●2021 9 25加藤講演第1回目
●絶望的な核開発!!
●トラウマ
●毒ガスの歴史(フリッツ・ハーバー)
●溥儀(「満洲国」皇帝の生涯)
●2021 9 17 浅井基文講演
●731部隊 ペスト研究、攻撃用か(1988年朝日新聞)
●防疫研究室と昭和天皇の関係
●1940年と2020年の東京オリンピック
●731部隊と国立感染症研究所の問題
●731部隊 行動示す新資料・埋もれた公文書
●ABC企画委員会
●731部隊・100部隊展
●記憶の継承を進める神奈川の会
対話前に政治犯解放を 民主派「首相」が訴え―ミャンマー
米中の生物兵器開発?
20201107 UPLAN 西里扶甬子「生物戦部隊731研究の現在地~今を生きる日本人が知るべきこと」
日航機墜落事故の原因を究明せよ!!
第6回 戦争の加害パネル展
(感想)
5月9日(日)
72、私は、虐殺・爆撃等を含めて天皇の為と言い死んでいった若者が不憫でならない。靖国神社の遊就館へもたまに行くが、戦争は加害者・被害者とも不幸になることとなるので、してはいけないが、自衛のため、国を守ることはやむを得ないと思う。
(男性、50代、市外、神奈川新聞)
原告たちのあまりに理不尽な被害
『JUSTICE 中国人戦後補償裁判の記録』(中国人戦争被害賠償請求事件弁護団 編著、高文研)評者:根岸恵子
自衛隊における731部隊の記述
「部外秘 参考資料 CBR講習資料」11頁 作成日時不詳 陸上幕僚監部化学科より
d旧日本軍の細菌戦活動
旧日本軍の石井部隊は又の名を関東軍防疫、給水、731部隊、加茂部隊、特25204部隊と呼ばれた。細菌戦闘専門の特殊部隊であった。隊の設立は昭和6(1931)年で満州の研究所完成は昭和10(1935)年である。日本軍細菌戦部隊の本拠は満州ハルビン郊外濱江省(ひんこうしょう)双城県平房の4階建近代建築でその中で遮断隔離の生活をしていた。設備は爆撃機(細菌撒布用)10機、1000kwタービン発電機2台である。この本部の元に、孫呉、海拉爾(ハイラル)、牡丹江、林口、大連の5支部があり、大連のものは大連研究所または松林機関とも言われていた。他の部課は細菌の攻撃方法、容器散布方法、防疫問題を研究していた。最も力を入れたのはヒタツリ菌(注:脾脱疽菌)であった。この菌を粉末にして榴散弾の70g位の鉛製弾子に混ぜ、これを砲弾内に詰め、炸薬が爆発すると弾子が飛散して人馬に感染さすようになっている。実験場所は731部隊研究所から北に300(?)㎞ばかりのアンダ飛行場を使用した。そして砲弾が爆発しても菌の40%は生きていること及び培養器に飛ばされた菌は確実に付着する事、負傷者は発病することが確認されている。1938年中国廬山の戦闘で日本軍が毒ガス、ホスゲンを使用したという2,3の細菌記録がある。この記録を持つ731部隊は1945年8月9日午前6時ハルビンの工兵、歩兵、砲兵によって徹底的に破壊され付属設備は地上から姿を消した。ソ連の対日参戦による退却の結果である」
長岡大学 研究論叢 第16号より(2018年8月)
・・・731部隊に関する概要が正確に記述されており、更に1938年に毒ガスを作戦で使用したことまで記している。これは化学学校の教育部長が、特殊課程の学生に講義した内容である。内容は事実であると確認して行ったと考えるほかはない。戦後自衛隊は731部隊の実態とその活動を把握した上で、何ら反省することなく自衛官に「教育」してきたのである。また教科書裁判では日本政府は長きにわたり731部隊の活動の事実認定さえ回避してきたが、陸上自衛隊の内部教育資料にも明記されるほど、自衛隊幹部周知の事実だったのであり、日本政府は一貫して内外に虚偽の主張をしてきたと言える。
日本医学界では731部隊の反省は戦後全くなされていないが、以下の書に731の記述が記されている。
『日本医学百年史』第4章 戦時体制下の医学 全体主義思想p236
「このようにして日本の医師の戦争政策への積極的な協力が行われていったのであるが、直接的な戦闘行為への協力の中で極めて非人道的な、目を覆わざるを得ないものに、細菌戦の準備があった。細菌戦の準備と実行を持った特殊部隊は、昭和10年(1935)夏、石井四郎を部隊長に満洲で編成され「関東軍防疫給水部」と称せられた。
