2020年12月13日日曜日

細菌戦の系譜!!

  中国侵略戦争

細菌(生物)戦争
『BCGと人体実験』 美馬聡昭著
731部隊 ペスト研究、攻撃用か(1988年朝日新聞)
防疫研究室と昭和天皇の関係
1940年と2020年の東京オリンピック
731部隊と国立感染症研究所の問題
731部隊 行動示す新資料・埋もれた公文書
情報公開裁判「化学学校記事」「衛生学校記事」
ABC企画委員会
731部隊・100部隊展
記憶の継承を進める神奈川の会




入所者479人の遺体解剖 ハンセン病療養所が報告書―熊本





終戦から75周年の今、新たな動きを受けての改訂新版!

『長き沈黙【増補版】父が語った悪魔の731部隊』 
2020年11月10日初版第1刷発行 1000円+税

父は自らが隊員であった旧日本軍731部隊の罪状をマスコミに告白し、その2年後に世を去った。
父の遺志を受けて、485回にに及ぶ「語り継ぐ活動」を行ってきた著者。
「憲法改正」が声高に叫ばれ、70年間守られてきた平和憲法が脅かされる今、学び取ってほしい戦争の真実を伝える。

第1章 関東軍防疫給水部731部隊員になる
第2章 731の亡霊 私たちは何を学び取るか
第3章 悲劇を繰り返さないために 教育・学校を考える
混声合唱組曲『悪魔の飽食』



混声合唱組曲「悪魔の飽食」(池辺晋一郎指揮)



「許すな憲法破壊!院内集会」-日本学術会議会員任命拒否は憲法違反ー



『スパイの妻』黒沢清監督 ヴェネチア銀獅子賞に輝いた最高傑作!

映画『スパイの妻』

第77回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門で銀獅子賞(最優秀監督賞)を受賞した、黒沢清監督最新作『スパイの妻』。

731部隊が行なった生体実験、細菌戦を世界に訴えようとした勇気ある行動!!

世界は、もう事実を知っているのに、なぜ日本政府は、

きちんと事実を認め、謝罪しない??


ユーザーレビュー

蒼井優の話し方が…

よくまとまって、そこそこドキドキもしましたが、
蒼井優の話し方が、昭和の映画に出てくる女優の真似をする
ゆりやんレトリィバァを思い出してしまいました。

黒井秋夫講演会

PTSDの日本兵と家族の交流館






パネル展「731部隊 戦前・戦後の医学」

―医学と人権を考える―

(以下、パネル展の内容)

原発導入のシナリオ ~冷戦下の対日原子力戦略~


日本学術会議(ウキペディアより)

原子力平和利用の研究開発に関する声明

 

本会議は、わが国の原子力平和利用が原子力委員会等を中心として発展しつつあること喜ぶとともに、とくに長期基本計画が着実に実現されることに深い関心をもつものである。

しかるに昭和32年度原子力関係予算がきわめて大巾に削減されて、同計面の中の重要な部分が実行されず、あるいは延期されるのやむなきにいたるやに聞くことは憂慮にたえないものがある。

 最近世界における原子力研究の発達とともに原子動力の利用は具体化の段階にはいっている。それとともにわが国における研究の体制を急速に整備し、海外の科学技術の発展の成果を自主的にとりいれ、将来においてはわが国独自の研究をもって世界に寄与しなければならない。

 そのためには長期基本計面が実行でき、かつ放射線医学総合研究所等の国民の厚生のために必要な研究施設を設置するにたる予算面の措置が必要である。

本会議は予算の具体的な内容に立ち入って発言しようとするものではないが、政府が原子力委員会の意見をきき、わが国における原子力研究の長期的発展の見地から悔を残さないような予算措置を講ずることを希望する。



隠された毒ガス兵器


小津安二郎も毒ガス部隊だった

『従軍日記』 小津安二郎




森友・加計問題などで公文書改ざん、事実の隠蔽などが問題になっているが、敗戦時の証拠隠滅、文書焼却、事実の隠蔽は、その比ではない!今も続く歴史改ざん!!           





※30年経過したら、すべての情報を公開せよ!!


  新宿・謎の人骨100体・731部隊【歴史解説】

1989年7月22日、新宿で謎の人骨が大量に発見された

    関東大震災と朝鮮人虐殺「なかった」ことにしたい集会、誰が参加するの か?   

