731を問う!!
2020年2月17日月曜日
『ヒロアカ』騒動で集英社がお詫び (731部隊の新資料)
第2次世界大戦中に細菌戦の準備を進めた旧関東軍防疫給水部(731部隊)について、戦後に日本政府が作成した公文書が6日までに、発見された。京都帝大などから派遣された医師らが人体実験を行ったとされる731部隊について、政府はこれまで国会で政府内に「活動詳細の資料は見当たらない」と答弁をしており、発見した西山勝夫滋賀医大名誉教授は「まだまだ731部隊に関係する資料が埋もれている可能性がある」と話している。
発見された公文書は戦後5年目の1950年9月に厚生省(現・厚生労働省)復員局留守業務第三課が作成した「資料通報(B)第50号 関東軍防疫給水部」との文書。西山名誉教授が昨年11月、国立公文書館から開示決定を受けた。文書は計4ページあるが、もっと分厚い資料の一部だった可能性がある。戦後中ソに取り残された元731部隊の軍医や軍人らの状況を把握するために作成された資料で、「関東軍防疫給水部の特異性 前職に依る(サ)関係者が多い」と書かれている。
うち1枚は「関東軍防疫給水部行動経過概況図」と題された縦約90センチ、横約60センチある大きな図面。「防給本部」について「部隊長 石井四郎中将以下約1300人内外 本部は開戦と共に全部を揚げて北鮮方面に移動すべく」などと満州(現・中国東北部)から日本に帰国するまでの経路が図説され、本部第一部が細菌研究、第四部が細菌生産などと部隊構成も記載されている。
図は大連支部や牡丹江支部、ペスト防疫部隊など、関東軍防疫給水部の各支部がソ連参戦時にどういう部隊構成だったか、武装解除や敗走経路、ソ連に抑留された人数や指揮官の氏名、中国側に残留している人数なども記載している。731部隊はハルビン近郊にあった本部と実験施設を爆破し研究資料も廃棄処分したとされるが、撤退の経路が日本側公文書で裏付けられるのは初。731部隊の本部では日本に帰国し、戦後の医学界や製薬会社で活躍した人物が多いが、今回の資料で各支部は混乱した状況だったことも明らかになった。
731部隊の生体実験やペスト菌散布などを示す戦時中に作成された文書や論文は国内や中国で発掘が相次ぎ、占領期に米国が石井元731部隊長や解剖した医学者らに尋問した調書も機密開示されているが、戦後に日本政府は731部隊について「調査しない」との見解を繰り返しており、公文書が存在した意義は大きい。
日本政府は、731部隊のペスト菌散布を裏付ける金子軍医少佐論文(1943年付)が国会図書館関西館(精華町)で発見された際も、2012年の国会答弁で「政府内部に資料が見当たらないのが実態」と答弁している。
『ヒロアカ』騒動で集英社がお詫びも、ネトウヨが「731部隊は捏造なのに」と妄言! ならば突きつけよう、“人体実験”の証言
「週刊少年ジャンプ」(集英社)で連載中の漫画『僕のヒーローアカデミア』(作・堀越耕平)に登場するキャラクターの名前が、細菌兵器の開発や人体実験を行なっていた日本軍の「731部隊」を彷彿させるとして、SNSで批判が集まった問題。『ヒロアカ』との愛称で知られる本作はアニメ化もされた人気作で、海外ファンも多いという。
念のため振り返っておくと、3日発売の「ジャンプ」2020年10号掲載『ヒロアカ』最新話のなかで、改造人間を生み出す総合病院の創設者という設定の「志賀丸太」なる名称のキャラクターが登場したのだが、これが、731部隊で殺害や人体実験の対象にした捕虜を呼ぶ隠語になっていた「丸太」「マルタ」を思い起こさせるとして、SNS上で主に海外から強い批判が出た。
これらを受けて、まず3日に「週刊少年ジャンプ」の公式サイトなどに編集部名義で〈週刊少年ジャンプ10号(2月3日発売)『僕のヒーローアカデミア』の登場人物「志賀丸太」について、その名前が「過去の史実を想起させる」とのご指摘がありました。命名に当たり、作者や編集部にそのような意図はありません。しかしながら、無関係の史実と作品を重ね合わせられることは本意ではないため、作者と相談の上、コミックス収録時に当該人物の名前を変更することにいたしました。〉と、キャラクターの名前の変更を告知。