昭和17年頃に「第731部隊」に昇格し、その研究、実験、製造は急に活発になった。(昭和14年のノモンハン事件に参加し、感状をもらっている)この部隊は細菌の製造、兵器としての細菌の利用、人体実験等を行い、施設として、常備爆撃機10機、1000kw発電機2台、隊員及び家族約6000名、年間研究費予算8000千円以上と言われている。
勿論、この部隊に多くの医学者が参加した。このことから、科学者としての責任の問題と同時に戦争責任が問題になってくる。
細菌戦準備への医学者の参加は、戦争責任の最も極端な場合として提起したわけであるが、このことの深い反省の上に戦後の再建も始められる必要があったし、現在でもなお問題とされねばならない。」
731部隊の史実を語り継ぐ連続学習会第1回
731部隊と人権ー裁判から考える
731部隊の史実を語り継ぐ連続学習会第2回
731部隊の史実を語り継ぐ連続学習会第3回
731部隊の史実を語り継ぐ連続学習会第4回
731部隊被害者遺族を訪ねて(お話:大谷猛夫さん)
新発見により脅威増大
1、生物・化学戦争の問題についての関心が再び高まったことは簡単に認めることが出来る。化学及び生物学の進歩は人類の幸福に貢献する半面、生物・化学兵器開発の可能性への道を開いた。これらの兵器は人類の将来を危うくすることが可能であり、数多くの国々がその開発、完成、製造、貯蔵を推進する限り、危険な状況は続くだろう。
隠された毒ガス兵器
『従軍日記』 小津安二郎
森友・加計問題などで公文書改ざん、事実の隠蔽などが問題になっているが、敗戦時の証拠隠滅、文書焼却、事実の隠蔽は、その比ではない!今も
続く歴史改ざん!!
※30年経過したら、すべての情報を公開せよ!!
「公文書管理を考える」(4) 磯田道史・国際日本文化研究センター准教授
新宿・謎の人骨100体・731部隊【歴史解説】
1989年7月22日、新宿で謎の人骨が大量に発見された
歴史改ざん(「風を読む」)
東大医学部を卒業、将来を期待される医学者でありながら、731部隊の恐ろしい体験から、そしてその731部隊に参加したという罪の意識から、戦後医学者の道を捨ててしまった男、秋元寿恵夫
元731部隊員(第十課 血清班班長)秋元寿恵夫の言葉
「もしもバイオテクノロジーが軍事研究の魔の手に捕らえられた時の行き先がどうなるのかの危険性は、「ひょっとしたら人間の知能などを変える」どころか、さらには人類にとって取り返しのつかない害悪をもたらす生物兵器の出現につながっていくかもしれないのである。」
1939年 731部隊 ノモンハン戦争にて細菌戦(チフス菌、コレラ菌、赤痢菌)を行う
*1940年は皇紀2600年(神武が即位して2600年??)東京オリンピックや万博が開催される予定であったが、戦争の為中止!!
1940年 6月4日 731部隊、農安大賚・農安で細菌戦(ペスト菌)を行う
10月 4日 731部隊、衢州で細菌戦(ペスト菌)を行う
10月27日 731部隊、寧波で細菌戦(ペスト菌)を行う
1941年11月4日 731部隊、湖南省常徳で細菌戦(ペスト菌)を行
1942年17月 100部隊は、ハイラルの北約120キロのソ連国境で行なった「三河演習」で鼻疽菌の生存期間を測定、炭疽菌の土 壌への浸透力の調査した
8月 731部隊、湖南省江山、常山、衢県、麗水、江西省広信、広豊、玉山で細菌戦(ペスト、コレラ、チフス)を行う
1943年12月 100部隊第2部に細菌戦準備の第6科を設置
1929年11月7日昭和天皇陸軍軍医学校視察
731部隊は、石井四郎が、細菌戦の司令塔ではなかった。誰が裏で司令塔になっていたのだろうか?小泉親彦陸軍軍医総監、宮川米次第5代東大伝研所長、大元帥昭和天皇等がバックにいた。
NHKスペシャル 「731部隊の真実~エリート医学者と人体実験~」 2017年8月13日
●日本政府は、新宿戸山の軍医学校跡地(現国立感染症センター)から見つかった人骨の身元調査を早急にして、遺族に返還し、きちんと謝罪すべきだ!!
