2009年10月17日土曜日

この世の地獄!731部隊・南京大虐殺

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きけ!「マルタ・アジアの犠牲者」の叫び!

「日の丸」・「君が代」反対!!
(侵略のシンボル)(天皇賛美の歌)

新しい日本!!

「世襲の天皇制から選ばれし大統領制へ!」
(昭和天皇の戦争責任を問う。)
(時効なき戦争責任)


●戦後日本・・・「外国のジャーナリストたちに向かって証拠資料を用いて話すと、彼らはほとんど決まって、なぜ日本政府は731部隊の存在とその蛮行を認めないのか、と筆者にただしてくる。それは筆者自身にとっての疑問でもあるが、多くの場合、次のように答えてきた。敗戦直後、日米合同で731部隊隠しが行われたことが最大の原因である、と。それによって日本は、人体実験や生物兵器使用の事実を歴史の表舞台から下ろすことができた。他方アメリカは、石井のネットワークでの人体実験によるデータを独占することができた。この日米の密約が1986年には破綻したことは第一章で述べたが、おそらく密約がなくても、日本は残念ながら石井機関の蛮行を隠そうとしただろう。それでも日米の密約は、アメリカという共犯者を得させることで、犯罪隠しにおいて日本の精神的負担を軽減するという役割を果たしたと言えよう。
 日本の戦争犯罪隠しにおいて、精神的負担軽減のための大きな支柱となったもう1つの存在がある。それは昭和天皇の存在だ。筆者がこれまでに会って話を聞いてきた、石井のネットワークで研究していた医学者たちが異口同音に口にしたのが、「天皇の名誉」という言葉だった。彼らの気持ちの中の論理では、石井のネットワークの研究者たちは天皇のため、あるいは国のために科学研究を行っていた。それゆえ本来なら決して行わない蛮行を、自らに「天皇のため」「国のため」と正当化し、実行した。つまり彼らは、「天皇のために蛮行を行った」と自らを納得させていた。それだから、天皇が、国が認めていない自らの犯罪を語ることは、お上の名誉を傷つけることになるわけだ。
 国を、そして天皇を守るために、日本は敗戦直後の日米の密約にしがみついてきた。その結果として、この日本では、石井のネットワークが行った人体実験や生物戦の犠牲者の発掘調査や補償は何もされていない。おそらくこれは、日本という国の持つ、1つの強固な構造からくる。それは、基本的に個人は国家より下位に位置する、決して対等ではないという構造だ。その結果、平和条約等による他の国家への賠償は行っても、個人に対して補償しないという態度がとられることになる。そのためには、国として過去の犯罪の事実を、またそれについての責任を認めるわけにはいかないのだ。あるいは、この論の順序は逆かもしれない。すなわち、犯罪を、責任を認めたくないから、個人を相手としないということなのかもしれない。
 こんなことを思い始めたのは、昨今の戦時補償問題が一向に進まないという現実からだ。・・・・」
(『731部隊』常石敬一著:講談社現代新書:1995年)

※731部隊と天皇
 日本は日中戦争の始まる前から、戦争に勝つための最新兵器の開発に取り組んでいた。
資源と資金に乏しい日本は、安くできる強力な兵器(貧者の核爆弾)の開発を目指した。
 そこに現れたのが石井四郎であった。彼の説く細菌兵器(生物兵器)に軍部・天皇が耳を傾け、そして天皇の認可の下、それを実行に移した。中国ハルピンの郊外平房の広大な敷地に研究施設を作り、東京の陸軍軍医学校やその他の石井のネットワークと連携しながら、中国人・朝鮮人・ロシア人・モンゴル人などをマルタと称して生体実験・生体解剖などをし、試行錯誤を重ね、より強力な細菌兵器の開発を目指した。
 そこで開発された細菌爆弾(陶器爆弾)は中国の都市で実戦された。ペスト菌で多くの被災者を出し都市は混乱した。
 研究成果は思ったよりも上がらず、兵器の開発を急いだが、時すでに遅く、ソ連の参戦を許してしまった。
 ソ連が参戦するや否や、軍部・天皇はいち早く731部隊の証拠隠滅をはかり、建物を爆破し、収容されていたマルタを全員殺し、731部隊員を急遽日本へ戻した。
 これも戦争犯罪がばれると、天皇にもその責任が問われることになるからだ。
 731部隊にも何人かの皇族が行き来し、実際731に係わっていた皇族もいた。東条も足を運び、大元帥昭和天皇の耳にも731についての情報は入っていたはずである。
 莫大な予算をかけ、全国の優秀な医学者を集めて作られた731部隊は、軍部・天皇がもっとも期待していた部隊ではなかったのか?
  戦後731部隊幹部はアメリカと密約し、731部隊員の戦犯免責と引き換えに人体実験で得た研究成果をわずかなお金でアメリカに売り渡した。
 なぜ、アメリカは人道に反する生体実験をしていた731部隊員の戦犯免責をしたのかが疑問に残る。その答えは、天皇の戦争犯罪の免責ではなかったのか?
 ソ連が石井の引渡しをアメリカに要求した時、アメリカは貴重な?データがソ連に渡ってしまうことを恐れた。アメリカは、先にそのデータを独り占めし、遅れていた自国の細菌戦研究に役立てたいという方針から、はした金でそのデータを731部隊幹部から買い取り、731部隊員を戦犯免責にした。データを独り占めするのも大きな目的であったが、もう1つの大きな目的は、天皇にその責任が及ばないようにすることだったのではないか?
 (ドイツでは人体実験にかかわった医師などが「ニュルンベルグ継続裁判」によってアメリカの手によって裁かれている!最高責任者ヒトラーはすでに自殺している。)
 日本政府とアメリカは、一緒に、731の隠蔽を図り、これが東京裁判で裁かれない様にし、その残虐な事実が国民の前に公表されないようにした。
 マッカーサーは日本占領に当たり、昭和天皇の力をうまく利用して日本を統治しようとした。
その天皇を戦犯からはずすためにも、アメリカは731部隊には触れたくなかったのではないか?
 それ結果、裁判で国民の前に731の情報が公開されなかったし、追求もされなかったものだから、大元帥昭和天皇の戦争責任は問われなかった。
 現在の日本政府の731部隊の細菌戦や人体実験の実行についての見解は、私には分からない。(ただ今問い合わせ中)(ノブ)

●731部隊とはどんな部隊であったのだろうか?元731部隊員の告白記を見ていこう。越 定男著(元関東軍第731部隊第3部本部付運輸班員)『日の丸は紅い泪(なみだ)に』(発行所:教育史料出版会)と言う本を見てみたいと思う。

 越定男(こし・さだお)・・・1918年3月長野市に生まれる。
1934年工業高校機械科を卒業。1939年に満州に渡る、第642部隊に入隊。1941年第731部隊(石井部隊)に入隊。以後4年間細菌班をはじめ運輸班などに勤務。1945年8月敗戦により引き揚げ、9月長野に着く。戦後第731部隊員としての経歴を隠しながら苦難の日々を送り、現在に至る。


731部隊

『日の丸は紅い泪に』(越定男著:教育史料出版会)より

Ⅵ 勢いみせて
長男憲一が死んだ
  私が今まで見聞きしたなかでは、概して「本土より、外地に住む夫婦の方が数倍仲がよい」と思う。知人があまりいない異国のせいか、自然が厳しいからか、その理由はわからないが、どの夫婦でも実に仲がよい。もちろん、私たちの結婚生活も同様であった。休みには二人で出かけ、よく買い物や食事をした。
 私の独身時代は、食堂で冷たくなったどんぶり飯をかっこむことが常だったが、結婚後は、私のためにいろいろ工夫をして食事を作ってくれる妻がいた。彼女の得意な料理はグラタンだった。
 こんな日々が過ぎていった昭和17年の5月、妻の生理がとまった。官舎近くの診療所へ行き、診てもらうと妊娠したということだった。
 昭和18年2月、私たちに男の子が生まれた。名前を「憲一」と名づけた。あの夢にまで見た子どもを囲んでの団らんが現実になったのだ。
 昼の間、異常なまでの緊張を強いられる私は、帰宅して赤ん坊のけがれのない笑顔を見ると、いつも何か救われるような気持ちになった。酒が体質にあわず、精神の高ぶりを、酔うことでまぎらわすことのできない私は、赤ん坊を抱いたりあやしたりすることだけが、心の底から私を慰めてくれた。
 憲一は順調に成長していった。1歳の誕生日の時、かわいい憲一を撮ろうと、カメラをかまえるのだが、私の方に向かってヨチヨチ歩いてきて、なかなかシャッターがきれなかったことを思い出す。(明日に続く)