さらに7日には、集英社の公式サイトなどに集英社として日本語のほか複数言語へ翻訳した詳細な「お詫び」文を発表。〈「志賀(しが)」は他の登場人物名の一部から、「丸太(まるた)」はその外見から命名したもので、過去の歴史と重ね合わせる意図は全くありませんでした〉と釈明したうえで、〈しかしながら、「悪の組織の医師」というキャラクターの設定とこれらの名前が合わさった結果、中国をはじめとする海外の読者の皆様に不快な思いをさせてしまいました。事前に編集部が表現について十全な検討を行うべきでした〉と述べた。「志賀丸太」のキャラクター名は、コミックス収録時や電子版にて変更するという。
作者の堀越耕平も、キャラクターの名称について〈いずれも偶然で、読者のみなさんを傷つける意図は全くありませんでした〉としつつ、〈大勢の方に大変不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ございません〉〈今後、二度とこのようなことを繰り返さぬよう、努めてまいります〉とお詫びした。
しかし、日本国内のネットやSNSでは、3日に集英社が名前変更を告知した直後から、731部隊を想起させるという抗議の声とそれに対応した集英社に対して、非難が殺到した。〈日本には表現の自由がある〉〈難癖だろ〉〈今一番好きなアニメのヒロアカが韓国中国に攻撃されているのに頭きてる〉〈名前を変えさせた集英社にがっかり〉〈突っぱねればいいのにヒロアカの作者も集英社もアホだろ〉〈謝るべきではなかった〉、さらには〈そもそも731部隊も人体実験も捏造なのに〉という声まで……。
だが、これらの非難は明らかに的外れだ。たとえば、欧米でナチスやホロコーストを彷彿とさせるデザインや名称が無闇に表現物に使われれば批判される。一般論として、戦争犯罪や民族浄化、あるいは大量殺戮等にちなむキャラクターが議論を呼ぶのは、いたって自然なことだ。
しかも、今回は「丸太=731部隊のマルタ」と見なされたのは、単に読み方が同じだっただけでなく、当該キャラクターの設定が「改造人間をつくる医師」であったことが要因だ。つまり、731部隊を想起させる加害者側の名前に、被害者を指し示す隠語を使うという転倒を用いていたのだ。
仮にこれが、表現とその他の自由や権利がぶつかる「表現の自由」の問題であるならば、制作者側は表現の意図を説明し、理解を求めるなりなんなりすればよい。たとえば、ナチを描く作品が適切かは、単に「ヒトラー」を登場させたかどうかではなく、その内容や文脈による。しかし、今回の『ヒロアカ』には批評性も必然性もない。そのことは、今回、制作者が「過去の歴史と重ね合わせる意図は全くなかった」としてキャラクター名をあっさり変更したことからも明らかだろう。
つまるところ、今回の『ヒロアカ』をめぐる騒動は「表現の自由」の問題ではなく「想定の甘さ」と考えるべきで、現に制作者側がそうした認識を示している。むしろ、集英社が公式に〈今後、このような事態を起こさないよう、様々な歴史と文化への理解を深める努力を続ける〉(「お詫び」より)と明言し、負の歴史にかかる議論をうやむやにしなかったことを評価すべきではないのか。
731部隊を「『悪魔の飽食』の創作」と信じるネトウヨの歴史への無知、リテラシー欠如
さらに呆れたのは、今回、海外からの抗議や集英社を非難する声の中に、歴史への無知を丸出しにしたネトウヨの妄言が多数含まれていたことだ。
たとえば、731部隊が人体実験をしていたのは中国人とロシア人なのに、〈文句言う韓国人は頭大丈夫か?病院行ってこい〉などと、まるで韓国人がクレームをつけたかのような投稿、さらに、前述したように731部隊やその人体実験を「捏造」とする書き込みも多数見られた。
〈マルタ?731部隊?全部デマだよ〉
〈はっきり言ってこれは運動家による言論弾圧である。731を想起させるというが、そもそも731部隊による人体実験自体捏造だらけで疑わしい。〉
〈そもそも731部隊は防疫部隊であって、人体実験してた事実はなく、そんな話は森村誠一の小説であり完全にフィクションなのに〉
〈ヒロアカの件 そもそも731部隊の人体実験は創作、捏造なんだからさってところを突っ込む人が少なすぎるし、公式側があっさり折れてしまって日本人の中にも731部隊は残虐な人体実験をしたってのが史実だと思った人がきっと沢山いるでしょう〉
〈まず連中の言ってる人体実験だのは、旧ソ連が戦後ハバロフスク裁判で自白強要させ創作したプロパガンダ〉
〈731部隊 嘘 …で検索すれば、種々確認できます。731部隊が細菌兵器研究をしていたとしても、人体実験とか実戦で使われた事はないという調査結果が米国の国立公文書館で公表されてます〉