東大伝研とは戦前、どんなことをやっていた機関なのか?
1929年12月24日~1930年1月4日、長與又郎、1930年4月22日~?宮川米次、1930年4月23日~?宮川の娘婿の岡西順次郎が中国へ出張しているが
何をやっていたのか?宮川の支那漫談とはどんな内容なのか?
実験医学雑誌第17巻雑報
17巻4号(1933年)
学術集談会開催
3月16日午前10時から所内講堂に於いて集団会開催。特に所内内示集談会として4月の学会出席者から業績発表があり非常に盛会であった。右演説終了後引き続き会を二木教授退職記念集談会に改め城井博士座長として開会の挨拶後、長與所長より二木教授の30年に亘る学究生活における教授の純学術ならびに予防医学方面における幾多の偉大な功績について礼賛の弁があり、次いで二木教授「30年の体験と予防医学」と題して先生30年の体験からして一切の伝染病は食物の改善から出発すべきであって煮沸食、完全食の実施こそ唯一の解決策である点を 例の雄弁で面白く聞かせ1時間にわたる講演を終わった。尚長與所長及び二木教授の講演は記念のため蓄音機に収められた。
当日の演題は次のとおりである。
6、1塩基脂肪酸類のチフス菌、コレラ及び腐敗菌に対する殺菌作用(第2報) 鉄本総吾君
7、KaseinのTrypsin消化液の1‐Tryptophan加合成培地による細菌のIndol形成 田中正稔君
8、各種細菌類のDehydrogenationについて(第1報) 中込亘君
9、血液及び血液成分の腸内細菌殺菌力に及ぼす胆汁の影響(第1回報告) 小栗一好君
10、牡蛎の大腸菌について 安川隆君
伝染病研究所の写真は、『傳染病研究所』小高健著より
日本政府は、中国で行った細菌戦や生体実験の事実を、(日本の裁判所は事実認定をしている)未だに隠し続け、その事実を認めていない。勿論謝罪もしない。日本軍が中国に遺棄してきた生物兵器は戦後、どのようになったのだろうか?
この新型コロナウィルスに影響しているのだろうか?
今、日本人は過去に犯した戦争犯罪を直視し、きちんと歴史事実に向き合う時ではないのか?
●細菌戦裁判資料集シリーズ・第8集(2002年10月31日)
「731細菌戦裁判・第1審判決特集号」の発行にあたって
本書第8集は、細菌戦裁判の第1審判決(東京地方裁判所民事第18部)の後、開催された判決報告集会、記者会見、意見交換会等での発言を編集したものです。
第6部
資料・731部隊細菌戦裁判
第1審判決全文
第5 当裁判所の判断
3 中国法に基づく損害賠償請求について(争点3)
(1)原告らは、本件の各加害行為には、不法行為の成立に関する準拠法を定める法令11条1項の規定により、不法行為の原因である事実の発生地である中国の当時の民法(中華民国民法)が適用され、同法によって被告に不法行為責任が発生すると主張している。
●日本政府は、731部隊の罪業を、公開せず、秘匿し、戦後全く無反省である!!最高責任者の昭和天皇も戦犯免責された!!
安倍晋三は何でこんな行動がとれるのだ??無反省のまま、ずっと生き延びられるのか??