※戦時中の話とは思えない生活ぶりである。五族協和をうたっていた満州では中国人が虐げられ、日本人が威張っていた。内地では味わえない贅沢を一部の人間は享受していた。仕事は残酷なことをやりながら。一方家庭に帰ると子煩悩で優しいパパだった。かつて、右翼の女性の論客が「こんな優しい子煩悩な人がそんなことをやるはずがありません!」と何にかの折に言っていたのを思い出す。人間とはよく分からない存在だ!!(ノブ)

参考ホームページ

731部隊の全貌

731部隊・石井四郎の野望・元部隊員の証言1/8

731部隊・石井四郎の野望・元部隊員の証言2/8

731部隊・石井四郎の野望・元部隊員の証言3/8

731部隊・石井四郎の野望・元部隊員の証言4/8

731部隊・石井四郎の野望・元部隊員の証言5/8

731部隊・石井四郎の野望・元部隊員の証言6/8

731部隊・石井四郎の野望・元部隊員の証言7/8

731部隊・石井四郎の野望・元部隊員の証言8/8

731部隊細菌戦国家賠償訴訟

731部隊の設立から敗戦(証拠隠滅)まで731部隊

こんなにもあった細菌戦部隊

日本陸軍軍医学校(東京)

516部隊

大久野島(毒ガス島)

化学兵器CAREみらい基金ブログ

中国人戦争被害者の要求を支える会

根津公子さんのページ
  
南京大虐殺     

「この事実を・・・・」

(「南京大虐殺」生存者証言集:侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館/編 加藤 実/訳) (発行:ストーク、発売:星雲社、定価2000+税)

※私達日本人は、南京大虐殺の「この事実を・・・」を謙虚に読むべきだと思う。
南京でどんなことが起こっていたのかをもっと日本人は知る必要があると思う。
今でも多くの被害者の方々はPTSDに悩んでいる!!


2、日本軍の狂暴な個人的虐殺

父や母の被害

沈桂英(女、52歳)の証言

 1937年には、家は沙洲圩で、私はたったの5歳でした。私が物事が解るようになってから母が私に告げたのでは、陰暦の冬月22日の日に、家で4人日本軍に殺害されたのでした。
 父の沈伝和が、鄭家荘で日本軍に撃ち殺された。叔父の沈伝元が、盈香廟(今の南京中薬廠の付近)で日本軍に銃剣で殺された。2番目の伯父の沈伝海が、日本軍に連れて行かれ、ようとして音信が無い。日本軍が伯母を強姦しようとし、強姦できずに、伯母が沙洲圩沈家荘の池に跳び込んだので、日本軍に発砲され撃ち殺された。
 我が家の家屋8軒も日本軍に焼き払われました。父が死んだ後、母と私たち姉妹とは、生活の手立てが無く、間もなく妹も餓死しました。(肖仲煌が記録)

  
※沈さんの家では行方不明も含めて4人の犠牲者を出している。その他、放火にあい、家を失い、生計が立てられず、妹は餓死とはあまりにも悲惨だ!!ショックも大きいだろう!!(ノブ)

※昭和天皇より南京占領を喜ぶ「お言葉」
   陸海軍幕僚長に賜りたる大元帥陛下お言葉
中支那方面の陸海軍諸部隊が上海付近の作戦に引き続き勇猛果敢なる追撃をおこない、首都南京を陥れたることは深く満足に思う。この旨将兵に申し伝えよ。(『南京事件』笠原十九司著:岩波新書)

※南京大虐殺については、外務省や軍部・朝香宮から天皇に報告が入っていたはずである!!
(ノブ)

※皇族と南京大虐殺
・・・・大報道陣によって日本国民に報道される「未曾有盛事、敵の首都への皇軍の入城」一大セレモニーの日に、式場はもちろん、場内、場外においても、敗残兵や便衣兵によるゲリラ活動のたぐいがあっては皇軍の威信が損ねられることになる。そのうえ、上海派遣軍司令官・朝香宮(あさかのみや)鳩彦王中将は皇族で、「宮殿下」「宮様」である。天皇の軍隊の象徴である皇族の司令官の身に、もしもの不祥事が発生することになれば、天下の一大事で当然関係者の引責問題につながった。南京城内の首都飯店に司令部をおいた朝香宮にたいして、各部隊から立哨を派遣して厳重な警戒体制をとったし、「中山門のすぐ手前の所にて宮殿下(朝香宮)が入城するため一時通行禁止となり」(「牧原日記」)という特別警備体制がとられることもあった。
 こうして、17日に入城式を挙行するために、南京城区だけでなく近郊農村にまでおよんで過酷な「残敵大掃蕩作戦」が展開され、虐殺される軍民の犠牲をいっそう大きなものにした。
(『南京事件』笠原十九司著:岩波新書)

※1946年の中国国民政府の司法行政部が作成した戦犯リスト1位の朝香宮鳩彦王こそ上海派遣軍司令官として南京大虐殺の直接の責任者であったが、アメリカ政府とGHQが天皇の免責を決めていたことから、皇族であるがゆえに南京軍事裁判でも免責とされた。・・・(『「百人斬り競争」と南京事件』笠原十九司著:大月書店)・・・これもおかしくありませんか?裏で取引があった?(ノブ)

参考ホームページ

兵士たちが記録した南京大虐殺1

兵士たちが記録した南京大虐殺2

兵士たちが記録した南京大虐殺4

兵士たちが記録した南京大虐殺5

兵士たちが記録した南京大虐殺6

NNNドキュメント兵士達が記録した南京大虐殺(080407)4/5.

NNNドキュメント兵士達が記録した南京大虐殺(080407)5/5

南京大虐殺の真相

南京大屠殺 ( Nanking Massacre )

戦争を語るブログ

「南京事件の真実」

「南京事件 小さな資料集」

「南京事件資料館」

「南京事件資料集」

南京への道:史実を守る会

「南京!南京!」が見られる映画サイト

憲法9条

「Imagine9」【合同出版】より

戦争にそなえるより

戦争をふせぐ世界


 また、資源などを狙う外国が、その国の中の武力紛争を悪化させることも少なくありません。平和づくりはその国の人々が主人公になるべきであり、人々が自分たちの土地や資源に対してきちんとした権利を持つ事が重要です。貧しい国に「援助してあげる」のではなく、人々の権利を保障していく事が、平和の基盤をつくるのです。

 いわゆる「テロ問題」も同じです。テレビでは連日、イラクなどでの「自爆テロ」が報道されています。それに対して軍が投入されても、「テロ」はなくなるどころか、かえって増えていってしまいます。「テロリスト」と言う言葉が独り歩きしていますが、このような暴力をふるう人たちは、いったいどのような動機からそうしているのでしょうか。
 「貧困、不正義、苦痛、戦争をなくしていくことによって、テロを行おうとする者たちの口実となる状態を終わらせる事ができる」と、コフィ・アナン国連前事務総長は語っています。暴力に対してさらに大きな暴力で対処しようとすることは、結果的に暴力を拡大させ、人々の命を奪い、人々を大きな不安の中におとしいれます。どうすれば人々が暴力に走ることを予防できるのか考える事が大事です。
 そのための鍵は、軍隊の力にあるのではなく、市民どうしの対話と行動にあるのです。



 
第九条【戦争放棄、軍備及び交戦権の否認】

1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


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"Martha"* cry of "Asian victim"! !