                   

 

    歴史改ざん(「風を読む」)


       

                 【日航機墜落事故の真相】

今の日本の実態!!




 

 

●今の日本人は、まさかと思うかもしれない。


今、世界中で猛威を振るっている新型コロナウィルス。これは、細菌戦(生物戦)ではないのか?
過去に、日本が中国で行なった細菌戦のように。(以下は現在分かっている細菌戦)

 日本政府・日本医学界が、真摯に過去に向き合い、生物兵器を作ったことを謝罪し、今のこの難局に立ち向かわない限り、オリンピック開催はないであろう。

 

 

東大医学部を卒業、将来を期待される医学者でありながら、731部隊の恐ろしい体験から、そしてその731部隊に参加したという罪の意識から、戦後医学者の道を捨ててしまった男、秋元寿恵夫

元731部隊員(第十課 血清班班長)秋元寿恵夫の言葉

「もしもバイオテクノロジーが軍事研究の魔の手に捕らえられた時の行き先がどうなるのかの危険性は、「ひょっとしたら人間の知能などを変える」どころか、さらには人類にとって取り返しのつかない害悪をもたらす生物兵器の出現につながっていくかもしれないのである。」


1939年 731部隊 ノモンハン戦争にて細菌戦(チフス菌、コレラ菌、赤痢菌)を行う
*1940年は皇紀2600年(神武が即位して2600年??)東京オリンピックや万博が開催される予定であったが、戦争の為中止!!
1940年 6月4日  731部隊、農安大賚・農安で細菌戦(ペスト菌)を行う
10月 4日   731部隊、衢州で細菌戦(ペスト菌)を行う
10月27日  731部隊、寧波で細菌戦(ペスト菌)を行う
1941年11月4日  731部隊、湖南省常徳で細菌戦(ペスト菌)を行
1942年17月 100部隊は、ハイラルの北約120キロのソ連国境で行なった「三河演習」で鼻疽菌の生存期間を測定、炭疽菌の土 壌への浸透力の調査した 
8月  731部隊、湖南省江山、常山、衢県、麗水、江西省広信、広豊、玉山で細菌戦(ペスト、コレラ、チフス)を行う
1943年12月  100部隊第2部に細菌戦準備の第6科を設置


【コロナは生物兵器か】人工のコロナウイルスショックによる文明の転換点 船瀬俊介氏が語る

 




米軍300人が新型コロナの感染が広がる前に武漢にいたという。
新型コロナウィルスを撒いたのは??

 

10分で学びなおす 「731部隊」より(『週刊現代』より)








 

 

1929年11月7日昭和天皇陸軍軍医学校視察

 

 

731部隊は、石井四郎が、細菌戦の司令塔ではなかった。誰が裏で司令塔になっていたのだろうか?小泉親彦陸軍軍医総監、宮川米次第5代東大伝研所長、大元帥昭和天皇等がバックにいた。


NHKスペシャル 「731部隊の真実~エリート医学者と人体実験~」 2017年8月13日


 

●日本政府は、新宿戸山の軍医学校跡地(現国立感染症センター)から見つかった人骨の身元調査を早急にして、遺族に返還し、きちんと謝罪すべきだ!!

 

731部隊被害者遺族の訴え!!        

 

 



 1929(昭和4)年 実験医学雑誌第13巻雑報


雑報

学術集談会

5、該精製溶血毒素に種々の酵素を作用せしむるに溶血毒素は蛋白消化酵素なるTrypsin又はErepsinの作用を受けずして含水炭素消化酵素なるDiastase又はEmulsinによりて破壊せらる。

 

6、余は上記の諸点より従来唱えられたる特異性細菌溶血毒素が蛋白様の膠質なりと云う学説に左袒する能わず、少くもVibrioElTor溶血毒素は蛋白質よりは寧ろ含水炭素に関係あるものにあらざるかと思惟す。

  伝染病研究所の写真は、『傳染病研究所』小高健著より 

 

   

この新型コロナウィルスがどこで作られたかは分からないが、細菌戦の系譜をたどると、日本は、戦時中、1925年のジュネーブ議定書を無視して、中国で細菌を製造し、細菌戦を行なった。戦後、731部隊での研究データをアメリカに渡し、731部隊員は全員戦犯免責され、アメリカは生物戦の研究を本格的に始めた。
日本政府は、中国で行った細菌戦や生体実験の事実を、(日本の裁判所は事実認定をしている)未だに隠し続け、その事実を認めていない。勿論謝罪もしない。日本軍が中国に遺棄してきた生物兵器は戦後、どのようになったのだろうか?
この新型コロナウィルスに影響しているのだろうか?
今、日本人は過去に犯した戦争犯罪を直視し、きちんと歴史事実に向き合う時ではないのか?