安倍首相の731戦闘機試乗 「止まらない挑発」の非難
「1931」斉藤準太郎の日記
●大江健三郎著
「ヒロシマノート」岩波新書(1965年発行)
挿絵カット 丸木位里・赤松俊子『ピカドン』(1950年8月6日ポツダム書店発行)より
Ⅶ 広島へのさまざまな旅
小西信子さんたちの『ひろしまの河』は今年初め11号を出して、やはり着実に続いている。その巻頭の文章。≪今日本においては、新たに平和を脅かす兆しがあり、私達被爆者を憂慮させている。権力のある者はその威容を誇示するために、汲々としている。我々庶民は誇示する何ものもない。ただ真実を訴えるのみである≫
●『細菌戦部隊』
731研究会編 1996年9月(核時代51年)初版発行
Ⅱ 関連部隊・支部
南京でもやっていた人体実験
血管が切ると心臓からものすごい勢いで血が・・・・
松本博
1644部隊
経歴
1926年生まれ
1943年中支那派遣軍防疫給水部栄1644部隊配属
この証言は1995年6月、8月、11月の聞き取りをまとめたもの。
“ロツ”に入れられたマルタ
部隊の4階には中国人“捕虜”を監禁している部屋がいくつかに並んでいました。私が担当したのは“松”と呼ばれている部屋でした。他にも “梅”と “竹”というように呼ばれていた部屋がありました。
部屋はちょうど学校の教室ぐらいの広さで、部屋の周囲には溝が作られていて、その中にホルマリン液が満たされていました。部屋の中には”ロツ”と呼んでいた檻が5、6個置かれていて、その中に全裸の中国人の男性が1人ずつ入れられていたのです。中年や20歳前後の若い人もいましたが、年齢に関わらずみんな体格が良かったことを覚えています。
●証言
生体解剖(旧日本軍の戦争犯罪)
中央档案館
中国第2歴史档案館
吉林省社会科学院編
江田憲司
兒島俊郎
古川万太郎編訳
Ⅰ東北
2 華北
1、河北
野田実自筆証書(1954年7月31日)
●毒ガス戦
・『日本軍の毒ガス兵器』 松野誠也著
第6章 アジア太平洋戦争期の毒ガス戦
4 毒ガス戦をめぐる 日米の確執 アメリカ軍の毒ガス戦論計画と日本軍
毒ガス戦の中止へ
・『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店 1995年発行)
第7章 残虐な毒ガス戦
動かしようのない事実
武漢戦役(1938.6.7~11.12)
同時に、日本軍は日本国内及び中国華北などから多数の化学部隊を移転させ、各参戦師団に配置した。その概要は次の通りである。
第11軍の長江両岸に沿った進攻
加害の歴史」北九州市の毒ガス工場 第二次世界大戦で旧陸軍が使用
●『三光』 中国帰還者連絡会編
日本鬼子(リーベンクイズ)
核時代39年(1984年)5月初版発行
日本鬼子(リーベンクイズ)
処刑
抵抗する捕虜を始末する
川田孝
伍長
〈略歴)
本籍地 東京都足立区
出身階級 労働者
尋常高等小学校卒業
職業 綿花卸商店員
所属部隊名 第59師団53旅団独歩43大隊機関銃中隊
被捕年月日場所 1945年8月22日朝鮮興南市
年齢 37歳
〈街頭行き倒れ 原因・餓死 住所氏名・不明〉この書類は憲兵隊に用はなかった。生きているしゃべる人間が入用だった。しゃべる事だけが入用だった。だから、しゃべった後は用がないから殺した。しゃべらなければ役に立てないから殺した。憲兵は成果が上がらず手持無沙汰になると、また上部から『○○の情報調査せよ』の命令があれば、宿泊届をめくって何県何市と地名を拾い、職業年齢を選んで、「これでもあげてみるか」といった調子で襲いかかっていった。理由は・・・・理由は「中国領土に生活を営んでいる中国人」であった。
2018年12月に、『留守名簿 関東軍防疫給水部 満州第659部隊』2冊が発売されました!!(不二出版)
●日米安保条約・自衛隊を問う!!
自衛隊は、防護のためと言って、旧日本軍の細菌兵器・毒ガス兵器使用の反省・謝罪もないまま新たな生物兵器・化学兵器を作っているのだろうか??憲法9条を持ち、生物兵器・化学兵器禁止条約を批准しているにも関わらず!!