"Flag of the Rising Sun"* "Kimigayo" it's opposite! !, (symbol of an invasion) (song of emperor praise) New Japan! !

"I'm chosen from a hereditary Imperial system and do, and it's to a presidential system!" (I ask about Emperor Showa's war responsibility.)

● Why doing Japanese Government's always admit almost no 731 units of existence and the brutality to speak using evidence material to Japan and the* foreign journalists after the war for them or, if, I'm correcting for a writer. That's also the question by which a writer is for oneself, but in case of has answered as follows much. If it's the biggest cause that 731 units of hiding was performed by just after the loss and Japan and U.S. combination. Japan could take fact of a human body experiment and use of biological weapons down from the center stage of history by that. On the other hand the United States could monopolize data by a human body experiment by Ishii's network. It was stated at the first chapter that a secret treaty of this Japan and U.S.
failed in 1986, but even if there are probably no secret treaties, unfortunately Japan would try to hide a brutality of Ishii engine. Still a secret treaty of Japan and U.S. was to make an accomplice called the United States get it, and that the role of reducing a Japanese mental burden in criminal hiding was played, I'll get a word.
There is another existence which became a big prop for mental burdened reduction in Japanese war crime hiding. That's Emperor Showa's existence. A writer was a network of Ishii who meets and has heard talk so far, and the one the medical scientists who were studying took with one voice was a word as "emperor's honor". Or a scientific research was being performed for a country because researchers of Ishii's network were an emperor by logic in their feeling. Therefore the brutality which is never performed primarily was sanctioned and carried out with "for country" "for emperor" by itself. In other words, they were making themselves convinced "A brutality was performed for an emperor." Because it's that, it's the reason which will bring disgrace on the top that an emperor tells his crime a country doesn't admit.
A country, Japan has clung to a secret treaty of Japan and U.S. just after the loss and to protect an emperor. As a result, no human body experiment Ishii's network did, victim's research excavation of a creature competition and compensation are done in this Japan. Perhaps this is reeled off 1 of firm structure a country called Japan has. An individual is located in a lower rank than a state basically for that, the structure which is never equal. Even if I compensate a state for other ones by the results and peace pacts, etc., the attitude which isn't compensated to an individual will be got. The criminal fact which is the past as a country for it, responsibility about that can't be admitted again. Or an order of this theory may be reverse. Or a crime, because I don't want to admit responsibility, it may be the one said that which doesn't make the individual a partner.
It's from the actuality an indemnification problem doesn't advance at all wartime these days that I have begun to think of this. .... ".
( "731 units" Tsuneishi Keiichi work: Kodansha Publishers present-day new publication: 1995
※ 731 units and emperor Japan was working on development of the most modern weapon to win the war from the front where the Sino-Japanese war starts.
Japan scarce in manpower and funds aimed at development of an inexpensive and made strong weapon (poor man's nuclear bomb).
It was Shiro Ishii that it appeared there. The military and an emperor listened to the germ weapon he explains (biological weapons) and emperor's bottom of approval and that were put into practice. I called a Chinese, a Korean, a Russian and a Mongolian Martha, did a living body experiment and a vivisection, piled up trial and error and aimed at development of a more strong germ weapon while making a vast site in suburb Hirabo of Chinese Heerhpin a research institute and cooperating with a network in the army army medical student school in Tokyo and other Ishii.
So a developed bacteria bomb (pottery bomb) was a Chinese city, and actual fighting was done. A city took out many victims of an accident and was confused by a plague bacillus.
I didn't go up and hurried development of a weapon more than I thought of a reserach achievement but time has been late already and has permitted entry into the war of the Soviet.
As soon as the Soviet entered the war, the military and an emperor planned for 731 units of destruction of evidence and blew a building up immediately, and all the members killed accommodated Martha, and a member was returned to Japan in a hurry 731 copies.
This will be also because the task will be taken an emperor to, too,when a war crime comes out.
Several royalty also associated with 731 units, and there was royalty who concerned 731 indeed, too. Tojo goes, too and information about 731 should also reach ears of generalissimo Emperor Showa.
Weren't 731 units which bet the huge budget, gathered excellent medical scientists in the whole country and made the military and the unit an emperor expected most?
731 unit executive made a secret treaty with the United States after the war, and the reserach achievement I got 731 copies by a human body experiment in exchange for member's war criminal immunity from responsibility was sold for a little money in the United States.
It's left in a question why the United States did war criminal immunity from responsibility of 731 copy member who was doing a living body experiment contrary to humanity. Wasn't the response immunity from responsibility of emperor's war crime?
Is the United States valuable when the Soviet requested Ishii's delivery of the United States? I was afraid that data passes to the Soviet. The United States monopolized the data first, and 731 units of the data was bought from an executive by small change and the member was made war criminal immunity from responsibility 731 copies from the policy I'd like to use for a behind schedule germ warfare study in an own country. It was also a big goal to monopolize data, but maybe was another big goal to make sure that the responsibility won't come to an emperor?
(The doctor who concerned a human body experiment is judged by the United States by "Nurnberg continuation trial" in Germany! Highest officer Hitler commits suicide already.) As Japanese Government and the United States planned for concealment of 731 together, and this was Tokyo Tribunal of War Criminals and weren't judged, I made sure that the cruel fact won't be published in front of the people.
MacArthur tried to use the power of Emperor Showa well and govern Japan in case of Japanese occupation.
Maybe didn't you want to touch 731 units in the United States to remove the emperor from a war criminal?
Because that was a result and a trial and information on 731 wasn't exhibited and was the one which wasn't pursued in front of the people, war responsibility of generalissimo Emperor Showa wasn't asked about.
I don't understand a view about the present 731 units of germ warfare of Japanese Government and execution of a human body experiment. (I'm inquiring about it now.) (Nob)

● What kind of unit were 731 units? I'll see a former 731 copies of member's confession account. 越 I'd like to see the book called Sadao work (former Kwantung army transit group member with a 731st unit 3rd copy head office) "for a flag of the Rising Sun, in red tear (tear)" (publishing office: Educational publication meeting of historical sources).

I'm born in Nagano-shi in March in 1918, 越 Sadao (lower back and Sadao)....
I graduate from an industrial high school mechanical engineering course in 1934. I join up in the 642nd unit which migrates to Manchuria in 1939. I join up in the 731st unit (Ishii unit) in 1941. I work at a transit group including an after 4 year bacteria group. I leave by loss and arrive at Nagano in September in August in 1945. Suffering every day is sent while hiding the 731st copy of background as a member after the war, and it's to present.


● 731 units "For a flag of the Rising Sun, in red tear" (越 Sadao work: Educational publication meeting of historical sources) lay Ⅵ Eldest son Kenichi shows momentum, and generally thinks "The married couple who lives there overseas than a mainland is on good terms several times." at the inside I who died experienced so far. Because whether the foreign cause an acquaintance isn't so much or nature is severe, the reason isn't understood, every married couple, very, I'm on good terms. The married life which are we of course, like. I went out by two people in a holiday and made the purchase and the meal good.
It was usual my single days to bolt down the bowl rice which became cold at a dining room, but I had the wife who devises after marriage variously for me and makes me a meal. The dish she likes was gratin.
Wife's menstruation stopped in May of 1942 when such every day was passing. When I went to a medical office near the official dwelling, and you examined, it was said that they became pregnant.
A boy was born for us in February in 1943. The name was called "Kenichi". Uh, the child who even dreamed, it's circled, and, a happy circle became a reality.
When I who can press the tension until it's abnormal during noon went home and saw the smiling face which has no tainting of a baby, it was the feeling that something is always rescued. Liquor doesn't agree, of spirit, conceited only that I who can't conceal hold and cradle a baby amused me to get drunk from the bottom at the heart.
Kenichi was growing smoothly. I hold my camera ready in order to take cute Kenichi at a birthday of 1 year old, I'm walking waddlingly to my way, and it's remembered that the shutter couldn't be released easily. (Following tomorrow) ※ Talk during wartime is the living way which doesn't seem. A Chinese was oppressed at Manchuria where five group Kyowa was being sung, and Japanese was talking big. Certain man enjoyed luxury which can't be tasted at an inland. While doing a cruel thing for work. When I returned to a home on the one hand, I doted on the children and was a gentle dad. The polemicist who is a right-wing lady formerly, "Such gentle doting person can't do such thing!", in what or, it's remembered that it was being talked about a when. Man is the existence which isn't understood well! !, (Nob)
● Nanjing Massacre "Of this fact.... " (The "Nanjing Massacre" survivor testimony collection: The 侵華日軍南京大屠殺遇難 brother period sense house/volume Makoto Kato/translations) (issue: Stoke sells it: Nebula company and fixed price 2000+ tax) ※ We, Japanese is Nanjing Massacre, I think "of this fact,*.. " should be read modestly.
I think Japanese has to know what kind of thing had happened in Nanjin more.
Many victims worry in PTSD even now! !