〈そもそも731部隊の人体実験の話自体が小説「悪魔の飽食」の森村誠一率いる極左連中の捏造なのに。バカが悪しき前例をつくりましたね〉
呆れる。つっこみたいことは山ほどあるが、そもそも「731部隊」の存在は1980年代以降の実証的研究で確定しているし、人体実験やマルタ=捕虜の殺害・非人道的扱いについても史料や元部隊関係者らの証言で裏づけされていることだ。「731部隊は存在しなかった」「人体実験なんてやってない」なる話は、保守系の現代史家である秦郁彦氏らも否定するようなトンデモで、それこそネットで出回ったデマである。
あらためて説明しておこう。731部隊とは、日本の満州国建設から4年後、日中戦争の前年にあたる1936年8月に、関東軍防疫部(のちに関東軍防疫給水部本部に改称)の名称で発足した陸軍の秘密部隊の通称で、創設者である石井四郎軍医中将の名から「石井部隊」とも呼ばれる。731部隊は、満州で日本軍の細菌兵器の開発を行い、中国人やロシア人を使った人体実験を行っていた。日本の敗戦と同時に、証拠隠滅のために部隊の研究施設は破壊され、被験体も殺害・焼却されている。
いまさら「『悪魔の飽食』が創作したデマ」などと言っている人は、実際、同書を読んだこともなければその立ち位置も知らないのだろう。戦後の80年代初頭、731部隊を描いた『悪魔の飽食』はそのセンセーショナルな内容で話題となったが、一部写真の誤用が発覚し、右翼から攻撃の対象となった。また、『悪魔の飽食』が指摘するいくつかの点については歴史家から疑問視されているものもあるが、あくまで文献の一つであって、現在までに確実視されている事実がすべて同書に依拠するわけではない。
『悪魔の飽食』を批判した元731部隊員の本にも残酷な人体実験の詳細が
実例を出しておこう。『悪魔の飽食』が出版された後、たしかに元731部隊関係者のなかには同書への“違和感”を表明する人もいた。たとえば1982年には、731部隊の元部隊員だと告白した女性が「郡司陽子」とのペンネームで『証言 七三一部隊』なる本を出している。
郡司氏は同書「まえがき」で『悪魔の飽食』を指して〈「わたしたち」が戦後三七年間、家族にも告げずに守ってきたものは、この「本」に書かれているようなことだったのだろうか〉などと記しているが、一方で「マルタ」の扱いや人体実験については、やはり731部隊員であったという「弟」の証言として、こう書き留めているのだ。
〈通称「呂の字」と呼ばれた「本部」の建物内には、「七棟八棟」という特別監獄があり、「丸太」といわれる囚人が収容されていた。
「丸太」とは、日本軍の捕虜となった八路軍(中国の共産軍)兵士やロシア人兵士、スパイ等のことで、ここでは「一本、二本」というふうに数える。つまり彼らは、すでに「死刑」を宣告された捕虜たちで、人間であっても、人間ではない。その処分は自由だから、実験のための材料として生かされてはいるが、「物」としてあつかわれているのだ。〉
〈自分が直接体験したのは、この「丸太」を使った細菌爆弾の実験と、その結果、完成された細菌爆弾等を用いた細菌戦の実戦である。〉(同書より「弟」の証言)
『証言 七三一部隊』に出てくる〈「丸太」を使った実験にも、何回か出動した〉という「弟」の証言によれば、安達の特別演習場に「マルタ」たちを連れて行き、目隠しをしたままベニヤ板を背に後ろ手に縛った。隊員たちはトラックで約150メートル後方に避難し、防毒衣やマスク着用して待機。円状にまちまちの距離で立たせられている「マルタ」たちの中心点へ爆弾を投下し、それを観察したという。
〈そこは、「丸太」の地獄だった。
「丸太」は例外なく吹き飛ばされていた。爆撃で即死した者、片腕を飛ばされた者、顔といわず身体のあちこちからおびただしい血を流している者──あたりは、苦痛の呻き声と生臭い血の匂いとで、気分が悪くなるほどだった。
そんななかで、記録班は冷静に写真や映画を撮り続けていた。爆弾の破片の分布や爆風の強度、土壌の状態を調べている隊員もいた。
自分たちもまた、てきぱきと「丸太」を収容した。あとかたづけは、実験内容の痕跡を残さないように、ていねいに行われた。
「丸太」は、死んだ者もまだ生きている者も一緒にトラックに積み込まれた。それがすむと、自分たちは全員がその場で噴霧器のようなもので消毒され、隊に戻ることになる。
部隊に戻ると、ふたたび消毒され、さらに消毒風呂、シャワーを浴びて着換え、ようやく解散となるのだった。
自分が耳にしたところでは、死んだ「丸太」も負傷した「丸太」も、それぞれ専門的に検査され、死体は消毒のあと、焼却場で焼かれるとの話だった。