日本の毒ガス
在日米海軍厚木基地(大和、綾瀬市)で米陸軍が化学、生物、放射線、核(CBRN)の対応訓練を予定していることに対し、厚木基地爆音防止期成同盟(爆同)など関連4団体が4日、同基地正門前で抗議集会を開き、訓練の中止を訴えた。
訓練実施は1月28日に、日米合同委員会で合意。防衛省南関東防衛局が大和、綾瀬市に連絡した内容によると、訓練場所は、同基地を共同使用する海上自衛隊が管理する区域内にある滑走路南端の約2万平方メートル。今月5日から9月30日まで使用することで合意した。
米側は訓練への参加部隊に関し米本土所属と説明しているが、参加人員や日程については知らせていない。危険物の持ち込みや騒音の発生はないなどの情報提供にとどまっている。
CBRNへの対応訓練は同基地で過去に例がなく、周辺住民に不安が広がっている。
今月4日には同基地正門前に爆同など住民団体から約60人が集まり「危険な訓練をやめろ」などと声を上げた。爆同の石郷岡忠男委員長は「昨秋には迎撃ミサイル訓練があった。米空母艦載機部隊の移駐後に空いた施設を使った新たな訓練場になることを危惧している」と強調。基地司令官宛てに、基地の機能強化につながる運用などに抗議する要請書を提出した。
●情報公開裁判
なぜここまでして、国は衛生学校や化学学校で作っていた機関誌を公開しないのだろうか?
情報をお持ちの方は下記のアドレスまでご連絡ください。
連絡先:exhibition731@yahoo.co.jp
『日本の国家機密』(現代評論社刊 1972年初版発行)
藤井治夫著
第3章 秘密保全の機構と体制
秘密保全のシステム
局限された「知る必要」
これを「知る必要(meed-to-know)」の原則という。それを認定するのは、現にその機密資料を管理している者である。長官や次官でも勝手に見るわけにはいかない。米国防総省が発行した『極秘情報保護のための産業保全便覧』(66・3・1)は、これについて次のように述べている。
「『知る必要の有無』―これは当該極秘情報を開示する可否についての基準を端的に示す言葉である。すなわちこの言葉は国防のために国防省によって認可された極秘契約または計画を遂行するうえで絶対に必要な作業または職務を行なうために、ある者がその極秘情報に接し、それを理解する必要性を有するかどうかについての決定基準を示すものであり、この決定を行なうのはその作業または職務に含まれる情報を現に所有し、理解し、管理している者であって将来において当該情報を受領または取得する者がそれを行なってはならない」(ワース・ウェイド、小西基弘『機密管理マニュアル』192ページ)。
1957(昭和32)年7月『衛生学校第1号』発刊
●『BC兵器』久保綾三著(1969年)
※以下の記述から、自衛隊では、いま世界で流行している新型コロナウィルスなどの生物兵器の研究も大分以前からやっているといるのではないかと思われる。
「化学学校記事」
『BC兵器』 久保綾三著(1969年)
1、生物・化学兵器を告発する
核兵器から生物・化学兵器へ
こうした、遅効性の毒性が心理的に与える影響が戦略兵器としての条件の1つとして評価され、一方では、瞬間的な核分裂・核融合反応を利用する核兵器が、兵器として使用することが不可能であることを、限りなく経費を消費する核兵器体系の軍拡競争と、戦後20年にわたる紛争や局地戦争の経験によって知らされた。戦後の紛争や局地戦争というものが冷戦の戦略によってもたらされたのだが、特に解放戦争に対する帝国主義戦争の場合、核兵器は使用不可能な純然たる政治的道徳的兵器となったのである。それが具体的に示されたのはベトナム戦争であった。
●昭和天皇の戦争責任を問う!!
天皇万歳に浮かれる無責任国家 田中利幸より
重要なことは、アメリカが、日本占領支配のために、裕仁の戦争責任を隠蔽してまでも、彼の天皇としての「権威」を政治的に利用したことである。つまり、私たちが本当に問わなければならないのは、「絶対的権力を保持していた国家元首の戦争犯罪・責任の免罪・免罪の上に制定された民主憲法が、果たしてどこまで真に民主主義的であるのか?」ということである。
●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より)
吉田裕監修
※昭和天皇は、平和主義者でもなんでもなかった。好戦的であり、常に軍部に色々と指示を出していた!!
戦後補償問題に国家無答責という天皇主権の明治憲法下の原則を適用するな!!