Furious personal slaughter of 2 and the Japanese military Damage of my father and mother Testimony of 沈桂英 (52 years old for a woman) A house was 沙洲 in 1937 and I was only 5 years old. When my mother told me after I came to understand a matter, on a day in winter for 22 days of a lunar calendar, 4 people had been killed by the Japanese military at a house.
Father's 沈伝 和 was shot by the Japanese military to death in 鄭家荘. Uncle's 沈伝元 was killed by the Japanese military by a bayonet in 盈香廟 (around Nanjin 中薬廠 now). The 2nd uncle's 沈伝海 will bring you to the Japanese military, 、, about, please, no news are received. The Japanese military try to rape my aunt, it can be raped, without, my aunt jumped in a pond in 沙洲沈家荘, and it was crowded, so a gun was fired by the Japanese military and it was shot to death.
8 houses of my home were also burned by the Japanese military off. The back, my mother and we of whom my father died, there were no living means with a sister, and my younger sister starved to death soon, too. (肖仲煌 records.) ※ 4 victims are being taken out including missing at a house in Mr. 沈. Additionally a living matches arson and is deprived of a house, and isn't made, and my younger sister is too miserable with starvation! !, a shock would also be big! !, (Nob) ※ Generalissimo Majesty word which gives the "word" gladder about Nanjin occupation than Emperor Showa to the army and navy staff chief, and is enough After the strategy by which the army and navy several units in a 中支那 district are around Shanghai, I chase daringly boldly, and metropolitan Nanjin is entrapped and thinks to be enough satisfactorily deeply. Tell to these effect officer and man. ( "Nankin massacre" Tokushi Kasahara work: Iwanami new publication) ※ A report should be included in an emperor from the Ministry of Foreign Affairs, the military and Asakanomiya about Nanjing Massacre! !, (knob) ※ Since there is also a kind of guerrilla activity by a defeated soldier and a flight soldier of clothes in the inside of the hall and the outside of the hall as well as a ceremonial hall on a day of the "of an Imperial Army to the capital of the 未曾有 grand enterprise and the foe, entering" grave ceremony which will be reported by royalty and Nanjing Massacre.... great press to Japan people, the prestige of the Imperial Army will be damaged. Moreover Yasuhiko king lieutenant general is royalty, and Shanghai dispatch sardar and Asakanomiya (Well, well, that, it's seen and that isn't liked.) are "under palace" "Imperial prince". For commander's body of the Imperial House which is a symbol of emperor's military, if, when a disgraceful affair occurred, it led to the person concerned's taking problem of course by a serious matter in the world. A special guard organization as ( "Makihara diary") dispatched 立哨 from each unit and got a strict security cordon to Asakanomiya who put headquarters at the metropolitan Chinese restaurant in the Nanjin castle and "For (Asakanomiya) under the palace to enter in a place immediately just before Nakayama gate, you didn't become able to pass temporarily." was got.
Severe "大掃蕩 strategy of enemy remnants" even equaled a neighboring farm as well as the Nanjin castle ward, and was developed to hold the entry system on the 17th in this way, and the armed services and common people's slaughtered victim was made something bigger.
( "Nankin massacre" Tokushi Kasahara work: Iwanami new publication) ※ Asakanomiya Yasuhiko king on the 1st place of war criminal list a judicial administration department of Chinese Taiwan government in 1946 made was a direct person in charge of Nanjing Massacre as Shanghai dispatch sardar, but because the American government and GHQ had decided emperor's immunity from responsibility, I was royalty, but therefore even the Nanjin military tribunal was made immunity from responsibility. ... ( " "One hundred murderers compete.", Nankin massacre" Tokushi Kasahara work: Otsuki bookstore)... isn't this also strange? Did you have an account at the back? (Knob)

● 9 articles of constitution "Imagine9" [It's published jointly.] lay Than I prepare for a war.

The world which stops a war A foreign country where I aim at resources often makes the force disturbance in the country be aggravated. The national people should be a main character for peace making, and it's important for people to have an orderly right to their region and manpower. Not "I'll aid.", but the case that people's right is being secured makes a poor country a peaceful foundation.

The so-called "terrorism problem" is also same. Every day, "suicide bombing attack" in Iraq is reported on a television. On the other hand even if an army is put in, "terrorism" doesn't disappear, but it's rather increasing. The word called "terrorist" has wings, but from what kind of motive are the people who use such violence on earth doing that?
Kofi Annan UN previous secretary general is explaining "It's possible to bring the state which becomes an excuse of the persons who try to do terrorism to an end by losing poverty, the justice-lessness, pain and a war." The thing I try to handle by bigger violence to violence makes violence expand consequently, and I take the life of people, and people are entrapped in the big anxiety. It's important to think whether it can be prevented from how doing people's run to violence.
There is a key for it in a dialogue between the citizens and behavior, not the one in the power of the military.




Beethoven's symphony No. 9 article [renunciation of war, armaments and denial of right of belligerency] 1 Japan people crave the justice and the international peace which makes the order the basis sincerely, and use of intimidation by a movement barrel war of power of the state and the force or the force gives this up forever as the means to settle an international dispute.

2 To achieve a goal of the preceding clause, the fighting power of the land, sea and air forces and other things doesn't maintain this. National right of belligerency doesn't admit this.

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「马耳他」·「亚洲的牺牲者」的呼声!!

「太阳旗」·「君之代」反对(面)!!
(侵略的符号)(天皇赞美的歌)

新的日本!!

向「从世袭的天皇制被选的做总统制!」
(问昭和天皇的战争责任。)