こうした一連の実験が、細菌爆弾の効果測定のためであることは、疑いの余地はないと思う。「口外無用」と命令されていたことや防毒衣、防毒マスクの着用、身体の厳重な消毒など、すべてのことが、それを物語っているからだ。さらに、この実験では、爆弾の効果をいかにして水平に拡大するかが、併せて研究されていたと思われる。〉(「弟」の証言)
先に「まえがき」を引用したように、郡司氏は『悪魔の飽食』にかんして731部隊員の「わたしたち」を「悪魔」として描いたと感じており、少なからぬ違和感を持っている。その元隊員ですら、こうした「丸太を使った人体実験」の当事者証言を生々しく記しているのだ。
NHKスペシャルが放送した証言「チフス菌を飲ませた」「ペスト蚤を散布」
731部隊では、「マルタ」を凍傷や細菌の実験台にもしていた。部隊には当時、京都帝国大学や東京帝国大学などからエリート医学者たちが集められていた。石井中将や軍医たちが東京裁判で「戦犯」として訴追されなかったのは、人体実験や細菌研究のデータを米国に提供することをバーターにしたからだ。そのことは機密開示された米国側の資料などから判明している。
当時、本サイトでも紹介したが、2017年に放送されたNHKスペシャル『731部隊の真実〜エリート医学者と人体実験〜』では、1949年にソ連で開かれた軍事裁判「ハバロフスク裁判」での731部隊関係者の証言の数々をテレビ放送し、大きな話題になった。たとえばこんな証言だ。
「昭和18年の末だと記憶しています。ワクチンの効力検定をやるために、中国人それから満(州)人を約50名あまり人体実験に使用しました。砂糖水を作って砂糖水の中にチブス菌を入れて、そして、それを強制的に飲ませて、細菌に感染をさせて、そして、その人体実験によって亡くなった人は12から13名だと記憶しています」(731部隊隊衛生兵・古都良雄)
「ペスト蚤(ペストに感染させた蚤)の実験をする建物があります。その建物の中に、約4〜5名の囚人を入れまして、家の中にペスト蚤を散布させて、そうしてその後、その実験に使った囚人は全部ペストにかかったと言いました」(731部隊軍医・西俊英)
「使われる細菌は、主として、ペスト菌、コレラ菌、パラチフス菌であることが決定しました。ペスト菌は主として、ペスト蚤の形で使われました。その他のものはそのまま、水源とか井戸とか貯水池というようなところに散布されたのであります」
「あの当時、現地に中国人の捕虜収容所が2カ所ありました。その人員は約3000名と言われていました。その饅頭をつくりに参加しました。少し冷やしてから、それに注射器でもって、菌を注射しました」(731部隊第一部〔細菌研究〕部長・川島清)
これら証言や歴史家の研究から、731部隊が細菌を含む「マルタ」の人体実験を行なっていたことは明らかだが、政府は〈外務省、防衛庁等の文書において、関東軍防疫給水部等が細菌戦を行ったことを示す資料は、現時点まで確認されていない〉(2003年10月答弁書)などとして、「資料がない」ことを理由に調査を否定している。
ところが、「ない」はずの731部隊関連の公文書は存在していた。戦後に日本政府が作成した、731部隊の満州からの撤退状況をまとめた公文書で、昨年11月、西山勝夫・滋賀医科大学名誉教授が開示を受けたものだ。今月7日に京都新聞と共同通信が伝えた。京都新聞によれば、発見されたもののうち1枚は「関東軍防疫給水部行動経過概況図」と題された大きな図面で、〈本部第一部が細菌研究、第四部が細菌生産などと部隊構成も記載されている〉という。731部隊をめぐっては敗戦時に施設や文書の焼却等、軍ぐるみの隠蔽工作が行われた。今回、西山名誉教授らが発見した731部隊に関連する公文書はほかにも眠っている可能性が高いだろう。
いずれにしても、くしくも『ヒロアカ』の騒動が浮き彫りにしたのは、日本と海外の戦争責任・戦争加害をめぐる認識のグロテスクなギャップだった。「731部隊は捏造」などとデマを拡散させているネトウヨたちが象徴するように、この国では、日本軍による加害行為や非人道行為は、それがれっきとした事実であるにもかかわらず、「なかった」ことにされてしまう。『ヒロアカ』の問題を「表現の自由」に結びつけて論じる以前に、まず、向き合わなければならないことがある。
(編集部)
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