第4部 内省なきその人生
1945(昭和20)年―1989(昭和64) 年
第十七章 静穏な晩年と昭和の遺産
Ⅰ
戦争と敗戦と外国の占領、そして改革という経験の全体が、過ぎたばかりの過去をめぐる深刻な分裂と、将来に対する不安を日本に残していた。吉田内閣にとってはふたつの優先課題あった。新しい安保条約の問題をめぐる民意の深い分裂への対処と、日本人自身の「逆コース」による占領改革の「行きすぎ」の是正である。好都合な国際環境と、戦没者を追悼する巧妙な戦略がこれらの課題の達成を容易にした。米ソの冷戦は、一般に日本の保守支配層に戦犯に対する不徹底な扱いを許し、また戦争での天皇の役割にこだわりちな教育界を再統制するについても、外国の批判から彼らを救うことになった。平和条約の調印に当たって、首相の吉田は日本の戦争責任を最小限認めた。彼は(第11条で)判決を受けた戦犯の罪状を承認し、東京裁判その他の連合国による戦犯裁判の判決を承認した。しかし国内的には、吉田は国民と世界に対する戦争指導者と国家の責任を否定し、あるいは不問に付した。
日本国憲法9条
第9条【戦争の放棄、戦力及び交戦権の否認】
①、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、
国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、
国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
②.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、
これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
RENUNCIATION OF WAR Article 9.
Aspiring sincerely to an international peace based on justice and order, the Japanese people forever renounce war as a sovereign right of the nation
and the threat or use of force as means of settling international disputes.
In order to accomplish the aim of
the preceding paragraph, land, sea, and air forces, as well as other war potential, will never be maintained.
The right of belligerency of the state will not be recognized.
731部隊員が戦犯免責され、ABCC(原爆傷害調査委員会)に協力した。その結果、アメリカの原爆投下を日本政府は問うことは無く、また被爆者は、ABCCに治療されることもなかった。そして日米安保条約の下、核兵器の廃絶に日本政府は後ろ向きである!
日本には多くの被爆者がいるのに、日本政府はなぜ核兵器禁止条約に署名しない?
●地球の異常気象の最大の原因は、今までの2000回以上の核実験や原発事故などの放射能汚染で地球が壊れてきているからではないのか??米の原爆投下責任と核実験をしてきた国の責任を問う!!
※私が考える、今の異常気象の要因は
1、1940年代から60年代にかけて大規模に行われた、核実験による環境破壊の影響
2、都市化したコンクリート(アスファルト)ジャングルによるヒート・アイランド現象
3、その結果による、交通機関(電車・バス・乗用車・航空機・船舶)やオフィス・住居などの冷暖房による排熱
4、自動車社会の排ガス
5、原子力発電による温排水の排出・・などに拠っているのではないか?
● 核実験
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
核兵器禁止条約(かくへいききんしじょうやく、英語: Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons、TPNW)は核兵器を禁止する国際条約である。略称・通称は核禁止条約、核禁条約、核廃絶条約(英語: Nuclear Weapons Ban Treaty、Nuclear Ban Treaty)など。
2017年7月7日に国際連合総会で採択され、2021年1月22日に発効。
パラオ 2017年9月20日 2018年5月3日
パレスチナ 2017年9月20日 2018年3月22日
パナマ 2017年9月20日 2019年4月11日
パラグアイ 2017年9月20日 2020年1月23日
ペルー 2017年9月20日
「北朝鮮の核実験の威力」と「史上最強の核兵器"ツァーリ・ボンバ"の破壊力」【核兵器】
●核なき世界へ!!Toward a Nuclear-Free Future
●核融合もすべきではない!!
核開発に反対する物理研究者の会通信
20170303 小出裕章先生にきいてみた!!〜土岐市核融合科学研究所 重水素実験について
なぜ、日本は広島・長崎・ビキニ・JCO臨界事故・福島と5度も被爆しているにに、日本医学界は「脱原発!!」と叫ばない!!
XII) 731部隊、広島長崎、チェルノブイリ、福島より
封印された原爆報告書
水爆実験
JCOの臨界事故
福島第1原発事故
●核兵器廃絶
徳仁・日本政府・日本医学界は、731部隊のことを謝罪し、戦争被害者の救済、戦争をしない政策にお金をかけるべきだ!
●日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか
水俣病
●731部隊(unit731)
●昭和天皇の戦争責任を問う!!天皇制反対!