 

 

●細菌戦裁判資料集シリーズ・第8集(2002年10月31日)

「731細菌戦裁判・第1審判決特集号」の発行にあたって 

本書第8集は、細菌戦裁判の第1審判決(東京地方裁判所民事第18部)の後、開催された判決報告集会、記者会見、意見交換会等での発言を編集したものです。


3章 細菌戦裁判弁護団から

 

判決の法律論は正義に反する

 

土屋公献(731細菌戦裁判弁護団長、元日弁連会長)

 それから、判決は、中国民法は公権力による加害について法例の適用を受けることがないので、中国民法による賠償を認めないとしました。

また、日本民法による損害賠償については、国家賠償法が昭和22年に施行される前の犯罪であるので、国家無答責としています。しかし国家無答責という法律論は、それ自体法律でも何でもない、ただの解釈論であります。我々は今現在の訴訟で争っているのであり、当然現在の時代の方向性に適った解釈論、法律論で判決を出すべきです。

  


731部隊員が多く入った国立予防衛生研究所(現・国立感染症研究所)や自衛隊などでの生物兵器の開発・研究も行われているのではないか?

     731部隊の行なった細菌戦

 

●日本政府は、731部隊の罪業を、公開せず、秘匿し、戦後全く無反省である!!最高責任者の昭和天皇も戦犯免責された!!

安倍晋三は何でこんな行動がとれるのだ??無反省のまま、ずっと生き延びられるのか??
安倍首相の731戦闘機試乗 「止まらない挑発」の非難

 

           

2013年5月12日、安倍晋三は宮城県東松島市の航空自衛隊基地を訪問して、機体番号が‘731’であるアクロバット飛行団訓練機の操縦席に座りサムズアップして写真に収まった。

           

731部隊全景(中国に於いて人体実験を繰り返し、細菌兵器を開発し、中国各地で細菌戦を行なった。)
旧満洲第731部隊軍医将校の学位授与の検証を求めます!

731部隊新発見公文書の中身とは 細菌研究を明記

 

 

 

 

 

●『1931 満州鞍山守備兵 斉藤準太郎の日記』

 

 

三月十四日

陽気な日々ばかりで道が悪くなって仕様がない。白い球を追いつつ一日の疲れを捨てている人達の姿は非常に幸福に見える 陽気の故でもあるまいが工卒が遊びに来ている。 あずま屋のそばに腹を出して寝ている 通信の兵隊が軍旗を十数本も春風になびかせつつ 巨?性一キの如き盛を呈している。

射撃の成績は目のせいでもあるまいが当たらないことおびただしい。―+000-この成績ではなんと云う下手だろう自分ながら愛想が尽きる 衛兵勤務のせいにしてほうほうのていで帰る 初年兵は演習に行って帰らす本当に静かで眠りをむさぼった





    

大江健三郎著

「ヒロシマノート」岩波新書(1965年発行)

 

 





挿絵カット 丸木位里・赤松俊子『ピカドン』(1950年86日ポツダム書店発行)より

 

Ⅱ 広島再訪

  今年の会場である労働会館にそのような秘密めかした気分や、不安や困難と苦渋の感覚はいささかもない。何となく素人っぽい会の運営が、小さな行き違いや停滞を引き起こしても、誰一人それを重大なことには考えない。誰もが、ここで行われている三県連絡会議の原水禁広島、長崎大会のスムーズな展開を信じている。

 

唯一の戦争被爆国 日本政府は核兵器禁止条約に署名・批准してください!

  日本は、日中戦争で国際法に違反して、細菌戦、毒ガス戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!!

