嘆かわしい状況でした。
その後、時代が進んで幕末(弘化・嘉永年間)になると、徳川幕府の政治力は衰え、その上、外国とのトラブルも発生し、このままでは海外から国を侮られ、侵略されかねないという危機的な状況にまで追い詰められました。
そこで、私がまだ若くして皇位を受け継いだばかりの時、征夷大将軍は政治を行う権限を朝廷に返し(大政奉還)、全国の大名たちも領地と領民を国へと返上した(版籍奉還)のです。
3,~何年もかかってようやく国内が統一され、古代の(天皇親政の)制度へと戻ることができた。 これは、文武の忠実な家臣たちが私(天皇)を助けてくれた功績である。また、歴代の祖先たちが一途に国民を深く慈しんでこられた恩恵のおかげでもある。しかしそれと同時に、我が国民が心の中で「何が正しく、何が背くことか(順逆の理)」をわきまえ、国家の大義がいかに重いかを知っていたからに他ならない。
そこで、この変革の機会に兵の制度を新しくし、我が国の輝きを世界に示そうと考え、この15年ほどの間に陸海軍の制度を今のように整えたのである。 そもそも、軍隊を動かす最高権限(兵馬の大権)は、私(天皇)が統率するものである。個々の役職や実務は部下の役人(臣下)に任せるとしても、その根本的な指揮権(大綱)は私自身が握るものであり、決して臣下に丸投げしてよいものではない。
子々孫々に至るまで、この趣旨をしっかりと語り伝え、天子(天皇)が政治と軍事の最高権限を握るという筋道を保ち、二度と(武士が政治を握った)中世以降のような過ち(失体)を繰り返さないことを望む。
私はお前たち軍人の「大元帥(最高指揮官)」である。 だからこそ、私はお前たちを「自分の手足(股肱)」として頼りにし、お前たちは私を「頭(頭首)」と仰いでこそ、その絆は特に深いものとなる。私が国家を守り、天の恵みに応え、祖先の恩に報いることができるかどうかは、すべてお前たち軍人がその職務を全うするかどうかにかかっている。もし我が国の威光が振るわないようなことがあれば、それはお前たちが……
4、よく、私(天皇)とあなたたち(軍人)の、お互いを思いやる心を一つにしよう。 私があなたたちを信じ頼りにし、あなたたちが私を敬い、心を一つにして国家を守る力を支えてくれるなら、我が国はいつまでも平和でいられるだろう。
私がこれほどまでにあなたたち(軍人)を深く頼りにしているのだから、あなたたちも私の思いに応え、道を外れることがないようにしなさい。
一、軍人は「忠節(国家や天皇への忠誠)」を尽くすことを本分としなさい。 我が国に生まれ、国に報いようとする者で、この「忠節」の心がない人などいるだろうか。いや、いるはずがない。
軍人としての技術がどんなに優れていて、どれだけ訓練を積んで組織が整っていても、心の中に「忠義(まごころ)」がなければ、それはただの「形だけの人形」と同じである。
軍隊がしっかりまとまり、国家を守ることができるのは、「忠義の心」が軍隊の中に生きているからである。
政治の世論に流されたり、政治運動に関わったりしてはいけない。ただただ、自分自身の本分である「忠節」を堅く守り通しなさい。
「義(人として行うべき正しい道)」は山よりも重く、「死」は羽毛よりも軽い(=正しい道や使命を果たすためなら、命を投げ出すことも恐れない)という覚悟を持ちなさい。
5、一、軍人は礼儀を正しくしなければならない。
そもそも軍人は、上は元帥から下は一人の兵卒にいたるまで、階級による上下関係(統属)がある。それだけではなく、たとえ同じ階級(同列・同級)であっても、先にその階級になった者(旧任)と、後からなった者(新任)という違いがある。
後から入った新任の者は、先輩(旧任)の言うことをよく聞きなさい。また、下級の者が上官の命令を聞くということは、**「まさに、私(天皇)自身の命令を直接受けているのだ」**と心得なさい。自分を直接指導する上司でなくても、自分より上の階級の人はもちろん、同じ階級であっても自分より先輩にあたる人には、すべて敬意を払いなさい。