●战后日本···「面向外国的记者们采用证据资料说的话,他们几乎决定,为何日本政府不认为那个野蛮行为是731部队的存在,向笔者质询。对笔者自己来说的疑问也有那个,不过,是多的情况,象下面一样地回答了。战败紧接之后,用日美联合731部队隐藏进行了的事是最大的原因。根据那个日本,能从历史表面舞台放下人体实验和生物兵器使用的事实。另一方面美国,能独占由于在石井的网络的人体实验的数据。这个日美的密约1986年失败了的事用第一章叙述了,不过,恐怕即使没有密约,日本虽然是遗憾也打算遮住但是石井机关的野蛮行为吧。尽管如此日美的密约,能说完成了由于让美国这个共犯者占便宜的事,在犯罪隐藏中减轻日本的精神的负担这样的作用。
 在日本的战争犯罪隐藏中,有成为了为了精神的负担减轻的大的支柱的再1个存在。那是昭和天皇的存在。用笔者到现在为止相会听了话,石井的网络研究的医学者们异口同声说的,是「天皇的名誉」的言词。他们的心情中的逻辑,石井的网络的研究人员们为了因为天皇,或是国家进行着科学研究。因此自己正当化「因为天皇」「因为国家」,实行了要是本来绝对不进行的野蛮行为。总之他们,使之理解着自己「为了天皇进行了野蛮行为」。所以,天皇,叙说国家没承认的自己的犯罪的事,应该损害政府的名誉的。
 为了保护国家,并且天皇,日本战败紧接之后的日美的密约紧紧抱住。作为那个结果,在这个日本,石井的网络去了的人体实验和生物战的牺牲者的发掘调查和补偿什么都没被做。恐怕这个,日本这个国家有,来自(源于)1个坚固的构造。那,基本性地个人是自国家位于后面,绝对不对等的这样的构造。那个结果,对由于和平条约等除了以外的国家的赔偿去,对个人也不补偿这样的态度被取的。为此,作为国家过去的犯罪的事实,同时不能承认关于那个的责任的。这个讨论的顺序说不定逆。即,据说说不定不想承认责任犯罪,不把个人作为对方。
 从开始考虑这样的事的,近来的战时补偿问题毫不前进这样的现实。····」
(『731部队』常石敬一著:讲谈社现代新书:1995年
※731部队和天
皇日本致力于为了从日中战争开始之前开始,在战争中获胜的最新兵器的开发。
对资源和资金缺乏的日本,便宜地能的强有力的以兵器(穷人的核炸弹)的开发作为目标。
 在那里出现了的是石井四郎。他说明的细菌武器(生物兵器)军部·天皇倾听,并且对天皇的认可下,那个进行了实行。把研究设施做成中国哈尔滨的郊外平房的广大的地基,与东京的陆军军医学校和其他的石井的网络一边联合,一边称中国人·朝鲜人·俄罗斯人·蒙古人等马耳他做生物实验·生物解剖等,反复试行错误,以更强有力的细菌武器的开发作为目标。
 在那里被开发了的细菌炸弹(陶器炸弹)在中国的城市实战被做了。用鼠疫菌驱出多的受灾者城市混乱了。
 比想都不获得研究成果,赶紧了兵器的开发,不过,时候已经允许了晚,苏联的参战。
 苏联刚刚参战,军部·天皇很快地测量731部队的证据湮灭,就爆破建筑物,全体人员急忙返还了到日本被收容的马耳他杀人,731部队员。
 这个战争犯罪也暴露的话,天皇那个责任也被问的。
 731部队几个人的皇族也往返,实际关乎731的皇族也在。东条也来,关于731的信息也应该进入大元帅昭和天皇的耳朵。
 上莫大的预算,聚集全国的优秀的医学者被做(制作)了的731部队,不是军部·天皇最寄予期待的部队吗?
  用一点点的钱给(对)美国交售了战后731部队干部与美国密约,在731部队员的战犯免除责任和交换里(上)用人体实验得了的研究成果。
 为何,美国做了做违犯人道的生物实验的731部队员的战犯免除责任在疑问里(上)留下。那个回答,不是天皇的战争犯罪的免除责任吗?
 苏联美国要求了石井的引渡的时候,美国贵重的?害怕数据传到了苏联的事。从美国,先独占那个数据,供想迟到的本国的细菌战研究使用这样的方针,用做了的钱从731部队干部买下那个数据,把731部队员做为战犯免除责任。独占数据也是大的目的,不过,再1个大的目的,不是象天皇那个责任是达不到一样地吗?
 (在德国被人体实验有关的医生等根据「Nurnberg继续审判」根据美国的手裁判!最高负责人希特勒已经自杀。)
 象日本政府和美国,对一起,要安排731隐藏,这个以东京审判不被裁判的那样,那个残酷的事实国民前不被公布一样地。
 麦克阿瑟在日本占领时,很好地利用昭和天皇的力量打算统治日本。
为了从战犯取下那个天皇也,美国不想不是碰731部队吗?
 因为那个以结果,审判国民前731信息不被公开,追求也不被做,大元帅昭和天皇的战争责任没被问。
 关于现在的日本政府的731部队的细菌战和人体实验的实行的见解,我不明白。(现在咨询中)(把手)


●与731部队是怎样的部队?查阅原731部队员的坦白记。我越定男著(原关东军第731部队第3部分本部付运输班组成员)想『太阳旗红在眼泪(是没有)』想查阅所说的(发行所:教育史料出版会)的书一下。

 越定男(腰·Sadao)···1918年3月长野市生。
1934年毕业工业高中机器科。1939年传到满洲,第642部队入队。1941年第731部队(石井部队)入队。运输班等工作以细菌班为首以后4年。根据1945年8月战败撤回,9月到达长野。一边遮住作为战后第731部队员的经历度过苦难的每天,达到现在一边。


●731部队

『太阳旗红在眼泪』(越定男著:教育史料出版会)

Ⅵ势必显示
长男宪一死了
的 我在到现在见闻中,总的说来想「比起本土,住在外地的夫妇数倍关系好」。也许因为熟人不太在的异国的,自然严厉,不明白那个理由,不过,哪个夫妇也确实关系好。当然,我们的结婚生活也同样。二人出去休息,很好地吃了买东西和饭。
 我的独身时代,匆匆扒拉在食堂冷了的盖饭饭的事平常,不过,结婚后,为了我有这个那个地做办法制作吃饭的妻子。她的擅长的饭菜是奶汁烤菜。
 这样的每天过掉了的昭和17年的5月,妻子的生理停了。据说怀胎了请去机关宿舍附近的诊疗所,诊断。
 昭和18年2月,我们生了男孩子。命名了名字「宪一」。是包围到那个梦为止看了的孩子的团们n成为现实的。
 白天(中午)之间,能强迫到异常为止的紧张的我,观察回家小宝宝的脏没有的笑容的话,成为了总是什么象被救一样的心情。由于酒不适合体质,精神的兴奋,醉的事magira附和事不能的我,只抱小宝宝哄的事,从内心深处抚慰了我。
 宪一顺利增长了。是1岁的生日的时候,打算拍摄可爱的宪一,端好照相机,不过,想起去我yochiyochi走过来,怎么也不快门断开的事。(接着明天)

※是隔所谓战争时期的话不认为的生活。在强调五族协和的满洲中国人被虐待,日本人自豪。一部分人间享受着国内不能品味的铺张。工作一边做残酷的事。另一方面是返回家庭的话为子女操心和善的爸爸。以前,「没有右翼的女性的辩论家这样的和善的为子女操心的人应该做那样的事!想起」什么折叠说的。是与人不太明白的存在!!(把手)
●南京大虐杀

「····这个事实」

(「南京大虐杀」生存者证言集:侵华日军南京大屠杀遇难同胞纪念头馆/编辑加藤实/译)(发行:Stoke,发售:星云公司,定价2000+税)

※我们日本人,想谦虚应该读南京大虐杀的「···这个事实」。
更日本人想是用南京发生着怎样的事的需要知道。
现在多的受害者的各位对PTSD也烦恼!!


2,日军的狂暴的个人的虐杀

父亲和母亲的受害

沈桂英(女人,52岁的)证言

 1937年,家在沙州,我只的是5岁。因为我变得明白事物之后母亲向我宣告了,是阴历的冬天一月22日的星期日,用家被4人日军杀害了的。
 父亲沈传和,在郑家庄园被日军击毙了。叔父沈传原,在盈香味庙(现在的南京中药厂附近)被日军用枪和剑杀死了。第2号的叔父沈传海,被日军带去,杳然没有音信。因为日军打算强奸姑母,不能强奸,姑母到沙州沈家庄园的池子跳过拥挤,被日军开枪的被击毙了。
 我家的房屋8所被日军烧光了。父亲死了之后,所谓母亲和我们姊妹,生活的方法没有,不久妹妹也饿死了。(肖仲煌记录)

  
※沈先生的家失踪也包含驱出4个牺牲者。其他,丢失放火合适,家,不能维持生计,妹妹饿死过分悲惨!!休克也大!!吧(把手)

※比起昭和天皇感到喜悦南京占领的「
您的话」陆海军军幕僚长承蒙够的大元帅陛下
您的话中支那方面的陆海军军诸部队为上海附近的作战接连进行勇猛果断的追击,陷首都南京够的事深深地对满足想。这个意思官兵传达。(『南京事件』笠原十九衙门著:岩波新书)