 

●『細菌戦部隊』

731研究会編   1996年9月(核時代51年)初版発行


Ⅰ 731部隊


昆虫班でのノミの増殖

ノモンハンでの細菌撒布も

 

鶴田兼敏(つるたかねとし)

731部隊・少年隊

〈経歴〉

1921年生まれ

1938年 731部隊に入隊(少年隊・田中班)

1939年10月 退職

1945年12月 帰国

■この証言は佐賀731部隊展(1994年12月)の『報告集』をもとに本人がまとまたもの。

 

私は昭和13(1938)年11月、関東軍の軍属要員として東京から未成年80人ばかりと一緒に“満州”、今の中国東北地方のハルピンに送られました。着いたところが石井部隊、いわゆる731部隊だったわけで、正式名称は関東軍防疫給水部です。私達80名は、少年隊という名のもとに3個班に分かれました。私は第3班の班員になりました。班員は16歳から18歳までの約30名でした。



 『証言 人体実験(731部隊とその周辺)』


中央档案館、中国第2歴史档案館、吉林省社会科学院編
江田憲治、兒嶋俊郎、松村高夫編訳


五 日本の降伏前夜、平房細菌工場を爆破しての証拠隠滅

 

千田謙三郎自筆供述書(1954年109日)

 

 口頭で伝達された命令の要点は次の通りであった。情報によれば、ソ連軍は既に牡丹江を突破し、阿城付近では落下傘兵が降下している。旅団ではハルピン市内での市街戦を準備しているので、各大隊とも配置につくべし。工兵部隊は直ちに石井部隊の平房における建物全てを爆破すべし。

 会議後、石原工兵大隊長が直接部下を指揮し、13、14の両日、平房の建物を全て爆破した、

これは全て細菌部隊の罪状の証拠を隠蔽する為にやったことである。私もハルピン市内で爆破音を聞いた。

1)1192168,1、第5

 


●毒ガス戦
・『日本軍の毒ガス兵器』  松野誠也著

3章

一般国民と毒ガス

1、自国民にも災厄をもたらした毒ガス

 

毒ガスに汚染された兵器製造所

 

各工室付近ではその工室に於いて製造する毒ガス特有の臭気がたちこめ、催涙、咳嗽(がいそう)、悪臭に悩まされ、駆け足で走り回ることも多く、場合によれば防毒面の装着なしでは通れない事もしばしばであり、道路上へはイペリット等の毒液が落ち、特有の臭気を放つと同時に諸種の物品に付着し、ゴム長靴以外では歩けない状態」だったと報告している(中村照彦「日本に於ける戦用毒ガス傷害の研究第1報 毒ガス島の概況に就いて」)。



 


 ・『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店 1995年発行)




 

2章 地図から消えた神秘の大久野島

 

昭和の期間中、日本陸軍の兵工廠は東京、名古屋、大阪、平壌及び火薬工廠の5つの系統に分かれており(表―6参照)、平壌の兵工廠の他は各系統の下に若干の製造所を設け、専門にある種の兵器を生産していた。

 

 これらの工場は火薬製造の兵工廠が最も多く、秘密保持ということから、大久野島にある毒剤製造の工場も火薬工廠の系統に入り、その名も「陸軍兵工廠火薬工廠忠海兵器製造所」と呼ばれた。それは付近の福岡県小倉市の兵工廠から一部分が分かれて建てられており、陸軍の文献の中に、この製造所の任務については、「爆薬」と書かれている。

 1927年7月1日、陸軍兵器工廠は忠海に派出所を設け、島の住民全員を転出させてから、一団また一団と労働者を派遣してきて基礎建設を始めた。続いて軍部は、島の付近を通過する外国船に航路を変えるよう命じた。付近の市、町、村には「防護団」の組織網をつくり、毎月1回は憲兵や警察に連絡させた。







 

 

 

日本軍の毒ガス戦と遺棄毒ガス問題

 

●『三光』     中国帰還者連絡会編
日本鬼子(リーベンクイズ)

 

嫌がる少女を銃剣で脅して

 

宮島健司

伍長 分隊長

〈略歴〉

本籍地 神奈川県川崎市

出身階級 労働者 電動機捲線及び修理工

最終卒業学校 電気学校昼間部本科三期卒

部隊名 59師団54旅団110大隊

被捕場所年月日 朝鮮咸鏡南道咸興市女子商業学校 1945年8月25日

年齢 38歳

 

津浦線を一路天津に向かって走る車中、行けども行けども続くよく肥えた黒土を、じーっと窓越に見つめる私には、いつか13年前の出来事がまざまざと昨日のことのように浮かんでくるのでした。3つの星の襟章をつけ、銃剣をもった青年の私。戦争こそ唯一日本の生きる道と信じていた私。山東省の一帯にかけて4年近くの長期にわたり、畑を耕すお百姓さんや、優しい子どものお母さんたちの切ない訴えを、「日本軍に刃向かう不逞の奴め」とののしり、殴り、蹴り、殺し、そして食物や財産を奪い、壊し、人間がもう2度と住めないうようにと、戦争に狂っていた姿でありました。