また反対に、上の立場の者は、下の立場の者に対して、少しでも見下したり、威張ったり(軽侮・驕傲)するような振る舞いをしてはならない。 公務(仕事)のために威厳を保たなければならない時は別だが、それ以外の時は、できる限り親切(懇ろ)に接し、思いやり(慈愛)を一番に心がけなさい。そうして、上の者も下の者も心を一つにして、国のために働きなさい。
もし軍人でありながら礼儀を乱し、上の者を敬わず、下の者をいたわらず、組織の調和(チームワーク)を壊すような者がいれば、それは軍隊に害悪を流すだけでなく、国家にとっても許しがたい罪人である。
6、日本では昔から「武勇(勇敢さ)」がとても重んじられてきました。国民であるなら勇敢であるべきですが、命をかけて戦う軍人なら、一瞬たりともその心を忘れてはなりません。
ただし、勇気には二種類あります。カッとなって乱暴なふるまいをするようなものは、本当の勇気(武勇)とは言えません。
本物の軍人は、常に「何が正しい道(義理)か」をしっかり見極め、肝を据え、深く考え抜いて行動しなければなりません。 相手が弱いからと油断して見下したり、逆に相手が強いからとおびえたりせず、自分の任務を全うすること。これこそが「本当の勇気(大勇)」です。
人として約束を守り、誠実であること(信義)は当然のモラルですが、集団で行動する軍人にとっては、これがなければ一日たりとも部隊にいることはできません。
「信」とは、自分が口にした言葉を必ず実行すること。
「義」とは、自分の果たすべき義務や任務を全うすること。
信義を守ろうと思うなら、約束をする前に「本当にそれが実行可能なのか」を事前によく考えなさい。できないことを軽々しく約束して、後で嘘つきになってはいけません。
他人と接するときは、優しさと穏やかさを第一にして、周りの人から愛され敬われるように心がけましょう。 くだらないことで粋がったり、世間を嫌って「一匹狼(豺狼:ヤマイヌやオオカミ)」のようにつっぱねたりする態度は、厳に慎まなければなりません。
7、「約束を守る(信義)」ということは、自分の責任を果たすということです。ですから、約束を守ろうと思うなら、最初からその約束が「本当に実行できることなのか、できないことなのか」を事前によく考えなさい。
よく分かりもしない曖昧なことに対して軽々しく返事をしてしまい、引くに引けない関係になってから「約束を守ろう」としても、どうにも身動きが取れなくなって苦しむことになります。後から後悔しても始まりません。
最初に物事の正しい道筋(順道)を見極め、何が正しくて何が間違っているか(理非)を考え、もし自分が言ったことが「実行するべきではない(間違っている)」と気付いたなら、一度約束したからといって無理にそれを守り続けてはいけません。すぐにやめるのが正しいのです。
昔から、目の前の小さな約束(小節の信義)にこだわるあまり、国家や社会全体の大きな正しい道(大綱の順道)を見誤ったり、公の正しさを見失って個人的な人情(私情の信義)に流されてしまった結果、どんな英雄豪傑であっても災難に遭い、身を滅ぼし、死んだ後まで汚名を残すことになった例がたくさんあります。このことは本当に深く警戒しなければなりません。
一つ、軍人は贅沢をせず、飾り気のない質素な生活を基本としなさい。 もし質素にすることを心がけなければ、心身が弱々しくなり(文弱)、軽はずみな行動に走り(軽薄)、贅沢で派手な暮らし(驕奢華靡)を好むようになってしまいます。
最終的には(お金欲しさに)汚い不正や汚職に手を染め(貪汚)、自分の高い志をすっかり台無しにして卑しい人間になってしまいます。そうなってしまえば、それまで持っていた強い信念(節操)も勇敢さ(武勇)も、すべて何の意味もなくなってしまいます。
8、金銭を惜しむあまり、約束や信用を裏切ってはならない。約束をする前には、それを本当に実行できるかどうかを十分に考えなさい。いったん約束したなら、最後まで信用を守らなければならない。最初から実行するつもりがないことを、軽々しく引き受けてはならない。
軍人は、質素な生活を基本としなければならない。質素さを失うと、精神が弱くなり、軽薄になり、派手な生活やぜいたくを好むようになる。やがて金銭や利益をむさぼり、志や品性まで低下してしまう。そうなれば、軍人としての節操や勇気も失われ、人々から非難されるようになる。