※关于南京大虐杀,从外务省和军部·朝香宫报告应该进入到天皇!!
(把手)

※与皇族根据南
京大虐杀····大报道阵容被日本国民报道的「对未曾有盛事,敌人的首都的皇军的进城」一大典礼的日,不用说礼堂,在场内,场外中,也有由于残兵和便服兵的游击队活动的类皇军的威信能伤害的。而且,上海派遣军司令官·朝香宫(早上或者凿子)鸽子彦王中将是皇族,是「宫殿下」「宫先生」。如果对作为天皇的军队的象征的皇族的司令官的身体,假使的丑闻发生的,由于天下的一件大事当然导致了有关人员的引咎问题。也有所说的取了南京城内的首都饭馆放置了司令部的朝香宫特别,从各部队派遣立哨严格的警戒体制,「为了中山门的马上跟前的地方宫殿下(朝香宫)进城一时成为通行禁止」(「牧原日记」)的特别警备体制被取的事。
 为了这样,17日举行进城式,越发要了及得上不仅仅是南京城区到近郊农村为止严酷的「残敌大扫荡作战」被开展,被虐杀的军民的牺牲大的东西。
(『南京事件』笠原十九衙门著:岩波新书)

※虽然1946年的中国国民政府的司法行政部制作了的战犯名单1位的朝香宫鸠彦王作为上海派遣军司令官是南京大虐杀直接的负责人,可是,从美国政府和GHQ决定天皇的免除责任的事,因为是皇族的南京军事审判也被认为是免除责任。不可笑···(『「一百刽子手竞赛」和南京事件』笠原十九衙门著:大月书店)···这个也吗?在背面有交易?(把手)

●宪法9条

「Imagine9」【联合出版】

预备战争

抵御战争的世界

 同时,瞄住资源等的外国,使之恶化那个国家中的武力纠纷的事也不少。和平制作有那个国家的人们应该成为主人公,人们对自己们的土地和资源好好地穿(戴)了的权利的事重要。贫穷的国家不是「援助」,保障人们的权利的事,造就和平的基础。

 所谓「恐怖活动问题」也同样。电视连日,在伊拉克等的「自杀式爆炸」被报道。而且对于被投入,「恐怖活动」军队不用说丢失,返回也增加了。「恐怖主义者」的言词一个人走路着,不过,动用这样的暴力的人们,到底从怎样的动机开始那样在吗?
 「贫困,不正义,痛苦,kofi·安南联合国前秘书长谈着根据丢失战争的事,能打算进行恐怖活动的人们的借口和使之结束变成的状态」。对暴力更加用大的暴力打算应对的事,结果上暴力使之扩大,夺走人们的生命,到大的不安中陷人们。能预防怎样做人们到暴力跑的事考虑的事重要。
 为此的钥匙,军队的力量不是有,市民们的对话和行动有。



 
第九条【战争放弃,军备及交战权的否认】

1日本国民,与正义诚实希求秩序作为基调的国际和平,与国家权力的作为发动的战争,由于武力的威吓又武力的使用,作为解决国际纠纷的手段,永久放弃这个。

为了达到2前项的目的,陆海空军及其他的作战能力,不保持这个。国家的交战权,不认可这个。

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「몰타」·「 아시아의 희생자」의 외침!!

「일장기」·「 기미가요」반대!!
(침략의 심볼) (천황찬미의 노래)

새로운 일본!!

「세습의 천황제로부터 뽑혀 대통령제에! 」 (쇼와(昭和) 천황의 전쟁 책임을 묻는다. )

●전후 일본… 「외국의 저널리스트들을 향해서 증거자료를 이용해서 이야기하면, 그들은 대부분 확정되고, 왜 일본정부는 731부대의 존재로 그 만행을 인정하지 않는 것인가,라고 필자에게 질문해 온다. 그것은 필자자신에 있어서의 의문이기도 하지만, 많은 경우, 다음과 같이 대답해 왔다. 패전 직후, 일미합동으로 731부대숨김이 행하여 진 것이 최대의 원인인,이라고. 그것에 의해서 일본은, 인체 실험이나 생물병기사용의 사실을 역사의 겉면무대로부터 내릴 수 있었다. 다른쪽(타면) 미국은, 이시이(石井)의 네트워크에서의 인체 실험에 의한 데이타를 독점할 수 있었다. 이 일미의 밀약이 1986년에는 파탄한 것은 제1장에서 말했지만, 아마 밀약이 없어도, 일본은 유감스럽지만 이시이(石井) 기관의 만행을 감추자로 했을 것이다. 그래도 일미의 밀약은, 미국이라고 하는 공범자를 이득을 보게 하는 것으로, 범죄숨김을 닮아 두어서 일본의 정신적 부담을 경감한다고 말하는 역할을 다했다고 말할 수 있자.
 일본의 전쟁 범죄숨김에 있어서, 정신적 부담 경감을 위한 큰 지주가 된 또 하나의 존재가 있다. 그것은 쇼와(昭和) 천황의 존재다. 필자가 지금까지를 만나서 이야기를 들어 온, 이시이(石井)의 네트워크로 연구하고 있었던 의학자들이 이구동성에 말한 것이, 「천황의 명예」라고 하는 말이었다. 그들의 기분 안(속)의 논리에서는, 이시이(石井)의 네트워크의 연구자들은 천황 때문에,혹은 나라를 위해서 과학연구를 가고 있었다. 그러므로 본래라면 결단코 행하지 않는 만행을, 스스로에 「천황 때문에」 「나라 때문에」라고 정당화하고, 실행했다. 즉 그들은, 「천황을 위해서 만행을 갔다」라고 자기자신을 납득시켜 있었다. 그러므로, 천황이, 나라가 인정하지 않고 있는 자기의 범죄를 이야기하는 것은, 조정의 명예를 훼손하게 되는 셈이다.
 나라를,그리고 천황을 지키기 위해서, 일본은 패전 직후의 일미의 밀약에 달라 붙어 왔다. 그 결과로서, 이 일본에서는, 이시이(石井)의 네트워크가 간 인체 실험이나 생물전의 희생자의 발굴 조사나 보상은 아무 것도 되지 않고 있다. 아마 이것은, 일본이라고 하는 나라가 가지는, 1개가 강고한 구조로부터 온다. 그것은, 기본적으로 개인은 국가에서 하위에 위치하는, 결단코 대등하지 않다고 하는 구조다. 그 결과, 평화조약등에 의한 것 외(타)의 국가에의 배상은 가도, 개인에 대하여 보상하지 않는다라고 하는 태도가 잡아지게 된다. 그 것을 위하여는, 나라로서 과거의 범죄의 사실을,또 그것에관하여서 책임을 인정하는 셈이게는 가지 않은 것이다. 혹은, 이 이론의 순서는 반대일지도 모른다. 다시 말해, 범죄를, 책임을 인정하고 싶지 않기 때문에, 개인을 상대로 하지 않는다라고 하는 것일지도 모른다.
 이런 것을 생각하기 시작한 것은, 작금의 전시 보상 문제가 조금도 진행하지 않는다라고 하는 현실로다. ·…」 (『731부대』쓰네이시(常石) 게이이치(敬一) 저:고단샤(講談社) 현대신서(신간서적):1995년
※731부대와 천황 일본은 중일전쟁이 시작되기 전부터, 전쟁에 이기기 위한 최신병기의 개발에 열을 올리고 있었다.
자원과 자금에 모자란 일본은, 싸게 할 수 있는 강력한 병기(빈자의 핵폭탄)의 개발을 목표로 했다.
 거기에 드러난 것이 이시이(石井) 시로(四郎)이었다. 그가 설득하는 세균 병기(생물병기)에 군부·천황이 귀를 기울이고,그리고 천황의 인가 아래, 그것을 실행에 옮겼다. 중국 하얼빈의 교외 히라보(平房)가 광대한 부지에 연구시설을 재배하고, 도쿄(東京)의 육군군의학교나 그 밖의 이시이(石井)의 네트워크와 연계하면서, 중국인·조선인·러시아인·몽고리아인등을 몰타라고 칭해서 생체 실험·생체해부등을 하고, 시행 착오를 거듭하고, 보다 강력한 세균 병기의 개발을 목표로 했다.
 거기에서 개발된 세균폭탄(도자기폭탄)은 중국의 도시에서 실전 되었다. 페스트균(plague bacteria)으로 많은 피재자를 내 도시는 혼란했다.
 연구 성과는 생각했던 것보다도 오르지 않고, 병기의 개발을 서둘렀지만, 때 이미 늦게, 소련의 참전을 허용해버렸다.
 소련이 참전하자마자, 군부·천황은 재빨리 731부대의 증거은멸을 재고, 건물을 폭파하고, 수용되어 있었던 몰타를 전원 죽이기, 731부대원을 갑작스럽게 일본에 되돌렸다.
 이것도 전쟁 범죄가 발각되면, 천황에게도 그 책임이 문제되게 되기 때문이다.
 731부대에도 몇사람인가의 황족이 오고 가고, 실제로 731에 영향을 미치고 있었던 황족도 있었다. 도조(東條)도 발길을 옮기고, 대원수 쇼와(昭和) 천황의 귀에도 731에 관한 정보는 들어 있었을 것이다.
 막대한 예산을 걸고, 전국이 우수한 의학자를 모아서 만들어진 731부대는, 군부·천황이 가장 기대하고 있었던 부대가 아니었던 것인가?
  전후 731부대간부는 미국과 밀약하고, 731부대원의 전범면책과 바꿔 인체 실험에서 얻은 연구 성과를 얼마 안된 돈으로 미국에 매도했다.
 왜, 미국은 인도에 어긋나는 생체 실험을 하고 있었던 731부대원의 전범면책을 한 것일지가 의문에 남는다. 그 대답은, 천황의 전쟁 범죄의 면책이 아니었던 것인가?
 소련이 이시이(石井)의 인도를 미국에 요구했을 때, 미국은 귀중한 ? 데이타가 소련에 건너버리는 것을 두려워했다. 미국은, 먼저 그 데이타를 독점하고, 늦고 있었던 자국의 세균전 연구에 쓸모있게 하고 싶다라고 할 방침으로부터, 허푼 돈으로 그 데이타를 731부대간부에게서 매입하고, 731부대원을 전범면책으로 되게 했다. 데이타를 독점하는 것도 큰 목적이었지만, 또 하나의 큰 목적은, 천황에게 그 책임이 미치지 못하도록 하는 것이었던 것이 아닐까?
 (독일에서는 인체 실험에 관련된 의사등이 「Nurnberg 계속 재판」에 의해 미국의 손에 의해 재판되어 있다! 최고책임자 히틀러는 이미 자살하고 있다. )
 일본정부와 미국은, 함께, 731의 은폐를 도모하고, 이것이 도쿄(東京) 재판으로 심판되지 않는 님으로 하고, 그 잔학한 사실이 국민 앞에 공표되지 않도록 했다.
 맥아더는 일본 점령에 즈음하여, 쇼와(昭和) 천황의 힘을 잘 이용해서 일본을 통치하자로 했다.
그 천황을 전범에게서 떼기 위해서도, 미국은 731부대에는 접촉하고 싶지 않았던 것이 아닐까?
 그것 결과, 재판으로 국민 앞에 731의 정보가 공개되지 않고, 추구도 되지 않은 것이기 때문에, 대원수 쇼와(昭和) 천황의 전쟁 책임은 문제되지 않았다.
 현재의 일본정부의 731부대의 세균전이나 인체 실험의 실행에 관한 견해는, 나에게는 모른다. (지금 문의 중)(노브)