2018年12月に、『留守名簿 関東軍防疫給水部 満州第659部隊』2冊が発売されました!!(不二出版)

 



●日米安保条約・自衛隊を問う!!
自衛隊は、防護のためと言って、旧日本軍の細菌兵器・毒ガス兵器使用の反省・謝罪もないまま新たな生物兵器・化学兵器を作っているのだろうか??憲法9条を持ち、生物兵器・化学兵器禁止条約を批准しているにも関わらず!!


日本の毒ガス


●情報公開裁判
なぜここまでして、国は衛生学校や化学学校で作っていた機関誌を公開しないのだろうか?

731関連裁判の動向について   和田千代子

(2)『化学学校記事』の情報公開裁判

①被告は、『化学学校記事』発行の記述は、1968(昭和43)年以降の『化学学校史』にはなくなり、『化学学校記事』がいつまで発行されていたのか調査しても不明だと主張していた。だが原告が『化学学校記事』第16号(19701月発行)の存在を指摘すると、20202月の準備書面で、『化学学校記事』第16号発行の事実を初めて認めた。しかし、その一方で「高齢であって体調面にも大きな不安があることから陳述書作成に協力を得られなかった」と弁明し『化学学校記事』がいつまで発行されていたのかを調査ししようとしていない。





 

 

DEMO RESE TV「731部隊の真実part1」




 

・次回『化学学校記事」情報公開裁判は(第16回)東京地裁?号法廷(未定)は

12月16日(水)11:00~になりました。




1957(昭和32)年7月『衛生学校第1号』発刊




 


●『BC兵器』久保綾三著(1969年)
※以下の記述から、自衛隊では、いま世界で流行している新型コロナウィルスなどの生物兵器の研究も大分以前からやっているといるのではないかと思われる。

3、沖縄―核だけなく毒ガスも

目に見えない恐怖

「米兵だけでこっそり夜運ぶ弾薬もありますよ。私たちには、絶対触れさせません。しかしほんとは、私たちにこの弾薬を運ばせたいようです。米兵運転手が嫌がっているそうで・・・」

 ある弾薬運搬車の運転手の話である。

 米兵自身が嫌がるその兵器ーそれが日夜、私たちの町を走っている。今日もー。

 

 


 

 ●昭和天皇の戦争責任を問う!!


天皇万歳に浮かれる無責任国家  田中利幸より

重要なことは、アメリカが、日本占領支配のために、裕仁の戦争責任を隠蔽してまでも、彼の天皇としての「権威」を政治的に利用したことである。つまり、私たちが本当に問わなければならないのは、「絶対的権力を保持していた国家元首の戦争犯罪・責任の免罪・免罪の上に制定された民主憲法が、果たしてどこまで真に民主主義的であるのか?」ということである。


 


 



●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より)

吉田裕監修 

 

2001年ピュリッツァー賞受賞

 

 


※昭和天皇は、平和主義者でもなんでもなかった。好戦的であり、常に軍部に色々と指示を出していた!!

戦後補償問題に国家無答責という天皇主権の明治憲法下の原則を適用するな!!
  

     



4部 内省なきその人生

1945(昭和20)年―1989(昭和64) 年

 

第十四章  創り直された君主制

  天皇は、東久邇の言動や〔人事の〕決定について細心の注意を払い、816日から92日にかけて少なくとも日に1、2度は拝謁を受けていた。占領軍が大挙して進駐する以前の重大な2週間の間に、天皇と宮中グループ、そして東久邇内閣は、彼らにとって真に重要と思われた問題に関心を集中させた。つまりそれは、敗戦に対する国民の反応を抑制し、彼らの従順さを維持し、さらに責任問題に関心を向けさせないことであった。しかし、彼ら何をしようと、ひとたび外国の占領者が進駐すれば、君主制の改革や国家指導者の処罰は避けられないという意識が広まりつつあった。加えて、天皇自身、戦争責任を負って退位せざるをえないだろうとの噂さえ流れていたのである。

 



731部隊員が戦犯免責され、ABCC(原爆傷害調査委員会)に協力した。その結果、アメリカの原爆投下を日本政府は問うことは無く、また被爆者は、ABCCに治療されることもなかった。そして日米安保条約の下、核兵器の廃絶に日本政府は後ろ向きである!