以上の五箇条は、軍人が一瞬たりとも忘れてはならないものである。そして、これらを実行するために最も大切なのは、誠実な心である。
どれほど立派な言葉を語り、よい行いをしているように見えても、心が誠実でなければ、それは見せかけにすぎず、役には立たない。誠実な心があれば、物事を成し遂げることができる。
軍人はこの教えに従い、国に尽くす義務を果たしなさい。そうすれば、天皇だけでなく、日本の国民すべてが喜ぶであろう。
9、私は思う。
日本の歴代の天皇は、長い年月をかけて国を築き、大きな徳を積み重ねてきた。
日本の国民も、天皇に忠義を尽くし、親を大切にし、みんなが心を一つにして、その美しい伝統を受け継いできた。
これこそが日本という国の最も優れたところであり、日本の教育の基本でもある。
あなたたち軍人は、この伝統を受け継ぎ、軍人としての務めが非常に重いことを自覚し、忠義を尽くし、天皇の恩に報い、国のために力を尽くし、皇室と国家を支えていかなければならない。
10、私(大正天皇)は、自分が率いる軍隊が、亡き父(明治天皇)が深い愛情をもって大切に育て上げられた軍隊であることを心に深く刻んでいます。 そして、あなた方軍人の忠義と勇気を信頼し、明治天皇がお残しになった偉大な事業を受け継ぎ、国民全体の幸せを一層高めていこうと思っています。
あなた方軍人は、明治天皇のお教え(軍人勅諭など)を日々の務めの中でしっかりと実践し、時代の移り変わりや進歩に合わせて、一生懸命に力を尽くしてそれぞれの役割を果たし、天皇が行う国家の事業を支えてくれることを望みます。
11、私は、国を守る力を十分なものにするためには、現役を退いた在郷軍人(予備役・退役軍人)の力が非常に重要だと考える。
そのため、あなた方は心を一つにして努力し、陸軍・海軍の発展に尽くし、軍人としての精神をさらに鍛え、軍事能力を高めなければならない。
そして郷里に帰ってからも、忠実で立派な国民となり、地域社会では**国家を守る「干城(国の盾・城壁)」**としての役割を果たし、自らの務めを全うするよう努めなさい。
12、(天皇からの)お言葉
私は、歴代の天皇の霊の力を授かり、万世一系(代々途切れず続く)天皇の血統を受け継いで、私(天皇)の手足となって働く陸海軍の兵士たちに告げます。
思えば、昔の天皇たちも重なるようにお諭しのお言葉を授けてこられました。あなたたち軍人に対して、立派な訓えを下されたのです。
昔の軍人たちはそれを心に固く刻み込み、臣下としての務めをよく果たし、忠義を尽くして国に報いるという素晴らしい功績を打ち立てました。
私は、先代の天皇が慈しみ育ててこられたこの軍隊を大切に思い、あなたたち軍人の「忠誠心」と「勇ましさ」を心から信頼して、歴代天皇の残された偉業を…
13私(天皇)は、日本の軍人が私の意図をしっかり理解し、歴代の天皇の教えに従って、道を踏み外さないことを切に望んでいる。
世界や国内の情勢(大勢)をよく観察し、時代の変化を深く考え合わせたうえで、仲間同士で切磋琢磨し、軍人としての高い志や誇り(操守)をますます堅く守りなさい。 そして、正しい心で国に尽くす誠の心(至誠)を発揮し、国家の大きな計画や道筋(宏猷)をしっかりと支えることを目指しなさい。
昭和元年十二月二十八日 御名 御璽
■ 讀法(よみかた)のまえがき
【意味】 兵士・軍隊というものは、天皇の威光を輝かせ、国を守るために置かれているものである。したがって、兵士となる者は以下に示す条件(五箇条の精神)をしっかり守り、絶対に破ってはならない。
■ 第一条
【意味】 真心(誠の心)を基本とし、国や天皇への忠義を尽くしなさい。信用を裏切るような行為や、忠義に反するような行動をとってはならない。
■ 第二条
【意味】 上官や先輩(長上)にはしっかりと礼儀を尽くし、同僚や仲間(等輩)とは互いに信頼と義理を大切にしなさい。乱暴な振る舞いをしたり、思い上がって威張ったり(粗暴驕傲)してはならない。
■ 第三条(途中まで)
【意味】 上官からの命令には、その内容がどのようなことであっても、ただちに…(服従しなさい、