●731부대와는 어떤 부대이었던 것일까? 전 (元)731부대원의 고백기를 보아 가자. 고시(越) 사다오(定男) 저(전 (元)간토(關東)군 제731부대 제3부본부부운수 반원) 『일장기는 빨간 눈물 (같은 정도다)에』 (발행소:교육 사료출판회)이라고 하는 책을 보고 싶다고 생각한다.

 고시(越) 사다오(定男)(허리·사다오)… 1918년3월 나가노시(長野市)에 태어난다.
1934년 공업고교 기계과를 졸업. 1939년에 만주에 건너는, 제642부대에 입대. 1941년 제731부대(이시이(石井) 부대)에 입대. 이후 4년간 세균반을 비롯해 운수반등에 근무. 1945년8월 패전에 의해 철수, 9월 나가노(長野)에게 도착한다. 전후 제731부대원으로서의 경력을 숨기면서 고난의 나날을 보내고, 현재에 이른다.


●731부대

『일장기는 빨간 눈물에』 (고시(越) 사다오(定男) 저:교육 사료출판회)에서

Ⅵ 자연히 보여서 나가오(長男) 겐이치(憲一)가 죽은 내가 지금까지 견문한 가운데에서는, 대체로 「본토에서, 외지에 사는 부부쪽이 몇배 사이가 좋다」라고 생각한다. 친구가 그다지 없는 이국의 원인인가, 자연이 엄격하기 때문에인가, 그 이유는 모르지만, 어느 부부라도 실로 사이가 좋다. 물론, 우리들의 결혼 생활도 같았다. 휴가(결석)에는 둘이서 외출, 자주(잘) 쇼핑이나 식사를 했다.
 나의 독신시대는, 식당에서 애정이 식은 사발밥을 끌어 모으는 것이 보통이었지만, 결혼후는, 나 때문에 여러가지 연구를 해서 식사를 만들어 주는 아내가 있었다. 그녀가 가장 자신있는 요리는 그라탕이었다.
 이런 나날이 지나간 쇼와(昭和)17년의 5월, 아내의 생리가 멈추었다. 관사 가까이의 진료소에 가고, 진찰 받으면 임신했다고 하는 것이었다.
 쇼와(昭和)18년2월, 우리들에게 사내아이가 태어났다. 이름을 「겐이치(憲一)」라고 명명했다. 저 꿈에까지 본 어린이를 둘러싸서의 단란이 현실이 된 것이다.
 낮의 사이, 이상할때 까지의 긴장을 강요당하는 나는, 귀가해서 갓난아기의 더럽혀지기가 없는 미소를 보면, 언제나 무엇인가 구제되는 것 같은 기분이 되었다. 술이 체질에 맞지 않고, 정신의 흥분하기를, 취하는 것으로 하옇든 ぎら 화합하는 것이 할 수 없는 나는, 갓난아기를 안거나 달래거나 하는 것만이, 마음속으로부터 나를 달래 주었다.
 겐이치(憲一)는 순조롭게 성장해 갔다. 1세의 생일의 때, 귀여운 겐이치(憲一)를 찍자고, 카메라를 준비하는 것이지만, 내 쪽을 향해서 아장아장 걸어 와서, 상당히 셔터가 끊어지지 않은 것을 상기한다. (내일에 이어진다)

※전시중의 이야기 (이)라고는 생각되지 않는 생활만이다. 5족화협을 강조하고 있었던 만주에서는 중국인이 학대할 수 있어, 일본인이 거만하게 굴고 있었다. 내지에서는 맛볼 수 없는 사치를 일부 사람간은 누리고 있었다. 일은 잔혹한 것을 하면서. 한편 가정에 돌아가면 자식을 끔찍이 사랑해서 상냥한 아빠이었다. 일찌기, 우익의 여성의 논객이 「이런 상냥한 자식을 끔찍이 사랑한 사람이 그러한 일을 할 것이 없습니다! 」이라고 무엇에인가의 때(시기)에 말하고 있었던 것을 상기한다. 인간과는 잘 알지 않는 존재다!! (노브)

●난징(남경)(Nanjing)대 학살

「이 사실을 ·…」

(「난징(남경)(Nanjing)대 학살」생존자증언집:侵화일군 난징(남경)(Nanjing)대 도살遇어려움동포기생각관/편 가토(加藤) 미노루(實)/이유(번역)) (발행:스토크(Stoke), 발매:성운사, 정가 2000+세)

※우리들일본인은, 난징(남경)(Nanjing)대 학살의 「이 사실을…」을 겸손에 읽어야 한다고 생각한다.
난징(남경)(Nanjing)에서 어떤 것이 일어나고 있었던 것일지를 더욱 일본인은 알 필요가 있다고 생각한다.
지금도 많은 피해자의 여러분(여기저기)는 PTSD에 고민하고 있다!!