 

日本には多くの被爆者がいるのに、日本政府はなぜ核兵器禁止条約に署名しない?

地球の温暖化や異常気象の最大の原因は、今までの2000回以上の核実験や原発事故などの放射能汚染で地球が壊れてきているからではないのか??米の原爆投下責任と核実験をしてきた国の責任を問う!!


●『二酸化炭素温暖化説の崩壊』広瀬隆(集英社新書 2010年発行)

第2章 都市化と原発の膨大な排熱


コジェネの発想と燃料電池

 他にも、店舗、ホテル、病院などに都市ガスを使ったガスエンジン発電機が動き出している。これらのコジェネでは、排熱が温水器に送られて貯湯タンクにどんどんお湯ができ、食器の洗浄ができたり、お風呂の給湯ができるので、経費とエネルギーが両方節約されるコジェネの好例である。

 

 

 

※私が考える、今の異常気象の要因は

1、1940年代から60年代にかけて大規模に行われた、核実験による環境破壊の影響

2、都市化したコンクリート(アスファルト)ジャングルによるヒート・アイランド現象

3、その結果による、交通機関(電車・バス・乗用車・航空機・船舶)やオフィス・住居などの冷暖房による排熱

4、自動車社会の排ガス

5、原子力発電による温排水の排出・・などに拠っているのではないか?

 

 

 

 

 

●核実験(ウキペディアより)

若くして白血病で亡くなった夏目雅子、本田美奈子、また五輪候補選手だったスイマーが白血病になったのは、放射能の影響ではないのか?


月の砂漠の犠牲者 夏目雅子と本田美奈子


核兵器禁止条約

署名国・批准国

2020年12月4日現在の署名国と批准国。

署名国                  署名日             批准日 (締約日)

グレナダ         2019年9月26日

グアテマラ        2017年9月20日

ギニアビサウ       2018年9月26日

ガイアナ         2017年9月20日        2017年9月20日

バチカン        2017年9月20日       2017年9月20日

 

 

 




●核なき世界へ!!Toward a Nuclear-Free Future




●核融合もすべきではない!!
20170303 小出裕章先生にきいてみた!!〜土岐市核融合科学研究所 重水素実験について






なぜ、日本は広島・長崎・ビキニ・JCO臨界事故・福島と5度も被爆しているにに、日本医学界は「脱原発!!」と叫ばない!!

       

      

原爆投下された直後、日本は自らが原爆調査をして、731部隊(人体実験や細菌戦)の事もあるので、アメリカの心証を良くしようと考えた。そして科学者を総動員して原爆調査(被爆者を救済するための調査ではなく、原爆の威力調査)を181冊の調査書にまとめて、英訳し、アメリカに渡した。その後、731部隊員は、731で研究したデータを渡し、戦犯免責を受けた。原爆調査書は被爆者の治療には全く生かされず、日本の医学界は、原爆の放射能被害については、何も言及しなかった。そればかりか、その後のアメリカの原爆・水爆実験も批判せず、その被害を過小評価した。そして日本政府が、原子力の平和利用として原発を推進する政策にも、大きく加担している。

XII) 731部隊、広島長崎、チェルノブイリ、福島より

・・・第二次世界大戦中、日本軍は3000人もの医師たちが関わったとされる731部隊により、妊婦や子供まで含めた人体実験が行いました。極東裁判では捕虜虐待死の容疑で死刑に処された軍医幹部もいる中、731部隊関連者は訴追されませんでした。戦後、「研究データを米軍に提供すること」、さらにはなんと、「広島・長崎の研究に協力すること」を引き換えに免責されたのでした。

2010年のNHKの番組で、「(米国への研究データの提供のほかに)原爆調査への協力を731部隊の免責のカードとして使った」という元陸軍軍医の証言がありました。

封印された原爆報告書




水爆実験
水爆実験ブラボーで被爆したのは第5福竜丸1隻ではなく、延べ1000隻近くの漁船が
被爆した!!













 

           

JCOの臨界事故


福島第1原発事故

核兵器廃絶
徳仁・日本政府・日本医学界は、731部隊のことを謝罪し、戦争被害者の救済、戦争をしない政策にお金をかけるべきだ!

日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか
水俣病


731部隊(unit731)
昭和天皇の戦争責任を問う!!天皇制反対!

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