14、第四条: 物おじしない勇気を尊び、軍の任務に励むこと。恐れおののいたり、腰抜けのような振る舞いをしてはならない。
第五条: 感情に任せたくだらない強がり(血気の小勇)を誇ったり、喧嘩を好んだり、他人を見下したりして、世間から嫌われるような振る舞いをしてはならない。
第六条: 人としての道を修め、質素・誠実を基本とし、派手で華やかさばかりを追ったり、軟弱に流れたりしてはならない。
第七条: 名誉を大切にし、恥を知る心(廉恥)を重んじ、浅さましい行為や欲張って不正を働くような振る舞いをしてはならない。
「上に挙げたルールのほかにも、法律や規則に違反して国家に対する罪を犯すようなことがあれば、ご先祖様の名を辱め、家の評判を汚し、恥ずかしい名を後世まで残すことになります。
それは自分一人が今受ける恥辱にとどまりません。ましてや重罪ともなれば、人間として生まれつき持っている公民権(権利)すら奪われ、社会に出て人と接する際にも、対等な権利を持つことができなくなってしまいます。
特に、名誉と恥の心を何よりも重んじるべき軍人においては、誰よりも強く身を謹み、気を引き締めなければなりません。とりわけ『陸軍刑法』は、軍隊に害を及ぼす者を罰するために特別に作られた法律であり、その刑罰は非常に厳しいものです。軍人でありながらこれ(罪)を犯してしまうと……」
15、かつて、自分の任務(本分)を誤り、軍隊の安全や秩序(安寧)を害しただけでなく、最終的に世間の人々からの信用を損ない、陸軍の名誉を汚すような事態が生じたことなどがあり、その責任は非常に重いものです。 日頃から自らを厳しく戒め(自分をコントロールし)、決してこのような違反を犯してはなりません。
【誓約書】
このたび読み聞かせがありました「読法(軍の心得・注意点)」の各条項をしっかりと守り、決して違反しないことをお誓い申し上げます。
右の通り宣誓いたします。
昭和3年1月20日
16、軍隊手帳に関する心得(ルール)
一、 軍隊手帳は、軍人勅諭、読法(規則の読み方)、誓文(誓いの言葉)、そして各自の経歴など、軍人が常に心に留めて守るべき事項が掲載されています。さらに、部隊を異動したり派遣されたりする際の、お金や物品の受け渡しの証明書にもなるものです。そのため、最も丁寧に扱い、破いたり失くしたりしないよう細心の注意を払いなさい。
二、 1(手帳内の一の項目)、自身の経歴に関する事項、および給与などの通知事項に記載されているお金や物品の受け渡し、その他の内容について、もし事実と異なる点(間違い)があるときは、速やかにそのことを(上官へ)報告しなさい。
17、3、この手帳は自分自身で責任を持って保管しなければなりません。手帳に記載されている、支給された持ち物(軍服や装備など)についても同様です。もし、不注意やわざと(故意)によってこれらを壊したり無くしたりした場合は、弁償させられるだけでなく、処罰(ペナルティ)の対象になります。
4、 現役の期間が満了したとき、別の部隊へ移るとき、任務が変わるとき、派遣されるとき、その他の理由で今所属している部隊を離れる場合は、その日までに支給されたお金や物品(の精算や受領状況)についての証明書をもらうようにしなさい。
5、(除隊した後に)再び軍隊に呼び出される「召集」のときや、定期的に行われる「簡閲点呼(かんえつてんこ:元軍人が集められて受ける検査や確認)」に参加するときには、必ずこの軍隊手帳を持参しなければなりません。
6、普段は一般市民として生活している「在郷軍人(予備役や後備役など)」の状態で、もしこの手帳を壊したり無くしたりした場合は、その証明書または理由書を添えて、地元の「連隊区司令官」(警備隊区なら警備隊司令官)へ届け出なければなりません。
7、この手帳は、兵役の期間がすべて無事に満了したとき、あるいは何らかの事情(ケガや病気などの事故)で兵役が免除されたときには、(回収するのではなく)本人の手元に支給(返却)されるものとします。



























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