2, 일본군이 광포한 개인적 학살

아버지나 어머니의 피해

심 가쓰라(桂) 에이(英)(여자, 52세)의 증언

 1937년에는, 집은 沙주에서, 나는 겨우 5세이었습니다. 내가 사물을 알게 되고나서 어머니가 나에게 알리고서는, 음력의 겨울 월 22일의 날에, 집에서 4명 일본군에 살해된 것이었습니다.
 아버지의 심 덴(傳) 가즈(和)가, 정(鄭)가 장에서 일본군에 쏘아 죽여졌다. 백부의 심 덴(傳)원이, 盈향기묘(지금의 난징(남경)(Nanjing) 쥬야쿠(中藥)廠의 부근)에서 일본군에 총검으로 죽음을 당했다. 2번째의 백부의 심 덴(傳)해가, 일본군에 데리고 가져, 묘연히 소리 신호가 없다. 일본군이 백모를 강간하려고 해서 강간할 수 없고, 백모가 沙주 심가 장의 연못에 뛰어넘어 혼잡했으므로, 일본군에 발포되어 쏘아 죽여졌다.
 내 집의 가옥 8채도 일본군에 깡그리 태워버려졌습니다. 아버지가 죽은 후, 어머니와 우리들 자매와는, 생활의 수단이 없고, 머지않아 여동생도 아사했습니다. (쇼(肖) 나카(仲) 고오(煌)가 기록)

  
※심씨의 집에서는 행방불명도 포함시켜서 4명의 희생자를 내고 있다. 그 외, 방화 어울리기, 집을 잃고, 생계가 세워지지 않고, 여동생은 아사와는 매우 비참하다!! 쇼크도 클 것이다!! (노브)

※쇼와(昭和) 천황보다 난징(남경)(Nanjing) 점령을 기뻐하는 「말씀」육해군 막료장에 주셔된대 원수폐하 말씀중 시나(支那) 방면의 육해군 제부대가 상해 부근의 작전에 계속되어 용맹 과감한 추격을 행하고, 수도 난징(남경)(Nanjing)을 빠뜨려된 것은 깊이 만족에 생각한다. 이 취지장병에게 전해 드려라. (『난징(남경)(Nanjing) 사건』가사하라(笠原)19사(관)저:이와나미(岩波) 신서(신간서적))

※난징(남경)(Nanjing)대 학살에 대해서는, 외무성이나 군부·아사카(朝香) 미야(宮)에게서 천황에게 보고가 들어 있었을 것이다!!
(노브)

※황족과 난징(남경)(Nanjing)대 학살·… 대보도진에 의해 일본 국민에게 보도되는 「미증유성사, 적의 수도에의 스메라기(皇)군의 입성」일대 세레모니(ceremony)의 날에, 식장은 물론, 장내, 장외에 있어서도, 패잔병이나 평상복병에 의한 게릴라 활동의 류가 있어서는 스메라기(皇)군의 위신을 손상시킬 수 있게 된다. 게다가, 상해 파견 군 사령관·아사카(朝香) 미야(宮) (아침인가 끌이나) 비둘기彦왕중장은 황족으로, 「궁전하」 「미야(宮)님」이다. 천황의 군대의 상징인 황족의 사령관의 몸에, 만약의 스캔들이 발생하게 되면, 천하의 일대사로 당연 관계자의 인책 문제에 연결되었다. 난징(남경)(Nanjing) 성내(城內)의 수도반점에 사령부를 둔 아사카(朝香) 미야(宮)에게 그다지, 각부대에서 류(立)哨를 파견해서 엄중한 경계 체제를 취하고, 「나카야마(中山) 가도(門)의 바로 앞이 있는 곳에서 궁전하(아사카(朝香) 미야(宮))이 입성하기 위해서 (일시)한시 통행 금지가 되어」 (「마키하라(牧原) 일기」)이라고 말하는 특별경비 체제가 잡아질 것도 있었다.
 이렇게 해서, 17일에 입성식을 거행하기 위해서, 난징(남경)(Nanjing) 구스쿠(城)구뿐만 아니라 근교농촌에까지 미쳐서 가혹한 「산적대掃蕩작전」이 전개되어, 학살되는 군민의 희생을 한층 큰 (습득하다)소유했다.
(『난징(남경)(Nanjing) 사건』가사하라(笠原)19사(관)저:이와나미(岩波) 신서(신간서적))

※1946년의 중국 국민정부의 사법 행정부가 작성한 전범 리스트1위의 아사카(朝香) 미야(宮) 하토(鳩)彦왕이야말로 상해 파견 군 사령관으로서 난징(남경)(Nanjing)대 학살의 직접의 책임자이었지만, 미국 정부와 GHQ가 천황의 면책을 정하고 있었던 것부터, 황족이기 때문에 난징(남경)(Nanjing) 군사재판이라도 면책으로 여겨졌다. ··· (『「100망나니 경쟁」이라고 난징(남경)(Nanjing) 사건』가사하라(笠原)19사(관)저:오쓰키(大月) 서점)… 이것도 이상하지 않습니까? 뒤에서 거래가 있었니? (노브)

●헌법 9조

「Imagine9」 【합동 출판】에서

전쟁에 대비하는 것 보다

전쟁을 막는 세계

 또, 자원등을 노리는 외국이, 그 나라 안(속)의 무력분쟁을 악화되게 하는 것도 적지 않습니다. 평화만들기는 그 나라의 사람들이 주인공이 되어야 해서, 사람들이 자기들의 토지나 자원에 대하여 정확히 한 권리를 가지는 것이 중요합니다. 가난한 나라에 「원조해 드린다」의가 아니고, 사람들의 권리를 보장해 가는 것이, 평화의 기반을 만드는 것입니다.

 소위 「테러 문제」도 같습니다. 텔레비전에서는 연일, 이라크등에서의 「자폭 테러」가 보도되어 있습니다. 그것에 대해서 군이 투입되어도, 「테러」는 없어진다기는 커녕, 돌아가서 늘어나버립니다. 「테러리스트」라고 하는 말이 혼자 걸음하고 있습니다만, 이러한 폭력을 휘두르는 사람들은, 도대체(일체) 어떤 동기부터 그렇게 하고 있습니까?
 「빈곤, 불정의, 고통, 전쟁을 없애 가는 것에 의해, 테러를 행하자로 하는 자들의 구실이 되는 상태를 끝낼 수 있다」라고, 코피·아난 유엔앞 사무 총장은 함께 이야기 하고 있습니다. 폭력에 대하여 더욱 큰 폭력으로 대처하자로 하는 것은, 결과적으로 폭력을 확대시켜, 사람들의 목숨을 빼앗고, 사람들을 큰 불안 안(속)에 빠뜨립니다. 어떻게 하면 사람들이 폭력에 달리는 것을 예방할 수 있는 것일지 생각하는 것이 중요합니다.
 그 때문에의 열쇠는, 군대의 힘에 있는 것이 아니고, 시민끼리의 대화와 행동에 있습니다.



 
제구조 【전쟁 포기, 군비 및 교전권의 부인】

하루 본 국민은, 정의와 질서를 기조로 하는 국제평화를 성실에 희구하고, 국권의 발동된 전쟁과, 무력에 의한 위협 또는 무력의 행사는, 국제분쟁을 해결하는 수단으로서는, 영구히 이것을 포기한다.

2전항의 목적을 이루기 위해서, 육해공군기타의 전력은, 이것을 보유하지 않는다. 나라의 교전권은, 이것을 인정하지 않는다.

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